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開拓村のガジム

 鬼丸がナウラ村を出て五日。

 旧イクシュル王都の廃墟とその横に石壁に囲まれた開拓村が見えてきた。

 結構な高さまで積み上げられている石壁の上では十人ほどが集まってせっせと石を積んでいる。

 その向こうでは食料となる農作物を作り、逞しく暮らしている者たちがいるのだろう。


 魔物の暴走直後は残された金銀財宝を狙って盗賊がいたらしいが、今は金目の物が奪われ尽くされたただの廃墟だ。

 それでも日常で使う物であればいくらでも見つかる。

 石壁や家を建てる煉瓦や石材、木材。農具の材料となる鉄。瓶や食器、鍋釜などの日用品。開拓に忙しい村人にとってはそのまま使える、もしくは少し手を加えるだけで有用品となる貴重な鉱山のような存在だ。

 開拓をしながら村を守る為に石壁を築き、人が増えたら少しずつ増築して大きな町にしていく。

 少しでも働き手を増やす為に子作りが盛ん。子育ては大変でも、十年も経てば立派な労働力となるからだ。

 途中で泊まったバリデウ村の村長がそう教えてくれた。


 それはさておき、石壁のある廃都をそのまま使わないのは、管理しきれないという理由からだ。あちこちが崩れているし開拓民の知らない抜け道も多い。そんな巨大な町を開拓村の人数だけで管理するなどとても不可能なのだ。

 そして自分の身は自分で守らなければならない。まだどこの国にも属していないこの村に兵士は来ない。

 その為、開拓村の男たちは畑仕事以外にも石壁作りなどといった仕事をやらざるを得なくなる。

 どうしても男手不足に陥るから開拓村の出入り口も必然的に一箇所だけとなる。

 その、たった一つの門を守るのが村の男たちが交代でする門番だ。

 仕事内容は、門の警備の他に来村者との交渉などがある。来村者の食事や寝床を用意するのも当日の門番の仕事になるから当然チェックは厳しくなる。

 もっとも来村者など週に一組来るか来ないかだから、大抵は休息日のような日になるが。




「本当に子供が多い村なんだな~」


 鬼丸に気づき村の外で遊んでいた子供たちが慌てて石門へと戻っていく。それでも村人以外が珍しいのだろう。石門の陰から数十人の子供が顔をのぞかせ見つめていた。

 近づいてこないのは門番に何か言われているからだ。


「止まれっ!」


 その門番が険しい顔をして近づく鬼丸に声をかけた。


「どこから来た?」

「えっと、東のナウラ村からだ。旅は初めてなんだけど、村に入るのに一々声をかけられるのか?」

「ナウラ村? この世の果ての麓にあるとかいう村か?」

「うん。まぁそうだけど……」


 どうやら門番の許可がないと入れてもらえない村らしいと鬼丸は思った。

 調子に乗って連泊してしまったが、バリデウの村では、自分の事を知らなくてもナウラ村の名前を出しただけで大歓迎してくれた。

 まあ、理由は親父に助けられた恩を返せると考えた様だったけど。

 それに引き替え、この差は何なのだろう?

 まるで不審者を見るような目つきだ。住んでいる人達が旧イクシュル人ではないからだろうか?

 確かに鬼丸のように金色の目をした者は一人もいない。

 門番だけでなく子供たちを見ても行商人やカムランたちのように茶や青、緑色の目をした者が多い。髪は鬼丸と同じ黒や茶系が多かったが。


 それにしても御山様の住む山々を『この世の果て』『デッドエンド』などと好き勝手に呼んでいるが、旧イクシュル国では『神々の(くら)』と呼んでいたそうだ。当時の国王が東からは魔物が襲ってこない事に敬意を込めてそう呼ばせていたらしい。それに比べ、この世の果てとはずいぶんと寂しさを感じる呼ばれ方だと鬼丸は思う。


「一人なのか?」

「そうだ、けど?」


 一人だと問題があるのだろうか?

 その時鬼丸の頭にガリアウルフの事が浮かんだ。村が見えてきた途端に消えたが、一人で魔物の中を来たから驚かれたのだろうか?


