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フィリアとハンナ

 町を目指して歩いていた鬼丸は、途中で同い年くらいのハンターたちと出会った。ハンターといってもまだ駆け出しで娘一人を含む三人のパーティーが黒魔蛙に囲まれ助けを求めてきたのだ。



 水のある付近に生息する魔物の魔蛙は群れを作るが、群れ意識はない。

 ランクがDマイナーとそれほど強くなく駆け出しハンターが狩る定番となっている。

 それでも体長が二メートル近くある巨大な蛙がその大きな口で獲物を丸呑みするとなれば駆け出しには脅威に映り、別名が駆け出しの試練と呼ばれている。

 小さな群れだと魚や農作物を荒らすだけだが、三十匹以上集まると半日ほどで体の色が黒い黒魔蛙となり人を襲うようになる。

 その為、昔から二十匹以下の群れを対象に討伐依頼が出される事が多かった。


「キシムっ、そっち行ったぞ!」

「おうっ、任せとけ!」


 南北に延びる街道から少し入ったところで順調に魔蛙を狩っていた彼らだ。一対一で倒せる事もあって討伐に夢中になり全員で何匹屠ったかなど数えていなかった。

 初めての魔物討伐。しかも駆け出しの試練と呼ばれる魔蛙討伐に多少興奮しながら、そして魔蛙って結構強い魔物なんだと余裕を感じながら剣を振るっていたのだ。


「こいつらって本当に普通の魔蛙よね? なんか、だんだん黒くなってない?」


 違和感を感じたフィリアという娘が仲間に尋ねる。


「こんなもんなんじゃね。俺は八匹倒したよ。カズルは?」

「俺は九匹だ」

「私は四匹だった、かな?」


 残っている数は十三匹。

 そこで初めて、全員が気づいた。


「ちょっ、マズイだろ! なんでこんなにいるんだよ?」


 討伐を始めて一時間半が経っていた。

 三人とも初めてなので時間がかかっているとしか考えていなかった。


 運悪くというか運良くというか今朝方二つの群れが一緒になって三十匹以上の群れになってしまっていた。黒魔蛙となるとランクはDプラスとなり難度が上がる。

 それでもまだ時間が経っていない為に多少黒っぽくなっただけで、駆け出しの彼らでもなんとか狩れていたのだ。

 証明部位は後でまとめて集めようと決めていたので、このまま逃げれば報酬がもらえない。


「カズルっ、どーすんだよ?」


 黒魔蛙化すると魔蛙に戻るのにまた半日かかる。

 全滅させるか、報酬を諦めるしかなかった。

 ハンターに登録して雑用の依頼を死ぬほどこなし、しかも足りなかった分は武器屋の親父を拝み倒してようやく念願の得物を手に入れたのだ。

 今回の報酬がもらえなければ、帰っても食事すらできない。


「やるしかねぇだろ! もう金が残ってねぇんだぞっ!」


 フィリアでさえ手こずりながらも一人で倒してきたのだ。それが彼らの自信になっていた。

 三人で協力して一匹を倒していけば何とかなるとリーダーのカズルは考えた。


「……それに、まだ完全に黒魔蛙になってる訳じゃない。今のうちに三人で仕留めるぞ」


 ところが、魔蛙は黒くなるほど攻撃も防御も強力になっていく。次第に斬檄で魔蛙のヌメッとした皮膚を切り裂けなくなっていく。

 目にも止まらぬ速さで舌で獲物を巻き取りその大きな口で丸呑みにしようとする。

 何度も舌に絡み取られ、その度に仲間が舌に剣を振り下ろして助けるという場面が起きている。

 そしてついに三人の腕ではかすり傷程度しか与えられなくなっていた。


「マジかよっ! あと八匹もいるんだぜ!」

「どーすんだ? フィリアだけでも逃がすしかねぇんじゃね」

「そんな……。誰かに助けを」

「こんな寂れた街道……いたっ!」



 三人のいる街道は途中から東へと迂回しながら南へ行くと開拓村がある。

 迂回するのは、南にある廃墟に盗賊らしき一団が住み着いているという噂があるからだ。

 そんな開拓村へ続く街道だ。人通りなど一日一組見かければ良い方なのだ。

 その街道を一人の男がこちらを見ながら呑気に手を振って挨拶している。

 きっと腕の立つハンターに違いないと、三人は思わず声を張り上げ助けを求めた。



 そこを通りかかっていたのが鬼丸だった。

 たいして強そうでもない黒い蛙に囲まれた三人に助けを求められ、ちょっと戸惑う。


「なにやってんの?」


「先輩っ。助けて下さい!」

「報酬全部って訳にはいかないですけど、できるだけ払いますから!」

「いやぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!」


 フィリアが何か言おうとしたが、黒魔蛙の舌に絡み取られて悲鳴を上げながらズルズルと大きな口に引きずり込まれていく。


 鬼丸は、魔蛙を見るのが初めてだ。

 こんな大きな蛙がいた事に驚くが、そんな状況ではなかった。

 引きずられていったフィリアが腰まで呑み込まれ、両手をバタバタさせ泣き喚きながら助けを求めているのだ。

 大太刀を抜き、一気に黒魔蛙に迫る。


 と、軽く鬼気を纏わせた大太刀を振り上げた鬼丸の動きが止まった。

 首を斬り落として助けようと思ったが、このまま振り下ろせばフィリアまで真っ二つだ。


「たしゅけでぇ……」


 助かると喜んだフィリアは突然動きを止めた鬼丸に驚き、力無い声で必死に助けを求める。

 鬼丸は肩まで呑み込まれたフィリアに注意しながら黒魔蛙の頭を水平に斬り落とし、ベトベトになったフィリアを引きずり出す。と、今度は後からカズルたちの悲鳴が上がった。

 同じように黒魔蛙に食われそうになっていた。


「なにやってんの!」


 まったく手間がかかると呆れながら鬼丸は残っていた黒魔蛙を屠って回った。



 ベトベトの粘液まみれになった三人は、身動きできないほど疲れ果てていた。

 魔物に食われかけたのだ。

 消化されないまでも、魔力は吸われ続けていたのだ。

 グッタリと大の字になって放心状態だ。

 それを知らない鬼丸は、三人とも疲れ切って食われたのだと考えていた。


