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23話 ウルマリー王国の王女

「アカリ、貴女あなたまだですの?」

 探し物が見つからなくて落ち込みながら、主人あるじの部屋のドアを開けた途端だった。午後のティータイムを優雅に楽しんでいたミアリから入室したアカリへ直ぐに怒号が飛んで来た。

 彼女はアカリをきつく睨むと、手元にあるクッキーを怒りに任せて頬張る。

 あと少し待ってもらえないか、と言えばどうなるか。アカリは口を噤んだ。――言ってはならない。

「すいません、急ぎますので」

 と言いながら腰から頭を下げた。すると、こうなると見越していたのか、横からすっとミアリが待ち望んでいた本がテーブルへ置かれた。

「そう、これよ!」

 差し出された本を嬉々としてぎゅうっと胸に抱きしめた。

「どなたかが読んでて、なかなか読めなくてやきもきしていたのよ! やっと読めるのね!」

 ミアリは自国から連れてきた侍女タリマを、これでもかと褒めそやした。その隣で立ち尽くすアカリは居心地の悪さを感じた。

 ミアリが探していた恋愛ものの本は、アカリが精一杯探し回っても、何処にもなかった。図書室から持ち出されているのは知れても、誰が持ち出しているのか検討がつかない。

 それでもう少し待ってほしいと頼みに訪れたのだが、タリマが先に見つけてしまっていたようだ。

 タリマは漆黒の瞳を細めて、「ミアリ様の為ですから」と微笑んだ。アカリへ見せつけるように、肩にかかる長い黒髪をばさりと振り払った。

「いつまでいるのよ。貴女に頼んだ仕事まだ終わってないでしょ?」

 アカリの尻を叩くようにして、タリマに部屋から追い出された。

 廊下にぽつんと立つアカリの目の前でドアが閉められる。タリマはドアが閉まる直前、冷めた目でアカリを見下した。閉まったドアの向こうから二人の忍び笑いが聞こえてきて、いたたまれなくなる。

 アカリは悲しみを堪えてドアから離れた。


 謁見後、王妃はアカリに自分の元いた場所へ帰るよう強く言い放った。貴女がいる場所は城のどこにもないと冷たく見下した。

 ルディがなにを言っても聞く耳持たずで直ぐに出て行けと険悪な状況にまで陥った。その場にいたローラは口を挟むことができず、ただ辛抱強くどう収まるのか見守るしか出来なかった。ローラは城を出て、ヒスメド地方へ行く。城から居なくなる自分が、下手に王妃へアカリのことを言えば言うほど居づらくなるのはアカリの方だ。

 険悪な雰囲気は変わらず、城から出ていかなければならないと覚悟したアカリを侍女に、と望んだのはミアリだった。

 城に滞在することになったはいいが、連れてきた侍女だけでは不安だ。ローラ付きとして働いているアカリに滞在中の侍女を任せられないか、と。

 渋る王妃をミアリは言いくるめ、アカリは城に滞在することを許可された。

 残れるなら、と快諾したアカリをミアリは侍女と結託して城から追い出そうとしている。


 “ルディラス殿下に想いを寄せられている一市民に鉄槌を”

 “ただの市民が王子の妃になれると思うな”