「あー、途中でガリアウルフちゅうの? 六匹の狼の魔物の群れに付けられたんだけど、襲っては来なかったよ」

「襲ってこなかった?」


 その言葉に門番がピクリと反応した。

 やっぱり、魔物の群れの中を一人で来たので警戒されたらしい。

 ところが、鬼丸の読みとは違い門番は一層警戒を強めている。


「ああ、しばらく後を付いてきただけだぜ。襲ってきたら腕試しができると楽しみにしてたんだけどね。それよかさ、腹減ってんだよな。村に入れてくれない?」


 鬼丸の言葉に門番は、石門の陰から興味深そうにこちらを見ていた子供達を下がらせるとすぐに仲間を呼んだ。

 門番の他に三人増え、誰もが剣や槍に手をかけ警戒心を顕わにしている。

 さらに石壁の上で石を積んでいた村人たちが、なに者だ? という感じで鬼丸を見つめていた。


 ここまで門番たちが警戒するのには理由がある。

 ガリアウルフはかなり賢い魔物だ。

 この若者は歳からするとハンター志望か兵士志望なのだろう。しかし、多少腕が立ったとしてもたった一人の男を襲わないなどあり得ない。

 現にこの村を訪れた者は、最低でも三人以上で組んで移動している。

 一人で来るには怪しすぎた。


 他にも盗賊の一味の可能性がある。安心させておいて仲間を手引きするというのは良く聞く話だ。

 この人懐っこそうな若者に不審さは感じないが、盗賊の仲間ではないという確証はない。なにしろ奴等は小狡いのだ。

 というのも、この村は近々バリエス国に属する事が決まっている。そうなれば村を守る兵士が来るようになる。

 開拓の苦労はあったが、今までは税分をそのまま蓄える事ができた。守るべき兵士のいない今なら、容易くこの蓄えを奪う事は可能なのだ。


 さらに、この若者の格好も気になる。

 妙な格好なのはこの世の果ての民族衣装なのかも知れないが、旅をするのであれば荷物くらい背負っているはずである。それなのに持ち物らしき物は背中の剣だけ。近くまでは盗賊の仲間たちと移動してきたと考える方がしっくりくる。


 いくつかの不審な点はあるが、もし盗賊でなくハンターだったら上手く利用したい。


 最近は付近にガリアウルフが出て狩りができないでいるのだ。

 退治するハンターを雇うにはハンターギルドがある町で依頼を出さなければならない。しかし、こんな辺鄙な村まで来るとなれば、それだけでかなりの報酬が必要になる。

 だからこそ辺境の村々は高い税を払って力のある国に属すのだ。常駐は無理でも頻繁に兵士が見回り、街道の安全を最低限維持してくれるだけで村人は安心して暮らせるようになる。

 そういう意味では、数日前にここを通った行商人を護衛する四人組のハンターはありがたい存在だった。若者の話が本当だとすると往復で三十頭近いガリアウルフを退治してくれた事になる。

 そして、この若者が言葉通りに腕に自信があるなら、上手く使って少しでもガリアウルフを退治させようと考えるのは当然だった。


「ハンター証を見せろ」

「ハンター証? ああ、カムランさんが言ってた奴か。持ってないよ。あっそうだ、バリデウの村長がこんな物をくれたんだ」


 鬼丸は、開拓村に着いたらこれを見せろと言われたのを思い出した。

 袂の中からクチャクチャになった羊皮紙を取り出す。


「これ。これを見せろって」


 理由は分からないが、警戒されているのだ。

 そして、美味い飯が食えるかも知れないと鬼丸は騒ぎを大きくするつもりはない。

 しわを伸ばしてよく見えるように広げた。


「そ、そこに置いて下がれ!」


 取りにくりゃいいのに面倒くさいな、と思うが素直に従った方が良いだろう。

 鬼丸は羊皮紙を地面に置くとゆっくりと下がっていく。


 門番はよほど警戒しているのか、鬼丸の動きを警戒しながら恐る恐る羊皮紙を拾い、仲間の元へと戻った。

 そして「本当にバリデウ村の村長の印だ。なんだよ、ハンターでもないのかよ」などと囁き合い、鬼丸を見つめている。

 バリデウ村村長の紹介状は持っていたが、完全には信用はできない。

 開拓村からバリデウ村までは歩いて三日。間にはかつてあった村々の廃墟しかない。

 そこで紹介状をもらった旅人から奪ったとも考えられるのだ。


 門番は悩んだ。

 バリエスに属する直前の危険な時期なのだから。

 疑えば、いくらでも疑えるだろう。しかし、若者の様子からして悪事を働くようには見えなかった。


「悪かったな。どうやら盗賊の類ではないようだ。金は当然持ってるんだよな?」


 掌を返したように門番の口調は和らいだ。例えまだ疑う部分があったとしても表には出さない。

 誤解が解けたと安心する鬼丸だが、金と言われて苦笑いをするしかなかった。


「はっはっは。使いきっちまった。ここに来れば何か稼げるだろうと思ってんだけど、稼げる仕事はないか?」

「お前は馬鹿か? 金もない奴を村に入れる訳にゃいかないぜ。村で盗みを働かれても困るからな」

「そこをなんとかっ!」

「それなら、大鹿か猪くらい狩ってこい。肉と毛皮を買い取ってやる。ガリアウルフ退治でもいいぞ。腕試しとか言うくらいならそれくらいできるだろう? 一つ言っておくが、この村の門は太陽が昇っている間しか開いていないからな」


