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10話 出立

 城へ招かれたとはいえ、いつ帰ってこられるか分からない。家計のためと作った野菜を腐らせるわけにいかず、ローラは畑の採れた野菜を、ミルリィーネの家へ持っていくことにした。

 一人でもっていける量でなく、アカリも非力ながら手伝う。

 玄関先にどさりと置かれた野菜は、ミルリィーネの家でも一ヶ月分に相当した。

「なんだい、この量は!?」

 ミルリィーネはあまりに多い野菜に目を見開く。

「家で採れた野菜のお裾分け」

「お裾分けって……そんな量じゃないだろう!?」

 その通りだが、ローラの作った野菜は村人が嫌がり、他に貰ってくれるあてがない。

「おばさん、アカリと一緒にしばらく留守にすることになった。畑の管理お願い」

「――何があったんだい?」

「ちょっとね」

「ちょっとって、あんた。何があったのか言ってくれないとこの野菜はもらえないよ」

 ローラはミルリィーネがこういう態度にでることを解っていたのか、ため息をついて「分かった」と言うと、今日あったことをかいつまんで話した。

 ミルリィーネは夢のような信じがたい話に「嘘ではないだろうね」と声を低くして、ローラを追及した。騙されていると疑われても不思議じゃない。

 ローラとて、馬車に描かれた紋章は偽物ではと疑っている。

 ローラは事実である証拠に、近くの広場に馬車が止まっていることを言った。村長が知っているとも。

 ミルリィーネは馬車を見に行くと、広場へ走っていった。

 馬車があれば、偽りでないと分かる。野菜は玄関先へ置いていき、家の前で待たせているハイゼルの元へ急いだ。もうあまり時間がない。

 ローラは家へ帰る道中に、小走りで急ぐアカリにある提案を出した。

「ねえ、アカリ」

「なに?」

「アカリのような、貧乏な村に住んでいる、お金も地位も何にもない村人に――城の人はそんなに優しくないんだろうね」

「そうなの?」

「あんた、城に遣えている人は、お金がある貴族様なんだから、村人をさげずんでいるでしょうよ。あんた、対抗できるの? 知ってる知識ひけらかして、あんたを嗤い者にされるわよ」

 ローラの口調にどきりとした。

「少し、なら。ローちゃんほど知識はないけど……頑張れる」

 アカリは日曜学校を途中から、行かなくなり、ローラと比べると知識量は圧倒的に少ない。

「そっか。あんた、日曜学校辞めちゃったもんね。そんなアカリに、あたしから提案があるんだけど?」

 ローラが止まり、後ろを歩いていたアカリも止まった。

「なに?」

 アカリはローラに先を促す。なにかをたくらむような笑みに嫌な予感しかしない。

「名前、交換しない?」

 開いた口がぽかんとしてしまった。

 ローラとアカリは背格好が違う。簡単に見破られてしまう。ローラは考えなしに、変なことを言うような姉じゃない。

「どうして?」

「もしよ? もし……貴族の阿呆どもがアカリに嫌がらせをしたとする。でもあたしと入れ替わっていれば、全てあたしにふりかかってくるでしょ? あたしだったら、そのすべてに耐えられる自信がある。まあ、こっそり仕返しはするけど」

(嫌がらせ)

 聞いて真っ先に思い出すのはブリエッサからの仕打ちと、村の男の子たちからの無邪気で残酷な言葉の数々。無邪気だからこそ、残酷で幼いアカリの心に深い傷をつけた。

 聞きたくなくて耳を塞いでも、やけに大きく聞こえるごと

 今でも思い出そうとすれば、簡単に当時の頃の恐怖が支配する。

 恐怖に震えるアカリをローラは優しく抱き締めた。

「王子の目はごまかせないかもしれない。けど、会ったことがない人はだまされる」

 これから向かう場所はアカリが踏み入ったことのない世界、高貴な人が住む世界。アカリの生活と無縁の世界。一生関わることないはずの人たちのところへ身一つで飛び込むことになる。

 昔、男の子たちにされたことをされるかもしれない。それでも、アカリはあの頃より大人になった。怖いけど、怖くても自分の代わりにローラがそれを受けることを許すことが出来なかった。

「それじゃあ、ローちゃんが大変な目に会うよ。そんなの耐えられない。ローちゃんはあたしのピンチの時にいつも駆けつけてくれなきゃ!」

「そんなこと言われても昔と、今とは状況が違うでしょ? あの時は、村の悪がきがアカリをいじめてたけどさ、今度の相手は貴族様。あんたが相手に出来る相手じゃないよ」

「でもっ……!」

 それをいったらローラも同じ。

 アカリの姉なのだから。

「アカリの意見は通さない。あんたの身を守るためなんだから。これは実行させてもらう」

 アカリの言いたそうな顔を見ないで、背中を二度優しく叩くと、アカリから離れた。アカリから提案を断られる前に急いで馬車に向かっていってしまう。

 馬車はもう見えている。

 見たことがない綺麗な馬車に村人は集まり出している。

 辺鄙な村へ立ち寄るのは幌馬車ぐらいで、かっちりとした馬車を見たことがない。珍しいものに、引き寄せられているのだ。

 ふと後ろを振り向くと遠くにリーライの姿があった。こちらを――アカリを見ている。リーライを見たのはアカリに告白してきた日以来だった。お断りをしなければと思いながらも、あの日のリーライの顔が浮かびできないでいた。

