びょういんへ行こう!
「さてと」
いつもより少し遅めに目を覚ました俺は、狭い部屋の隅にある鞄を担ぐ。
「あれ、今日はバイトじゃないの?」
「ああ。ちょっと用事があるから出掛けてくる」
「むうぅー。遊んでもらおうと思ってたのに」
彼女が頬を膨らませて、こちらを睨んでくる。もちろん、俺は構ってやる義理もないので、それらを軽くスルー。
ちなみに、用事というのは病院へ行くことだ。無論、幻覚の正体を知るために。
「じゃあ、俺はもう行くからな。留守番頼んだぞ」
「…………うん、分かった」
少し間があいて、彼女は俺に背を向けた。昨日のこと、やはりまだ気にしているのだろうか。
「本当に行くからな」
返事はない。玄関の扉を開けた後、二三度ほど中を振り返り俺は家を出た。
さて、一旦家から出てしまえば、あとは幻覚も居ない、いつも通りの光景。気持ちをリフレッシュするためにも今日1日は一人でいよう。
……でもそうだな。折角だし帰り際、あいつに詫びの品の一つでも持って帰ろうかな。……って何考えてるんだろう、俺は。相手はただの幻覚じゃないか。
しかし彼女、昨晩からあのテンションだ。例え幻覚であったとしても、終始あの様子でいられるのは勘弁願いたい。
そのときだった。ふと、背後から微かな気配を感じた。
「……お前、ついてきたのな」
「うん、ダメ?」
そこにいたのは、ビクビクとした様子で尋ねてくる彼女の姿だった。
周囲の目線もあるし駄目だ。と一蹴したいとこだったが、これ以上関係を悪化させるのも後々面倒になるので、俺は二つ返事でついてくることを許可した。
「ところで、お前どうやって俺についてきたんだ?」
「うん?どういうこと」
「だってお前ペンなんだろ?俺、家からお前なんて持ち出してきてないし」
すると、彼女は少し躊躇ったあと、独り言のように聞いてきた。
「……怒らない?」
「ああ」
それを聞き、少し頷いてから、以前見たのと同様に、忽然と俺の目の前から消えてみせた。そこで、俺は気づいた。
自分が例のペンを右手に握りしめていることに。
「え?なんで」
「えーっと、なんていうか、その……」
彼女は俺の様子を見て狼狽えた。多分、俺に怯えてるんだろう。
俺は「はぁ……」と大きく息を吐いていった。
「お前さ。昨日のこともあるから少しは我慢してたけど、もう少し普通に接してくれよ。そうじゃないと俺も喋りづらい」
「けど、そうしたら浩太怒らない?」
「怒らない。その……昨日のは俺が悪かった。すまん」
俺は遠くのビルを見つめながら頬を掻いた。
「うん、分かった」
聞こえてきた声は、まるでオモチャを買ってもらい喜ぶ子供のように明るかった。彼女が俺の横に並んだ。手に不思議な温もりを感じた気がした。
まもなく、俺達は近所の病院へついた。ここら辺では一番大きい病院だ。
「大きい建物。浩太、ここに住めばいいのに」
「嫌だ。誰がこんなとこに住むもんか」
俺は小さい頃から病院が嫌いだった。薬品の臭い、子供の泣き声、風邪で咳き込む人。その環境一つ一つが自分にとってはストレスだった。
「ほらさっさと診察券取りにいくぞ」
「はーい」
彼女は片手をあげて、返事した。
建物内に入るとさっさと整理券を取った。
しかしながら、やはりというべきか、病院内には様々な人がいた。イライラする。待ち時間が妙に長く感じる。
「ねえ、浩太って病院は嫌い?」
「うん?嫌いではないな」
「嘘だ。だって手、震えてるよ?」
言われてやっと気づいた。俺の両手が自らの膝の上で小刻みに振動しているのを。