 門番は、これで追い払えるだろうと考えた。

 盗賊の可能性は低いが、金がないとなれば問題外だ。

 万が一狩りを成功させて戻ってくれば肉が手に入る。もっともガリアウルフの所為で近くには大鹿どころか、野ウサギ一匹いないが。


「ん。わかった。鹿か何か狩ってくりゃ飯食わせくれるんだな。じゃあ、獲物がどの辺にいるかぐらいは教えてくれよ」

「西の森…………」


 最後まで聞かずに鬼丸は駆けだしていた。


「ありゃ、死んだな」


 もの凄い勢いで走り去った若者に門番たちは呆れかえっていた。

 西の森だけはガリアウルフの大きな群れが住み着いているから行くな、と言いたかったのだ。

 腕に多少の自信があったとしても、一人じゃ食い殺されるのがオチだ。退治して欲しいのは本心だが、小さな群れを、と考えていたのだ。もし西の森に住むガリアウルフを退治するとなるとランクCあたりのハンターを五、六人雇わなければならないだろう。

 退治を諦めて逃げ出してくれる事を祈るしかない。







 村をぐるっと回り、しばらく走った鬼丸はお気軽な気持ちで森の縁に立っていた。


「おー、ここらしいな……。ありゃっ、間違えたか? ガリアウルフの気配しかねぇぞ」


 振り返ると東の方角に村が見える。

 言われた通りに西の森に来たのだけれど……


「まあ、いっか。ガリアウルフ退治でも良いとか言ってたもんな」


 感じる気配だけで十数頭。

 ガリアウルフと殺り合うのは初めてだが、ナウラ村では狼を何度も追い払った経験がある。

 狼はかなり賢い動物だ。ガリアウルフもそれなりに賢いだろう。狼が他の動物の血肉を糧とするように、魔物は他の動物や魔物の魔力を糧としている。

 鬼気を解放すれば簡単に追い払えると思うが、今回は追い払うのではなく、退治しないといけない。

 少なくともガリアウルフは自分達が有利だと考えるくらいに隙を見せなければ誘いにも乗ってこないだろう。

 村に来るまで付いてきたガリアウルフが襲ってこなかったのは、鬼丸が試しにと鬼気を放出させたからだ。こいつは一人だが危険かも知れないと警戒させてしまったらしい。

 一人だからと油断するような奴等でないのは昨夜の野宿で分かっていた。


 ガリアウルフの気配を探る限り、こちらには気づいていた。

 すぐに数頭が見張りと警戒に動きだしている。


 ここはまだまだ我慢だ。

 素知らぬ振りをして、森の恵みでも漁りに来たと思わせた方が良い。


 あー、でもなぁ。奴等匂いには敏感だろうから、俺がこの村の人間じゃないと見破ってんだろうな。何か良い考えはないか?


 森の中へと進みながらあれこれ考え込む鬼丸。


「ありゃ!?」


 やはり考える事は苦手だ。注意が散漫になってしまう。

 姿は見えないが、村への道が塞がれ六頭が後に回り込んでいた。


「困ったな……」


 囲まれて、という意味ではない。まだ退治するには数が少なかったのだ。できれば十数頭は相手にしたい。

 狼ならまだ警戒しながら様子を窺っている段階だ。ここで妙な動きをすればすぐに逃げ去る。

 キョロキョロと多少は警戒してますよ、って感じで野草でも探す振りをしてさらなる追加を待つ。

 村方向から一人で来たのだ。自分達の事は知っていて当然。無警戒だとよほどの馬鹿か腕に自信があると考えるし、逆に警戒バリバリだと、そこまでして何故森に入ってきたと、これも不審に思われる。

 びみょーなさじ加減が必要なのだ。

 あくまで狼の場合だけど。


 呆気なくカムランに剣を弾かれた時とは違う。

 そして背中の大太刀に鬼気を通せる相手なのだ。

 岩をも斬り裂く親父の打った大太刀、その銘を鬼斬り丸という。

 打った者の名がそのまま太刀の銘となるのだ。俺が打てば大太刀、鬼丸となる。

 打った者の全てを次に伝え、そして時に守るという鬼族秘伝の技が込められている。

 ……って、偉そうに言っているけど、全部覚醒時に頭に流れ込んできたから知っているだけだ。

 けれども知識の全てを理解している訳でも、知ったからといって使いこなせる訳でもない。少なくとも使いこなせるようになるには自分で理解し、努力しなければならなかった。

 まあ、太刀を使う者によって考え方が違うから何とも言えないけど、俺は鬼気を自在に操る方法に重点を置かざるを得なかった。

 溢れる鬼気をそのままにしては村に迷惑がかかる。家畜の乳の出が悪くなるし、鶏も卵を産まなくなるからだ。

 それと村ではすぐに練習相手がいなくなったので、剣の腕は基本だけだ。カムランに少し指導してもらったが、俺の剣はあまりにも素直すぎるらしい。

 鬼気の扱いはよほどでなければ問題ないと思う。そこでしばらくは剣の腕を磨く旅にしようと考えていた。


「こりゃ驚いた。狼と違って自信家だぜ」


 よほど自信があるのか、一向に殺気を殺すという事をしない。

 未だ影も形もないけど、殺気だけはどんどん強くなっている。

 狼と魔物の狼では狩りの仕方は違うのだろうか?


