39.なんか勝てないなぁ。
結果、慶は見つかりませんでした。あぅぅ。世の中そんなに甘くないってね。子供じゃないんだから、町内会だけじゃないし。普通に電車とか乗られて(車は家にあった)どっか行かれちゃってたらお手上げじゃんかよ。
家の向かいにある公園で一人ベンチに腰掛けため息をつく。すでに暗くなっていたので、そのまま家に帰るべきだとは思うけど、遅くなるってお母さんに電話して目の前の公園で座ってるんだから変な感じ。
でもこのまま帰りたくはなかった。
慶の部屋の窓を睨み付ける。もちろん電気はついてない。本当にどこ行っちゃったんだろ?
走って暑くなったとは言え、さすがに冷えて来て両手をポケットに突っ込んだ。すると指先に携帯があたる。
そうだ、ちょっとまた電話してみようかな?
携帯を取り出し慶の携帯にかけてみた。呼び出してる!
昨日から「電源が入っていないか、電波の届かないうんぬん」って女性のアナウンスが聞こえてくるだけだったのに、呼び出してる!
私はなぜか息を潜めて繋がるのを待った。
10コールほど鳴った後、ツっと音がして繋がった。
「もしもし!」息巻いて話しかけてから後悔した。ヤバ、何も考えなしに話しかけちゃったよ! 慶じゃないかも知れないのに!
案の定相手は一言もしゃべらない。沈黙から絶対に慶じゃないってなぜか分からないけど直感ってやつでか分かってしまった。(あ、私混乱してる、超矛盾)
「……慶はどこですか?」自分が混乱してるって分かったら逆にちょっと冷静になったよ。しっかりとした口調で声も震えず毅然と聞けました! それなのに……
「……唯さんかしら?」後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。声と口調で誰か分かっちゃったよ。
「……れい、こさん?」あぁ、今度は声震えちゃったし頼りなさそうな口調だよ。負けちゃいそうだよ。
「ええ、そうよ。どうかなさった?」どうかなさったって! その携帯は! その携帯は慶のなんですけど!
「慶はどこ?!」腹立ったら肝座った。うん。今度は強い口調ではっきりと詰問。
「……知りたい?」って何処か余裕そうに彼女が言うから、ブチっと何かが切れました。
「いいから慶に変わって!」爆発しちゃうよ。ガンガン暴れまくっちゃいそうですよ?
「……今慶二君は眠ってるの。だからあなたとはお話できないわ」うっきーーー! いい加減にせいや! この女!(口が悪すぎてごめんなさい)
慶は二日も無断外泊して! 一度も誰にも連絡しないで心配かけまくってるんだからね! それなのにやっと携帯が繋がったと思ったらお前か!(口が悪すぎてごめん略)
グダグダいいからさっさと慶の野郎を叩き起こして電話に出させろやーーー!(口が悪すぎて略)
って心の中で叫んだだけなのに、はぁはぁはぁはぁ、肩で息しちゃうよ。持久走したばっかりだってのに、余計に疲れさせないでよね!
「ちょっとは遠慮して下さらない? 今私のマンションに二人でいるのよ。分かるでしょう?」分かる訳ないでしょー! って叫ぼうとして固まる。
血が上って噴火しそうだった頭に氷水をぶっ掛けられたみたいに急激に冷めた。今、玲子さんのマンションにいるの? 二人でそこに二日間も一緒にいたの?
確かに玲子さんはそう言ったし、慶の携帯にかけた訳だから一緒にいるのは絶対なんだ……。
あれ? もしかして私お邪魔なの? もしかして私の方が不謹慎な電話をしてるの?
……事故にあったのかも知れない、事件に巻き込まれたのかも知れない。そんな風に心配して探しまくってた私ってば実は道化?
一生懸命探して走りまくったのに、実は余計なお世話? ただマンションでイチャイチャしてただけなの?
夢中になり過ぎて連絡忘れただけ、とかそんなオチ?
