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19話 救出1

 アカリが牢屋から連れていかれた先は、牢屋に繋がる急な階段を登ると、小さな部屋だった。人が三人入れる部屋の床に牢へ繋がる階段がある。階段へ降りる場所の上から外した床を上から隠されると、そこに階段があるように見えない。ぴたりと模様が一体化して、わからなくなる。

 そこに確かに階段があるとわかる唯一の印が蓋を開ける棒をいれる穴が空いているぐらいか。

 薄暗い部屋でそこに穴があると知らなければ、とても見つけられそうにない。

 この部屋にも鉄格子がされていた。鉄格子の向こうに、人が立っている。

「あんたはここから出られない。退路を探したって無駄だ」

 力強く腕をつかまれ、引っ張られる。部屋の奥に連れていかれると、壁から垂れ下がる鎖がある。その先端に、鉄の手枷があった。

 手枷を男が引っ張り上げる。長さはさほどない。

 鎖の擦れる音に肩がびくりと跳ね上がる。

 手枷を持ち、男が笑みを向けてきた。

 抵抗すると、強い力で引き寄せられる。女の力は簡単に男の力でねじ伏せられ、手首に重厚な手枷をあっさりとかけられた。鉄でできており、鉄錆の独特な匂いが鼻をつく。

 短い鎖の先端はアカリの頭よりもはるか上にある。両手を伸ばしただけでは、手枷が手首に食い込んでくる。踵を浮かせ、なんとか痛みを和らげようとしている隙にもう片方も同じものがされてしまう。ぴんとはった鎖に引かれ、壁に背中をくっつけた。そうしなければ、身体をささえられない。

 片手だけの拘束なら、片手首に過重な負担がかかっていただろうが、両手になると、負担は足にくる。

 爪先がかろうじて床についている。

 歯を食いしばり床からちゅうに足が浮かないように身体を支えるアカリの顔は苦渋にしかめられている。

 その顔が余程嬉しいのか、男がほくそ笑む。彼の手にした細長いものが、なにかを認識するとアカリの背筋が凍った。

「さて、吐いてもらおうか? あの女はなにも話さなかったからな」

 持ち手でアカリの顎を上げさせ、ぺちりと頬を叩いた。頬がかっと熱くなる。それは、細くしなるものだった。

 床をパシリと叩いた、その音に竦みあがる。

 ガチャリと鎖がこすれあう。逃げようと、手枷から手を無理に抜こうとしても、抜けない。手首にがっちりとはめられた手枷は鍵がないと簡単に外せないものだ。

 手首が痛みに悲鳴をあげた。それでも、手を回す。

 恐怖に目をそらしたくても、アカリに向けられた(むち)がいつ振り上げられるか。目を離せられない。

 どくん、となる。

 男の行動から、目が離れない。瞬きを忘れてしまったかのように凝視する。

 しなる鞭がアカリめがけて振り上げられた。


「い……や。――いやぁぁ!」

 それからほどなくして、絶叫が辺りに響き渡った。




 双子がその場所を特定するのに、それほど時間はかからなかった。怪しいとされる家を数件まで絞り込んでいた。街の人たちが姉妹が連れ去られていった方角と照らし合わせれば、どの家か見当がつく。

 街の警邏隊と合流し、その家へ踏み込む手はずができたところへ、女性の絶叫がした。それは悲鳴のような声だ。最初はすぐに止んだ。次の声は少しばかり長い。

 アカリかローラか、区別はついた。

「アカリ!!」

 悠長にしていられない。作戦のひとつとして、かつらをかぶって来ていたが、ルディはそれを剥ぎ取った。

 もう作戦なんかどうだっていい。

 空き家のはずな玄関を叩き壊さんばかりの勢いで、突進する。鍵がかかっていない。――いや、壊れていてかけられないのだ。

「あ、大事な仕事道具になんてことを」

 ルディが地面に叩きつけた鬘を拾い上げ、ラズも自身の鬘をとろうとして、やめた。

「僕はこのままいこうかな?」

 ルディの鬘を王城の騎士へ預け、ルディを追いかけた。

 姉妹が閉じ込められた家はすでに空き家となっている。家の外観は街に馴染む、どこの家と変わらない昔からある家。他の空き家と違う。この家には牢屋が備わっている。

 双子が見当をつけた家はどれも空き家で、牢屋がある場所ばかり。空き家となった時点でなにかに使われたりしないよう、場所を把握し、街の警邏隊に見回りを頼んでいた。

 最近、怪しい場所があると報告を受けたばかりの家が、まさにルディが押し入った家になる。

 家の中はがらんとして、使われている形跡はない。埃のある床。家具が一切ない玄関先。一見使用されていないように見えても、よく観察してみれば、使われている形跡は残っている。