 寄ってきたのは全部で二十四頭だった。

 カムランたちからは問題ないと言われたけど、油断はできない。けれど何とかなりそうな数だ。

 ただ、一番強い奴とその取り巻きらしきガリアウルフに動く気配がないのは気になる。森の奥に居座ったままなのだ。


 もう一つくらい同じ規模の群れがあると考えて良さそうだ。しかも、ここにいるよりも強い群れが。

 倍と見積もってもおよそ五十頭。狼なら群れとして成立しない数だ。

 被害が長引いているところを見ると、こいつらはこの森を寝床にして居座っているらしい。

 ここが如何に動物が豊富な森だったとしても、これだけの数がいてはあっという間に狩り尽くしてしまう。普通は大きなテリトリー内を移動しながら暮らしているのだ。

 つまりは、近々村を襲う気でいるという事だ。

 ナウラ村にいた狼は家畜を襲っても村人はよほどでない限り襲わなかった。人を襲えば報復されると知っているからだ。だが、魔物の狼、ガリアウルフは違うらしい。


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん………


 遠吠えを合図に前後左右からほぼ同時に姿を現したガリアウルフが一斉に、そして僅かに時間差を置いて牙を剥き出しにして襲ってきた。

 群れによる狩りの基本。

 逃げ道を塞いで獲物の足を止め、一気に弱らせてとどめを刺す。


 けれども、狼との戦いなら経験済み。

 鬼丸は、一息で背中の大太刀を抜くと同時に鬼気を纏わせ、最初のガリアウルフを真っ二つにした。


 焦ったのはガリアウルフの方だ。

 反撃は予想していたが、まさか真っ二つにされるとは考えてもいなかった。

 すぐに二頭目以降が後へと飛び退き、距離を取る。

 あの青白い光を纏う剣は何だ、という目で鬼丸の出方を窺う。

 一瞬で仲間が屠られたのだ。

 相手を見くびりすぎたと後悔するが、ここで逃げ出す考えはない。


 鬼丸は牙を剥くガリアウルフの姿が微かに歪んで見えた。

 魔物というだけあって動物とは違う。

 ガリアウルフは、己の魔力をまずは防御に振ったようだ。


 ナウラ村に湧く最弱といわれる鈍兎や青粘菌もそうだが、魔物は魔力を使う。

 青粘菌は魔力で防御しても容易く屠れるが、鈍兎はなかなかしぶとい。動きが鈍く子供でも捕まえられるが屠るとなると大人でも一苦労なのだ。


 魔力で防御を固めたガリアウルフが鬼丸に襲いかかる。

 だが、ガリアウルフの目論見は呆気なく崩れ去る。

 防御しているにもかかわらず青白い光が舞ったと思うと、仲間が真っ二つになっている。


 ここまでいいようにやられてはガリアウルフも逃げる訳にはいかなくなった。

 この場だけ助かりたければ、逃げるだけでよい。

 だが、戦略的撤退と逃走は全く性格が違う。

 逃げ癖の付いた魔物は一気に魔力低下する事が多い。そうなればあっという間に同族の、そして他の魔物の餌食となる。それを本能で知っているからガリアウルフは一旦戦いが始まれば最後まで死力を尽くして戦う。

 牙を剥き出しにして防御から攻撃に魔力を切り替える。

 僅かでも傷を負わせれば、傷口に残った魔力が相手の身を吹き飛ばす。


 死に物狂いで攻撃を仕掛けるガリアウルフの猛攻を鬼丸は躱し、次々と屠っていく。

 そして、一時間と経たないうちに辺りにはガリアウルフの死体が転がっていた。


「心眼を使ってなんとかってとこか……。もっと精進しないとな」


 これでガリアウルフ退治はひとまず終了だ。

 なにより日没までに村に戻らなければ入れてくれないと言っていたので急がないといけない。

 そして、少なくともこれだけ退治したのだから、少しは美味い物を食わせもらえるだろうと考えた。


 じゅるる……

 いけね、思わず涎が垂れちまった。


 ところが、屠ったガリアウルフを見て悩み始めた。

 毛皮は剥げば利用できるだろう。しかし、これだけの数をどうすれば良いのか。

 鬼化すればこの程度の量であれば何の苦労もなく運べる。

 しかし、そうなれば自分が魔物かと疑われるだろう。ナウラ村では鬼化しても御山様と喜ばれたが、偶々来ていた隣村の人には怖がられた。バリデウの村長にもその姿にならない方が良いと言われている。

 そうなると今夜の美味い夕食にありつけない。


 頭を落として持ってけばいいのかな?

