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18話 姉妹に迫る危機

 アカリは裏門から城を飛び出すと、城下へ向けて走った。ローラもこの道を下って街へ降りたはず。

「ローちゃん、どこ」

 走っていけば追いつくと思っていたアカリは甘かったことを思い知った。

 どこまで行ってもローラの姿を捉えられない。

 今足を止めれば、追いかけてくるであろうルディに止められる。それだけは嫌だ。ローラはアカリの大切な姉。危険と知らされていない。

 アカリが伝えようとする前に、遮り、冷たい言葉でアカリを突き放し、出て行ってしまった。早く伝えなければいけない。

 城下は目前に迫っていた。



 自身の足で、一人で城下を歩いたのははじめてだ。ルディが女装したリンスレットと歩いたときは、ルディが行きたい場所へ案内してくれた。アカリは迷わずに城下街を楽しめた。

 陽は昇り街は人々が行き交う。仕事へ向かう者、掃除を始める者や、知り合いとお喋りに興じる者等の中にローラの姿はない。

 しかし、外でお喋りをしている妙齢の女性らが声量に気をつけて話している内容に興味を示した。

 ゆっくりと近づき、耳をそばだてる。

「それにしても、この界隈でやめてほしいわねぇ」

「街の警備隊が動いているって聞くから……」

「いや奥さん、それでも警戒しないと子供達が巻き込まれたら……」

「早く出て行ってくれないかしら。街の治安が悪くなるわ」

 アカリは意を決して、彼女らに声をかけた。



 彼女たちから聞いた場所は、城下では足を踏み入れてはいけないと言われ「裏通り」と呼ばれている。

 そこへ行くには街の中央にある広場から左手へ曲がる。そうすると、人通りがなくなり、「裏通り」と通称される通りに出ると。

 小さなレンガを詰めて作られた中央広場へ足を踏み入れると、そこは異様な空気に包まれていた。

 わあわあと騒ぐ声が広場の隅から聞こえてくる。男の下卑た言葉に、通りを行く人々は見て見ぬ振りをして、足早に立ち去っていく。

 騒ぐその中心に、アカリが探していた人がいた。

 着ていた外套は何処かへいってしまい、結んでいた髪は解けぐしゃぐしゃ。両腕を両側からそれぞれ男たちに拘束されている。地面すれすれに顔を押し付けられている。まるで、目前に腕を組み佇む中年の男へ頭を下げているかのよう。

 しかし、それが忠誠の姿ととられそうもないのは、髪の間から覗く怒りの炎を宿している瞳が違うといっている。

 立っていた男がかがみ、ローラの顎を掴み、上向かせた。

 その頬に銀色に光る鋭い短剣が押し当てられた。走って暑くなった身体が一気に冷める感覚がした。

(ローちゃん!)

