教室の殺人鬼
また一人死んでいる。
これで四人目だ。
美術室の電気釜の中で四年一組の中田君が死んでいた。体中が焼けただれ、無残な死骸だった。
とても前まで一緒に遊んでいた中田君だとは思えない。
和彦が第一発見者だった。
放課後に筆箱を美術室に忘れたことに気づいて、取りに行ったのだ。電気釜から中田君がはみ出していた。悲鳴は出なかった。日常化してしまったのだ。人が死ぬことが。
そのとき和彦は、
「またか」と思った。
和彦のクラスは、今月で四人の死者が出た。
みんなこの学校で死んだのだ。
多分、誰かに殺されて。
中田君は間違いなく他殺だろう。自分から電気釜に入る人間はいない。中田君はいつも明るく教室のムードメーカーだったので、自殺したとは考えにくい。
その前に死んだ磯川君はプールの水死体で発見されたし、その前の浦杉さんは図書室の本棚に潰されて死んだ。一番最初に犠牲になった民蔵君はトイレに顔を突っ込まれて死んでいた。
どれも他殺としか思えない方法で命を落としている。
しかし、警察による捜査がいくら行われても犯人は見つからないのだ。謎としか言いようがない。
クラスの全員がこう思っている。
この教室には殺人鬼がいると。
和彦は今までの事を思い返しながら葬式に出ていた。もうみんな慣れっこになっていて、悲しむどころか自分の推理を披露する始末だ。隣の男子二人はこそこそしゃべっていた。次に自分が狙われるかもしれないという発想はないようだ。
和彦のクラスの半分は殺人事件に恐れをなして学校に来なくなってしまった。それが当然の判断なのだろうが、一部の楽観主義者や肝の座った者たちは毎日学校に来ている。和彦は後者の方だ。
中田君が死んでから一週間が過ぎた。
殺人事件は起こらず、平和な日々を送っていた。
クラスの四人が死ぬ間隔はほぼ二週間だった。だから、次に殺人が起こるのは一週間後だろうと高をくくっていた。和彦もそう考えていたが、それでも一人で行動するのは避け、放課後は絶対に学校には入らないことにしている。幸い帰宅部なので授業が終わったらすぐに帰ることができる。
事件はその日の3限目に起きた。
体育を終えて教室で着替えている最中にある男子が言い出した。
「あれ?滝村遅くねえか?」その男子の一言に、教室が凍りついたようにシーンとなった。それは、四人の死者を出した四年一組にとっては恐ろしい言葉だった。
「そうだな」沈黙を破って、仲のいい男子生徒が相槌を打った。
「まだ体育館にいるのかな?」比較的発言力があり、女子を統治している女子生徒が顔をゆがませて言った。教室がざわめきだす。
一人でいるのはかなり危険だ。
それまで発言をしなかった和彦は先陣を切って捜しに行くために走りだした。授業の開始を告げるベルが鳴ったが、構うことなく廊下を走った。
「おい、どこに行くんだ?」数学の授業をするために四年一組に来ていた担任の夜橋先生が和彦に声をかけた。
「滝村君がまだ来ていないので、体育館に捜しに行きます」夜橋先生の方を見ずに先へ進んだ。教室から続々と生徒たちが出てきた。
この状況を楽しんでいる生徒もいるようだ。ケラケラと笑い声が聞こえる。
和彦は思う。
狂ってやがる。どいつもこいつも。
階段を下りて一階まで行き、突き当りを右に行って体育館に到着した。体育館の扉は閉め切ってあった。息を整え、早鐘のようになる胸に手を当てた。この先にどんな景色が広がっているのか、嫌な事を想像してしまう。
和彦は重い扉を開いた。
和彦の目に映った情景は、想像をはるかに超えたものだった。
バスケットボールのゴールに紐が結び付けられており、人がぶら下がっていた。
「あ、あああ、あ」急に苦しくなって、息がしづらくなった。
首にひもを結び付けられ、ぶら下がっていたのは体をナイフでずたずたにされた滝村君だった。
見るにも絶えない映像。
吐き気すら起きなかった。
後から体育館にぞろぞろと数人の生徒が入ってきて、滝村君の亡骸を見た途端、みんな口を押えた。衝撃的な映像に直視したくなくても見てしまう。何人も膝をついて倒れてしまった。
しばらくして夜橋先生が駆けつけてきて、冷静にその場を仕切った。
和彦たちは別室に移され、すぐに緊急下校が始まった。
このクラスで五人目の死者が出たのだ。
同じクラスで五件も。