 頭数確認はするだろうし。


 本来、魔物討伐では証明部位という物が決まっている。

 ガリアウルフであれば右耳だ。

 もちろん毛皮や牙など素材として使える部位を採るのも忘れない。

 しかし、ハンターでもない鬼丸はまだその事を知らない。


 ガリアウルフの頭を落とし、口に手近な蔦を突っ込んで次々に繋いでいく。






 ガリアウルフの遠吠えは開拓村にも届いていた。

 そして門番は、あの若者ではなく、ガリアウルフの狩りが始まった、と身を震わせた。


「最後まで聞かないのがいけないんだ」


 門番は、自分の責任ではないと言いた気に呟いた。

 旅には良くある事だ。

 己を過信し、ちょっとした判断を誤り、そして呆気なく死を迎える。

 少なくとも旅をするなら慎重さは欠かせない。


 この村には、まだ宿がない。村を訪れた者を泊めるのはその日の門番の役目と村の決め事で決まっている。だからこそ、金もない若者を追い払ったのだ。


 縁もゆかりもない若者だ。

 人懐っこそうな若者だったが、これも人生だ。

 だが、あの人懐っこい顔が門番の頭の中から離れない。


「上手く逃げ延びろよ。……そうしたら、村の連中に頭を下げて一晩だけ泊めてやるから」



 日没までもうすぐ。

 もう若者が生きている可能性はないだろう。

 偶々今日は運がなかっただけだ。

 明日からはきつい畑仕事が待っている。そうしたらこの後味の悪い気分を忘れられる、と門番は交代の閉門時間を心待ちにしていた。


 ところが、日没も間近となってそろそろ門を閉めようとした時、西から誰かがゴロゴロと何かを引きずって歩いてくるのが見えた。


「まさか!?」


 門番は男の姿をよく見ようと目を細める。

 やっぱりそうだ。

 背中に剣らしき物が見える。

 そして徐に自分を見つけて元気よく手を振っている。


「生きてやがったっ!」


 思わず駆け寄りたかったが、門を離れる訳にはいかない。

 門番は手を大きく振り上げ、急げ、急げと合図を送る。





 村人数人が一頭を相手にして倒せる強さ。普通であれば一人で群れを相手になどしないのだ。ところが、ここに二十頭以上のガリアウルフの頭が転がっている。

 村人たちが集まりザワザワとする中、門番がガリアウルフの頭を数え始めた。


「……………二十一、二十二、二十三、二十四。……凄ぇな」


 一番大きいと目されていた群れの一部を退治してきたのだ。数に圧倒されて証明部位や素材の事などすっかり忘れるほどだ。


「なっ。退治したんだから美味いもん食わせてくれよぉ!」


 腹の減ってる鬼丸は、これで何か美味い物を食わせて欲しいと懇願する。


「あ、ああ……。俺が飯と寝床を用意してやる」

「マジか!? なに食わせてくれるんだ?」


 予想外の展開とあまりも必死すぎる鬼丸の声に門番は思わず言ってしまった。なにより生きて帰ってきた事でホッとしたのだ。


「で、お前さん、これで全部か?」


 気が抜けたとは言え、まだ門番の仕事は終わっていない。頭を切り換えなければならなかった。

 帰ってくるまでの時間は二時間ほどしかなかった。

 まさか全滅させたとは思っていないが、もしかしたら閉門に間に合わせようと一部だけを持ってきたのかも知れないと考えたのだ。


「あー、いや。日没が近かったからさ。今日の退治はこれだけだ」

「今日の?」

「ああ。全部退治しないと金はもらえないんだろ? いくらもらえるんだ?」


 鬼丸は全部退治する気でいた。

 ガリアウルフはよく知らないが、狼は全滅させるのが難しい。数が少なくなれば逃げ出す奴もいるからだ。

 そして、少なくとも森の奥に感じた強い奴と群れを倒さなければ、退治は終わらないと考えていた。

 一方門番は、これは思いがけない拾い物をしたと考えていた。

 全滅は難しいとしても、数頭にまで減ればガリアウルフは敵わないと知って去る可能性もある。


「まあそうだな。飯と寝床は別にして……、報酬は、そうだな……銀貨十枚くらいと考えていたんだが、どうだろう?」

「銀貨十枚ももらえるのか! なかなか悪くない稼ぎだな」


 自分で言っておいて何だが、やっぱりこいつは馬鹿だ、と門番は心の中で呆れた。ハンターに依頼をすれば一人につき三十枚が相場なのだ。

 それでも嬉しそうな顔で「明日もやるぞ!」と気合いを入れている姿を見ると何も言えない。人懐っこさが前面に出て憎めないから何となく後ろめたさを感じてしまう。それでも今日の門番として、仕事はきっちりやらなければならない。


「よし。口約束だが、銀貨十枚でガリアウルフ退治を依頼したぞ」

「おうっ。任せとけっ!」


 これで村へ入れても文句は出ないだろう。

 まだハンターでも兵士でもないのだ。その上相場も知らないのであれば勉強代にしてもらうしかない。どこの村でもやっている事だ。

 その代わり飯と寝床くらいは用意しなければ罰が当たる。

 飯でも食いながら、旅の心得と相場くらい教えてやらなければと門番は思っていた。


「で、今さらなんだが、お前の名は何と言うんだ?」

「鬼丸。おっちゃんは?」

「おっちゃん、って……。俺はこれでもまだ二十四だぞ。まあいいか。ガジムだ、よろしくな」

「よろしくな。おっちゃん!」







「んめぇーっ!!」


 ガジムの妻は、ガツガツ食べる鬼丸の食欲に驚きながらも嬉しそうだった。

 ガジムの家には五人の子供がいるが、皆女の子。こんなに元気よく美味しそうに食べる子などいない。

 今年六歳になる長女のナリサが母親と一緒に料理を作り、運んでいる。

 次女のサリアは下の子たちの面倒を見ている。

 三女はスプーンを握りしめたままポカ~ンと口を開け鬼丸の食べっぷりを眺め、四女と五女は鬼丸をジッと見つめたまま、サリアが運ぶスプーンを反射的に咥え口を動かしていた。