 今にも走り出しそうなアカリを通行人が止めた。

「嬢ちゃん、やめておきなさい」

 嗄れた老人の声に振り返ると、フードを目深にかぶり、腰を折った男性が、首を振った。

 行ってはならぬと。

「あれに手を出してはならん」

 忠告を聞き流して駆け出そうとするアカリを、老人は腕をとらえて再度諭す。

「いってはならん」

「でも」

 アカリが足踏みをしていると、ローラの呻き声が聞こえた。振り返ると、目を離した隙にローラの腹に蹴りが入れられている。

 男の履いている靴はつま先が硬いもの。あれがまともに入れば、気を失える威力がありそうだ。

 ローラはぐったりと項垂れる。顔の血色が良くない。男はそれでも足を振り上げる。

「おじいさん、ごめんなさい!」

 アカリは老人の手を振り切って、走しだした。老人が「どうなってもしらん」と言った。

 どうなってもいい。

 足が振り下ろされる前に、なんとしても間にはいらないと、ローラが危ない。

「……ダメぇ!」

 横腹めがけて振り下げられる足と、ローラの傷ついた身体の間へ滑り込む。

 ローラに覆いかぶさり抱き込め、庇った。勢いよく出された足は突然の乱入者に止められない。

 アカリの背中へどすりと先端が当たった。背中に木片で殴られたような強烈な痛みが走る。

「……っ」

 感じたことのない痛みに声があげられない。かわりに咳き込んだ。

「誰だおめぇは!」

 蹴り上げた男が、力なく、ローラにもたれるアカリを引き剥がす。引き剝がされれば、またローラに危害を加えられてしまう。

 アカリはローラの服を掴んで抵抗した。ローラを守れるのは自分だけ。アカリが離してしまったら。

 よくないことばかりが逡巡する。

「ア、カリ? どうしてっ」

 備えた衝撃がこないことに安堵したローラがかばってくれた相手を見上げた。その顔は傷つけられたあとがくっきりと残っている。

 痛々しい顔に思わず息を飲む。城を出る前に止められていたらこうはならなかった。

 アカリが口を開くと、ローラの前に立っている男が屈み込んだ。

 後ろ姿で見えなかったその男は、若い。三十代ぐらいの容貌に、刈り込んだ横髪。頬に一本の古傷がある。

 アカリが離すまいと握りしめた手をあっさりととってしまう。

「その女、逃すな」

 ローラを囲う男三人が返事を返した。

「えらく可愛い女だな」

 姉から引き離されたアカリの怯えた顔を覗き、着ている外套に手をかける。ドレスが男の前に露わになった。

「へぇ」

 なにかを企む笑みにアカリが怯えた、その時、鳩尾に衝撃が来た。背中に来たものよりもはるかに強いそれは、男の拳だった。

 くずおれ、意識が朦朧とするアカリの身体を難なく肩に乗せる。

 ローラの叫び声がアカリの耳に聞こえた。なにを叫んでいるのか判らない。

「そっちも連れてこい」

(ローちゃ……)

 アカリはローラに手を伸ばしたところで、意識はぷつりと切れた。



 寒さに身体が震え、目を開ける。

 ズキンと殴られたところが痛み、鳩尾をおさえた。ゆっくりと起き上がり、目を瞬く。

 薄暗い部屋だった。鉄格子があり、鍵がかけられている。鉄格子の向こうの壁は篝火かがりびほのかに明るい。

 何処なのだろう。

 手で地面を触ると湿気からか、湿っていた。立ち上がろうとして、濡れた地面に手を滑らせてしまう。二の腕を強かに打った。

 痛みよりも心配なのは。

(ローちゃん、何処)

 周囲を見回し、ローラの姿が見当たらないのが不安になる。

「アカリ? 起きた?」

 ローラの声がした。左からだ。腕と鳩尾。両方の痛みに耐えながら立ち上がる。

 声がした方へ近づけばそこは壁だった。

「ローちゃん!」

「よかった、目が覚めたみたいね」

 壁にすがりついて、声を出した。壁の向こう側から、ローラの安堵した声が聞こえた。

 ローラの声が聞こえて、アカリも安堵する。意識を失ってから、ローラが男たちに乱暴をされていない、にしては声が枯れている。

「ローちゃん、大丈夫?」

「あんたと別の牢に入れられてるけど、心配いらないよ」

「本当? 強がったりしてない?」

 ローラは身体がどんなに辛くても、昔からアカリを心配させまいと強がる癖がある。年下の妹に心配かけたくない気持ちもわからなくないけれど。

「嘘つき」

 声に覇気がない。男たちに蹴られた身体はアカリよりも辛いはずだ。

「アカリには隠せないかぁ」

 息を吐き出しながら咳き込む。咳き込み方が、風邪をひいたものと明らかに違う。

「無理しないで」

「あんたもね。背中、痛いでしょ?」

 鳩尾だかりが痛みを発していたが、言われてみれば蹴られた背中も、存在を主張するかのように痛み出す。

「ローちゃんに比べたら、痛くないよ」

 アカリが助けに入った頃にはローラは男らに大分痛めつけられていた。

 たった一蹴りされただけだが、何日か痛みそうだ。

「どうして、追いかけて来たりなんかしたの。あんたを引き離したのに」

「ローちゃん、変だったから。それに、殿下たちからローちゃんを外に出さないでって言われてて」

「あの双子王子。アカリを巻き込んでくれて!」

 ローラから皮肉めいた声がした。

「二人を責めないで。あたしがローちゃん追いかけて飛び出して来ちゃっただけだから」

「そこを止めなさいよっての」

 使えないと吐き捨てる声に微笑がもれた。ローラは常にアカリのことを心配してくれる。

「どうして男の人と街であんなことになったの?」

「それは、ここを無事にでれたらね」

 ガチャリと、遠くからドアを開ける音がした。足音が複数する。

 ローラに緊張が走る。アカリは立てた膝に顔を埋めた。和やかな空気が一気に緊迫する。

「おい、ドレス来た方の女ぁ、起きたかぁ?」

 鉄格子が大きな音を立てた。驚いて肩が飛び上がる。顔を上げると、アカリが入れられている牢屋の前に男が二人立っていた。

「……っ!」

「起きてやがるみたいだな。おい、鍵」

 後ろに立つ男から鍵束を奪い取り、鍵穴に鍵を差し込む。動きの悪い音を立てて、入り口が開けられた。

 にんまりと笑う笑顔が恐ろしい。

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