「食われなくて良かったな」


「ありがとう。助かったよ……」

「死ぬかと思った。俺、ちびったよ」

「私も……」


 つい言わなくて良い事まで言ってしまい、顔を真っ赤にしながら足をモゾモゾと閉じるキシムとフィリア。


「それ、早く洗い落とした方が良いみたいだよ」


 鬼丸の言葉で、そんな三人が頭を上げて自分の体を見て驚いた。

 肌がピリピリするとは思っていたが、まさか服が溶け始めていたとは思ってもいなかったのだ。

 特に最初に食われそうになったフィリアは、スカートのあちこちに穴が空き太ももが露わになり始めていた。


「いやぁぁ。見ないでぇぇ! 助けてぇぇ……」


 仕方ないとばかりに鬼丸は、泣きじゃくるフィリアを担ぎ上げ近くの川に放り込む。

 そして。残った二人も同様に川へと放り込み、自分も川へ飛び込んだ。折角タリムが縫ってくれた着物だ。町に着く前にボロボロでは申し訳なさすぎる。

 川に放り込まれた三人の服は辛うじて無事だったが、今度は冷たい水に体を震わせていた。




 それからしばらくして、鬼丸は互いに自己紹介しながら魔蛙の皮剥ぎを手伝っていた。

 死ねば魔力が作用しないから、最後は手も足も出なかった彼らでも黒い魔蛙の皮を容易に剥ぎ取れる。

 フィリアは辺りの警戒役だ。太ももまで露出したスカートでは恥ずかしいのか、頻りにモジモジとしながらずっと座ったままなのだ。


「俺たち同じ村の出でさ、幼なじみなんだよ。ようやく魔物討伐ができるって気張ってきたんだ」


 カズルが鬼丸に話しかけていた。

 皮剥ぎが終わり、粘液のついた皮を川で洗い落としながらカズルは鬼丸にいくら払うかを考えていた。

 剥いだ皮は全部で三十四枚。

 魔蛙の皮に大した値は付かないが、三人とも一文無しなのだ。少しでも多く稼ぎたい。

 討伐報酬が銀貨十枚に追加分。皮は十枚で銀貨三枚だったはずだ。

 となると全部で銀貨二十枚ちょっとといったところか。

 こちらも生活がかかっているから、最低でも一人銀貨三枚は欲しい。

 

「鬼丸さん。助けてくれたお礼は銀貨十枚って事でどうでしょう?」


 鬼丸は腕のあるハンターらしいから、下手に交渉するより最初からほぼ半分を渡すくらいのつもりでいた方が良いと考えたのだ。


「そんなにもらえるんか!?」

「もっとも、俺たち今は一文無しですからハンター会館で売ってからですけど」

「丁度良かった。俺もハンター証もらいに行くところなんだ」

「えっ!?」


 驚いたのはカズルだけではない。

 キシムとフィリアも、鬼丸がハンター未登録とは思ってもいなかったのだ。

 それならば、もう少し支払いの額を減らしても良かったかもと考えるが、それ以上に未登録でこの強さなのだ。仲間に加わればもっと稼げるようになる。


「ところで、鬼丸さんはどこかのパーティーにでも誘われているんですか?」

「いや、気ままに旅しているだけだ。身分証明にハンター証が欲しいだけだよ」


 ハンターや兵士を目指してとか行商でもなければ、普通は旅などしない。


「旅ですか。なら、しばらく俺たちと一緒にハンターやってみませんか?」


 ちょっと強引かなと思いつつもカズルは鬼丸を誘う。

 旅をするならハンターの初歩を知っていても損はないと考えたのだ。


「まあ、いいけどよ。あんま長い間は連めないけどな」




 それから四人で魔蛙の討伐証明となる右手と皮を背負いながら町へと戻っていく。

 体長二メートルの魔蛙の皮だ。かなりの大きさと重さがある。その上大きな右手が三十四本もある。


「大丈夫か?」

「へ、平気です。持って帰らないと金にならないですから」

「俺、もっと持とうか?」

「大丈夫です。これも力をつける訓練ですよ。ハハハ……」


 乾いた笑いで照れ隠しをするカズル。

 鬼丸には大して気にならない重さだが、非力なフィリアは仕方ないとしてもカズルたちまでがヒーヒー言いながら喘ぎ、何度も休憩を挟んでいた。


「んで、あれがミラディルって町なのか?」

「えっ!? 鬼丸さん、あれはカルシマって町です。ミラディルはもっと東ですよ。もしかしてミラディルへ行きたかったんですか?」

「ハンター登録できれば、どこでもいいんだけどよ」

「それならカルシマでもできますから心配ありません」


 ミラディルという町はバリエス国正領にある町だ。

 一方、カルシマはバリエス領特別小国家群領地の東端にある町。

 この辺りの地域は町や村が昔からそれぞれが独立していたので、いわば地域ごとバリエスの属国扱いとなったのだ。

 その所為もあってか魔物の暴走後、バリエス国は正領の治安維持が手一杯で、この一帯は放置されたままだった。その所為もあって、野盗や奴隷商人などが横行する地域となっていた。


「鬼丸さん、気をつけて下さいよ。町の中でも攫われて奴隷になる奴が多いんですからね」


「そーいえば、攫われた人たちが帰ってきたって噂になってたよね」


 フィリアがボソッと呟いた。

 噂止まりなのは、攫われたであろう本人が病気で寝込んでいたと言い張るのだ。

 奴隷となって捕まっていた。例えすぐに解放されたとしても、それが知られればかなり厳しい現実が待っている。

 奴隷は本来犯罪者がなるのだ。

 近頃は攫われて奴隷になった者が多いと分かっていても、それでも一方的に蔑んだ目で見られるのだ。


「どっかの奴隷商で反乱でも起きたんだろうさ」


 攫われる奴は、どこかに隙があるとカズルは考えている。

 町の大門を守っている門番ですら金で簡単に買収できると噂されているくらいだ。

 この町で隙を見せていたら、生きては行けない。


 そんな町だから、という訳ではないがフィリアは街中へと入って行くのを躊躇っていた。

 太ももまでとは言えかなりきわどい格好なのだ。

 しかし、このまま町の外で待っていれば攫われてしまうと、縋るような顔でカズルとキシムの顔を見る。

 二人はそんなフィリアを気遣い、前後から挟み込むように守っている。

 