 二人の感情が顔からはっきりと読み取れる。

 村にいた頃のアカリだったら諦めていた。尻尾を巻いて逃げていた。

 そうしなかったのは……ルディの隣に居たいと思うから――。


「アカリ」

 ミアリに申しつけられた用は他に何かあっただろうかと思案しながら、廊下を歩いていた。

 すると、後ろから肩を叩かれた。

「ひあ!」

 突然のことに変な声が出てしまった。振り返えると、愛剣を手に稽古を終えたばかりのルディが軽装で立っていた。額に汗が浮かんでいる。

 アカリの驚嘆に、ルディが驚いている。

「悪い。驚かせた」

 そんなつもりはなかったという表情に、アカリは苦笑いで返した。

「私も驚かせてすいません」

 考え事をしながら歩いていて、後ろからの気配に気がつかなかった。

 変な声が出てルディを驚かせてしまった。

 こちらもそんなつもりはなかったと謝った。

 ジェーカスを側に控えさせ、二人は近くの空き部屋に入った。

「何度か呼んだのだか、聞こえてなかったようだな」

 勧められるままに二人がけソファーに座った。その隣にルディが座る。ルディの左側に剣が置かれた。

「すいません。考え事をしていたの」

 変な声を聞かれてしまって、恥ずかしくなる。頬を赤く染めると、ルディの手が頬に触れた。大きな手が頬を撫でていく。

 ルディと会うのは、ミアリが彼の婚約者だと言われた日以来になる。

 時間が空くとミアリの相手をしているらしいが、その場にアカリが居合わせたことがない。ミアリとタリマが嬉しそうに話しているのを何度か聴いた。

 ルディと会わないようにアカリへ用を言いつけ、その場に居合わせないようにしているのだろう。

 頬を持ち上げられ、アカリの伏せっていた瞳が自然と上を向き、二人の視線が絡み合う。

 久しぶりに間近で見上げるルディは、以前よりも逞しく映った。

 剣の稽古の後で余計にそうみえるだけなのかもしれない。

「久しぶり」

 満面の笑みを向けられると、なんだか恥ずかしい。はにかんで笑うと、頬を包む手が下瞼の下を撫でた。


「ミアリ王女のこと、悪い」

 仕方がないとはいえ、ミアリにこき使われ、罵られていることを知っているのだろう。顔を悔しそうに歪めた。

 アカリがミアリに仕え始めてからの彼女の態度は酷い。数日前にヒスメド地方へ出立したローラがルディへ怒りをぶつけに行く程だ。

 アカリを嫌いだからくるものではないと信じたいのだが、ローラが居なくなったからは、その酷さが増してきたような気がする。

 隣国の王女とはいえ、レフィール王国の客人だ。一地方の領主となるローラが、強く反発して言えるような立場にない。

 デニレローエ村のように言われたら言い返すことの出来ない立場に、ローラは苛立ち、ラズに当たっているところを何度か見た。

 そのラズも、ローラが正式にヒスメド地方の領主となるための見届け人として、ヒスメド地方へ行っている。

 相手がローラの厄介な叔父であるから、仕事の大半は外交を任されているラズが適任だろう。

『帰りたくなったらいつでもこっちに来ていいからね!』

 出立時に何度も念を押されて、恥ずかしくなった。

 ローラは領地の再建にこれから尽力していかなくてはならない。

 迷惑かけられない。

 頬に当てられた手に、アカリは自身の手を重ね合わせルディの手を頬から離した。掌を重ね合わせて握りしめる。

「気にしないで。――ルディの、側に居られる理由を作ってくれて……」

 感謝していると伝えると、ルディの手がアカリの背中に回った。引き寄せられる。

「アカリが城から追い出されなくて良かった」

 アカリはこくりと頷き、ルディの背に手を回す。追い出されてしまったら、ルディと会えなくなっていた。アカリのちっぽけな権力では、ルディに会うことは叶わなかった。こうやって偶然城内で出会うことも出来なかった。ミアリはアカリに冷たいが、城に残れるようにしてくれた彼女に、アカリは感謝している。

「実は、母様がミアリ王女と婚約しろと言った理由を俺なりに探している」

 ルディはアカリの身体を離した。

 以前から決められていたのなら、アカリを城へ呼んだりしなかった。あの場ではじめて婚約者がいるとルディは知ったのだ。

「昨日、ラズからの定期便の中に俺宛の手紙があって、その中に理由らしきものが書かれていた」

 それは、弟が兄のために集めたミアリ王女がレフィール王国へ嫁ぐ事になった理由が、予測として書かれていた。大方間違ってもいないだろうと、書き添えられて。


 ミアリ王女の母国ウルマリー王国は、レフィール王国のヒスメド地方とワレノ地方に隣接している。

 国境間の関所はヒスメド地方にある。近年ヒスメド地方からウルマリー王国へ行く関税が異常な額に跳ね上がった。遠回りになるが、レフィール王国の隣に接するカルド帝国側から、ウルマリー王国へ戻ることもできる。カルド帝国とウルマリー王国はあまり友好的ではない。ウルマリー王国の住民だと帝国側に知れた途端、ヒスメド地方よりは優しい額であるが、高額な関税をかけられる。

