第1章⑤ 世話の数と懐き度は比例しない
・・・うっ、光が瞼を通して目に刺さる。
朝は得意ではないが、いつものように傍には愛しのミカンが・・・。
「あれ、いない」
頭が真っ白になった。
普段ならまず洗面所に向かい、顔を洗ってさっぱりしてから母の元へ向かうのだが、今回ばかりはそんなことどうでもいい。朝食を用意しているだろう台所に走り、足を止めると同時に扉を開けた。
「母さん!!ミカンがいな・・・!」
ああ、思い出した。
「ママっ、これは?」
「お味噌汁よ、熱いから気をつけてね」
そういえば愛犬、いや今は元愛犬と言うべきか、ミカンは現在人間だった。
ミカンがいたことに安心するとともに、いつもの愛らしいあのミカン(この場合、もちろん犬だった頃の)が、いまやこんな恐ろしい女になってしまったという不可解な現実にため息が流れた。
「あら、アラタちゃん。おはよう」
犬が人間に化けたというのに、全く動じず、いつも通りの母を目にすると、改めてこのマイペースさには恐れ入る。
母が調理をする傍に、目をキラキラと輝かせたミカンの姿が。
あれ、俺の時と態度違くね?
おかしいな、確か犬だった頃は、俺が一番世話して、可愛がっていたはずなんだが。
「あの、ミカンさん?」
「・・・なんか用?」
さっきまで可愛らしい笑顔で母を見ていたのが一転、声をかけるとジト目で明らかに鬱陶しそうにこちらを見る。
ああ、間違いない。嫌われてますな、この態度。
年頃の娘を持つ父親のような気分だ。この歳で味わうことになるとは。
とりあえず、母の手伝いを始めた。
それを見るや否や、なにやら無い胸を張って言った。
「私にも、手伝わせなさいっ」
忠犬とはなにか、教えてあげるわ、と言ってはいるものの、ほんとに大丈夫なのか不安だったので、まずは箸を持ってくるように頼んだ。
しかし、やはり元犬。箸を持ってきたまではいい。が、口でくわえて運んでくるのはいかがなものか。
「おまっ、さすがにくわえてくるのは汚えよ!」
「う、うっさい!犬だった期間が長かったんだから、しかたないでしょ!」
「わかったから、もう座ってろ!」
そう言って、無理矢理にでも座らせる。
ムッとした表情で俺を睨むミカン、相変わらずの眼力が背中に刺さる。
朝食の用意も一通り片付き、いただきますを言って食べ始める。
さすがに箸を使うのは難しいだろうから、ミカンにはスプーンを使わせた。
無くても食べれると言い張っていたが、さすがに女の子としてそれはどうかということになり、彼女は渋々だがスプーンを使った。
「それはそうと、人間になったのも驚きだったけど、まさか学校に通うとは・・・。手続きは?」
昨日のうちに人間になったんだとして、家で遭遇するより先に、学校で出会うなんてなんとも奇妙な出来事だ。
「あら、知らない?実はね、アラタちゃんの通う高校の校長先生とお父さんね、お友達なのよ。いろいろ変わった人でね?理由を話したら一発でオッケーもらっちゃったの」
「え?!」
親父と校長が友達ってところにも驚いたが、それ以上に、『愛犬が人になっちゃいました〜』なんて非現実極まりないこの出来事を信じたということに驚いた。
確かにうちの校長は少し変わったところがあったりする。
朝礼で、UFOを呼ぼう!と急に言いだし、1時間ほど変なセリフを詠唱させたり、急に校内放送で、『ツチノコ見つけに行こう!』なんて山に駆り出されたり・・・少々かこれ。
「別に、学校なんて行きたいわけじゃなかったんだけど、ママの勧めだから」
なんだそのママ絶対論は。
しかし、そう簡単に生活できるものなのか。うう、頭が痛い。
「それにしても、昨日のあの態度はよくないだろ」
「うっさいわね、あんな発情期の雄犬みたいに五月蠅けりゃ、自己紹介なんてできないでしょ」
「そんなんじゃ、友達できないぞ?」
「あんただって、いるようには見えなかったけど」
このクソ女・・・。
こっちは心配してるというのに、どういう神経してんだ全く。
「あのなあ!!」
「二人とも、時間大丈夫かしら?」
ハッと壁掛けの時計を見る。
長針、短針の位置を確認すると、学校開始の五分前。
ヤバい、遅刻する!!
「やべっ、ほらミカン!早く行くぞ!」
「え、ちょ?!引っ張らないで!!」