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12話 指導者

「それでは、ルディラス様のご要望でこちらの娘を使いたいと?」

「ああ、頼むよミユーア」

 ミユーアと呼ばれた女官長はふむと考え込み、アカリを値踏みした。

「まあ、よろしいでしょう。貴女、なにができますの?」

 ミユーアはアカリにどんな仕事をしてもらおうか悩んだ。女官として使うとしても、アカリができる内容によっては人が足りているものもある。女官の仕事は忙しく、一日は忙しない。

 この娘は城の仕事を一度もやったことのない未経験者。そんな子が女官の仕事をこなせるかどうかというところだった。

「あの、あたし、何でも出来ます。家事全般あたしの得意分野ですから」

 アカリはおずおずと自分の得意とするものを上げ、ミユーアの仕事内容決定の助言をした。

「そう? それなら、今日、新しくいらしたお客様。あなたの妹さん。その子についてもらおうかしら」

「あ、はいっ」

 アカリは即答した。姉のお世話は慣れている。

「マリアーゼ、えっと」

「ローラです」

「ローラさんに着替えと部屋を。あと仕事の内容を教えてあげて頂戴」

「はい。ミユーア様」

 副女官のマリアーゼは後ろできゅっと固く結んだお団子に副女官の証である、雪の花をかたどったモチーフがさしてある。

 女官の制服を着たマリアーゼは、アカリを促した。

「お願いします。お世話になりますっ」

 アカリは二人の女官に挨拶をした。これから、短いといえ、仕事をさせてもらうのだ。

「指導者は後ほど連れてきますから、その間に部屋で着がえを済ませておいてください」

「あ、はい」

 これから使う部屋は王城から離れた別棟にある。二人部屋で、今は使われていない部屋をアカリは当てられた。狭い部屋を二人で使っていたアカリにとって二人部屋を一人で使うのは贅沢だった。

 とりあえず、部屋に入り女官の服へ着替えを済ませる。

 着たことのない服に瞳を輝かせた。さらりとした肌触りが格段にいい。

 着替えが終わると、マリアーゼが戻ってくるまで時間が空いてしまった。マリアーゼはアカリの指導者を探しに行ったのだ。

 手持ちぶさたになり、まずは部屋を綺麗にすることから始める。部屋の空気は埃っぽかった。それだけこの部屋は使われていなかったということ。

(夜までに綺麗にしないと)

 今夜から使う部屋。埃っぽいところで寝たくない。まずは、閉められたカーテンを開け、窓を開く。秋の澄んだ空気が室内へ流れ込んだ。埃が風にのり舞う。鼻と口元をおおい、舞い上がった埃を吸わないようにする。

 この部屋の汚さがアカリの心に小さな火をつけた。

 新しい雑巾を水につけ、埃を拭き取り始める。拭き終るとベットマットへ目線を移した。マット汚れていた。マットを引きはがし、窓際へ持っていき、積もった埃をはらうことにする。

 この部屋が一階でよかった。マットを外に出しやすい。外に出ると、ゆっくりとマットの表面を箒でなぞった。ふわりと白っぽいものが舞い上がる。叩きながら埃を落としきると、部屋に戻った。

 ベッドは二段で、一段目は簡単にマットがはずせても、二段目は梯子を登って下ろさなければならない。

 マットをはずしている最中に梯子から落ちる可能性があるため、一人では出来なかった。

 アカリが一段目のベッドを使えばいい。一段目のマットを戻したところで、マリアーゼが部屋に戻ってきた。

 入室時の礼儀をした後、マリアーゼは再び床に水拭きを始めたアカリを目撃することになる。部屋でおとなしく待っているものと思っていたら、これから使う部屋の掃除をしている娘がいるなんて。

 返事がなかったのは、掃除に没頭しすぎてマリアーゼが入ってきたことに全く気付いていない。

 これはいい人材かもしれないとマリアーゼは笑みを浮かべた。


「ローラさん。手を止めてくれるかしら?」

 アカリは力を込めて水拭きをしている手を止めた。上から声が聞こえてきたような気がしたからだ。

「?」

「ローラさん」

「あ、は、はいっ!」

 呼ばれてアカリは慌てて立ち上がった。振り向けば、マリアーゼがすでに部屋へ来ていた。

 マリアーゼの後ろにアカリと同じ制服を着たマリアーゼより背の高い女の人が立っている。

 明るい茶色の長い髪が綺麗な輪郭を覆っていた。新緑のような緑の瞳が印象的だ。つんとたかい鼻梁に、整えられた眉。平凡な容姿のアカリと比べようもない。手入れされた輝く長い髪を耳にかける仕草が綺麗で思わず見とれてしまった。

