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25話 城下

 城門から離れ、城下まで降りてきたものの、行くあてはなく、アカリは広場のベンチに座っていた。冬へ近づきつつある空の空気は肌を撫でていくだけで、身体を縮こまらせる。

 城下の人々はアカリが羽織る外套が城に使える人間だと知っているのか、長時間ベンチに座っていても、顔をしかめるだけで誰一人声をかけてこなかった。

 非番の者たちが城下に降りてくることは珍しくない。アカリの姿が非番の人が休憩していると思われているようだ。

 顔をしかめる人たちは、アカリを遠くから睨みつけると、暫くして広場から立ち去って行く。あまり城の者をよく思っていない人たちなのかもしれない。

 あまり長くベンチを占領していると今度は不審がられかねない。

「どうしよう」

 アカリは行き交う人の流れをぼうっと眺めながら、時間だけが、ただただ過ぎていく。

 ベンチから立たなくてはいけないのだけれど、ここを離れたところで、行く先がない。

 デニレローエ村へ戻ろうとは思わなかった。

 戻らないと決めて出てきた村へ行ったところで居心地が悪いだけ。ミルリィーネは、歓迎してくれると知っていても――。村長の娘ブリエッサはローラのいなくなったアカリへ前よりもキツく、遠慮なく当たってくる姿が容易に想像できた。

 村を出てきた理由が王子の結婚相手。それが、アカリだけが戻ったとなれば、なんと言われるか。

 ブリエッサから下げずんだ目で嗤われ、ありもしない事を言い、村中に広めてしまうのだろう。

(そんなのイヤよ)

 ブリエッサがしてきたこれまでの行いを知っているからこそ、余計に戻れない。

 唯一の故郷とも呼べる村へ戻らないとなると、他に行けるところは……。

 頭を抱え、これからをどうすべきか考えを巡らせていたアカリは、周りの音が全く聞こえていなかった。


「――えさん、お姉さん?」

 少し高い子供の声に何度か呼ばれて顔を上げた。

 アカリを覗き込み心配そうに顔色を伺う子供たちが立っている。

「大丈夫ですか?」

 その中の一人が声をかけてくる。

 十歳ぐらいになる男の子。他の子と比べて少しだけ低い背丈の少年の手には小ぶりのかごがあった。

 よく見渡せば、アカリを囲う少年少女たちは、その手に買い物かごを下げ、かごの中は野菜が入っている。買い物途中に、ベンチから動かないアカリに声をかけてきたというところか。

「ごめんなさい。心配をかけてしまって。平気です」

 あまり長くベンチを占拠し続けるのもよくないようだ。

 ベンチから急いで立ち上がると、頭がくらりとした。いくら暑くないからといって、なにも飲まずにいたのがよくなかった。

 ベンチから退かなければ。

 ふらつく頭を振り、立ち上がった。

 空いたベンチに少年らが座るかと思いきや、アカリは外套を掴まれた。

 掴んでいるのはアカリに声をかけた少年だ。

「お姉さん、お城で働いている人でしょ? 顔色よくないから、もう少し休んでから戻るといいよ」

 ベンチを長時間占拠していてはいけないと言われるのかと、身構えたアカリの顔色を少年は気遣った。

 少年の一言に一緒にいる子供たちも同意する。

「休んでいって。道中気分が悪くなったら、お城までの道中休む場所ないでしょう?」

 広場から真っ直ぐ伸びる城までの道のりの途中、休憩出来るようなところは設けられていない。

 子供に心配されてしまうなんて。

 アカリが再びベンチに座ると満足げに笑った。

「ありが、とう」

 これぐらいの年齢の頃のアカリとはとても違う。

 ブリエッサから、目の敵にされたことがきっかけで、アカリはあまり良い思い出がない。

 男の人を嫌うようになったのも十歳頃だった。一方的に受け止めるばかりだったアカリ。もしもあの頃、同年にローラのような心強い友がいたならば、なにか違っていたのだろうか。

 男女仲良く歩いて行く後ろ姿を羨望の眼差しで見送った。


 城の側から離れがたくて、行き先も思いつかないままに、陽は気づけば昼の位置まで登ってきていた。徐々に増えてくる人に、いつまでもベンチを占拠していてはいけないと立ち上がった。

