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20話 救出2

 アカリの腰に腕を回し、支える。片手で、鍵束のうちの一本を探し出すと手首の拘束具を外した。

 片方を外すと、するりと腕が力なく落ち、肩に乗る。

 もう片方も外そうとすると、ラズがアカリの手枷(てかせ)に手を伸ばした。

「ルディ、僕が外す」

 牢屋内に他に誰もいないかを調べ終わったようだ。

「頼む」

 ルディは鍵束をラズへ渡してアカリの身体を両手で支える。ラズが手枷を外すと、アカリの身体はルディの肩へ頭をもたげるようにして、倒れてきた。

 ずしりとした重みと、小さな呼吸音が聞こえてきて、安堵(あんど)した。

 ラズに礼を言うと、その場を離れて行った。

 床にゆっくりと横たえ、腕で背中を支える。乱れた髪をかきあげ、先程見えた頬に手を伸ばす。(むち)で打たれた痕が赤く線となっている。触れてみると、打たれていない肌よりも熱を持っている。

 手首は手枷の鉄で痛めつけられ、赤く一筋の線がいくつもついている。

 あまりの痛々しさに顔をしかめた。

 二人が捕らわれた建物の管理者は警邏(けいら)隊だ。警邏隊を差し置いて騎士とラズ、ルディだけで乗り込むことはできない。

 時間に手間取った分、アカリの顔に傷をつけてしまった。手枷がされた両手首は擦ったあとが痛々しく赤い。一部は擦過傷になっていた。

 アカリの身長よりも僅かに高い位置にあった手枷で、アカリの手首に相当な負担がかかり頬の傷よりも手首の方が怪我は酷い。

 逃げようとしても、逃げられず、手枷から手首を抜こうとして動かして、抜けなくて。ルディは怪我を見ただけで、憤りと、もっと早く来ていればという後悔で息苦しくなり、瞼を閉じた。

 一度、心を落ち着けなければ。

 どれだけか閉じていた目を再び開けて、アカリをぎゅっと優しく抱きしめた。


 ルディとラズは彼らを捕らえる計画を、数日前から立てていた。

 王宮で双子の周囲を警備する信頼の置ける騎士と、街中の犯罪に目を光らせている警邏隊の協力を得て、まさに今日、実行することにした。

 いつもは正反対の意見を出し合い、なかなか意見が合わないルディとラズが姉妹を巻き込みたくないという珍しい意見の一致で、昨夜アカリにローラを城から出ないようににしてほしいと頼んだ。

 これで、姉妹を巻き込まずに済むと安堵した翌日。

 ローラはアカリを突き放し早朝に城を出て行ってしまった。姉を心配したアカリが追いかけて行く。

 巻き込まないようにと、入念に練った計画はあえなく潰された。潰れたこと悔やむ時間はない。

 ローラは早朝の城下でなにをやってくれて、なにが起きるか分からない。動ける騎士を連れ、姉妹を追った。引き止めようと探すが、すでにローラはアカリと共に連れ去られた後だった。

 街で動くには、警邏隊と合流しなければならない。双子は警邏隊と合流することになっていた場所へ向かったのだ。

 城下とはいえ、それぞれ街を統括する警邏隊がいなければ、王族といえどむやみに動けない。

 そのせいで、出遅れた。

 奥歯を噛み締め後悔したその時、アカリがもぞりと動いた。

「アカリ?」

 ルディの声に反応してか睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が開かれ、ぼうっとした瞳で焦点を合わせようと瞬きを繰り返す。