「この先にあるのがハンター会館だ。俺とフィリアは鑑定が終わるまで買い取りカウンターで待っているから、鬼丸さんはキシムに案内してもらって登録を済ませてくれ」


 大門を潜りそのまま大通りを歩いていくと、カズルが「ここだ」と言ってハンター会館の中へと入っていく。


 鬼丸は初めてのハンター会館をキョロキョロしながら入っていった。

 こぢんまりとしているが、職員が忙しそうに働いている。

 入って右がさまざまな手続きをするカウンター。左側には依頼を貼った掲示板が見える。

 カズルたちは真っ直ぐに奥の買い取りカウンターへと進むので鬼丸も後をついていく。


「買い取りと、依頼の報酬を頼む」


 そう言ってカズルはハンター証と討伐依頼書をカウンター職員に差し出した。

 それを見た職員はチラッと運んできた皮を見て首を傾げる。


「魔蛙討伐だよな。何故黒魔蛙まであるんだ?」

「俺たちも魔蛙討伐で行ったんだ。けど、群れが集まってて黒い奴になりかけていたんだよ」

「お前たち、まだ駆け出しだよな。良く倒せたな」

「まあ、な。これでもデッドエンドから来たからな」


 カズルはここで得意そうに胸を張る。


「ほぉー、本当にデッドエンドから来た奴が現れるとは」


 職員は感心したようにカズルを見つめ、そのまま鑑定に入っていく。

 職員にとってデッドエンドから来たかどうかに興味はない。依頼を確実にこなしてくれる者が良いハンターなのだ。そもそもその服を見たら魔蛙に食われたと公言しているような物だ。大した実力ではない。

 その間に鬼丸はキシムの案内で、登録カウンターに並んでいた。


「なあ、お前たちってデッドエンドから来たのか?」

「ハッタリに決まってるでしょ、鬼丸さん。そう言っとけば一目置かれんだから」

「ふ~ん」


 謎の英雄がデッドエンドから来たという噂はこの辺でも有名だった。

 駆け出しのハンターは箔を付ける為に、自分たちもそこから来たと言っているだけだ。


 それはさておき、鬼丸は登録に金が必要だとは思ってもいなかった。

 登録用紙を提出して鬼丸のハンター証が出来上がってくると、受付の女職員がニッコリとして「登録料は銀貨三枚です」と言われ目が点になる。


「えっ!? 登録って金かかんの?」

「もちろんですよ」


「どうしたんだ、鬼丸さん? もしかして金ねぇの?」


 バイトマたちを倒したが、鬼丸はバイトマが貯め込んだお金に興味がなかった。新しい着物が手に入っただけで満足していたのだ。

 鬼丸はどうしたら良いかと悩んで、タリムの言葉を思い出した。


「そういや……。ちょっと待って」


 照れ笑いを浮かべながら鬼丸は、袖の中に入れておいた小さな巾着を取り出す。

 ハンター会館に着いたら開けろと言われたのを思い出したのだ。

 中には銀貨五枚が入っていた。


「あったぁ……」


 タリムは登録に金が必要だと知ってたのだ。

 バリデウの村で散財した事や、開拓村で金がないと揉めた事を聞いて呆れていた。きっと、お金を持っていると使ってしまうと心配したのだろう。

 今度会ったらお礼を言わなきゃななどと考える鬼丸は、その後の初級ハンターの心得などを上の空で聞いていた。

 それでも、鬼丸は取りあえずの目標だったハンター証を手に入れる事ができた。


「あー、眠かった……」

「鬼丸さん、余裕っすね」


 付き合っていたキシムは呆れている。

 初歩も初歩、しかも結構大事な事を説明してくれているのに、鬼丸はうんうんと頷くだけで聞いている風には見えないのだ。

 こういった者は多いのだろう。受付の女職員も、「一応説明しましたからね。後はわからなければ、いつでも聞いて下さい。暇な時に、ね」とチラッと嫌味を交えながら次の仕事に取りかかっていた。


 ようやく登録を終えた鬼丸とキシムが買い取りカウンターの方を見るとカズルたちはすでに報酬と皮の代金をもらったのか嬉しそうだ。というか、飛び上がって喜んでいた。


「どうした? やけに嬉しそうだけど」

「それがねー!」


 慌ててフィリアの口を塞ぐカズル。


「お、鬼丸さん。お疲れ様でした。これ、助けてくれたお礼。約束の銀貨十枚です」

「おう、ありがとな。でもいいのか? ただ助けただけなのによ」

「いやいや、十分助かりましたから」


 カズルは思わず「皮剥ぎや運搬まで手伝ってくれたでしょ」と言いかけて口をつぐんだ。

 というのも黒魔蛙の皮に思っていた以上の値が付いたのだ。黒魔蛙八匹の皮だけで銀貨六枚。魔蛙の倍近い値が付いていたのだ。さらに三十匹以上の討伐という事もあって報酬に結構な額の上乗せがあった。

