40.話変わってません?
「なるほどね、たった数日の間に随分面白いことになってるじゃない」友香はそう言うとクッションを抱きしめてベソベソ泣く私の頭を撫でる。
面白いって……面白いって……私からしたら全然面白くないんですけどー。
「ごめん、ごめん。でもだって家に来たの日曜日よ? それで今日木曜日よ? 展開速すぎでしょ」クスクス笑う友香を上目遣いで睨む。
「やーねー。いじめてないわよ」クッションごと横からぎゅーっと抱きしめられて友香の肩に寄りかかる。
でもお腹は刺激しないようにしないとね!
「とにかく、唯はお家に電話しなさい。私はお義母様に慶二から連絡があったか電話してみるから」はい。お互いに携帯を持って少し離れる。
でも……香澄おばさんとの会話気になるんだけど……。私の視線の意味がわかったのか、友香は肩をすくめると、
「先に電話して。終わるの待ってるから」と言って笑った。
はい。電話します。
「……あ、もしもし? お母さん? うん。今友香の家。今日はご飯いらない。うん。このままちょっと……友香と食べるから」心配そうなお母さんの声を聞きながら、頷く友香に甘える事にした。
「よしよし、じゃ、電話するよ?」私の電話が終わると今度は友香が香澄おばさんに電話をかけた。さっきの電話でお母さんは特に慶の事言ってなかったから……たぶん連絡はなかったんだと思う。
案の定電話を切った友香は無言で首を横に振った。
「んー。全然連絡ないみたい。電話繋がった事も説明しなかったけど……お母様はなんとなくわかってそうだね」そうだよね、そりゃそうか。いきなり友香が慶の安否確認したら不振ですよね。
「唯と一緒にいるとは話したから……伝えてって言われちゃったんだけど?」何を? 私はキョトンと友香を見つめると、友香はちょっと言い難そうにする。
「えっと……、不肖の息子だけど見捨てないで宜しくだって」…………おばさん? 何言ってるのさ?
見捨てないで宜しく……って、私が見捨てられちゃったんですけど……。
なんか自分で言ってて惨めになってまた涙がジワリと浮かぶ。友香が慌ててハンドタオルを差し出してくた。
「こ、今度は慶二に電話してみるわね!」その友香がタオルを持ったまま急に大声でそんな事言うから涙が引っ込んだ。
「と、友香?」
「繋がらないかもしれないけど……試す価値はあるものね。やっぱりその玲子さん? なんかちょっとおかしいと思う」おかしいと思う、って?
「やっぱり慶二らしくないと思うのよ。あいつってば意外にマメだから、ご両親とか唯に心配させたりする事ないし……。それに携帯を女に渡して電話に出させるなんて、慶二じゃありえないと思う!」そう言い切った友香を見て、私もちょっと考える。
そっか、そうだよねー。やっぱりちょっとありえないかも? どうなんだろう? 確かに今まで慶と付き合った人達は慶を自分のものにしたがる傾向があって。でも慶はそれが嫌らしくて女性が権利を主張し出すと大概別れてた。
自分のテリトリーに深く入られるのを嫌う。それは相手との関わりがやっぱり身体の関係だけだからかなぁなんて思ってたんだけど……。
だから本気の人が出来てちょっと盲目になっちゃったんじゃないの?
そんな事思って友香を見たら……なんですかその生暖かい視線。
前にもそんな目で見られた覚えがありますが、またですか? どうしてですか?
「なんかさぁ、大分やっぱり慶二が不憫に思えてきた。ちょっとね、自己解釈がひどすぎる」どう言う意味よ~! 私は至ってまともに考えてるつもりなんですけどー!
「まぁ、私達には絶対の大前提が唯には理解できてないから、仕方がないとは思うけど……ここまで来ると可哀想に思えて来た。色々イロイロあいつは嫌いだけど! もっと苦しめてやろうなんて思ってたけど! やっぱり不憫だわ」って言いながらなんで楽しそうに笑ってるのさ。
「大前提、って?」何よ? 慶に何が大前提であるのよ? そしてそれを私は理解できてないって、なんか悔しい。
友香にはわかってて私にはわかってないんでしょ?
「私だけじゃないわよ。あなた達二人に関わる人みんなその大前提を理解してると思うわよ。もちろん慶二も認めてる」
……たまに交わされる私の分からない会話。慶と誰かの会話。それが関係あるのかな?
慶と友香だったり、慶とお父さんだったり、慶と大学の友達だったり。きっと私の事を話してそうなのに、なぜか会話に入れない理解できない会話があって、もしかしてそれが関係あるのかなぁ? なんて唐突に思いついた。
もっと、今までもっと突っ込んで理解するべきだった? 自分なりの解釈で自分なりの納得をするんじゃなくて……ちゃんと、慶の言ってる事をもっと真面目に考えて聞くべきだった?