 あの方が指導者。居ずまいを正すと、着がえたばかりの服はうっすら汚れていた。慌てて叩き埃を落とす。

「紹介するわね。こちら、あなたの指導者のええと」

「リンスレットですわ。マリアーゼ様」

 マリアーゼの隣へ並ぶと背の高さが際立つ。

「そうだったわね。ローラ、リンスレット……よ。リンス、こちらあなたの指導を受けるローラよ。何も知らないから一から教えてあげて頂戴」

「はい、分かりました。マリアーゼ様」

「それでは、宜しくね」

 マリアーゼは心配だという顔をして、アカリの部屋を出ていった。そのマリアーゼに心配要らないと、リンスレットが目配せする。

「ローラは……女官の仕事を経験したことがないそうだけど」

「はい、そうです。……村育ちなのでご指導お願いします」

 アカリは道中ローラに教えられた、お辞儀をした。これだけは、御者の休憩中叩き込まれた。

 なにも知らないままに城へ入るよりはと、馬車移動中も、アカリへ教えてくれた。

「あら、お辞儀はきちんと出来るのね」

 褒められて、ローラに感謝する。

「何処かで習いでもしたの?」

「はい、ローちゃんが教えてくれました」

「村の人?」

「いえ、姉です。とても物知りで、頼りになる自慢の……」

 嬉しくてつい、ぽろりと姉の名を出してしまう。

 間違えた、と気がついたときにはもう遅い。

 やはり、アカリには難しかった。

「姉? お姉様がもう一人いるのかしら? 貴女、妹さんの女官になるのでしょう?」

(よかった、勘違いをしてくれて)

 身体中の体温が一気に引いていくような感覚が、少し緩和される。

「そ、うなんです! きょ、今日はこられなくて! あた、私より姉が妹につくといいんですけど」

 しどろもどろになりながら、嘘に嘘を重ねる。もうどうしようもない。

「貴女の名前は、ローラよね? お姉様の名前は?」

「あの! ど、どうしてそんなことを」

 ローちゃんと間違えて言ってしまったが。名前までは判らないと思いたい。

「ただの興味本意よ」

 含み笑いで聞かれ、しどろもどろになる。

 "ローちゃん"から連想する名前は。

「あの、えっと」

 必死に考え、絞り出した。

「ロー、リアですっ」

「ローリア、ローラって名前似てるわね」

「そうですね」

 ローラをいつものように愛称で呼んでしまったのを誤魔化そうとして、思い付いた名前。実在しない人だか、リンスレットの興味はなかなか逸れてくれない。

「双子なのかしら?」

 リンスレットは考えるそぶりをして、アカリに訊ねてきた。

「えっ、あの」

 そうとも言えず押し黙る。今日はこられなくて、なんて実際はいるような言い方までしてしまった。

(限界だよ)

 嘘をつけばつくほど、その嘘が本当だと人に思い込ませる話術がほしい。アカリはローラと違って人を騙すと、心が痛み、言葉がこれ以上出てこなくなる。

 ローラのためと、必死になる。

「そ、そうなのですよ!」

 あとどれだけの間違いを言えばいいのだ。頭がぐるぐるとしてきた頃、ついにリンスレットは吹き出した。けらけらと笑い、お腹を抱えだす始末。

「嘘でしょう? あまりにも困った顔が可愛くてつい、遊んじゃったわ」

 うっと言葉に詰まった。騙そうとしていた訳じゃないけど、心苦しい。

「あ、の」

 アカリは自分だと言っていいのか悩む。これはローラも関わってきているのだ。簡単に言っていいことでない。

「もう一度尋ねるが、貴女の名前は?」

 沈んでいく気持ちと同じように落ち込いく頭を、あげた。

「私の名は」

 アカリは城に来て初めて本当の名前を名乗った。




「ルディ、あの姉妹が名前を交換していることを教えてから何処へいってたんですか?」

 ルディが執務室へ戻るとラズがぶすりとして机に向かっていた。ルディの仕事をラズに押し付けたのは数時間も前の話だ。

「用事だ。用事」

 アカリが必死に誤魔化そうとしていた姿を思い出し、にんまりと笑う。全然誤魔化せていないのに、気づかない姿がまた、可愛らしい。

「うわぁ」

 緩んだ口角にラズは引いた。嫌なものをみさせられた目だ。

「ルディ、俺と一緒で女装趣味だから、街にでも行ってたんですか?」

 さっきまで聞き流していたルディはこの言葉には慌てた。

「趣味なわけないだろ! 正体がばれにくいからしてるだけで! 大体、そっちこそ」

 ラズはくすっと笑って、慌て興奮するルディをなだめた。

「やだなぁ。判ってますよ。今日の午後、何処に行ってた? 明日も行くのかな? なんなら、二役やってあげてもいいよ? その代わり、俺が夜の間自由にさせれくれるなら」

 確信した聞き方だった。察しがいい弟は嫌いだ。

「お前に何か頼むといいことがないからいい」

「何いってんの。ルディの恋路を応援してあげてるじゃない。俺、ああいうのタイプじゃない」

 ふふふとラズは笑った。仕事を押し付けて何処へ行っていたかもお見通しらしい。ルディははぁと降参のため息をついた。ラズに勝てたことはこれまで一度もない。

「くそっ。わかったよ! お前に任せる。好きにしろ」

 半ば投げやりな言い方で部屋から出て行くよう促す。

「それでいいんですよ。ルディの仕事はやっておくから、代わりに残った分は夜に、ルディがやって。明日が楽しみだ」

 ラズは部屋から出て行った。扉を眺めやる。

「あいつ……」

 執務机にあるルディの仕事は片付いていた。手抜きが一切ない片付けように感謝以外の言葉がでない。

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