15話 ローラにせまる危険
リンスレットはローラを追いかけて裏路地へ走った。
ローラの姿をアカリが捕らえてから、時間がたってしまっている。アカリが見間違うと思っていないが、ローラが城を抜け出し街へ来ているとなると話は別だ。ここは危険すぎる。
(ラズがついてるはずなんだが)
ローラ似の女性が羽織る外套姿を探し回っていると、リンスレットと似た姿をした女性と出くわした。
「ラ……レイカ!」
ラズと叫びそうになり、口をつぐむ。ここは外。それも奴等が潜んでいる可能性が高い路地。下手に呼べない。
代わりに女装姿で名乗っている名前を呼んだ。
「リン、どうしてここへ?」
ラズに駆け寄る。ラズがいるなら、やはりアカリが見た姿はローラのようだ。
「アカリがローラを見たと言うから」
「確かめに?」
先回りで問われる。双子なだけによく判っている。首肯すると、ラズはローラが向かった先を先導してくれる。
「ローラはなにかつかんだのか?」
「昨日、あいつがうっかり喋った」
おかげで、昨日から走り回らされて……。
怒りを沸々とさせながら、にへらと笑う。えげつなく恐ろしかった。背筋に寒気を感じながら、ラズが言う"あいつ"を不憫に思う。
昔から懇意にしている情報屋で、彼のもつ情報は偽りがなく信憑性は高い。ただ、神出鬼没で、どこの酒屋にいるかも不明。王都をすぐに離れてしまうため、ルディは半年以上会っていない。
「リン、この辺りは」
ラズが忠告する前に、外套のフードを深くかぶり直した。腰の帯剣が見えないように外套の前を合わせる。ラズも同じようにした。
二人は女装しているが、外套の中は動きやすさを重視した服装になっている。長い髪の鬘を見れば、女に飢えた男が飛びついてくる。警戒しすぎるぐらいがちょうどいい。
「ああ、知ってる」
同じようにラズもフードが落ちないように細心の注意をする。この辺りにホラルダ率いる盗賊の一味が潜んでいるという情報がローラに渡ってしまった。連絡手段に、その時間。なにを使っているかまで話してしまい、ラズが今朝、情報屋をしめてきたところだった。ローラは情報屋を信じて、連絡される内容から、奴等の尻尾をつかもうとして、来ているようだ。
足を急がせ、路地を進んでいけばローラが家と家の間の狭い路地に踞っていた。
「やっぱり、もう一度しめるべきですね」
恨みの滲み出た不吉な笑顔にルディは凍りついた。
(ケヴィン、ラズを怒らせてくれるなよ)
情報屋を恨む。
普段温厚なラズは、お気に入りが危険に晒されると、とたんに恐ろしく非情になる。相手がいくら、親しくしていても、態度をころりとかえ冷徹になる。
「ほどほどにしてくれ」
情報屋の最大の弱味を握っているので、逃げることはしないが、王都によりつかなくなったら困る。
ラズが駆け出し、ルディはローラに見つかる前に物陰に隠れて周囲を警戒する。油断はできない。
鬘の長さは違っても、顔の作りは同じに近い。レイカが誰かローラにまだ明かしていない。同じ顔がいることで、発覚しないようにする。
「ローラ、こんなところでなにしてるの」
切迫したラズの声に、ローラはびくりと肩を跳ねさせ、勢いよく振り返る。
「あ、レイカか」
安堵した顔をすぐに引っ込めた。ラズは見逃さない。ローラの手に握られた紙が気になる。すぐに話題にしないでおく。ここから離れるのが先決だ。
「こんな危ないとこいたら駄目だよ」
「久しぶりに会って、それって」
ラズがレイカの姿でローラに会うのは、二年ぶりになる。
「急いで離れるよ。危なすぎる」
ローラの腕をとり、無理やり立たせるとぐらりとふらついた。
慌てて支えると、ローラの頬が胸に当たる。
服は女装するが、その他のところはなにもしていない。今日は急いでいたせいもあり、詰め物をしてきていなかった。
「相変わらず、ぺちゃぱい」
内心焦るラズを他所に、ローラはぶふっと笑った。気がついていない。こういうところが鈍感で助かる。
「うるさいよ」
「ごめん、ちょっと」
こてんとなったローラの膝が地面につきそうで、力が入らないようだ。
男だったら、このまま横抱きにして無理やり連れていける。今は女性で、ローラは女の人と信じきっている。やれるけど、この格好でやってはいけないのだけど……。
「ごめんね」
地面に座り込みそうなローラの背中を支え、膝裏に腕を回す。
「え、ちょっと!」
「断ったでしょ。黙ってないと舌噛むよ」
ラズが走り出すと、たちまち不安定になる。ローラはラズの首にすがり付き、ぎゅっと力をいれた。その腕が僅かに震えている。
