第1章① あだ名?犬男だよ。
犬は素晴らしい。
モフモフの毛並み、表情豊かな尻尾、潤んだ瞳・・・理由をあげればキリがない。
そんな愛犬家である俺、犬飼 新は、高校生活を満喫して・・・、
「やだ、犬男、また一人で昼ごはん食べてる」
「仕方ないんじゃない?ドックフード食べてるの見られたくないんでしょ」
「やだー、やめてよー」
・・・なにを言っている、最近は昼食に出されても疑わないレベルのドックフードも出ているというのに。
いや、違う違う。そこじゃなかった。
おほん、先ほどはくだらない見栄を張ってしまい申し訳ない。先ほどの会話から分かるように、俺は浮いている。それはそれは風船のように、強いて言うなれば息で膨らませたのではなくヘリウムで膨らませたやつレベルで。
ことの発端は些細なことである。
弁当とドックフードを、間違えて持ってきてしまった大事件である。
それが偶然たまたま鴨がネギをしょって鍋を用意しているレベルで、クラスに一人はいるお調子者に見つかり、
「うっわ、こいつ昼飯ドッグフードだぜ!!渋ぃーーーー!」
なんて暴露され、結果、晴れて周りからは犬男、事の発端であるお調子者にはドッグメンと呼ばれる始末。
ああ、あの時、愛犬のミカン、ちなみに種類はチワワで、チワワとは世界的に公認された犬の中では一番小さい、メキシコが原産地の超絶キュートなワンちゃん・・・おっと話がそれた。とにかくチワワのミカンのドッグフードと自分の弁当を並べて置いていたのが原因ということになるか。
「はあ・・・」
「なんだいなんだいドッグメン!ため息、幸せ、逃げちゃうよ!」
遠くない過去の出来事を振り返って、どうしようもなく口から後悔の念を垂れ流していると、そんな俺とは裏腹に、なにやらウキウキとした様子で岩井 優がやってきた。呼び方で察しがつくだろうが、諸悪の根源だ。
「だからなんで複数形なんだよ」
「ふくすうけい?なんのこと?」
親御さん、この子完全に名前負けしてます。完敗してます。まあ自分の子が、まさかアホの子になるとは思いもしないだろう。
岩井は自身の感情を表現するかのように、頭に生えた、一本の特別はね上がった、通称アホ毛を元気よく揺らした。
「それよりさドッグ!」
「もはや犬じゃねえか!」
「ドッグメンじゃいちいち呼びにくいじゃん?だから略してドッグ!」
「ぶっ飛ばすぞ」
「どーどー」
「・・・一応聞くが、その意味は?」
「なんだドッグ、知らない?犬をなだめるときに使う呪文?みたいなもんだ!」
呆れ返って、開いた口が塞がらない以前に口すら開かない。そうだった、地味に物を知っているくせに、その本質とは少しズレた解釈をするのがこの岩井であったか。
「・・・もうわかった、で、要件は?」
「ふっふっふ、実は・・・」
「ほらほら、席についてー」
ゴクリっ、と生唾を飲んだ刹那、扉が開き、担任のミヨちゃんが会話を閉ざした。
「おっと、タイミングが悪い!まあすぐ分かるか、
また後で!」
「お、おお・・・」
割と親しい間柄ではあるが、相変わらず嵐のような奴だ。・・・でも、すぐに分かるってどういうことだ?
そんな疑問は、すぐに無くなった。
「はいはい、静かに!」
騒ついた教室をなだめ、ミヨちゃんは黒板前に立った。そして一つ、教師らしい咳払いをすると
「今日はなんとなんと、転校生がいます!」
教室のざわつきが再開。
岩井が言いかけていたのは、このことか。
しかし、相変わらずなにも考えない奴だな。クラスから犬野郎と名高い俺に、転校生が関わるわけがない。
「さらにさらに、喜べ男ども!女の子だぞ!!」
なに?!女の子だと?!
・・・いや、なら、なおさら縁のない話だ。
女の子と聞いて、確かにテンションは上がった。しかしそれでもクラスじゃ犬野郎の俺じゃ・・・。
そんな負のオーラを纏う俺とは裏腹に、教室内は男子生徒の活気で充満していた。
「じゃ、入ってきて自己紹介してね」
ガラガラッ!ドン!
あまりに力強く開いたものだから、また教室は静まり返った。それもさっきより強張った感じで。それもそうか、あんな勢いで扉が開いたなら、誰しも黙るしかないよな。
しばらくして、一人の女の子が黒板前に。そして腕を組み、ボソッと一言。
「・・・犬飼ミカン。以上」
驚いた、それもかなり。見た目と反したその力強さに。
長いクリーム色の髪から垣間見える鋭い眼光は、 室内の雰囲気をさらにドン底に叩き落とした。
あまりの悲惨さに見兼ねたミヨちゃんが慌てふためいた様子で助け舟を出す。
「ミ、ミカンさん?これじゃあ、あまりにも・・・ねえ。あ、そだ!質問!誰か質問ない?!」
しばらくの沈黙。
ミヨちゃん先生、そりゃ無理っすよ。ライオンですら蹴散らしそうなあの目、あれに質問なんて強者は・・・。
「はーい!ははいのはーい!」
そういえばいた、強者じゃないけれども、この状況を打破できる生粋のアホが!!
「あ、じゃあ岩井くん!!」
固唾を飲んで見守る一同。
頼むっ!お前だけがこの教室を救える!英雄の肩書きは君だけのものだ!
全員の願いは、たった一つ。
どうにか、さらに雰囲気の悪くなることのないように・・・。
「彼氏っていますかーー?」
そうだった、こいつは岩井だった。