「ナリサの作る飯は美味ぇな。肉ねぇけど」

「これだから男の子はっ。いい、鬼丸お兄ちゃん。お肉は貴重品なのよ。覚えておきなさいね」


 珍しく料理を褒められたナリサがお姉さんぶって得意げに答えた。

 ナリサは針仕事も下の子の面倒を見るのも上手なのに料理だけは苦手なのだ。盛りつけは失敗したけれど、それでもお客さんに女の子らしいところを見せたいと頑張ったのを褒められ、こみ上げてくる嬉しさを隠せないでいた。

 そんなナリサの精一杯背伸びしての口調に鬼丸は従妹のレイランを思い出した。すぐに泣きついてくるくせに、いつも上から目線で鬼丸やオニムの世話をするのだ。

 ちなみに、ナリサの料理を食べたガジムは、「また、だ」と心の中で顔をしかめていた。この娘は持てなそうと気負うほどつい高価な塩を多く入れてしまう癖がある。


「そんじゃ、ガリアウルフ退治したら、今度は大鹿狩りだな」

「これだから男の子ってダメなのよね。いい、あいつらの所為でこの辺りには大鹿どころか野ウサギ一匹いないのよ。お肉なんて夢のまた夢なんだから」

「そ、そうなのか? おっちゃんが西の森にいるって言ってたぞ」


「お前なぁ、人の話は最後まで聞けよな。そんなんじゃ旅の途中で死んでしまうぞ。あの時俺は、西の森にはガリアウルフの大きな群れがあるから近づくな、と言いたかったんだ」

「なんだよ、おっちゃん。先に言ってくれよぉ!」


 最後まで聞かずに走り出した鬼丸を思い出して、ガジムは笑うしかなかった。

 鬼丸には人懐っこさだけでなく何かホッとさせる物がある。今思えば西の森に走っていった鬼丸が気になったのもその所為だ。


「で、明日はどうするんだ?」

「まだ強うそうな奴が残ってんだ。あいつだけは倒さねぇとな」

「はあぁぁ。まったくお前って奴は……」


 門番という立場上ああいう展開になってしまったが、退治してくれた礼に食事と寝床を提供したのだ。そして、本心は報酬は諦めて次の村へと行って欲しいのだ。

 ガジムは呆れ果てて鬼丸にガリアウルフの強さと退治の相場を教え始めた。

 それを知って鬼丸が怒るかと思ったが、気にもせずに笑い飛ばした。


「んな事より、美味い飯が食える方が大事だぜ」


 鬼丸は、旅慣れてはいないが歩く事は苦でないし食料は狩りをすれば何とでもなる。

 元々鬼族の血が流れているのだ。食べようと思えば生肉でも問題ない。むしろ生き肝の方が力が付く。さらに、鬼化すれば一週間ほどで飲まず食わずでも耐えられる。

 一番の問題は美味い飯を作れない事。鍋釜など持っていないのだ。

 だからこそ鬼丸にとって料理は何よりの褒美となる。



 鬼丸を泊める事になったガジムだが、泊めると言っても宿泊部屋などはなかった。

 普通、行商人やハンターのパーティーであれば納屋に泊まってもらう。しかし今回は鬼丸一人だけ。しかもナリサやサリア、そして三女のマリーアまでが鬼丸と一緒に寝るとはしゃぎ、もの凄いテンションで鬼丸の周りを走り回り、跳びはね、構ってくれと腕を引き、抱きついていた。

 流石に四女と五女はすぐに眠そうな顔になり、いつの間にか寝てしまったが。


「子守をさせるようですまないな」

「構わねぇよ。村でも良くみんなで寝たりしてたんだ」


 うるさいくらいの方が逆に落ち着く。

 鬼丸は一人っ子ではあったが、同じ家に従兄弟のオニムやオニードが暮らしていた。そして小さい時から鬼丸を慕って男の子も女の子も集まって寝たりもしていたのだ。


 ハイテンションの子供たちも一時間もすると疲れ果てて、最後まで頑張ったナリサも鬼丸に抱きつきぐっすりと寝込んでいた。

 ようやく静かになった部屋の中で、鬼丸は明日の仕掛けを考えていた。


 森に入っただけではあの強い気配は動かなかった。

 二十四頭のガリアウルフを倒しても、だ。

 元々別の群れなのかも知れないが、何かがおかしい。

 今日の相手はあくまで前座でしかなかったのだろうか?