「アカリ」

 声をかけ、視界の中に自分の顔が入るようにすると、揺れ動く視線がルディに定まった。

「……ルディ? あれ? あたし……」

 はっきりとしない頭で何があったか、徐々に思い出したアカリの身体は震えだした。

「もう大丈夫だから、安心しな」

 ルディが背中に手を伸ばして、遠慮がちに抱きしめようとした手をアカリは拒んだ。

「やっ」

 パシリと弱々しい力で叩かれる。

 ルディは目を見開き、アカリは自分のしたことに驚いた。

「あ、ごめんなさ……い。ルディが嫌じゃ、ないの」

 アカリは戸惑い、震えが止まらない身体を抱きしめた。

 怖がられる原因が、捕らえた男から与えられた恐怖からくるものだと理解するのに数分かかった。

 拒否された事実を受け入れられず、頭の中が真っ白になる。

「……ああ、大丈夫。あとであの男を」

 締め上げてやる。

 ルディは最後まで言葉を紡がなかった。怒りに満ちた言葉はアカリに聞かせられないと、口を噤んだ。

「ルディ、ローちゃんが、まだ、下に」

 震えが落ち着いたアカリは、手枷でつけられた痛々しい痕が残る手首を持ち上げ、床を指した。振り返ると、ぴったりとはめられた床板がはずされ、隠された階段が見える。

 数人の警邏隊が残るだけでラズの姿が見当たらない。

「大丈夫、ラズが向かった」

「よかった」

 アカリはホッと安堵し、瞼がゆっくりと閉ざされ、眠りに落ちていく。

 ルディはアカリをぎゅっと抱きしめた。アカリに叩かれた手の甲が赤くもないのに痛い。



 アカリの手枷を外した鍵束を持って、騎士、警邏隊が幾人か集まった場所へ向かった。

 彼らが鉄格子がある部屋の床にあるわずかな穴を見つけたからだ。そこへ部屋に転がる棒を差し込み、テコの原理で蓋をあけると、地下へ続く階段が現れる。

「ラズファロウ殿下!」

 騎士が声を上げた。彼が言いたいことは判っていると頷き、階段に足をかける。ラズが先陣を切って降りようとして、王宮の騎士に止められた。王子を先に行かせるわけにいかない、と。ラズに何かあって責められるのは彼らの方だ。彼らの仕事はルディ、ラズを危険から守ることである。

 ラズが騎士へ道を譲った。

 慎重に降りる騎士に、イラつく。ローラがこの先にいるのなら、今、どうしているのか。

 アカリがあの状況で、ローラが無傷で囚われていると思えない。もし、アカリ以上に酷く痛めつけられていたら……許さない。

 そこまで考えて心がざわりと乱された。

「ラズファロウ様?」

 先に階段を降りている騎士がラズを振り返る。

 この先にローラがいるだろうと予感しながら、騎士へある提案をした。提案通りに事がうまく運ぶか判らない。王宮の騎士に先陣を譲った。

 男二人が降りていくと、ラズは鍵をしまい慎重に降りる。急な階段は降りにくくするためか灯りがなく、足元が危うい。階段を降りてしまえば、大人二人が並んで歩ける通路が続いている。先に通路の先をみすえている騎士が道の先を尋ねる。