 黒魔蛙を狩ったのは鬼丸だから、その事で文句を言われたり、手伝ったからと報酬を求められたら自分たちの取り分が少なくなるとカズルはすぐに礼金の支払いを済ませたのだ。


「それよりさぁ、こんな格好じゃ恥ずかしいよぉ。早く服を買いに行こうよぉ」


 せっつくフィリアを守るように鬼丸たち三人が囲み、町へ出て行った。

 まずは服屋へ、それから防具屋へと行き、カズルたち三人は装備を調えていく。


「鬼丸さんは防具を買わないのか?」


 カズルが不思議そうな顔で尋ねた。

 残った報酬を三人で分けたので大した額にはならないが、それでも皮の籠手などといった一番安い防具を物色できているのに、鬼丸は見るだけで一向に買う素振りがないのだ。


「う~ん、俺、このままが動きやすいし」

「変わった服ですよね。袖が大きなポケットみたいで可愛いです」

「あ、そうだ。お金を入れる袋くらいは買わねぇとな」


 タリムからもらった小さな巾着には十枚も入らないのだ。

 そのまま袖に入れたままにしてある。


「これ、女の子が作ったんでしょ。鬼丸くんの彼女とか?」

「友だちだよ。タリムって娘が作ってくれたんだ」

「あ~やしぃ~」


 そう言いながらフィリアは嬉しそうだった。

 カズルとキシムは幼なじみで小さい頃から一緒に遊んだ仲だ。

 そこへ現れたのが、見るからに異国から来た同い年くらいの男。しかも幼なじみより強いのだ。

 年頃の娘が興味を示さない訳がなかった。


「なんだ~、フィリアは、鬼丸さんが気になるのかぁ?」


 フィリアをからかったのはリーダーのカズルだ。


「当ったり前じゃない。だってカズルやキシムより強いのよ」


 と言いながらフィリアはカズルたちを馬鹿にした口調ではない。

 あくまで仲間にハッパをかけているのだ。

 特にカズルはフィリアが好きなのだ。フィリアも将来はと考えている。少しでも強くなって欲しいのだ。


 そんな三人を見て鬼丸にも笑みが浮かぶ。

 ナウラ村ではオニムとレイランと三人でよく一緒に遊んだのだ。


「さっさと買い物済まして、宿と鬼丸さんの歓迎会だ」


 こうして鬼丸はカルシマの町で、しばらくカズルたちとパーティーを組む事になった。




「んで、こう構えて、こう振ると」

「こう構えて、こう、と」


 翌日の依頼は鬼丸も加わった事もあり、人数のかけられる討伐依頼を受けていた。

 しかも、至急という今朝入ってきたばかりの新鮮な依頼だ。ただし、昨日はかなり危険な目にあったから、今日はかなり楽な依頼を選んでいる。

 場所はカルシマの町のすぐ東に広がる畑。そこで仕掛けを施し終えたカズルたちが鬼丸に剣の基本を教わっていた。


「でもよ。俺の剣術はかなり特殊らしくてよ。あんま参考にならねぇらしいぜ」

「問題ないよ。俺たちだって自己流なんだ。剣を振るって事に違いはないんだから十分だ」


 カズルたちの受けた依頼はカルシマの町の東に広がる畑に出没する土棘という魔物の討伐だ。

 畑に出没し地中を走り回る。それだけで根野菜の農作物に被害が出る。

 カルシマの西の方が報酬の高い依頼が多いが、西は野盗が出没してかなり危険なのだ。

 カズルのパーティーには女子のフィリアがいる。欲を出さずにまずは少しずつ腕を上げていこうと考えていた。

 それに土棘ならカズルたちは田舎でも退治した経験があった。

 それほど強い魔物ではないが、土の中を素早く移動する為に退治が難しいのだ。

 

「奴等は深くは潜らない。誘い出して、仕留める。それだけだ」


 もちろん農民でも退治できる相手なのだが、今は収穫期に入っていて一人でも人手が欲しいのだ。土棘退治をしている暇はないと依頼を出したのだ。


 土棘の好物はミミズが宿している土の魔力だ。

 だからミミズの多い畑を荒らす。

 これだけなら農民も土棘退治に躍起にならない。

 問題は土棘が居着いた畑は、土中の魔力が高くなりすぎてまともな野菜が育たなくなるからだ。


 ミミズは畑一面にいるより一箇所に集めた方が食いつきがいい。

 そこでカズルたちは午前中に収穫の終わった畑を掘り起こしてミミズを山と捕まえ、その畑の真ん中に積んだのだ。

 後は、好物のミミズにおびき寄せられた土棘を魔力防御する前に剣で一気に突き刺して終了。


 その誘っている間、鬼丸に剣術を教わっていたのだ。

 そのうち畑のあちこちに土棘の棘がピョコピョコと姿を現しだした。


「そろそろやって来たようだ。手はず通りにっ!」

「「「おーっ!」」」


 カズルの声で鬼丸たちはミミズの山の四方に散り剣を構える。

 後は、やって来る土棘を串刺しにしていくだけ。

 剣を地面に突き刺して引き抜くと、四、五十センチの大きさのエイのような形をした魔物が出てくる。これが土棘だ。

 エイは棘に毒があるが、土棘のそれは土壌を魔力汚染する為にある。この棘を地上に突き出して地面を進む為に土棘と呼ばれている。

 …………だったのだが、思っていたより数が多い。

 普通であれば一人五、六匹を仕留めれば終わるはずなのに。


「うわっ、何これ!? いくらでも寄ってくるわ」


 突き刺しては持ち上げ突き刺しては持ち上げと、頑張っているがそれでも地面には土棘の棘が走り回っている。


「カズルゥ、こんなに出てくるなんて信じられないよぉ」

「兎に角仕留めろっ! 仕留めた数だけ報酬がもらえるんだからなっ!」


 土棘退治の経験があるフィリアですら鬼のような形相で剣を突き立てていた。

 一応ミミズを捕まえるのに掘り起こしてはいるが、これだけいると地中から引きずり出すだけでも一苦労なのだ。

 そんな中、鬼丸だけが喜々として地面に大太刀を振るっていた。


「簡単だけど、楽しいな」


 突き刺すのではなく、地中にいる土棘に大太刀を振るっていたのだ。


「鬼丸さん、土棘は地面に出して下さいっ!」

「だってよ、一々引っ張り出すなんて面倒だろ?」

「金にならんでしょうがっ!」

「あ、忘れてた。悪ぃ」


 土棘の棘は討伐証明になるが、大事なのは棘からは微量だが魔力液が採れる。

 十匹程度では意味がないが、これだけいればコップ二杯は採れるはずだ。少量ならすぐに魔力が消えてしまうが、二杯分も集まれば自然と結晶化する。

 そうなれば簡単な魔法が使えるのだ。

 売ればかなり高額で買い取ってもらえる。


 スキルは魔物討伐や戦争の手段として一般に広がったが、魔法はそうではなかった。

 魔物の暴走以前、魔法による戦争や国王の暗殺を恐れて魔法狩りが行われ、それが大陸に広まっていった。

 スキルと違い魔法は遠距離から容易に一対多を可能にするからだ。

 戦略級と呼ばれる魔法を使えば、相手に反撃の暇を与えずに滅ばす事ができる。天級であれば、相手国に天変地異を起こし、一夜にして大陸の地図から葬り去る事すら可能だ。

 過去に敗戦国に対して徹底的に行われた魔法狩り。魔法書は全て燃やされ、魔法を使える者は皆殺しにしたという黒歴史がそれを物語っている。


 大陸全土を襲った魔物の暴走を食い止められなかったのは、これが一因だった。赤目のゴブリンとはいえ、強力な魔法が使えたならあれほどの被害は出なかっただろう。

 それでも魔法は未だ禁忌に近い扱いを受けている。

 ただし魔法結晶は別だった。

 どんな使い方をしても、そこそこの威力がある魔法しか放てないからだ。

 今では魔法は術者が振るう物ではなく、魔法結晶から放たれる物へと変わっていた。



 カズルたちの集めたミミズのほとんどが食われてしまったが、それでもまだ土棘は討伐しきれていなかった。

 数が減り自由に動き回れるようになったのと鬼丸以外は疲れ果ててしまったのだ。


「なんでぇ、だらしねぇな」


 そう文句を言いながら鬼丸は一人元気に土棘を追い回している。


「お、俺たちは、棘から魔力液を集めるぞ。急げっ」


 ゼーゼーと肩で息をしながらカズルが動きだした。

 放っておけば土棘の棘からどんどん魔力が消えていく。

 その前に集めないと結晶化しないからだ。


 キシムもフィリアも、「疲れた~」と座り込みながらせっせと棘を抜き魔力液を桶に絞り出していく。

 集めた魔力液を質の良い魔法結晶にするなら球体状に貯めるのが理想だ。次点で立方体。桶に貯めるとどうしても底にうっすらと貯まるだけだ。もともと魔力液まで集められるとは思ってもいなかったのだから仕方ない。