今更ながら後悔が襲ってくる。
結局私はずっと流されていて。慶の意味わかんない行動も言動も、全部本人に確認しないで自己完結させてた。慶の本心を知るのが怖くて……結局自分が一番傷つかない様に答えを自分で用意して、色々な事を理解するのを諦めてたのかな……。
「もしもし? あんた誰?」って友香さーーーーーん! 私がしんみり色々考えてる間に何サクっと電話してるんですかーーーー!
しかもなんですか、その超喧嘩口調は! あんた誰ってきっと玲子さんですよね?! 相手の事知ってますよね?!
「はん、私? 私は慶二の姉だけど」友香こーわーいー!
「いいから慶二出してよ。姉いないって? 実の姉じゃないわよ、当たり前でしょ。将来のあ・ね! 優一さん知ってるでしょ? その優一さんの婚約者」だから友香こーわーいー!
鼻で笑いながら心底相手を馬鹿にしたように電話を続ける友香に……本気で親友辞めようかと思いました(なんてそんな事本気では絶対思わないけどね!)
「……慶二いないの? それなのにあんた慶二の携帯勝手に使ってんの?」友香の声の質が一気に下がる。さっきまでの相手を侮ったような声じゃなくて……低く冷静な声。
「あんた……何してんの? 慶二は無事なの?」……あれ? なんかやっぱり雲行きが怪しい。
友香の声質からなんとなく不穏な空気が流れてはいたけど、台詞からも危険な香りがしだす。
「と、友香?」不安になった私を無言で友香は目配せするとまた会話を続ける。
「そこに……いないの? どこにいるの? ……分からないってどう言う事?」友香の声が少しだけ優しくなる。
携帯から漏れる声は、さっき私が電話した時とは違ってかなり取り乱しているのか激しい。パニックになっているかのように、友香に叫んでる。
「…………逃げた?」意味不明な事を激しく騒いでいる玲子さんの言葉の中から、重要そうな事を友香は拾い集めているのか、私の方を見ながらも視線が合わない。
真剣な友香の様子にどんどんどんどん不安が膨らんでくる。何? 何? 何がどうなってるの? 逃げたって……?
「あんた監禁してたの?!」っ! 叫んだ友香の言葉に私もびっくりする。友香か珍しく目を真ん丸にしてて……きっと私も同じように真ん丸になってる。
かんきん……? 監禁って! 閉じ込めたりしちゃう事の監禁だよね!?
えっ? えっ? えぇぇぇ?!
「何考えてんのよ! それで今慶二はマンションから逃げたのね?! …………薬?……薬って何よ!!」友香の詰問がきつくなり、会話の内容についていけない。
友香の叫んでる言葉だけじゃぁ意味不明で。でもなんかすごくやばそうな感じだけは理解できてどうすればいいのか分かんない。
「ちっ! 話になんないわ。優一に電話してみる」玲子さんからはもう情報を聞き出せないと思ったのか、友香は一度電話を切り、またすぐにかける。
優ちゃん? なんでそこで優ちゃん?
「優一!? あの女やっぱりどうしょうもないわよ! 慶二監禁してたって! なんか病院から盗んだ向精神薬点滴投与してたって! マンションにいたらしいけど慶二逃げたって! マンションってどこよ?!」
叫ぶ友香についていけない。言葉は理解できるのに内容が意味不明。でも慶がヤバイ状態で逃走中って事は理解。
「レオンタワーズ!? ……今もう車向かってるの? うん、わかった、待ってる。早く来て」
ちょっと大人しくなって電話を切った友香を見たけど、友香は首を横に振った。
「……優一さん来てから詳しく話すから。車で迎えに来てくれるって言うから、探しながら話そう」そう言って友香は泣き出しそうな顔するから……不安が爆発した。
「監禁って、点滴って、逃げたって、どう言う事? 何がどうなってるの? 友香!? 教えてよ!」つい友香に詰め寄ったけど、友香は顔を歪めるだけだった。
…………レオンタワーズ……。隣駅にある有名な大規模マンション。高層マンションが立ち並ぶ集合住宅で超有名なシンボルタワー。
気がついたら友香の家を飛び出してた。
止める友香を物ともせず。頭ではあのまま友香の家で優ちゃんを待ってるべきだって理解してたけど、気がついたら走ってた。
最近走ってばっかり、なんて意味ない事で笑う余裕があるくせに、一番余裕を持たなくちゃいけない現状にまったく余裕がなくて。
お財布持ってないのに。唯一持ってる携帯の着信音が鳴り響く中、私は遠くに……それでもしっかりと見える高層マンションへ向かって走り続けた。
堂々と聳え立つ高層マンションがまるでラスボスの様に見えて心震えるけど、それでも私は勇者で、捕らわれた姫?(王子)を救い出すべく心確かに立ち向かっていくのだった。
慶を絶対に助けるんだと心に誓い……私は高層マンション(ラスボス?)に向かい走り続けたーーーー……ってなんか話変わってません?