 どうやって奴を引っ張り出すか……

 そもそも、あの気配は本当にガリアウルフなのだろうか?

 やたらと強い気を放っていた。 


 その時、鬼丸は異様な気配の高まりを感じ、反射的に飛び起きた。


「来るっ!」


 まずは抱きついて寝ているナリサを起こさないように注意しながら部屋を出た。

 ガジム夫婦は隣の部屋で寝ているはずだ。

 ドアをノックすると、ややしばらくしてガジムが寝ぼけ眼で出てきた。


「どうした? やっぱり、ガキどもと一緒じゃ寝れないか?」

「そんなのは後だ。すぐに村の男たちを集めろ。ガリアウルフが村を襲ってくるぞ!」


 それを聞いてガジムは眠気が吹っ飛んだ。


「ホ、ホントか!?」

「ああ、この気配は昼間西の森で感じた強い奴のだ」

「で、で、俺達は何をすればいい?」

「慌てんな。奴等は俺が仕留める。おっちゃんたちは家の中の安全なところに隠れていてくれ。急げっ!」


 石を積んで頑丈に作られている石壁の高さはおよそ四、五メートル。

 ガリアウルフに備えて積み上げたのだろう。そうであれば跳び越えては来ないはず。

 だが、門扉だけは分厚いといっても補強された板でしかない。

 当然、一番警戒する場所は門とまだ積み上げきっていない石壁の低い部分。


 ガリアウルフたちも村人が気づいたと知って、気配を消さずに村を取り囲み始めていた。


 その時、鬼丸の横を巨大な陰が通り過ぎた。

 軽々と石壁を跳び越えてガリアウルフが飛び込んできたのだ。


「でけぇっ!!」


 村中に篝火をたく男たちが慌てて逃げ出すほどの大きさ。

 昼間屠ったガリアウルフの倍近い大きさの漆黒のガリアウルフだった。


「お、鬼丸っ! お前も逃げろっ!!」

「馬鹿言うなっ! 奴を仕留めなきゃ、この村は終わるっ!」


 巨大なガリアウルフは村人に目もくれず、一気に門へと走り出す。

 あまりの恐怖に、夜番の門番は槍を握りしめたまま腰を抜かしていた。

 村の男たちは慌てて家へと駆け戻っていくが、鬼丸を心配するガジムはつい後を追ってしまった。


「おっちゃん、戻れっ!」


 巨大なガリアウルフが体当たりした木製の門がミシミシと軋み立てて砕け散る。

 そして、一気に配下のガリアウルフが雪崩れ込んできた。


 昼間の群れとは格が違う。鬼丸は雪崩れ込んできた配下のガリアウルフを一太刀で屠る事ができなかった。

 心眼でガリアウルフの動きを捉えても、まだまだ剣の腕が未熟なのだ。


「ちっ、やべぇな」


 しかも、ガジムを守りながらとなれば動く範囲も限定されてしまう。


 気を失った夜の門番は、あっという間に食われてしまった。

 鬼丸は守りきれなかった。もう少し早く気づいていればと悔しさでいっぱいだった。


「おっちゃん、飯美味かったよ。さよならだ」


 ガジムはニッコリと笑う鬼丸に担がれ、一気に跳んで家の前まで後退。

 そこで降ろされ、鬼丸は剣を振り上げ一人ガリアウルフの群れに特攻をかけた。

 その担がれた一瞬に目に入った物が信じられなかった。

 揺らめくような光を放つ金色の目。

 そして、鬼丸の頭に生えた短角。

 まるで悪魔が地上に下りてきたような姿。


「ば、化け物……」


 しかし、化け物と化した鬼丸が振るう青白い光をガジムは吸い込まれるように見つめていた。

 あの光は見覚えがある。

 今はなきバリエスの町で子供心に強烈な印象を残した、暗闇に光るゴブリンの不気味な赤い目とそれをなぎ払っていく美しいまでの青白い光。


「な、謎の英雄……様?」


 あの時の舞うような美しさないが、それでも青白い光が走るたびに配下のガリアウルフが倒れていく。

 

 そう言えば、当時、謎の英雄様はこの世の果てから来たという噂が流れていた。

 そして、夕食の時に鬼丸が言っていた。『この世の果て』を旧イクシュルの民は『神々の(くら)』と呼んでいた。

 悪魔のような形相をした神が謎の英雄様なのか?

 いや、謎の英雄様がこんなに若いはずがない。

 当時は子供だったから大人にしか見えなかったが、少なくとも鬼丸よりは年上だった。

 きっと謎の英雄様の一族に違いない。


「鬼丸ーっ! 頑張れーっ!!」


 ガジムは思わず叫んでいた。




 鬼化してスピードと力が増しても今の鬼丸の実力ではまだまだ楽勝とは言えなかった。

 突き、袈裟切り、なぎ払い、持てる剣技を駆使してどうにかガリアウルフを屠っている状況だ。

 漆黒の巨大なガリアウルフを相手にどう勝つ?

