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運の尽き

作者: らすく

人によっては気分の悪くなる要素を含んでおります。

最初の部分を読んで合わないと思った方は戻るボタンをお願いします。

『ごめんなさい。貴方との恋愛ごっこ、もうお終いにしたいの』


 スピーカー越しに聞こえる彼女の声に、思わず左手に持った携帯電話を落としそうになった。


「何故だっ、俺は君を愛している。君だって俺をあんなに愛してるって言ってくれていたじゃないか!!」

『ええ、愛していたわ。でも今の貴方が本当に愛しているのはカードだけ、私はギャンブルにはまった男と一緒に堕ちる覚悟はありません』


 その言葉で右手に持っていた3枚のカードが滑り落ちてしまった。


「コール。J、5、3の18ですね、残念ながらディーラーの手は20です。チップは没収とさせていただきます」

「待ってくれ、今のは違うんだっ」


 無常にも落ちたカードをコールとみなし、ディーラーは残っていたチップ全てを持って行った。


『そう。やっぱり今日もカジノに居たのね、もう話すことは無いわ。さようなら」


 どこまで聞いていたのだろう、彼女はそう言うと俺の言い訳を聞きたく無いとばかりに切れてしまった。


「ちょっと待ってくれ、おいっ!!

 くそっ、すぐに……」


 慌てて携帯電話から履歴を呼び出し再度コールする。


『お掛けになった電話番号は、お客様の希望によりおつなぎすることが出来ません』

「くそっ!!」


 力任せに携帯電話を地面に叩きつけると、軽い音を立てて分解し、中身が辺りに飛び散った。苛立ち紛れに携帯電話の残骸を足で踏みにじっていると隣から声をかけられた。


「お客様……」

「分かってるよっ!! 文無しは帰れっていうことだろ!!」


 鍛えられた肉体のボディーガードが視線に入ったので、悪態をつくとそのまま踵を返してカジノの出口を目指す。


「そうは参りません。お客様が当カジノより借り入れた借金、四千万円が未返済のままです。期日は明日まで、どうするおつもりですか?」

「うっせぇ!! 明日までに返せば良いんだろ。明日またきてやるよっ!!」


 黒服のボディーガードが肩をつかんで言ってきたので、払いのけて答える。


「畏まりました。ですが、明日までに来ていただけなければこちらからお伺いしますのでお気をつけください」


 黒服の声を無視し、ただ前を向いてカジノの出口から外に出る。



 --眠らずの町新宿。

 一年前、この街に国営カジノが出来てから俺の全ては変わった。

 最初は会社の上司に連れられ、軽い気持ちで始めたブラックジャックで勝ったのがきっかけだった。

 負けた上司が悔しかったのか、連日付き合う羽目になり俺は来るたびに勝ち続けた。

 最初の数ヶ月は勝ち続け、預金も9桁の大台に乗った。会社の同僚達は羨み、次第に俺を避けるようになった。

 曰く、運を吸われる。曰く、悪魔だ。俺だけが勝ち続けるのが気に入らなかったのだろう。俺はいつしか同僚達から疎まれ、会社の中にも居場所がなくなって自主退職を迫られた。

 会社を辞めた俺はここ、カジノに朝から晩まで入り浸るようになりたった2ヶ月程度でこの体たらくだ……。


「畜生、あそこで携帯さえ鳴らなきゃ3を引いて勝てていたはずなんだ……」


 理屈ではこんなことを続けられる訳が無いと分かってはいるが、感情は負けた悔しさと取り返さなくてはという強迫観念が渦巻いてもはや引き返すことが出来ない。

 酒瓶を傾けながらあてもなく歩いていると、いつの間にか小さな公園のベンチの前に立っていた。


「ここは……」


 この公園もこのベンチも忘れようがない場所だった。


「そうか……、俺、とうとう見限られたんだな」


 この場所は彼女に初めて告白をし、了承をもらった場所。

 その時の会話の一部が思い返される。


「俺、まだまだ仕事もペーペーだしオシャレなレストランに連れて行くことも出来ないけど……。あんたが好きなんだ、付き合って欲しい」

「うん、ありがとう。

 いつも一生懸命だし、不器用だけど誠実なあなたのこと、私も好きよ」

「本当に!?」

「でもね、私は向上心のあるあなたが好きなの。

 もし私に入れ込んで大切な物を失ったなら、私は身を引くから覚悟してくださいね?」

「分かった。頑張るよ」


 思い出した……。あいつは昔からそんなことを言っていたな。


 さらに呼び返される記憶。


「今日もツキに恵まれてさ、思っていた以上の指輪を用意することが出来たんだよ。

 これ、結婚指輪。1カラットの百万はくだらないダイヤをあしらった指輪なんだ、受け取ってくれるよね」

「……ごめんなさい。受け取れないわ」

「そんなっ!? なぜ受け取ってくれないんだ?

