05.なんであの時私に触れたの?
と、冒頭に戻るのですが……冷静に思い出しても(本当に冷静だったか?)なんでああなったのかまったく分からん。
取り合えずなんか慶が怒ってて、それで私を苛めるためにやったとしか思えない。
慶はいつもそう。私を動揺させてからかって楽しんで、それで終わり。たぶんからかいがいのあるおもちゃにしか思ってないと思う。
ああ、そうか! なるほど、やっと分かった。
きっと慶は私が児玉くんと付き合ってたのを内緒にしてたのが気に入らなかったんだ。たぶん一番からかう事の出来るネタだもん。
その手の事に疎かった私が初めて出来た彼氏。そりゃいじめて遊びたくなるよね。それなのにもう別れてるんだもん、そりゃそれで怒ったのかも。納得しちゃったよ。はぁ、すっきり。
それに、慶は私が優ちゃんに片想いしてると思ってるし。優ちゃんって言うのは慶の三つ上のお兄ちゃん。優一って言うんだけど、慶と同じように優しくて甘いマスクをしていて、でも性格は慶とは正反対で本当に優しい。
名前の通りに優しくて紳士で、憧れのお兄ちゃん。そうただの憧れ。小さい時はね、本当に好きだと思ってた。
慶に苛められて泣いていた私をいつも助けてくれたのは優ちゃんだったから。
慶なんて大っ嫌いで、優ちゃんは大好き。いつもそう言ってた。
でも中学生の時、優ちゃんが彼女と歩いているのを見て気づいたんだ。心を締め付けたのはお兄ちゃんを取られたような寂しさだけで、悔しさとかやるせなさとかは感じなかった。
それに仲良く楽しそうに歩いていく二人を見てお似合いだな、幸せそうだなって思って。私もあんな風に素敵な恋人同士になりたいな、って思って。その時に浮かんだ顔が慶でびっくりしたんだ。
それからはしっかり慶のことが好きって気づいて、なるべく不自然にならないように、今まで通りに接していたんだけど……優ちゃんの事を報告するって事はやっぱりまだ私が優ちゃんの事好きだって勘違いしてるよねぇ。
色んな事詳しくてすっごく頭良くて、なんでも分かってそうなのに、なんでかね?
実際親友の友香には私は慶が好きだってバレバレだったみたいなのに。なんでかねぇ?
それに慶に言われるまでもなく優ちゃんが週末帰ってくるのは知ってた。その理由も知ってる。何でかって言うのは今はまぁ、いいとして。
慶のあの様子だと何で帰ってくるのかって理由を慶も知ってるみたいだなぁ。だからあの態度か……。
慶のセリフじゃないけど面倒くさー。だって絶対慶相手に慰められそうだよー。
そうしたらどうするー? 優ちゃんが好きだったから辛いって演技する? ってか最初はそのつもりだったんだよね。そうすれば慶の事がやっぱり好きってことも、児玉くんと付き合ってた事も説明しなくて済むかなぁと思ってたから。
でも彼氏がいたって事がバレた以上優ちゃん大好きは使えないかぁ。残念。
「ふぅ」タメ息が零れた。
自分の部屋のベットでまた膝を抱えて蹲りながら今日の事を思い出す。
慶のあんな真剣な顔、久しぶりに見たかも。ニヤニヤわらってるか、眉間にシワ寄せて目を細めて怒ってるかしか最近見てなかったな。
やっぱり、女の子を口説くときは真剣な顔なんだね……。
そう思うとまたタメ息が漏れた。
誰にも本気にならないとっかえひっかえの最低男を好きになるなんて、本当私も最低。でもさ、慶……本当は優しくて頼りがいがあって、いいやつなんだって知ってるから……。
知ってるからこそ、諦められないんだ。
慶は……あの時なんであんな顔したのかな?
なんであの時私に触れたの? 慶の親指がなぞった自分の唇に触れ、流されてもいいと思ってしまった自分に泣きたくなった。