 床の埃だ。誰かが歩けば、歩いた場所の埃はなくなる。それが何人もとなるとそれだけ足跡は残り、その足跡は奥へと続いている。

 剣に手を伸ばし、奥へ続くドアを蹴り開けた。

 鉄格子が一面にあり、その前に二人が番人をしている。その鉄格子の向こうで、壁にもたれかかりぐったりとしたアカリがいた。ローラが共に連れていかれたはずなのに、彼女の姿が見当たらない。

 ラズの顔に緊張が走る。

 鉄格子で別けられた部屋に他の出入り口がない。逃げ場はない。ローラは何処に捕らえられているのか。

「招かれざる客か。お前ら追い出せ」

 アカリの前で鞭を持つ男が番人に命令を出す。

 突然の侵入者に戸惑いを見せるが、言われると後は早い。

 懐から短剣を取り出し、ルディへ向けた。

「殿下、ここは我々が」

 警邏らがルディの前へ出ようとする。ルディは許さなかった。自ら剣を鞘から引き抜く。狭い部屋で剣を振り回せばどうなるか、いつもは冷静なルディなら考えつくものが、アカリの姿で我を忘れている。

 ルディが扱う長剣よりも、警邏らが扱う剣の方が短い。立ち回りしやすいようになっている。この場合、警邏らに任せるのが一番の良策になる。

「ルディ、落ち着ついて」

 ラズがルディの肩を掴み、下げさせる。そうでもしなければ、剣を男らに構え、振り下ろしでもしたら怪我をするのは彼らだ。

 ローラの姿がないことで、こちらも眼光鋭く奥の男を睨め付ける。

 アカリはここにいても、ローラかいない。ローラに危害が加えられたらと思うと、ラズとて平静でいられない。

「お見受けするところ、ホラルダ一味の者たちのようですが、彼女たち(・・)をどうするつもりで?」

「あんたに関係のないことだろう? お嬢ちゃん(・・・・・)

 嫌味の混じった笑いを向けられる。ラズはルディよりも務めて冷静を保つ。ルディの肩に置いた手はぎゅうと力がはいり、ルディが顔をしかめた。

「彼女にその鞭を振るったのでしょうか?」

 問うと男は下卑(げひ)た笑いを浮かべた。

 どちらにしても、反応を示さないアカリが拘束されている現状から、どうしたって許せることではない。両手にかけられた手枷が、ぐったりとしたアカリを支えている。かくりと傾く顔に長い髪がかかり、顔がうかがえない。

「まずは、この鉄格子を開けてもらいましょうか」

 ラズが笑みを向けた。必死に冷静になろうとする人ほど怖いものはない。目が座り、目でい殺される感覚がして番人が顔をひくつかせる。

 鬘を被り現れたラズは誰の目から見ても女剣士にしか見えない。女剣士といえど、力は女のものと侮った番人の標的(ターゲット)がルディからラズに変わる。やりやすい方が狙われるのは常だ。

「開けられるはずがない。楽しませてもらうとしようか」

 牢の中でアカリの顎を固い持ち手であげる。アカリの頬に一筋の赤い線が走っている。それを見させられただけでもう十分だ。


 番人らはあっさりとラズにのされ、警邏らによって床へ伏せられた。短剣は即座に回収される。床に腹ばいになりながらもなお、抵抗するが、手首を拘束されると、項垂れ抵抗しなくなった。

 番人ならば、牢の鍵を持っている。番人はただ、牢の番をするだけが仕事ではない。 

 警邏が彼らが隠し持つ鍵を探すよりも、ラズとルディが素早く探す。

 アカリの前でたつ男はその姿を微笑をたたえて眺めている。鞭はいつでもアカリへ出せるように、準備までして。

 あれをアカリへ向けられたりしないよう、双子は必死になる。彼の興味がこちらにあるうちはアカリへ何かすることはないだろう。しかし、一度(ひとたび)興味が失せて仕舞えば、アカリの身が危険だ。