 

「あーあたし、何か入れ物探してくるっ」


 フィリアが走り出していた。

 探すと言っても畑のど真ん中。一番可能性のありそうなのは隣の畑で収穫している農民たちが持ち歩いている水筒だ。

 「おじさ~ん」と手を振りながら、フィリアが農民の一人に駆け寄っていた。

 そしてもらってきたのは多少歪だが丸い瓢箪(ひょうたん)

 走りながら栓を抜き、水を撒き散らして戻ってきた。


「これっ、丁度良さそうな大きさ」


 良い物を見つけてきたと目を輝かせて、桶に貯まった魔力液を注ぎ込む。

 その間に鬼丸は最後の一匹を仕留め、魔力液絞りに参加していた。


「ちまちま、面倒だな」


 鬼丸はこう言った細かい事が苦手だった。

 カズルたち三人は一滴も残さないように一生懸命に絞っているが、鬼丸はキュッと絞ってポタポタと何滴か落ちると、次を絞り出していた。


「お、鬼丸さん、もうちょっとしっかり絞って下さいよ」

「くうぅぅ、なんちゅー、苦行っ!」


 それでも、夕暮れが迫る頃には瓢箪の五分の四近く貯まり、後は静かにして一晩経てば結晶ができているはずだ。


「いやー、最後がとんでもなく辛かったけど、何か平和な魔物討伐だったよな」

「鬼丸くん、雑すぎっ!」

「あはは、どうもああいうのは苦手だかんな」


 結局五十匹近い土棘を退治したのだ。

 土棘一匹の報酬は低いが、これだけ集まれば結構な額になる。さらに結晶まで売れそうとなれば、誰もが期待に胸膨らませない訳がなかった。




 チャポッ…コロコロ……


 翌朝、フィリアが一番に目を覚まして瓢箪を揺すっていた。

 水音の中に硬い結晶らしき物ができている音がする。


「むっふふふふ……」


 思わず笑みが零れていた。

 フィリアもカズルたちと同様に剣を使う。

 しかし、やはり男女の力の差は歴然なのだ。

 もし売らずに自分が魔法を使えたなら、きっとカズルたちの力になれると考えていた。

 しかし今は、カズルの言うとおり武器や防具を揃えていく時期。

 それは分かっているが、魔法結晶を手にできる機会はそう多くない。

 何とか他の三人を説得して皆の力になりたかった。


 カズルは、ケチではないがお金にうるさい。

 皆の事を思ってだけど、小さい頃から細かいところまで考えている。

 私が魔法結晶を使いたいと言っても、素直に賛成はしてくれないだろう。

 説得に一番時間がかかる厄介な性格だ。

 逆にキシムは、おおらかだ。

 自分が言えば、「まあ良いんじゃない」と賛成してくれるだろう。

 鬼丸は、かなり大雑把な性格らしい。

 お金の事も大して考えていないようだから、一番問題ない。


「まずは、キシムと鬼丸くんね」


 三対一なら、カズルも仕方なく同意してくれるような気がする。

 そんな事をフィリアが考えていると、他の三人も起き出してきた。


「おはよう、フィリア。どう?」

「うんっ。バッチリ」


 カズルがどんな出来かと瓢箪を揺すって満足そうに頷いた。


「さてと、これを売れば一人分くらいはしっかりした装備が揃えられそうだ」


 魔物討伐に行くにしてもしっかりした装備であれば、格段に生存率が上がる。

 魔物の中には攻撃に魔力を使ってくる物も多いのだ。

 そうなれば、丸裸で剣を握っているような物だ。

 スキルは欲しいが、かなり高額なのだ。その前に防具を揃えるべきと考えている。

 胸当てでも籠手でも、一つでもしっかりした防具であればそれだけ安全に退治ができる。

 そもそもまだ剣を自在に振り回せないのだ。魔蛙だって無茶苦茶に振って倒してきたと言っても良い。

 鬼丸ほどの腕があれば関係ないのかも知れないが、剣の初心者である自分たちには、防具が必須だ。

 と考え込んでいたカズルの後でフィリアがキシムと鬼丸に頻りに頭を下げていた。


「お願いっ!」


「まあ、良いんじゃない。(防具は)少しずつ集めてきゃー良いんだから」

「面白そうだな」


 そのフィリアが、クルッと回ってニッコリと笑みを浮かべカズルの顔を見た。


「えーとですね、その魔法結晶は私が使う事になりました」

「はあ!?」

「三対一よ、カズル」

「ちょっ、……仕方ないか。フィリアも頑張ってたんだしな」


 キシムと鬼丸がすっかり籠絡(ろうらく)されていた。

 順番が前後しただけだとカズルは考え直したのだ。

 剣は大の男でも振り回すだけでかなり疲れる。一応武器屋でフィリアには女子が使える軽めの剣を選んではいるが、どうしても体力が劣る。だから余裕が出てきたら魔法をと考えていたのだ。

 しかし、魔法が使えるといっても無限に使える訳ではない。

 どちらにしろ剣は使えないとならないが、魔法を使えるというだけで心強い仲間が増えたように感じていた。



「で、どうやって使うんだ? 早く見せてくれよ。俺、魔法なんて初めてだからな。かなり楽しみだ」


 鬼丸の言う事も(もっと)もだとカズルは思った。自分たちも見た事がないのだ。

 それに魔法結晶はその結晶ごとに得意な魔法がある。万能ではない。

 そしておおよその使用回数などを鑑定してもらわなければらない。

 さらに使い方はカズルですら知らない。


「まずは鑑定してもらって、それからだな。まずはハンター会館へ行こう」

「ハンター会館じゃ、そんな事もしてくれんのか?」


「鬼丸さん、説明を何にも聞いてなかったでしょ。彼らも効率良く依頼を達成してもらいたいんだから基本的な事は大概教えてくれんのよ」


 キシムがやっぱり鬼丸は何にも聞いていなかったと呆れていた。


 カズルは鑑定してもらい、それから一度くらい練習してみるのも良いかと考えた。

 なにしろ昨日の稼ぎは防具を揃えるほどではなかったが、そこそこ稼げた。二、三日なら暮らせる金があるのだ。




「魔法結晶の鑑定を頼みたいんですけど」

「ほお、先日のデッドエンド組だな。どら」


 やっぱりデッドエンドから来たと言った事で覚えられているとカズルは心の中で喜び、得意げに直径二センチほどの魔法結晶を差し出した。


「ふむ、なかなか良い具合に結晶化してるな。ちょっと待ってろ」


 それからカウンターの奥へ引っ込み、しばらくして戻ってきた。


「これは土棘の魔法結晶だな。使えるのは土魔法のみ。回数は三十回以上だ」

「土魔法がそんなに使えるんですか!? こいつが使うんで使い方を教えて欲しいんですが」

「以上と言っても三十回で使えなくなる場合も、三十五回くらい使える場合もある。大事な事だからな。三十回を越えても使えたら儲け物と思っておけ。当てにして使えずに死んだハンターは多いんだ」