 行き先なんて、決まっていないのに。

 アカリが立ち上がった途端、待っていたとばかりに働き盛りの男性がどすりと真ん中に座った。思わず振り向くと、手に持ったサラダサンドを頬張るところで睨まれた。

 その目は、何か用かと言っているかのようで、アカリの頬が引き攣る。

「なんでもないです」

 いそいそとベンチから離れる。広場を見渡すと、広場にあるどのベンチも昼食を取る人で埋まっていた。

 人が食べているところを見てしまい、そこら中から漂う香ばしい香りに反射的にお腹が鳴ってしまった。

 そういえば、昨日の夜からなにも食べていなかったと思い出すと余計にお腹が鳴る。

 お腹を満たす昼食を買うお金がない。お金を持たずに、城から追い出されてしまい手持ち金はゼロだった。

 ここにいたら、胃が刺激されて鳴ってしまう。

「お姉さん!」

 広場から街の外へ向かう道に入ると、後ろから呼び止められた、ような気がした。

 アカリくらいの女の人は広場へ談笑しながら向かって行く。その誰もが、呼び止める声に反応しない。

「お姉さん、待って」

 外套が引っ張られ、 呼び止められていたのは自分だったと知る。

「見つけられてよかった」

 安堵する声変わり前の男の子の声は、ベンチに座るアカリに声をかけた少年だった。


「僕の家、飲食店なんだ。ご飯食べていきなよ」

 お金がないことを理由に、断ったアカリを少年は強引に引っ張った。

 広場を横切り、東の門へ続く道に、賑わいを見せる店が建ち並ぶ。その中でも数人の行列を作る店が少年の家だという。

 白塗りの外壁に空に似た水色の屋根。軒先に、オープン中と手書きのプレートがぶら下がっている。

 開けられっぱなしになった入り口の暖簾のれんくぐると店内は昼食をかき込む人で賑わっていた。

 カウンター席は休憩中の男性が、テーブル席は団体の男性客が陣取っている。

 料理を作ってお金を稼ぐ店は村になかった。

 店といえば野菜や加工品の出店ぐらいだ。商人が村へ不定期に来ては店を出すだけで、珍しいものが好きな人しか集まらない。

 店の中を怒号が飛びアカリは肩をすくめた。

「こっち」

 少年が手招いてくる。店の奥だ。

 そこには立ち入り禁止の文字が床につきそうな長い暖簾に大きく書かれていた。

 暖簾をはじいて入ると、左手は店の料理を提供する台所に繋がっていた。少年は台所を通り過ぎ、店の奥へ進んで行く。

「母さん、連れてきた」

 暖炉の前に家族が囲うテーブルに椅子がある。

 テーブルの上に白い湯気をあげるスープと粥が一人分並べられていた。

 母と呼ばれた女性が顔をあげる。肩にかかる茶色の髪に、細身の体型。意志の強そうな薄茶色の目がアカリをじっと値踏みする。

 あまりいいと言えない視線に、落ち着かない。広場から引っ張られてくる前に、きっぱりと断ればよかったと後悔した。

 押しに弱いアカリが、はっきりと断ることが出来たかと問われれば、難しい。断っても少年に押し切られて連れてこられていただろう。

「この子? 寒い中ベンチに座ってた子って」

 少年がそうだと言えば、母はアカリにとりあえず座りなさいと、暖炉の前の一番暖かい場所を勧めてくれた。

 戸惑うアカリに少年の母は容赦なかった。外套を脱がせ、椅子に座らせるとスプーンを持たせる。

 野菜が入ったスープは調味料が入っていて、アカリが食べたことのないものだった。体がじんわりと温まる。水を大目に粒が半分潰された粥は、スープに混ぜて食べると美味しい。綺麗に食べてしまったアカリの身体はポカポカと身体の中から温まった。

「城から追い出されでもしたの?」

 胃が満たされ、礼をいったアカリに女性は遠慮なく訪ねてきた。

 あまりに直接的すぎて、言葉を詰まらせる。

「まあ、その、そんなことは……」

 名前の知らないはじめましての相手に、アカリに起きたことを話す必要はない。ご飯を貰えたのは大変ありがたかったけれども。

 無意識に視線を彷徨わせて言葉を濁すと、女性は「ふーん」と言ってテーブルに肘をついた。その上に顎を乗せ、にやりと笑った。

「いつまでベンチに居座るつもりだったの?」

「夕方くらい、です」

 いつまでと決めていない。ただ、休みの日の女官達が城に戻って来る時間が、王族の夕食が始まる時間だった。そこから逆算して答える。

「ダリアー! 来たぞー」

 すると、店側から大きな野太い男性の声がした。それは店中に響き、暖簾で仕切られた店の奥まで聞こえてきた。

 店先で大きく誰かの名前を呼んでいる。

「ニック。店手伝ってきて」

「いつものおっちゃんたちだ」

 母に頼まれた少年が店へ走って行く。少年から来客中と聞いた男性は声を張り上げた。

「来客中だと? 早くこいよ、ダリアー!」

「うるさいったらないわ」

 少年の母は頭を抱えた。

 暖簾の前まで行くと、暖簾を持ち上げないで、叫び返す。

「少し待ちな!」

 早くしろよ、と男性は言うと、店の雑音に紛れる。

「さて、あんたは……上の人を怒らせて帰るに帰れなくなったってとこか?」

「ぶふっ」

 飲んでいた暖かいミルクが気道に入ってせてしまった。咳き込むアカリの背中を撫で、落ち着くのを待つ。

「あたりか」

  大当たりだ。この人は話したくない事情を見抜く力を持っているのだろうか。

「簡単な推理さ。城から無情にも追い出された人は行くあてがなくて、長時間ベンチに座っていることが多い。あんたもそうだろう?」

 アカリ以外にも、過去に同じような人がいたということだ。

 誤魔化しが効かないと知ると、素直に答える他ない。

「はい、そうです。昨日、城から追い出されて……行くところがないんです」

「住んでた家は?」

 ふるりと首を振る。あるけれど、戻りたくない。

「ないのか――」

 アカリの返事を家がなくなったと解釈した少年の母は、「それじゃあ」と手を打った。

「うちは飲食店だ。働いてくれるっていうなら置いてやってもいい。お金は月にこれだけだ。どうする?」

 少年の母が指を二本立てた。

 お金よりも、城の近くに居たかった。

 ルディはアカリが城こら出されたことを知らない。城へ帰るには、城下を通らなくては帰れない。

 ここにいれば、帰城に気がつける。

 帰ってきたルディに会わないとならない。

「ここに……置いてください。働きます!」

「よし、いいよ。私はダリア。調理場に立ってるのが旦那のザバス。息子はニコライ。よろしく」

 ダリアはあっさりと採用して、アカリを店先へ連れ出した。

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