「俺らが持ってるはずないだろ? なぁ?」

「ただ見張ってただけだからな」

 はやる気持ちに追い打ちをかけたのは、拘束された番人二人だった。

 動きを封じられていても、口はよく動く。嘲笑を含んだ声で話す。

 それを証明するかのように、彼らから鍵は出てこなかった。

 牢の入り口は元の鍵は壊れてしまっているのか、鎖でぐるぐると巻かれ、輪に南京錠がかけられている。誰かが鍵を持っていなければ開けられない。

 鍵を持っていないなら、番人に用はない。警邏隊が部屋の外へ連れ出すとあとは、双子と騎士少しの警邏隊が残る。

「開けられないよなあ。そこで指くわえてこの子に鞭打たれる姿でもおがんでろよ?」

 牢にはいる男は鍵が見つからないとなると、双子から興味をなくす。その途端、鞭を振るいあげた。

 させてはならない。だが、錠を開ける鍵がない。

「お前が持ってるんだろ」

 冷ややかに、ルディが声をあげた。

 鍵がなければ、牢から出られなくなる。それなのに、男はあまりにも喜びすぎている。

 不安になるべきところがそうではないとなると。

 導き出された答えにルディは、信じられない思いで問うた。

 自身が持っていれば、いつでも出られるし、鍵を開けてもらえない心配もない。ここで、手枷をかけて、痛めつければ鍵を奪われる心配もない。

 これほど安全な場所はないだろう。

「へぇ、よく解ったな」

 振るいあげた鞭はそのままに、ルディから見えない左側の腰に手をやり、鍵を鳴らす。

 チャリ、と複数の音がした。すべての鍵をこの男が管理しているらしい。

 堂々と腰に下げているあたり、そこまで用心深くないらしい。それか、盗られる心配がないからか。

 とちらにせよ、双子から届く範囲に鍵はない。

 男が鍵を持っているなら、壊す以外牢へ入る手段がないということでもある。

 ちっと舌打ちが鳴る。それは、ルディのものか、ラズのものか。その音に、男が盛大に勝ち誇った嘲りの笑いを響かせた。

 鍵を開けられなければ、中へ入ることができないのだ。格子は鉄でできており、剣で切れはしない。なんどか同じ場所を叩けば傷ぐらいはつくだろう。

 あまりの滑稽さに、男は鍵束を腰から外して、見せつけた。ここにあるぞ、と言わんばかりに。

 鞭は肩に担がれ下ろされる気配がない。このままでは、アカリが危険だ。

 双子が息を呑み、額に冷や汗が出てきた頃。

「鍵がなくても問題ない」

 ジャラリと、入り口の鎖が解かれた音がした。

 入り口で警邏隊の一人が開いた南京錠を持ち上げた。鍵がなければ開かない錠が開いている。

 錠を失った鎖はいとも簡単に取り除かれた。

「なん、だと!」

 余裕な顔をしていた男の顔が一瞬で焦りの色を見せる。開かないと信じていた鍵が開いてしまったのだから。

 鎖がなくなれば、騎士を先頭に牢へ人がはいる。

「く、来るな! 来たらこいつを!」

 アカリを人質に、男は最後の抵抗をする。どうやら、鞭以外なにも持っていないようだ。そして、鞭の扱いは素人並みときた。

 振り回し方に隙がある。それを見逃さないラズが、鞭を鞘に器用に巻きつける。引っ張られる力の強さに男はあっさりと鞭を手放した。

「傷つけたら許しません」

 武器を失った男をのすのに、そう時間はかからなかった。

 両手を拘束された男は長い髪を揺らすラズを睨みあげる。

「あなたは、鍵開けの訓練を受けた隊員がいることを知らなかったようですね?」

「くそが! 女のくせして……」

「人を見た目で判断するとはいい度胸ですね」

 どす。

 ラズの鉄拳が男の腹に入った。怒りの込められた拳は相当なものだった。

 男の口から吐き出される胃液を冷淡に見下げ、殴りつけたばかりの腹を蹴飛ばした。

 男が床を転がり、苦しい呼吸を繰り返す。男の薄らぐ意識を飛ばさないように、追い討ちをかけた。

 飛びかけた意識が再び戻る。

「……て、めぇは!」

 小さな声で男が(うめ)く。

「僕は男だ。この下衆(げす)が」

 瞬間、周囲の空気が凍りついたのは言うまでもない。

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