二日後に葬式が行われた。流石に五人目となると、ケラケラ笑っていた生徒たちも自分の身が心配になってきたようで、押し黙っていた。
次の日に学校に行くと、半分いた生徒たちのさらに半分の生徒が休んでいて、空席になっていた。楽観主義者もほとんど休んでしまって、残ったのは肝の座った曲者ばかりだった。女子は一人しかいない。
クラスの四分の三の席が空席。
最早異常としか言いようがない。
あわただしく夜橋先生が入ってきて、開口一番こう言った。
「今日は時間割変更をします。予定していた授業を急遽中止し、一人ひとり面談をしたいと思います。じゃあまず大島。指導室まで来なさい。残りの生徒は自習しているように」どことなく焦っていて早口で喋る夜橋先生を見て和彦は確信した。
先生は犯人捜しをしているのだと。
生徒たちは黙って指示に従った。大島君は席を離れて先生の後についていった。残りの者は無言で教科書を開いて勉強を始めた。
雲行きが怪しくなり、やがて音を立てて雨が降り始めた。
傘を持ってくるのを忘れたな、などと考えていると、夜橋先生が教室の引き戸を開けて入ってきた。
「次は月見」
先生に言われるとそそくさと教室を出て行った。
呼ばれなかった生徒は、胸をなでおろしていた。いつしか死刑執行を待つ囚人のような気持ちになっていた。自分がやっていないのはわかっていても、やはり緊張する。
勉強など手に着かなかった。
面談が始まって一時間半ほど時間が経ち、5人が呼ばれたので残りは3人だ。和彦はまだ呼ばれていなかった。ずっと緊張している。そろそろ胸が疲れてきた。
面談に呼ばれたきり帰ってこないの気になった。
みんなどうしているのだろうか?少し不安だった。
和彦は緊張の連続のせいか尿意を感じ、静かに席を立ち、トイレに向かった。
トイレは廊下の端にあった。
雨が降っていて暗く、トイレはいつもより不気味だった。
電気をつけて中に入り、用を足した。
トイレを出た時、不意に好奇心から、どんなことをやっているのか覗いてみたくなった。指導室は階段を下りて、少し進んだところにある。
ばれなければ大丈夫だと心を決めて、階段を下りた。
二階の教室の半分が特別教室で、授業をしているクラスはなかった。それはラッキーだった。
小走りで指導室の前まで行った。
引き戸の窓から中を覗いた。
「はっ!」
和彦は指導室の光景に息を飲んだ。
大きな背中の男が、渡辺君の首を絞めていたのだ。渡辺君は必死にもがいていたが、やはり大の大人の力には敵わなかった。
首を絞めていた男が、ふとこちらを向いた。ビクッと体を震わせて、和彦は逃げ出そうとした。
しかし、体が硬直していて動かなかった。体中から汗が噴き出る。
和彦の方を向いた男の顔は、確かに夜橋先生だった。
鬼の仮面をかぶったような形相だった。
夜橋先生は、生徒を呼び出して、1人ずつ殺していたのだ。今までに起きた五件の殺人も全て夜橋先生がやったのだろう。
その夜橋先生は、渡辺君の息の根を止めて、和彦の方にやってきた。
「来るな!来るなっ!やめろ」
大きな声を出すが、一向に足を止めない。動けない和彦にだんだん迫ってきた。
殺される!
殺すつもりだ。
疑惑が確信になっていく。
なんとか棒のような足に命令を与え、階段めがけて全力で走った。
無我夢中で走った。
階段の前まで来て後ろを見ると、夜橋先生がバットを振り上げているところだった。
頭に重い衝撃が走った。暗い廊下に鈍い音がこだまする。
悲鳴を上げることなく和彦は倒れてしまった。
教室の殺人鬼は、和彦の体をひきずって指導室まで運んだ。
遺体の山に和彦の体を乗せ、鏡を見て歪んだ顔を直す。
そして、次の生徒を呼びに行くのだった。
お久しぶりです!
しばらくご無沙汰していなかったのでヤバイと思い、短編を書きました。幼い文章ですが読んでいただきありがとうございます。
こういうパニックネタが大好きなので、書いていて楽しかったですね。最近は割と違うジャンルの話が多かったので、原点に戻った感じです。
最初のころはこういうのばっかり書いていたので。よろしかったらそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。
感想、アドバイスよろしくお願いいたします。
ではでは。