「どう?」

「続いているようです」

 瞼を閉じ風の流れに意識を集中すると、確かに続いている。

 慎重に行こう、と小声で言った。男らの仲間が他に潜んでいるかもしれない。

 いつでもすぐに抜けるように剣の()から手を離さないで進む。

 ぼうっとした頼りない灯りが見えてきたのは、地下を歩いてすぐのことだった。

 足音を忍ばせ、周囲に警戒する。この先に別の牢があるのは明らかだ。灯りに照らされた一部が鉄格子を浮かび上がらせている。

 その近くに、気怠げな男の姿が一人。

 ラズは剣を外套の中に隠す。それを合図に、周囲を騎士が囲んだ。これで、どこから見ても囚われた娘に見える。

 牢番が気がつく。顔を一瞬しかめた後、声をかけてきた。

「またコイツの仲間か?」

 騎士は外套で服を隠しているとはいえ、男は訝しむ。

 その場を動かずに、不審な人でもみる目を向けてきた。

「ああ、そうだ」

「牢は二つしかないの知ってるだろ? どうするんだ」

 男は外へ出かけていた仲間が戻ってきたと思ったようだ。

「今一人出てるから、空いてる方を」

 牢番が仕方ないな、と言い、一瞬だけ彼らから目を離した。ラズはその隙を見逃しはしない。

 囚われの少女のふりはやめ、外套の中に隠していた剣帯の留め具を外す。剣帯をつけた鞘を牢番の肩に押し付けた。首元にひたりとつける。

「動かないで下さいね。動いたら、剣を抜きますよ」

 鞘から剣を少し抜き、その音を聞かせることで脅しでないと示す。

 番人は自身の剣の柄から手をゆっくりとはなす。地面から離れた足で、ラズのすねをめがけて振り下ろした足は空を蹴った。

 バランスを崩した男は前につんのめる。ラズが彼の利き手を封じ込めたせいで、地面に額を打ちつける。頭がくらりとして、動かなくなった隙に騎士に手をとられた。

 番人を騎士に任せ、ラズはローラを探した。

 何か叫んでいたが、抵抗できないまでに動きを封じられた男にラズはもう興味はない。

 二つの牢の内、ローラは奥の牢に囚われていた。

 壁を背にして地面に倒れている。頭が奥にあって、顔がよく見えない。

「ローラ!」

 鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。いくつもある鍵から、当てはまる鍵を見つけるのに手間取る。

 牢の鍵がやっと開くと、勢いよく開けた。ガァンと金属同士がぶつかる音が盛大にしたか、構っていられない。

 ローラは手枷をされた手を地面に投げ出した格好で、ぐったりと横たわっている。

 手枷を外さなくては。全ての鍵を一つにまとめられているようで、ローラの手枷の鍵もあった。少し小ぶりの鍵は牢を開けるよりも早く見つけられ手枷が外れる。

 剥き出しの腕はアカリ以上だった。鞭で打たれた痕がびっしりとある。

 ローラを上向かせ、上の服を少しめくり言葉を失った。

 そこには、鞭で打たれたものとは別に蹴られた痕があった。

「……っ!」

 服を下げ、意識のないローラをゆっくりと抱きしめた。

「……つっ」

 力の加減ができていなくて、ローラが痛いとこぼす。慌てて力を緩めると、ローラの手が動いた。

「……だ、れ?」

 ゆっくりと開いた瞳は女装したラズを見つける。

「レイカ《・・・》?」

 レイカはラズが女装して城下街に行くときに使っている名前だ。昔、ローラに名乗った名前を呟いた。

 鬘をかぶっているだけで、服装は女装時のものと、違うのに。

 ラズが柔らかく笑む。ローラの怪我を思うとうまく笑えていなかった。

「あんた、何処に、いたの……よ」

 怒りを言葉にして、ラズの腕を弱い力でつかんだ。そのまま、ローラはすっと寝るかのように意識をなくす。

 ずっと、いたよ。君のそばに。

 耳元に小声で囁く。聞こえていなくてもいい。

 昨日、城下街でレイカとして会った。ルディとの作戦を決行して、長年ローラを苦しめている一派を捕らえることになっていた。ローラにこれ以上は深入りするな、やめた方がいい、ともっと強く言っていれば。

 あるいは、ラズがレイカだと早くに暴露していたら、こうはならなかっただろうか。

 ルディがリンスレットだというのは気がついていたようでも、その弟ラズまでも女装をしていると思わなかったようだ。

 暴露ばくろしたところで、ローラのことだ、止めたって聞かず、同じ結果になっていた。大切なアカリを巻き込んだりはしなかったかもしれないが。

 ローラの無事に、もう一度抱きしめる。胸に耳を当てるととくりと鼓動が聞こえてきた。

「ラズファロウ殿下、この先へ行かれますか?」

 牢番を縛りあげた騎士が、ラズの後から声をかけた。

「行く」

 ローラを横抱きにして、立ち上がる。

 牢を出ると、アカリを警邏隊に任せてきたルディと合流した。ローラを安全な場所までこのまま連れて行きたいが、そんな時間はない。

 ローラを警邏隊へ預けたラズは、ルディと見合わせる。

 ルディの形相は怒りに満ち、通路の先を睨む。手を強く握りこんでいる。

「ラズ、顔怖いぞ」

 先にルディが指摘してきた。ラズは自覚していた。やっぱりとしか思えない。ルディの顔で、自分の顔がどんなのか鏡がなくても分かってしまう。

「君も人の事言える?」

「言えないな」

 二人して、ふっと破顔した。それもいっときのこと。

 牢屋の先に続いて行く通路を睨みつけた。

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