「っ」良くわかんない感情が湧き出してきて声が漏れた。なんだろう、なんなんだろう。色々な気持ちがグチャグチャ混ざってよくわかない。
悔しいのか悲しいのか。裏切られたような無事で安心したような。情けないやらムカつくやら。
とにかく色々な想いが胸にグッと湧き上がって涙も湧き上がってきた。
「ふっ」泣いてるのを玲子さんには絶対に知られたくないと思って、深呼吸したら息が震えて余計にワザとらしくなっちゃった。
「ご両親がご心配されてるようでしたら、私から慶二君にお電話するように伝えますわ。ですから唯さんはもう電話しないで下さる?」そう言われて一方的に通話を切られた。
…………下さる? って言いながら強制だよね、あの人。
なんか馬鹿らしくなって涙も引っ込んだ。私最近こんなのばっかり。振り回されてばっかり。もう頭ん中ぐっちゃぐちゃだよ……。
私が絶対に探し出してやるんだ! なんて使命に燃えていたさっきまでの私はいずこに?
興奮して立ち上がって話していた私はそのままベンチにすとんと座りなおす。
結局最近の私は、独りよがりだったのかなぁ? 慶の一挙一動に浮いたり沈んだり。色々悩んだり。でも結局はあの人とまだ続いていた訳でしょう?
馬鹿じゃない? 本当バカじゃないの私……。
あんな風に優しくされたり強引にされたり……色んな事慶と経験して、期待しすぎちゃってたよ。
勘違いしちゃいけないって頭では分かってたはずなのに、やっぱり私は特別かもしれない、なんて思っちゃって。
でもいつでも慶がまた離れても平気なように心を強く持ってよう、なんて思ってたくせに全然ダメじゃん。全然平気じゃないじゃん。
だって嫌だもん。すっごく嫌だもん。慶があの人と一緒にいるって思っただけで心が壊れそうだよ。
慶が私にしてくれたみたいにあの人に笑いかけたり、あの人と手を繋いでたり。慶の熱い唇があの人の上にも……なんて耐えられないよ!
いやだいやだいやだ! そんなの絶対に嫌だ!
どうして? どうしてこんな事になっちゃったの? ちょっと前まではなんか恋人同士みたいだったのに。私が拒んだから?
あの時強引に慶が迫った時に拒んだから? あの時しちゃってたらこんな事にはならなかったのかな?!
引っ込んだはずの涙がぽろぽろと溢れ出した。我慢できなくなって嗚咽が漏れる。ヒックヒック泣きながらそれでも私は立ち上がった。
ここでこのまま泣いてる訳にいかないし。携帯しか持ってなくて……もちろんお財布も持ってない。どうにかハンカチがコートに入ってたので涙を拭うと、まだしゃくり上げながらそれでも駅に向かって歩き出した。
暗い寒い夜道を歩いていると少し落ち着いてきて、木城酒店に着いた時にはどうにか話せる感じにはなってたんだけど、店番をしてた友香は私の顔を見るなり、
「先部屋上がってて。すぐ行くから」そう言って家に通してくれた。
さすが長い付き合い。何も説明しなくてもよくわかっていらっしゃる。助かります。
おじさんに軽く挨拶して店から家に続くドアを開き友香の部屋に向かった。そのドアを閉める時友香とおじさんが何か話してるのが見えた。ごめんね、お仕事の邪魔して……。
アジアンテイストな友香の部屋に入ると、お洒落なラタン座椅子に腰掛けてグリーンのビーズクッションを抱きしめた。
あぁ、このクッションいいな。このぶにゃブニャ気持ちいい。私のハートクッションは最近酷使しすぎて汚れてきちゃったから、今度はこう言うタイプ買おうかなぁ、これでハート型売ってないかなぁ……なんて取り留めない事をボケーっと考えてたらいつの間にか友香が目の前にいた。
「よし。お待たせ。話しましょう」そう言って笑顔の友香を見て、なんか勝てないなぁって思った。