 レフィールから帝国へ行くにも、関税がかかり、さらに帝国からウルマリーへ行くにも、高額な関税。ウルマリー王国の国民が高額な関税を払えず、戻れなくなっているのだという。

「ローちゃんが領主になれば、緩和されるね」

 ルディは「ああ」と頷いた。

 ヒスメド地方の領主が数ヶ月前に、王族の知らぬところで変えてしまった関税は、ローラが領主となり、数日前に適正な額へ戻されている。

 前領主によって足止めされてしまっていたウルマリー王国の民は、ローラの計らいで、関税なしで通れるようになっている。

 民が戻らないから、という理由でミアリ王女が王国へ婚約者としてきたのであれば、すでに適当に理由をつけて戻っていっている。

 それとは別に問題があるから、()()()()

 帝国が敵対視し続けて来たウルマリー王国へ突如婚約を持ちかけて来たというのだ。

 それがウルマリー王女がレフィール王国へ嫁ぐことになった理由なのではないか、と。

 この婚約の話はまだおおやけにされていないというが……。

「公になる前に、こちらに嫁がせてしまえば、帝国へ行かなくてすむと考えてのことだろうが……」

 ルディが奥歯をぐっと噛みしめる。

 アカリは飲み込んだその言葉に、胸が痛くなった。

 レフィール王国はカルド帝国に勝る要素が何もない。

 カルド帝国が、レフィール王国へミアリ王女を引き渡せ、と言ってきたらそうしなくてはならない。

 絶対的な力をもつ帝国に、レフィール王国は勝てない。ミアリ王女が帝国との婚姻を拒み、どのようにしてレフィール王国の王妃へ連絡をしたのか知れないが、王妃に助けを乞うた。

 王妃はそれを受け、双子王子のどちらかと婚約を結ばせたのだ。それが最近のことでも、昔からの約束だったのだと口裏を合わせてしまえばいいだろうと考えて。

 帝国を甘くみてはいけない。

 昔からの約束だったなど、関係ない。欲しいと言ったものが帝国へ来なければどうなるか。ウルマリー王国国王が解らないわけがない。

「ミアリ王女の相手となる、カルド帝国の相手は三十を超えた皇子だ。他に年若い皇子はいるというのに、何人かの女性を囲う皇子の相手にミアリ王女を当てる帝国側の考えを見つけないとな」

 ルディはアカリの手を強く握りしめた。

 ミアリはアカリが居ないと、よくタリマに弱音を吐いている。部屋の扉越しに聞こえる堪えた涙声が、彼女の本音。

 アカリを侍女にしたいと言ったのは、きっとミアリ自身が、レフィール王国へ嫁ぐつもりがないからだ。

(いつまでも怒られてばかりではいけない。しっかりしなくちゃ)

 ミアリがアカリに弱音を見せてくれるぐらい信用してもらえる人にならないと、ルディの助けになれない。

「アカリ。俺の相手は君だけだからな。君以外はいらない」

 繋がれた手を持ち上げ、ルディは手の甲に唇を軽くつけた。

 アカリの顔が一気に火照った。ルディからのスキンシップに慣れない。慣れていかないとと思う一方で、本当に慣れられる日は来るのだろうかと思ってしまう。

「は、はい!」

「また、暫く会えなくなると思うと辛い」

 もう一度、ルディはアカリを抱きしめた。

「仕事?」

「ああ」



 翌日、ルディは馬車に乗って王城から発った。行先は誰にも告げず、ジェーカスを共にひっそりと。

 アカリはその姿を窓から見送った。

 どこへ向かったのか分からない。危険な場所へ行っていなければいいけれど、行先を教えてもらえなかったアカリはただ、祈る。

 ――無事に帰ってきますように。

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