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21話 ローラの過去

 もぞりと動いて、ゆっくりと瞼を開いた。

 アカリはぼうっとする頭で周囲を見渡すと、離れたサイドテーブルに手燭(てしょく)が置かれている。手燭が薄暗い空間の唯一の灯りになり、ベッドの周囲は重いカーテンがされている。手燭の灯りだけで部屋は灯しきれず、暗くて天井がよく見えない。

 起き上がろうと身体を動かすが、上掛けが重くて起き上がれない。

 四苦八苦していると、ドアが開けられた。光が部屋に漏れて入り、眩しさに目を細める。人影が部屋へ入るとドアは閉められた。

 再び訪れた暗がりの中に、ぽつんとした灯りが動く。それはサイドテーブルに近づき、二つの明かりが重なった。

 きっちりと結い上げられた髪型に、見覚えがある。

「ミユーア、さま」

 名を呼ばれたミユーアはびくりと肩を上下させ、ゆっくり振り返る。

 瞬きするあかりの瞳と彼女の視線がぶつかる。

「目を覚ましたのね」

「……はい」

「よかったわ」

 (ほが)らかに微笑みを返された。



 それから、ベッドから起き上がれるまでに数日かかった。

 その間、ローラの様子と訊ねるとローラは無事助け出されたが、アカリと同様に熱を出して今は会えないと、言われる。そう言うように言われているようで、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだけだった。

 手首の擦過傷と、頬の傷はもうだいぶ良くなってきた。まだ痕は残っているが、ゆっくりと消えていくだろうと城使えの医師はアカリに言った。

 歩けるまでに回復すると、ローラがいる部屋が何処か、ミユーアに聞くようになった。怪我が良くなるまで大人しくしたください、と言うだけで頑なに教えてくれない。

 こんなに長い間ローラと顔を合わせていないことは初めてで、自分の怪我や痛みが良くなってくれば、なかなか顔を合わせないローラが気になってくる。

 怪我が良くなっても、部屋から出ることは禁止され、ローラが休んでいる部屋へ行けない日が数日続いた。

 その間、訪れた人といえば、ルディだ。執務の間に時間を作ってもらって申し訳ない気持ちで、出迎える。ルディは休憩中しないと効率が悪いからと、アカリに気にしないでと笑ってくれた。

 医師の診察が終わると、アカリの部屋へリンスレットによく似た女性が訪れた。リンスレットはルディが女装した姿だ。ローラと事件に巻き込まれる前日までアカリと女官の仕事をしていた。

 今目の前に立つ女性は女官の姿をしていない。丈の短いズボンを履いて、膝まである長いブーツを履き、外套を羽織っている。羽織り物はただ着ているだけで、前はボタンで閉じられていない。

