頑張ってるお父さん
ここは松平市にある希望が丘駅前商店街――通称『ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘』。国会議員の重光 幸太郎先生の事務所があり先生の自宅のある、いわゆるお膝元というやだ。
この商店街は実に様々な店舗が入っていて、其々に個性豊かなメンバーが揃っている上、商店街の住人達も非常に仲がいいのである。
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今日も遅くなったので人通りはまばらで多くのお店は既に閉店。営業しているのは居酒屋とうてつと黒猫さんぐらいか。最近は何故かうちの市に転入する人が増えてきて雑多な事務処理が山のようになりそれに伴った残業も増えてきた。
遅くなるってメールはしておいたけど、八重子さん怒ってるだろうなあ……。これで機嫌がなおればいいけど……。手にしているのは八重子さんが好きなガトーショコラ。なんかと閉店までに滑り込んで買うことが出来た。これ買えなかったら今日は締め出されていたかもしれない。
本来、転入届は区役所で対応するものだがここ松平はもともと小規模の都市ということもあり、市役所でも同様の業務が出来るようになっている。なので住んでいる人々は近くの出張所か市役所に赴いて様々な手続をしているのだ。
だけど、このままだと物凄い人口になりそうなんだけどなあ……周囲の群や町などを吸収合併でさらに大きくなるようなら区割りが必要になってくるよな……あ、出来たら俺が退職してからにして欲しい。もう残業は嫌だ……八重子さんや子供達とも一緒に飯も食べたいし、チャーさんとも戯れたい。
「ただいまー……」
自宅は商店街に隣接したマンション。一階はテナントになっていて今は旅行代理店が入っている。お陰で町内会や商店会の懇親会のイベントの手続きが随分と楽になったと役員さんが喜んでいたな。
「おかえりー、ガトーショコラちゃーん」
「……はい、どうぞ、八重子さま」
「うむ、大儀であった」
最近、八重子さんは大河ドラマにはまっていて口調が時代劇だ。ヒロイン役の松下日和ちゃんはそんな口調で話してないぞ?という突っ込みは禁止らしい。
「あ、パパー、おかえりちゃーん」
「ただいまー」
娘の七海が我が家の次男坊のチャーさんと一緒に出迎えてくれた。チャーさんは七海にプラプラさせながらマウマウと鳴いている。家族って癒されるなあ……。
「智之は?」
「いまテレビで新幹線の特集しててそれにかぶりつき。呼んでも無駄~」
「やっぱ将来は新幹線の運転手か。ブレないなあ、智之は」
市役所で残業がいっぱいあって疲れて帰ってきたら迎えてくれる家族がいるって素晴らしい。それがツンデレ嫁と可愛い娘と息子、そしてチャーさんならなおのこと。
「なにヘラヘラしてるのよ、気持ち悪いよセイちゃん」
「幸せを噛み締めてるんだよ」
「噛み締めるならスルメをもらったから、それにしなさい。そんなだらしない顔してたら部下にバカにされるわよ?」
「スルメ? なんでスルメなんかが?」
八重子さんが普段買わないような品名が出てきてちょっと戸惑う。
「なんでも縁起物のスルメなんですって」
「縁起物? 何かおめでたいことでもあったのか?」
「んー……近日発表とか誰かが言ってたわ、篠宮のご主人だったかな」
篠宮酒店のご主人はなかなかの情報通。そのご主人が言うのだから間違いない、近々何処からか何やらおめでたいことが発表されるのだろう。もしかして自分の身内の可能性もあるよな。
「へえ、あそこの息子さんがお嫁さんでももらうのかな」
「そうかも」
うちは帰ったら、お風呂にするー? ご飯にするー? なんて尋ねられない。その日その日の八重子さんの都合で我が家は仕切られている。鬼嫁軍曹かって? いやいや、うちはそれで皆が大満足なんだから問題ない。俺は八重子さんのお尻に敷かれていると非常に幸せを感じるんだから。え? ドM? ああ、そうかもしれないな、あははは。
あ、それ、職場には内緒ってことで。