 以前の俺と違い、あくせく働かなくたって暮らして行けるだけの金はある。これからもいくらだって増やしていくことが出来るんだ、余裕のある暮らしができるんだぞ?」

「あなた……、変わってしまったわね」

「変わる? いや、今までがおかしかったんだよ。朝早くから夜遅くまで目一杯働いた報酬がはした金でかなく、カジノでは一晩でその何倍も何十倍も稼ぐことができる」

「そう……、でもそんな生活長くは続かないわ。お願いだから足を洗って」

「何を言ってるんだ。大丈夫だよ、ツキに陰りが見えたらスッパリやめれば良いだけさ」

「そう。ならもう何も言わないわ」

「じゃぁ、これを受け取ってくれるね?」

「いいえ、それは受け取らない。……そうね、もっと身の丈にあった物で考えてくれるなら受け取らせてもらいます。それじゃ、またね……」


 彼女とあったのはあれが最後だったか。そのすぐ後に俺は会社を辞め、それからは電話のみのやりとりだった。

 会いたいと思ったことは何度かあるが、その時に限って彼女からギャンブルから手を引けと電話があり喧嘩になったのを覚えている。

 たった3ヶ月会わないだけと言うのに、もう顔もおぼろげにしか思い出せない……。


 確かに彼女の言う通りだったな。そして俺はそれを受け入れる事が出来なかった……。

 だから彼女は俺から離れて行った……。


 職を失い、金を失い、大切な人を失った……。

 残った物は借金だけ……か。


 さっきは昂ぶった気分からああ言ったが、返せるあてなどあるわけがない。

 そっとベンチの表面に手を滑らせると、かすかな抵抗と砂の感触が指に伝わった。


「そう……、だな……」


 ひどく喉が渇く。

 酒瓶を煽り、琥珀色の液体を喉の奥に流し込むと公園の中心にそびえ立つ桜の木を見上げた。


「桜……、あいつが好きだったっけ……」


 在りし日の思い出を振り返り、おもむろにネクタイを外して一本の大ぶりな枝に登ると結び付けた。


「……さようなら」


 もう一方で輪を作るとその輪を首に巻きつけ、そのまま俺は宙へと飛んだ……。



ーーーーーー


 私には一人だけ、好きだった人がいました。

 同じ会社の同僚だった人で、その人は要領が悪く、不器用ではあるけど一生懸命でとても誠実な人でした。

 

 彼からの告白で付き合い始め、ゆっくりとですが着実にお互いの仲を深めあっていだと思います。


 こんな日がずっと続けばいいな……。

 そう考え、結婚を視野に入れ始めた頃にこの国は一つの転機を迎えたのです。


 国営カジノの開設……。


 私も彼もギャンブルは全然行いませんでした。なので最初はまったく気にしてなかった。

 ですが彼の上司は違いました。彼の上司は彼を連れて毎晩カジノへ通い続ける日々をおくったのです。

 私は彼に、適当な理由をつけついていくのを辞めるようにと何度も言いましたが、彼は「付き合いだから」と言って辞めてくれなかった。

 あの時、もう少し強く言っておけば何かが変わったかもしれません。


 3ヶ月が過ぎたあたりでしょうか、彼の上司が何もない普通の交差点で事故を起こしました。

 運悪く前を走っていたトラックの荷台から鉄骨が落ち、車に突き刺さったという話でした。

 最近の上司さんは方々で小さなトラブルに巻き込まれることも多く、最終的に命に関わる事故となったのは、口さが無い人など「運が尽きた」とまでいっていました。


 不謹慎ですが、これで彼がギャンブルをやめると喜びました。ですが彼はやめてくれなかった、それどころか同僚を誘ってカジノへ入り浸るようになってしまいました。

 不思議なことに彼は負け知らずで、逆に同僚の人たちは勝つことが出来なかったと聞いています。

 そのような事が続けば、一緒に行く人もいなくなるだろうと思っていましたが、彼が負け分の補填を行い帰りにおごりで飲みに連れて行っていた為に通い続ける日々が終わることはありませんでした。

 私は何か得体の知れない恐ろしさを感じ、幾度となく彼にギャンブルを辞めるよう訴えかけたけましたが聞き入れてもらえることはありませんでした。


 半年が過ぎたあたりでしょうか、彼は完全に社内から孤立しました。

 一人だけ勝ち続けたから、という理由もあるのかもしれませんが、一緒にカジノへ通っていた人達が軒並み事故やトラブルに巻き込まれるようになりはじめたからです。


 部署の違う私にも彼の噂は聞こえていました。曰く、運を吸い取る悪魔。曰く、疫病神。誰もが彼を恐れて近寄らなくなりました。


 そんなある日でしょうか、私は彼に告白された小さな公園へと呼び出されました。


「今日もツキに恵まれてさ、思っていた以上の指輪を用意することが出来たんだよ。

 これ、結婚指輪。1カラットの百万はくだらないダイヤをあしらった指輪なんだ、受け取ってくれないか?」


 彼の手に乗っていたのは小さな箱。その中に大粒のダイヤを乗せたプラチナのリングがはまっていました。

 嬉しいはずのプロポーズ。ですが、私はその指輪を受け取ることが出来ませんでした。


「ごめんなさい。受け取れないわ」


 差し出された箱を両手で押し返す。

 私のそんな行動に、彼は酷く傷ついた表情になって叫び出しました。


「そんなっ!? なぜ受け取ってくれないんだ?