「急げ、こっちだ。向こうから人の気配がする」
「ああ、わかった」
物陰に隠れていたルディが来た道を指した。出くわさない路地へ行くしかあるまい。
「だれ」
「んー、僕の兄。かな」
さすがに気がついただろう。ルディは言葉を変えたりしない。聞き覚えのある声はさすがに気がついてもおかしくない。
「あ、そう」
ローラの反応はラズとは反対に冷静だった。気ついたにしては反応が薄い。おとなしい方がこちらとて走りやすい。
危険と言われる区画を抜けると、人通りのある安全な広場でローラを下ろした。人通りのすくない場所ならいいが、多いところだと変にみられる。女性が女性を抱えるところをみない。
「それ見せて」
震えは収まり、しっかりと地面に足をつけたローラの手に握りつぶされた紙を奪う。
一枚一枚に目を通し、ルディへ渡す。ルディからラズヘ戻された。
一枚目
"この界隈をよく荒らすやつがいる"
二枚目
"女をみた。おんぼろの外套を着た女だ"
三枚目
"最近王城の仕事をしているらしい。裏門をよく使う"
四枚目
"行動時間は夜"
五枚目
"明日 6 森"
ローラが持っている紙切れはこれで終わっていた。奴等が連絡に使っている小箱からとってきたものだろうが、これらは奴等が仕掛けた罠だ。
所々、ローラかと思われる書き方がされている。
(誘導がうまいな)
これだけでは、関係のない人間が見ただけで、誰のことか判らない。当事者ともなれば判ってしまう。
この殴り書きは急いで書いたようにもとれた。
「ローラ。一旦ケヴィンのところへいきましょう」
ローラの腕を離さないラズがローラを屈んで覗く。ローラは頷いた。早く行こうと、目で訴えられる。
「任せていいか?」
五枚目全部に目を通し終ったルディがラズに聞いた。
「ああ」
即答する。
「事実は――」
「伏せる。巻き込ませたくないからな」
ルディの意見はラズも同じ。巻き込ませたくないのだ。ほんわりと柔らかく笑う少女を。
ケヴィンが寝泊まりしている宿屋へ移動した。
は二階にある。周辺と三階の一部、それと階下は情報漏れを防ぐために、ラズがすべて借りあげた。
借りている部屋はたばこ臭い。すでに何本かふかしたようだ。
旅装束で、椅子にだらしなく座り新聞を広げていた。結んだ髪が背もたれの上に引っ掛かっている。
情報屋に見えないこの人はラズが昔から懇意にしている情報屋の一人だ。
ラズに強いたげられているケヴィンは、新聞をたたみ、煙草に火をつける。
ケヴィンへ奴等の動きを伝えた後、レイカがラズであるとローラに暴露した。リンスレットはルディであることも。
「誰がラズって?」
「僕です」
あっさりと認める。隠す必要がもうない。逃げる途中で判ってしまっている。ローラは本当か否か確信をとりたくて仕方ないはずだ。
「……」
「あれ? ローラ?」
不思議そうな目でじっとラズの女装姿を凝視する。
予想とは違った反応にラズが今度は驚いた。もしかして。
「どこまでも鈍感なところは変わってないようで安心です」
事実から目を背ける能力は相変わらずだ。
「あ、あんた、ラ、ラズファロウ王子なの!?」
王子に対してあんた、なんてつかうのはローラぐらいだ。嬉しくてつい笑ってしまう。
「本当にラズ、なの……?」
ローラが疑心暗鬼になる。鬘をとってしまえばわかる。ラズはためらいなく髪からとった。首筋にはりつく髪がなくなり、涼しくなる。ぱさりと床に落として、乱れた髪を整える。
「僕でしょう? 気がついていなかったのですか? 僕はてっきり」
「気がつくわけないでしょ!? 信じらんない、騙すなんて最低!」
顔を真っ赤に染めて、右手が振り上げられる。甘んじて受ける気がないラズはあっさりと捕まえた。左手がとんでくるとそれも早々に封じ込める。
両手をとられ反撃できなくなると、今度は足が上がり、身体を密着させてそれも封じた。狙っている場所といいとんでもない娘だ。
「離しなさいよ!」
なつかない猫が牙をむいているようで愛らしい。思わず壁に押し付けてしまった。
「な、な、なにすんのよ!」
半泣きになりながら叫ぶ。男なれしていないことが確認できて満足した。
「あのー、俺のこと忘れてない?」
ローラはラズからいかにして逃げるか必死で、ラズはローラをからかって面白がっている。
ケヴィンは「あー、忘れてるのね」と息を吐き出た。ローラは忘れていそうでも、ラズは気づいていてやっている。ケヴィンはそっと部屋を出た。
暫く二人の攻防戦は続いた、らしい。