 カズルに紹介されたフィリアがその使い方を詳しく教わっている。

 他の三人は後から興味深そうに聞いていた。


「なんだ。魔法って意外と地味なんだな」


 もっと派手なのを想像していた鬼丸はすぐに興味を失っていた。


 それでもフィリアは熱心に話を聞き、使い方のコツまで聞き出していた。

 この魔法結晶で使える土魔法は、岩針と土壁の二つ。

 地面から岩の針が出てきて相手を串刺しにする岩針と土の壁で身を守る土壁だ。

 どちらもそれほど威力のある魔法ではない。

 使い方は簡単。

 魔法結晶を握りしめて使いたい魔法を念じるだけだ。

 その為、魔法結晶を袋に入れて首からぶら下げたり、手首に巻き付けてというのが一般的らしい。

 何種類かの魔法結晶を持っている人は袋の色を変えて使い分けていると教えてくれた。


「そっか、三十回しか使えないのね。でも、これだけ使えればいざという時に必ず役に立つよね」


 一度くらいパアッと試してみたかったフィリアだが、実際に弱い魔物を相手に使ってみる方が良いだろうと考え直す。

 ぶっつけ本番ではあるが、強い鬼丸が加わったので慌てなくても使えそうなのだ。


「じゃあ、今日も魔物討伐の依頼だね」


 ところが、駆け出しのハンターの要領の悪さとでも言うべきか、時すでに遅く鬼丸たちが掲示板を見ても近場の討伐依頼は危険な西方面しか残っていなかった。

 魔物が出てきてはいるが、それほど多くはないのだ。比較的安全な東方面の依頼は貼り出された途端、他の駆け出しハンターに持って行かれていた。


「なあ、これなんか稼げそうだぞ」

「駄目駄目。鬼丸さん、西は俺たちには厳しすぎるんですって」

「強い奴が相手なら、やる気も出るだろうが」

「野盗がいるから、身ぐるみ剥がされて殺されちゃいます」


 カルシマの西に延びる街道は町が見えなくなった途端、危険地帯となる。

 ランクCのハンターですら途中で殺されていたと町中の噂になっている。


「仕方ないな。今日は町の雑用をやるか、それとも少し遠くまで足を伸ばすか」


「これっ! これにしよう! ここなら魔蛙もいそうだし」


 フィリアが剥ぎ取ったのは採取系の依頼だった。

 カルシマの町から北へ行ったところにある大湿地での薬草採取。

 水があるから魔蛙がいるかも知れない。討伐依頼がないから倒しても皮しか金にならないが。

 それでも、もしいれば鬼丸が退屈しないで済む。暇そうな依頼ばかりでは鬼丸がパーティーを抜けるかも知れないとフィリアは危惧したのだ。


「行くだけでほぼ一日がかりか。探すのに時間がかかったら往復で三日。その分報酬は高いけど」

「最初から鬼丸くんがいるんだもの、例え黒魔蛙が出てきても平気よ」

「それは良いんだけど、荷車がないと運ぶのが大変になるんじゃね」


 魔蛙の皮を背負ってきた時も鬼丸以外は何度も休憩を入れなければ運べなかった。

 一日で往復できる距離でさえそうなのだ。

 歩くだけで丸一日となれば帰ってくるのに二日くらいかかるかも知れない。


「そーいえば、鬼丸くんは、何も荷物持ってなかったよね。食事とかどうしてたの?」

「ああ、適当に動物狩ってた」


 フィリアはまさか生肉のまま食べていたとは考えもしなかった。

 焚き火を熾して焼いて食べたと勝手に解釈している。

 ただ、鬼丸は塩などを持っていない。そのまま肉を焼いただけという非常にシンプルで味気ない食事を想像していた。


「せめて塩と香辛料くらいは持っていきたいよね」


 こうして鬼丸たちは、ハンター会館から荷車を借りて軽く買い出しをした後、北の大湿地へと歩き出した。

 北へ延びる街道は大湿地で行き止まりとなる為、ほとんど使われる事がなくかなり荒れて果てた細い街道だ。


 秋という事もあり、日暮れは早い。

 四人は大湿地に着く前に野宿する羽目になっていた。


「こんな街道の脇で野宿とは……」

「魔法の話を聞いてて遅くなっちゃったからね」


 途中で狩った野兎を捌きながら、キシムがぼやいていた。

 そして、キシムの捌いた兎肉に塩胡椒をふりかけ焼き始めたフィリア。

 そんな呑気な二人とは対照的に鬼丸はさっきから頻りに辺りの様子を気にしていた。

 一人であれば気にもしないが、今は四人なのだ。


「どうしたんだ? 鬼丸さん」

「ん、いや、ちょっとな」

「何かいるのか?」

「ああ、狼が、な」


 鬼丸はそれにしても妙な気配だと思った。

 群れの気配はなく、感じる気配が弱々しすぎる。

 群れからはぐれた若い一匹狼の物ではないようだ。


 狼と聞いてサッと顔を青ざめたフィリアたちを残し、鬼丸がその気配の元へと歩き出した。


「大丈夫か? 火は?」

「大丈夫だよ。これでも夜目は利くんだ」


 そしてしばらく歩いて鬼丸は驚いた。

 そこには、小さな体で必死に牙を剥いて死んでしまった母狼を守ろうとする幼い狼がいた。大きさからするとかなり遅く生まれた子なのだろう。

 母狼は病気で倒れた訳ではなかった。

 数本の矢が刺さっている。

 そして周りを見るともう一頭、矢を受けて死んでいる狼がいた。

 刀傷もある。

 足跡は西から。

 どうやら野盗に追われてここまで逃げてきて力尽きたようだ。

 母の庇護もなければ群れも壊滅。

 この幼い狼はこのまま他の動物の餌となって死んでいく運命だ。


 鬼丸は牙を剥き出しにして唸り声を上げる子狼の首筋を掴むとひょいと持ち上げた。

 狼に限らず大抵の獣は子供の首を噛んで運ぶ。

 鬼丸が持ち上げた子狼も、最初は嫌がってジタバタとしていたが、疲れと空腹から尻尾を丸めて震え上がっていた。


「まあ、しょーがねぇな」


 そのまま連れて戻ると、最初に目を輝かせたのがフィリアだ。

 この辺は流石に女の子。襲われれば恐怖の対象でしかない狼でも子供となれば別だ。

 母性本能を刺激され、兎肉の切れ端を子狼の鼻先にちらつかせている。


 子狼は恐怖で震えていた。なにしろ住んでいた西の草原でもの凄い数の人間に襲われたのだ。怖い思いをしながら一晩中逃げ続け、疲れると母狼に咥えられてここまでたどり着いたのだ。そして気づくと母狼は動かなくなっていた。