 アカリへ挑戦的な眼差しを向けてくる。リンスレットに似ているように見えるだけで、別人だ。

「アカリさん、はじめまして」

 女性はにこりと微笑み、挨拶をした。

 アカリもソファから立ち上がって、挨拶を返す。

「レイカ、と申します。体調が良くなってきたとお伺いしたので、お話をしたくて参りました」

「ミユーア様?」

 レイカが冷淡にミユーアの名を呼ぶ。

「わかりました。何かありましたらお呼びください」

 ミユーアはそそくさと部屋を出て行った。

 ミユーアは療養しているローラの代わりにアカリの専属についている。客人が下がれと言ったところで、下がりはしない。主のアカリが言わない限り。

 ミユーアを下がらせてしまうほどの権力が彼女の見た目でとてもあるように見えない。

貴方(あなた)は……」

 アカリが警戒を強めると、レイカは柔和な笑みを消した。

 おもむろに髪を掴む。ぐい、と引きずり降ろされた髪の塊に、アカリは目を見開いた。木の幹のような色の髪に隠れて、金茶色の短い髪が現れる。

「ラズ、ファ、ロウ様」

 レフィール王国第二王子が、鬘を手にアカリを見下げていた。

「アカリさん、この姿で会うのは初めてですね」

 ラズは鬘を装着すると、アカリが座っていた正面のソファに腰掛ける。

 長い髪にほっそりとした足。女性にしては背が高いが、腰から下げる剣は、彼を女剣士と見間違わせる。見える場所にある剣が、剣士として腕の立つ人にしか見えない。

「特定の女性の部屋へ僕が行くのは、あまりよろしくないので、姿を変えさせてもらっただけですよ」

 王子が一人の女性の元に訪れれば、それだけで何かがあるのではないかとと悪い方へ感ぐる人もいる。そういう人の目を避けるために、女装で訪れたのは正解だろう。

「座りませんか? 長い話ではありませんが、すぐにすむ話でもありませんから」

 ラズにうながされ、座っていた席に座りなおした。

「僕が聞きたいのは貴女の姉のことです」

「ローちゃんのことですか?」

 両手を太腿(ふともも)の上でぎゅっと握る。ローラのなにを彼はアカリから知りたいのだろうか。

「そうです。彼女はいつ頃、貴女(あなた)の家に?」

「ずっと一緒です。あたしが生まれた頃から」

 間違いなく、アカリがこの世に産声(うぶごえ)をあげた時から、ローラはアカリの姉だ。両親を亡くしてからは、常に側でお互いを支え合ってきた。

「そんなわけないでしょう」

 アカリが迷いなく答えた返答に鼻で嘲笑(あざわら)われる。

 なにも間違ったことを言っていない。事実を言っただけだ。ラズはローラと知り合ってまだ日が浅い。ローラのことをアカリより知っているはずがない。

 自分の方が知っているという思いでラズを見据えると、ラズから見下したような表情を返される。彼はアカリの知らないローラを知っているのかもしれないと錯覚さえ覚えた。

「なにか、間違っていましたか?」

 ラズから盛大なため息をついた。

「ええ、大間違いだらけです。間違いすぎて、どれだけ彼女が慎重にひた隠しにしていたかが伺い知れますね」

 ぐっと両手に力が入る。アカリの知るローラは、妹を溺愛する姉。第一優先はアカリで、自分のことは次の次。

「貴女の知らないことを僕は知っています」

 アカリが知らないローラ。ローラのことで知らないことといえば、出稼ぎ。どこで稼いだのか、どんな仕事をして来たのかなにひとつ教えてくれない。毎度、予定よりも大幅に遅れて帰宅してくる。

 そのことをラズが言っているのであれば、アカリは知らない。

 知りたい、と思った。

 大切なローラの、大事な話。

 ローラが、必死に隠してきたアカリの知らないことをローラ本人がいないところで、ローラの話をラズから聞いてしまったいいのかと、悩む。

 ドドドン!

 聞きます、と言えないでいると、扉が乱暴に叩かれた。

 激しい叩き方に何事かと萎縮する。

「はい」

 部屋は今、アカリが使わせてもらっているが、ラズが返事をした。

 本来ならばアカリが返事をするべきなのだろうが、音に驚いてできない。

「ラズ! 勝手になにしてくれてるのですか!」

 扉越しにローラの叫び声がした。

「貴女の姉という人は。どこから聞いてきたのですか」

 ラズは呆れた。外の騒ぎは一向におさまらない。

「開けなさいっての!」

「開けられません、命令ですから」

 冷静な声がローラを止める。無理にでも扉を開けようとして、ミユーアに止められているようだ。

 ミユーアで止められるようなローラではなかった。

「あ、な、なにをなさっているのですか!」

 ドゴン! 盛大な音と共に扉が揺れた。ローラが暴れたようで、外がざわつき始める。

「開けなって言ってんの!」

 部屋の外で暴れても一向に開けてもらえず、ローラが怒りを扉へ向けた。

 ラズは話を一時中断して、立ち上がって扉の内側から鍵を開け、軽くドアを叩く。

「どうぞ」

 渋々な声音で入室を許可されたとたん、扉は遠慮なしに開かれた。扉の前でラズがローラを出迎える。

 入室したローラはアカリよりもさらにひどい。片手に杖をつきながら、もう片方は身辺の世話を任された女官が肩を支えてなんとか歩いている。

 頬は大きなガーゼをして、両腕には肩から手にかけて包帯が巻かれている。それは腕だけではなく、足も同様で、片足をひきずっている。

「ロ、ちゃ……!」

 悲鳴に似た叫びに、思わず手で口を塞ぐ。怪我がどこでできたのかアカリは知っている。

 アカリが室内を歩けるようになって、ローラの部屋へ見舞いに行ったりしていたら、アカリはその場でくずおれて、涙を流しただろう。まさしく今のように。

 アカリは両手で口を押さえ、瞬きを忘れたかのように、ローラを凝視した。

「全く、大人しくしていて下さいよ。怪我人なんですから」

 女官と変わって、ローラを支えようと差し出した手は、強く引っ(ぱた)かれた。

「アカリをいじめるのだけは、相手が王子様でも許しませんのよ!」

 相手が第二王子というだけあり、ローラなりに敬意を示しているが、言葉と態度が伴っていない。憤然と睨んだ後、床に座り込むアカリに気がついた。

「アカリ? あんた、なんかされたの?」

 アカリヘすぐにでも駆け寄りたいのに、足が思うように動かせずゆっくりと近くへ行き頭を撫でる。ローラの手はアカリを不思議と落ち着かせてくれるのに、今日は違った。余計に泣きたくなってくる。