 以前の俺と違い、あくせく働かなくたって暮らして行けるだけの金はある。これからもいくらだって増やしていくことが出来るんだ、余裕のある暮らしができるんだぞ?」


 昔の……、不器用だけど一生懸命で誠実だったあの人の面影がまったくなくなっていました。

 確かにお金に困らない生活は快適でしょう。ですが、私の望んでいたものはそれでは無い……。


「あなた……、変わってしまったわね」


 昔のあなたを思い出して欲しい。やり直して欲しい。その気持ちを押し込め、ただ悲しく呟く。


「変わる? いや、今までがおかしかったんだよ。朝早くから夜遅くまで目一杯働いた報酬がはした金でかなく、カジノでは一晩でその何倍も何十倍も稼ぐことができる」


 噂が本当なら人の不幸の上で……。そう思いましたが言葉にすることは出来ません。おそらく今の彼なは真意を伝えることは出来ないでしょう。

 でも……、最後にもう一度だけ……。


「そう……、でもそんな生活長くは続かないわ。お願いだから足を洗って」


 私の心の叫びを伝える。もはや彼には伝わらないと知っていても。


「何を言ってるんだ。大丈夫だよ、ツキに陰りが見えたらスッパリやめれば良いだけさ」


 彼は笑って言う。やはりもう彼には私の声は伝わらないのね……。


「そう。ならもう何も言わないわ」


 そう。もう彼の前に姿を現すことは無いでしょう。


「じゃぁ、これを受け取ってくれるね?」


 もう一度差し出される指輪。


「いいえ、それは受け取らない。……そうね、もっと身の丈にあった物で考えてくれるなら受け取らせてもらいます。それじゃ、またね……」


 "またね"は"さようなら"の意味。もう、彼には2度と会わないでしょう。

 差し出される指輪を無視し、私は彼に背を向けて家路へと急いだ。願うことなら彼が昔のあの人に戻ってくれるように。と思いつつ、流れる涙をそのままに彼のアドレスを携帯電話から消去(・・)し、迷惑電話へと登録(・・・・・・・・)しました。


 あの別れから3ヶ月もたったある日でしょうか。

 見覚えのある電話番号。いまは消され、繋がるはずの無い電話番号からかかって来たのです。私は震える指でコールボタンを押します。


「もしもし?」

『久しぶり、元気だった?』


 忘れようもないあの声、間違いありません。

 なぜ繋がったのでしょうか? それに混線しているのか微妙なノイズが気になります。……ただ、元気な声を聞いてホッとした自分がいるのにも驚かされました。


「なぜ電話を? それにノイズが入っていますがどこにいるのですか?」

『うーん、ちょっと遠い所としか言いようがない場所にいてね。ノイズは気にしないで欲しい』


 どうやら向こうもノイズが入っているようですね。


「そうですか。……それで、今更なんの電話ですか?」


 あれからすぐに仕事を辞め、連絡一つ入れてくれなかったからでしょう。どうしても不機嫌な声音を止めることができません。


『うん、安心して欲しい。電話はこれ一回だけだ。

 どうしても伝えたい事があって、先方に少しだけ時間をもらったんだ』


 先方? 遠い所と言いましたし何かあるのでしょうか?


「……なんでしょう」

『その不機嫌な声音、本当に懐かしく感じる。

 ……時間がないから手短に言わせてもらうよ。

 俺はもう君と会うことが出来ない、でも君を嫌いになったんじゃない。やっと全てが分かったんだ、俺が金の魔力に惑わされて犯した過ちやなくした物を。

 ……これから俺はこの過ちを償いに行かなくてはならない。だから……、さよならだ。

 出来ることなら俺のことを忘れて幸せになって欲しい』


 本当に不器用で誠実な人……。そんな事を言われたら私はこう言うしかない。


「わかったわ。さようなら、好きだった人」

13期テーマ作品の二作目となります。

今作はみやさんの活動報告にあった今までのテーマ全てを盛り込んでみた作品となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] またまた失礼します。木下秋です。 「運の尽き」、読ませていただきました。 ……これは素晴らしいですね。「よくやったなぁ……」と。 今までのテーマ全部を盛り込むとは、それでいて、無理矢理…
[一言] いいですね。物悲しいなかにもどこか温かさが感じられる作品でした。 彼と彼女の二段構成になっているのもお互いの心情を知ることができ、よい描きかただと思います。 ただ、二人がお互いに理解しあえて…
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