 リーライが来る。肩を捕まれて、止められて、あの日の返事を聞かれたら。

(馬車に乗れなくなっちゃう)

 先に馬車についていたローラの腕に走ってすがり付いた。

「どうかしたの?」

 アカリが震えながら腕を強く握る。

「リー……が」

 アカリが見ていた方へ目線を移した。すると、遠くから誰かがじっと見ている。何をするでもなく。ただ、見ているだけ。

 目を凝らすとリーライだ。アカリが駆けてきた理由が知れた。

「遠くにいるんだから、何もしてこないわよ」

 アカリはローラのが言ったことが信用できず、一番安全なローラの場所から離れなかった。

 リーライが何処かへいくと、アカリは安心した。ローラから手を離した。

 アカリの安堵した理由をローラは知らなかった。

 リーライがアカリに告白し、そのせいでアカリは以前よりもリーライを避けるようになったことを。ローラはこの事実を、のちに意外な人物から教えられることになるとは知るよしもない。

「ハイゼルさん」

 ローラは馬車の前で立ち、村人の相手をしているハイゼルに声をかけた。

 馬車を物珍しそうに囲っていた数人の村人がこちらに目を移す。驚きと困惑の顔をした。

「出発の準備は済みましたか?」

「終わったわ」

「それでは、馬車へお乗り下さい」

 馬車のドアが開けられる。

 ローラが馬車に足をかける。

「お前、俺たちに税金払わせといて、礼もなしに出ていく気か!」

「そ、そうよ! あんた達が孤児院送りにならなかったのは、あたしたちの慈悲深いおかげなんですからね!」

「出でくっていうなら、替わりに払った金を置いていけ!」

 怒気をはらんだ声音は、ひとつを皮切りに馬車を囲う人に伝播していく。

 馬車から足を下ろし、ローラは罵倒を浴びせられながら、村長の前に立った。

 村長の後ろにブリエッサがいる。

「当然でしょ。誰のおかげだと思ってるのよ」

 今度は村人が味方とばかりに強気な態度でローラを見下す。

「あんたのおかげじゃない。あんたはなんにもしてやしない」

 ブリエッサを一蹴した。

 親がいない二人を村に住まわせるには税金がいる。

 その税金を村人達が長年支払ってくれていたのは、感謝していた。

 そのおかげで、ローラは自由に動けた。孤児院に行っていたら、自由はない。

「村長、これ」

 ローラは持っていた袋を村長に押し付けた。硬貨が擦れあう音が袋の中からする。ずしりとした重みに村長が驚いた。

「お主、これは」

「長年の税金。村長のおかげで稼げたわ。払ってくれてた人に渡して。多いかもしれないけど、余った分は分配して」

 騒ぎ立てていた大人たちは口をつぐんだ。

 馬車の周囲は静かになる。

 村人たちは、十五になると出稼ぎへ頻繁に王都へ行っているローラを知っていた。

 生活費を稼いでいるだけだと思っていた彼らは、余分に支払っていた自分たちへお金を返すためだと、思いもしなかった。

「お世話になりました」

 ローラは村人へ頭を下げた。アカリも頭を下げる。

 しんとした広場を秋の風が吹き抜けていった。

「行きましょうか」

 ローラはハイゼルの言葉に従い、豪華な馬車に乗り込む。ペコリともう一度お辞儀を村人へした後、アカリも乗った。ローラの隣に座った。

 二人が座席に座ると、ドアが閉まる。

 もう、村人の顔は見えない。

 座席は今まで座ったことがない代物だった。座ると座席が沈むのだ。アカリたちが使っている椅子は木で出来ていて、とても固い。

 二人きりになるとアカリは疑問に思っていたことを聞いてみる。ローラなら解決してくれると思いながら……。

「ローちゃん。気になってることがあるんだけど……」

「何?」

「あのね、ルディラス王子って、誰?」

 ローラは一瞬固まってしまった。レフィール王国に住むすべての国民が知っている事を、アカリは聞いてきたのだ。それだけアカリは知識がないということ。そういうローラも、ミルリーネに教えてもらって知ったため、アカリに言えることではない。

「お城に行くのに、知らないじゃ済まされないわ」

 ローラは額を押さえた。

 知らないじゃすまされない。

「国王様には二人の息子がいて――あんた、まさか国王様の名前ぐらい知らないわけないわよね?」

 ローラは思い出したようにアカリに聞いた。

 知らないと返されそうで恐ろしい。

「確かレフィセ二世様」

 ローラは胸をなでおろした。

「あたり。じゃあ、続けるわね。王様の息子は二人いて、第一王子のルディラス王子、第二王子のラズファロウ王子っていうの。二人は双子で、年齢は十九」

 アカリは二人の王子の名前を口ずさみ、違和感に気づく。

「ローちゃん。もしかして、ルディは王子様?」

「ああ、そうか。あんたに言ってなかった」

 ローラは出来事を聞くだけ聞いて、アカリが助けた人が誰か言っていなかったと思い出す。

「あんたが助けたルディは、この国の第一王子。何であの森にいたのかは知らないけどね」

「そう、なんだ。王子様……」

 はじめて会ったとき、身なりがいい人だなと思っていた。

(王子様、だったんだ)

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