 

 他のガリアウルフと違い、防御を捨て瞬時にこちらの攻撃を見極めて自分の攻撃と速度に魔力を注ぎ攻撃し続ける漆黒のガリアウルフ。

 鬼丸の太刀を躱し、直ぐさま反撃に転じる速度はこのクラスの魔物の域を超えていた。

 鬼化して速度は上回っているが、剣技が伴っていない鬼丸はジリジリと追い込まれていく。


 何度も魔力を帯びたガリアウルフの爪が、牙が鬼丸を襲う。心眼を持ってしても躱すのがやっと。

 皮一枚で躱すたびに、鬼丸の服が弾け飛んでいく。

 それでも鬼丸の顔には笑みが浮かんでいた。


「はっはっは、世の中にゃ、こんなにも強ぇ奴がいるとはっ!」


 止められないくらい鬼族の血が騒いでいる。

 ジリジリと追いつめらるほど戦魂が燃えあがる。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 咆哮と共に漆黒のガリアウルフに突きを放ち、瞬時に逆袈裟を放つ鬼丸。

 ガリアウルフは鋭い爪が鬼丸の顔面をギリギリで掠りながら一気に上空へと跳び上がる。


「それを待ってたぜっ!」




 漆黒のガリアウルフは大太刀の間合いを完全に外していた。

 それなのに、何故?

 我が身を横切った青白い光に戸惑いを隠せなかった。

 完全に見切っていた。

 何故?



 どうぅぅっと鈍い音を立てて漆黒のガリアウルフが地べたに転がった。

 立ち上がろうにも後ろ足の踏ん張りが効かない。

 前足に力を入れて立ち上がるが、下半身がついてこない。

 振り返った漆黒のガリアウルフが最後に見た物は真っ二つにされ転がる自分の後ろ足だった。


 群れのリーダーが殺られ、残ったガリアウルフが殺気立つ。

 逃げるという選択肢はない。

 この強き者を倒さねば、自分達は食われる存在と成り果てる。

 だが、あの太刀は厄介だ。

 間合いが読めない。

 太刀の間合い以上に青白い光が伸び、仲間を屠っていく。




 ガリアウルフの骸が転がる村の広場に、青白い光を纏う大太刀を握った鬼丸が立っていた。

 もう、鬼丸の頭に短角はなかった。


 その戦いの一部始終を見ていたガジムは、未だ信じられなかった。

 あの時と一緒だ。

 ゴブリンの死体の山の上で青白い光を放つ剣を握り、空を見上げる謎の英雄様と。

 謎の英雄様ではないにしても、確かにここにも謎の英雄様が現れた。


「神よ、感謝いたします……。あれ!?」


 立ち上がろうとして、ガジムは自分の腰が抜けている事に気づいた。


「おっちゃん、悪かった。俺が沢山退治したから報復に来たのかも知れねぇ。報酬は死んだ門番の家族にでもやってくれ」


 そんなガジムに鬼丸が静かに語りかけてきた。

 あの人懐っこい顔で。


「鬼丸。行くのか?」

「ああ、真の姿を見られちまったからな。この村にはいられねぇ」

「ちょっと待て。せめて服くらいは用意させてくれ」

「ナリサの飯は塩辛かったけど、他は本当に美味かったよ。ありがとな」


 そう言い残して鬼丸は村から姿を消した。


 ガジムは鬼丸の言葉を何度も繰り返し考えた。

 そして、鬼丸が何者かという事は自分の胸だけにしまっておくべきだと。





 翌朝、ナリサがガジムの手を握り、広場に集められたガリアウルフの屍を見つめていた。

 これだけの数だ。毛皮や爪、牙などかなりの金額になる。

 それにしても、この漆黒のガリアウルフは本当にガリアウルフなのだろうか?

 次に来る行商人かハンターにでも尋ねるしかなかった。


「お父ちゃん、鬼丸お兄ちゃんはあいつら退治したからいなくなっちゃの?」

「そうだな。鬼丸は、この村を救う為にやって来たんだ」

「あたしたちにさよならも言わないで?」

「お父ちゃんがちゃんと聞いている」

「お肉食べさせてくれるって約束したのにぃ」

「森に大鹿が戻るまで時間がかかるからな。そうしたらきっと帰ってくるさ」

「うん……。あたし、それまで鬼丸お兄ちゃんのお嫁さんになれるように料理を頑張るね」

「そうだな。鬼丸に喜んでもらえるような料理を覚えないとな」

「うん!」


 ガジムから見ても、鬼丸はナリサの塩辛い料理でさえ本当に美味しそうに食べていた。

 あの時は味音痴かと思ったが、そうではなかった。あれが鬼丸の優しさなのだろう。

 もし鬼丸が来てくれたら、また腹一杯ご馳走しようと思う。流石にナリサを嫁に出すのは躊躇われるが。

 しかし、この開拓村に鬼丸が姿を現す事はもうないだろう。

 改めて思う、ありがとう、と。


 

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