 しかし、ここにいる人間からはそんな怖さも殺気も感じない。

 そして生存本能が食えと叫んでいた。

 そして一口囓ってしまったらもう止まらなかった。

 差し出される兎肉に夢中になって食らいついていた。


「よく食べる子ねぇ」

「母親らしき死体に矢や刀傷があった」

「西の野盗たち、なのかな?」


 鬼丸が答えるまでもなく、カズルが頷いた。


「おそらくな。狼はかなり広い縄張りを持つと聞いた事がある。そこを追われたんだろう」

「で、この子どうするの?」

「放り出せばすぐ死ぬだろうな」


 焼けた兎肉を頬張りながら、話を続ける鬼丸たち。

 子狼は、思い出したように兎肉を分けてくれるフィリアの横に大人しくちょこんとお座りし、いつの間にか満腹になって眠りこけていた。




 子狼は母狼とは違う匂いと温もりだが、それでもフィリアに抱きかかえられ安心したように眠っていた。

 そしてまだ薄暗い中、目が覚めると餌をくれたフィリアの顔を舐め始めた。

 子狼の中でこの群れの順位は上から鬼丸、フィリア、カズル、キシム。そして自分となっている。

 鬼丸の次がカズルかとも思ったが、カズルがフィリアに気を使っていたのだ。

 フィリアが目を覚ますと、抱えられていた腕から抜け出し、最後の不寝番をしていた鬼丸に駆け寄り鼻先を擦りつけて尻尾を振りまくり挨拶をする。

 一番下の朝のお勤めだ。

 もし機嫌が悪ければ、腹を見せ敵意がない事を示すだけだ。

 それからまだ挨拶をしていない二人の元へと駆け寄り元気よく尻尾を振って顔を舐めまわす。


「うおっ、なんだよ。チビッコかよ」


 カズルとキシムはビックリしていたが、それでも下っ端は挨拶ができなければ群れの一員として認められない。

 嬉しそうに尻尾を振り振り顔を舐める子狼を見れば誰もがこんな朝早くに起こされたと文句は言えなかった。


「おいで、ハンナっ!」


 フィリアが子狼を呼んでいる。

 ハンナと呼ばれ最初は何の事か分からなかった子狼はすぐに自分の名前だと気づきハンナと呼ばれるたびにガウガウと吠えながら元気よくフィリアに駆け寄っていく。

 そして鬼丸に「ハンナって名前つけてもらったのかよー」と楽しそうに走り回っている。


「……ハンナだって。雌だったらしいな」

「知らなかったよ」

「それにしても、群れて暮らすだけに結構賢いな」

「それに、なかなか可愛い」


 カズルとキシムはハンナと名付けられた子狼にかなりメロメロになっていた。




 四人と一匹は昨夜の残りを食べ終わると荷車を引きながら大湿地へと歩き始めた。

 薄暗いうちにハンナに起こされた為、大湿地へ着いたのはまだ朝を過ぎた時間だ。

 朝靄の中に浮かび上がる一面の葦原。幽玄な美が四人と一匹を出迎える。


「聞いた話より見事な景色だな……」


 カズルが素直に言葉を紡ぎ、次第に言葉を失う。


「ここ有名なのか?」

「ちょっとだけな。行き止まりだから人はまず訪れないし。鬼丸さんもこんな景色は初めてだろう?」

「ああ、俺のいた村は山の麓だからな」


 と、朝日に照らされ朝靄がゆっくりとかき消えていく。


「ハンナのお陰ね。雄大さは伝わるけど、さっきほどの感動はないわ」


 ハンナが起こさなければ、今頃出発していたはずだ。フィリアはしゃがみ込むとハンナの頭を優しく撫でる。


「よしっ! 素晴らしい景色も見れた事だし、まずは依頼の草を探そう。魔蛙がいるかも知れないからあまり離れるなよ」


 気分を入れ替えるようにカズルが元気よく指示を出す。


「ん~、この辺りは大丈夫だ。変な気配はないぞ。あっちは俺が探すよ」

「鬼丸さん、そんな事もできるの?」


 依頼書によると目的の薬草は湿地に生えるが水辺近くには生えないらしい。

 それなら濡れなくて済むと、カズルたちは水気の少ない場所を選んで探し出した。群生しているから見つければ、それだけで依頼は達成できるだろう。

 ところが、辺りを歩き回ってもちっとも見つからない。

 少しずつ範囲を広げていく三人。

 ハンナはフィリアと一緒だ。


 そんな中、鬼丸は三人の位置を気にしながら大湿地の奥へと進んでいた。

 葦のような草に阻まれ視界が利かない。

 足はズブズブと沈み、ズポッ、ズポッと間抜けな音を立てながら前へ進む。


「みぃつけた……」


 葦を掻き分けた鬼丸がニヤリと笑みを浮かべた。

 そして背中の大太刀を抜き、音を立てないように注意しながらそろりそろりと近づいていく。

 その時、遠くで「あったぞー!」とカズルの声が聞こえた。

 と、思った通りその声に反応して黒い陰が動きだした。

 もし、鬼丸が気づいていなければ、そのままカズルたちを襲っていただろう。


「手前ぇらの相手は俺だぁ!」


 鬼丸はそう叫びながら周りの葦を断ち切り、黒魔蛙の前に立ち塞がる。

 足下が覚束ないが、姿を現した鬼丸に黒魔蛙の群れが襲いかかった。


 足の自由は効かねぇが、こいつら目の前にいる俺しか見えてねぇ。


 絡め取ろうとする黒魔蛙の舌を斬り落とし、口を開けて飛び込んでくる奴を斬りつけ、鬼丸は絶え間なく襲いかかる黒魔蛙との戦いを楽しんでいた。


 駆け出しとはいえ、鬼丸とカズルたちでは余りにも実力が違いすぎるのだ。

 今までの温い依頼を楽しいとは思うが、やはり鬼丸はもう少し手応えが欲しい。


 次々と屠っていく鬼丸だが、鬼気を通さない大太刀は黒魔蛙の血に染まり次第に切れ味が落ちていた。


「ちぃっ、やっぱ、最後は使わねぇと駄目なのかよ」


 なんとか粘って大太刀を振るっていたが、このままでは黒魔蛙に押し潰されてしまう。


「うりゃあぁぁぁ!」


 鬼気を纏わせるだけで切れ味が素の大太刀とはまるで違う。

