13話 ローラの仕事 2
ココン。
ローラはアカリがあてたれた部屋を周囲に気を配って叩いた。
「……はい」
「アカリ、私だよ」
小さな声で名乗ると、パタパタと小走りする音がして、ドアが開いた。
「ローちゃん!」
ぎゅうっと抱きつく。どうやら、一人で心細かったようだ。震える手がそう言っている気がした。
アカリの頭を優しく撫でて、部屋のドアを閉じる。誰が耳を澄ませているか判らない。
「アカリ、いま着てる服を貸して。今から城下に降りるから」
裏門を通るにはこれが一番早い。ローラが着ているドレスは確かに素晴らしいしあがりだが、町を歩くには目立ちすぎる。
「え、もう夜だよ?」
「いいのいいの、すぐ戻るから」
アカリはローラを信じ、制服を脱いだ。代わりにローラのドレスを着る。
「アカリの部屋は、王城にある客室だからね」
客人のアカリが部屋にいないと、ルディが部屋に訪ねてきたら、誰もいなくなっていて騒ぎになってしまう。本人が部屋にいれば問題なかろう。
「ローちゃん、気を付けてね」
アカリがこちらを心配そうに見ていた。ローラを見送る顔は決まって同じ顔をする。
「心配いらないよ。明日の朝に戻るから」
外套を羽織り、廊下へ出た。人気がない。城の見取り図は昼に頭へ叩き入れてある。
ローラは廊下を走った。
裏門までもう少し、というところで足を止めた。宿舎を出た辺りから跡をつけられている。気配を消して注意を払っているが、ローラには通用しない。
「私に、なにか用事?」
後ろを振り返る。誰も立っていない。けれど、人の気配は感じる。
「よくわかったね」
木陰から、長い髪を風に揺らせローラが着ている同じものを着た背の高い女性が姿を表した。
「初めまして、ローラ」
容姿と裏腹に声は男性のように低い。誰だろう。月光が邪魔をしてよく見えない。
「私、アカリの指導者になりましたリンスレットと言います」
ローラは警戒する。気配の消し方が普通じゃない。
「こんな夜更けに何処へ行くのか気になって、追いかけちゃいました」
目を細め、睨むローラに相手は怯まない。相手の姿がよく見えない。
(月が隠れてくれれば)
空を見上げると雲ひとつない快晴。城へ上がったといえ女性が、気配を消す術を教えて貰えるはずがない。ローラは必死でかろうじてできるようになっただけで。
「貴女、誰!」
警戒を強める。ここで捕まるわけにいかないのに、この人が見逃してくれるか――。
「リンスレットですよ。ローラさん」
ぞくり。身震いする。なんだ、この何とも言えない恐ろしさは。
動いたら許さないと暗に言われているような感覚は。
ローラは両腕を組み、恐怖を唾を飲み込み押し流す。身体が震える。
「ええ、何処の家の人か? と聞きたいだけよ」
「貴女が知っているところ、とでも言いましょうか」
上手くかわされた。ローラとて、素直に教えてくれそうにないことを聞きたい訳じゃない。
ゆらりと揺れた木陰の影に、ぴっと手をあげ、振った。
「あ、兵士さん! 道に迷った女性がいますよ!」
ローラは誰もいないと判っていても声をあげる。そこを人がいるかのように、芝居を打った。影が揺れたのは風が一瞬強くなっただけだろう。
ようは隙ができればいいのだ。ローラが裏門から出る時間を作れられれば、それでいい。
ローラの読み通り、リンスレットが一瞬、ローラから逸れた。もう振り返らずに走り出した。
行かなきゃいけないところがある。アカリの指導者に足止めされている時間はないのだ。
「それでも行く、か」
女官の服を脱ぎ捨てると、中から動きやすい服装が出てくる。制服の下にもうひとつ着用していたのだ。こうなるだろうと想定して。
鬘を髪から引き剥がす。肩にかかりそうな金色の髪が現れた。
「今夜は大人しくしててほしかったのにね」
青年は、木陰に隠してあったもうひとつの鬘を頭に装着すると、何処からみても、女性の出で立ちになる。薄汚れ、所々裂けている使い古された外套を羽織り、ローラの後を追いかけた。彼女を止めるために。