 じんわりと涙をにじませる瞳で見上げると、ローラはなにか勘違いして、ラズに冷たい視線を向けた。

「大事な妹になにを」

 ラズは席に座りなおす。

「僕はなにもしてません。君の怪我のせいじゃないかな」

 アカリはぎゅっとローラの手を握った。ローラの怪我のせいで涙が溢れてくるのを肯定するために。

 なにも言わないで、一人、危険なことをしないでほしいという願いをこめる。

「アカリ、怪我は平気。もっと酷い目にあうと思ってたから、まだいい方。あんたがいてくれたおかげかもしれない」

 ローラはアカリを引き寄せ、後頭部を撫でる。撫でてほしいわけじゃないのに、なぜか余計に涙が出た。

 アカリがいなかったらもっとひどくなっていたかもしれないなんて。

「ローちゃん、もう無茶しないで」

 アカリはローラの背中に手を回した。



「私、あんたに言っていなかったことがあって。まだ、目的が達成されていないから、(おおやけ)に言えないけど」

 ローラはそう切り出した。

「聞くよ。ローちゃんの大事な話なんでしょ?」

 アカリは隣に座るローラの手を優しく握った。

 ローラの話をしっかりと聞く覚悟があると伝える。

「私は……、実はあんたの姉じゃない。ローラって名前はアカリのお母さんが、つけてくれた名前。本当の名前は、ナヒロ。ナヒロ・ヒメルカ・ジェバリア。最北にあるヒスメドと呼ばれる地方をかつて治めていた領主の娘よ。五歳の時に叔父が家族を襲い、その手柄に領地を奪っていくまでは」

 ローラの手が強く握りしめられる。怒りを必死に抑えようとしているのが感じられた。

「そうなったのは、ジェバリア家が、手におえなくなった叔父、ヒーオメから目を離しすぎたせいでもある。彼は、見張り役の人間をうまく言いくるめて、自分の味方につけてしまった。定期的にくる彼の知らせが実際は真っ赤な嘘だと、誰も見抜けなかった」

 もう少し、報告が違うのではないかと疑って様子を見に行っていれば、起きなかった悲劇。

 両親、兄二人、そして、乳母。幸せなゆったりとした生活すべてを奪われはしなかっただろう。知らせを偽られていると察することが出来ていれば。

 そうなった原因はヒーオメにあるとローラは言った。

「ヒーオメは、自分の好きなことにお金を投じるのがなによりも快感で、父が母と結婚する前からお金使いはとにかく荒かった。叔父のお金の使い方では、いつか散財すると危惧した祖父は、叔父を知り合いの商人へ託したの。お金の使い方を一から学んでこいと言って」

 これで、ヒーオメのお金使いは良くなるだろうと、安堵した。しかし、叔父は金の使い方を学んでくるにではなく、商人の商売の仕方を学んで帰ってきた。

 その使い方を祖父へ、瞳を輝かせながら、語る彼に嫌な予感が過った祖父は、預けた商人へ内密に確認した。叔父に学んでほしいところを学んでいないと。

 ヒーオメにお金の価値を根気よく教えたが、彼が興味を持つのは商人のお金の増やし方。当初はできると自負していたが、自分たちの本業を取られやしないかと危惧し、とても預かっていられなくなったという。

 ヒーオメが戻ってきたときには、父に家督が移ることが決定していた。

 ヒーオメは父では、領地を治められやしない。商人のノウハウを学んだ自分にしろ、と祖父に迫り、祖父へ剣を突きつけたという。

 命の危険を感じた祖父は、ヒーオメを領地の屋敷から離れた土地に家を買い、彼をそこへ閉じ込めた。

 最低限、生活が困らない人数を雇い、監視をつけ、ヒーオメは屋敷から出られなくなった。

 家督が父へ譲られてから、祖父は屋敷を出、祖母と共に、ヒーオメの近くに屋敷を借り、彼を監視していた。なにか不穏な思惑を思いつかないように、監視を強化する目的で。

 父よりも領地を治める才はなかったヒーオメは祖父の監視をかいくぐり、いつか領主になろうと、長年裏で画策していたのだ。

 それが実行されたのは、ローラが五歳の時だった。

 ローラは母と乳母らの助けで、屋敷から逃がしてくれた。

 逃げたローラを拾ってくれたのが、アカリの両親。たまたま、引っ越しの途中だったのだ。ローラは自身が誰なのか、なにが起きたのかをアカリの両親へ話すと、来るべき時が来たら、貴女の本当の名を名乗りなさいと言われた。

 それまでは、アカリの姉として過ごせばいいと、言ってくれた。ローラはその通りに、アカリの姉として過ごすこととなった。

 ローラが八歳になる時、アカリの両親は出稼ぎの帰り道で事故に巻き込まれ、義父は崖から転落し、義母は盗賊に連れていかれた。義母を連れ去った盗賊はホラルダ。ホラルダと名乗る盗賊はローラの屋敷を襲った山賊だと、アカリの両親から知らされ知っていた。

 アカリの両親が出稼ぎをしながら、ローラの家の悲劇の情報を極秘に調べたうちの情報のひとつ。ローラはその情報をもとに、アカリに出稼ぎしてくると偽り、山賊のことを調べ始めた。

 苦節十年。王都で奴らの尻尾を掴めたローラは、彼らを城の騎士へ突き出すために一人乗り込むことにした。それがついこの間のこと。乗り込もうと意気込んで向かった先で、奴らは待ち伏せしていた。ローラ一人に対して大勢で向かってこられて、なすすべもなく捕らわれた。

 アカリを巻き込みたくなくて、突き放したのに、アカリはローラを追いかけてきてしまい、共に囚われることになるなんて、思いもしなかった。

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