 一閃で、黒魔蛙を真っ二つにしていく。




 辺りが静かになると鬼丸の周りには四十匹以上の黒魔蛙が倒れていた。


「ふう。取りあえず終わりか……。悪かったな、嘘ついて」


 振り返るとビックリした顔で鬼丸を見つめるカズルたちがいた。

 呼んでも戻ってこないので心配して探しに来たのだろう。それとも戦っている水音が聞こえたのかも知れない。


「鬼丸くん……」

「んあ、フィリアたちじゃ、まだ厳しいだろ」

「ああっ、忘れてたっ! 魔法を試してみれば良かったよぉ」

「おおぅ、そうだった。俺も忘れてたぜぇ!」


 魔法を試す機会を失って残念がる二人だが、カズルたちはその場で黒魔蛙の皮を剥ぎ、荷車へと運び込んでいく。

 ハンナはその皮の匂いを嗅ぎ、頻りに唸り声を上げている。

 この匂いは危険だと覚えているのだろう。


「それにしても、良くもこんな数……」

「良い運動になったぜ」


 あっさりと言ってのける鬼丸にカズルは寂しさを感じていた。


「やっぱ実力が違いすぎるんだな……」


 どんなに剣術を教わっても、悔しいがすぐには鬼丸に追いつけない。

 かなり大雑把だが人懐っこい顔で仲間を助けてくれる鬼丸にカズルは感謝という言葉しか浮かばない。

 もし、鬼丸がいなければ自分たちはここで食われていたかも知れないのだ。

 

 カズルたちは見ているだけだったが、思惑通り魔蛙の皮、というより黒魔蛙の皮を手に入れた。

 それでも、カズルたちの心には鬼丸と別れた方が良いとのではという気持ちが浮かんでいた。

 このまま鬼丸がいてくれたら、どんなに心強いか。

 しかし、鬼丸に頼り切った情けないハンターになってしまうような気がしていたのだ。


 それはさておき、依頼の薬草は必要な分だけ採取できた。

 しかも次回はハンナが活躍するかも知れないという淡い期待を抱かせてくれる。

 なにしろ薬草の匂いを嗅がせると、簡単に見つけて教えてくれるのだ。

 その度にフィリアが大げさなくらいハンナを撫で回し、役に立ったと褒めるからなのだが。



 帰り道、ハンナは荷車を先導するように歩いていた。

 そして、何かを見つけるとすぐに戻ってきてガウガウと吠える。

 大抵は鼠だが、時々野兎や鹿を見つけたと知らせに来るのだ。

 何度も鼠を見つけてきてはフィリアにガッカリされて耳を垂れる。それでもめげずに頑張っていた。そしてすぐに野兎以上の大きさしか教えに来なくなった。

 ハンナは食料や捜し物を見つける事が自分の役目と考えたようだ。


「凄いな」

「うん、ハンナがいればやってけそうだよね」


 カズルが感心し、フィリアが鬼丸がいなくなっても何とかやっていけそうだと自信がでてきた。

 魔物討伐は稼げるがいつも美味しい依頼があるとは限らない。採取系はあまり稼げないが常にある。ただ、見つけるのが大変なのだ。ハンナがいればたくさんの採取系依頼をこなせるかも知れない。鼻が利くから危険な動物や魔物を教えてくれるかも知れない。そして大きくなれば狼の攻撃力を当てにできる。

 いつかは別れる事になるだろうが、それまでは大事に育てようと心に決めた。

 ちなみにフィリアは、後に狼使いのフィリアと呼ばれ、カズルのパーティーでも一目置かれる存在となる。が、それはまた別のお話だ。


 荷車の前を歩き、時々鼻をヒクつかせて辺りの様子を探っているハンナだが、それでもまだまだ子供だった。

 道の真ん中で突然コテンと突っ伏して動かなくなった。

 驚いたフィリアが慌てて駆け寄ると、疲れ果てて爆睡していた。

 抱えられて目を覚ますとバツが悪そうに耳を垂れ、荷車の前へと走っていく。


 そんなハンナを鬼丸が呼ぶと、ダッシュで戻って来た。

 鬼丸はそのままハンナを抱き上げ荷車に乗せる。


「晩飯はもう十分ある。しばらく休んでな」


 まだ言葉が理解できないハンナは何度も鬼丸の顔色を伺う。それでも鬼丸が隣にいるだけで安心できた。いつしか疲労と緊張の糸が切れ、やがて荷車の上で眠り始めていた。



 帰りもまた街道の途中での野宿となってしまった。

 朝早く発って、夕方ギリギリに着くような場所なのだから、何かで時間を食えばその分ずれ込んでしまう。


「おほーっ、やっぱ、美味ぇなーっ!」


 鬼丸が焼きたての肉にかぶりついて声を上げた。

 昨夜は何となくしんみりした空気が混じっていたから鬼丸も大人しくしていたが、いつもの鬼丸の声で始まる楽しい夕食が始まった。

 そしてその横にはお零れを待ってちょこんとお座りをするハンナがいた。


「今夜はハンナが仲間が加わったお祝いよっ!」


 フィリアの声で鬼丸たちが陽気に騒ぎ出す。

 ハンナは群れに迎え入れてもらえたと肉を分けてくれるカズルやキシムにも腹を出し、いつまでも体中を撫で回されていた。



 翌日、お昼近くになってカルシマへと戻ってきた鬼丸たちだが、ハンナは初めて見る多くの人に怯えていた。

 無理もない。群れが多くの人間に襲われたのだ。

 尻尾を丸め、震えながらフィリアにピッタリとくっついている。


 一方、町の人たちはハンナを見て驚いた。

 子供とはいえ狼なのだ。

 ただ、女の子の命令には従うのか、大人しくしているから遠巻きに見ていた。


「いい、ハンナ。これからは私が守ってあげる。だから安心しなさい」


 フィリアの言葉が分からなくても、ハンナには想いが伝わった。

 ハンナは一度鬼丸を見て、にこやかに笑う鬼丸に安心するとガウッと返事をしフィリアに尻尾を振りまくる。

 そして小さくても太い足でしっかりと石畳を踏みしめ、堂々とフィリアの横に立って歩き始めた。


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