34.勘違いさせたままにしてたのよ?
ウトウトとまどろみながら夢を見てる。女の人が私を嘲笑ってる。男の人が怖い顔してる。よくわかんないけど、嫌な夢。怖い夢。目を覚ましたいのに覚ませない。誰か助けて、そう求めて両手を伸ばすと、「コンコン」何かノックする音が響いた。
浅い眠りの中にいた意識が浮上する。ああ、夢だったんだ。と朦朧とした感覚のなか耳を澄ましてみる。
今きっとドアをノックされたよね? でも気のせいかな? と思って意識をドアに集中していると、また「コンコン」と音が聞こえた。
「はい」返事をしたものの、なんかすっごく変な声。寝起きだからじゃ済まされない様なしゃがれた声が自分から聞こえて、慌てて咳をする。
「唯? 大丈夫か?」名前を呼ばれて部屋に入ってきたのは慶で……はっ! 私ベットに寝たまんま!
「いいから」起き上がろうとした私をそっと押さえるとキャスター付イスを転がしベット横に座る。
「熱、どう?」あーーー、はい。そうだった。なんか熱のせいで意識が朦朧としてるし、寝起きって事も手伝っていまいち状況が理解出来てませんが、とりあえず私は自分のベットで寝ててそこに慶がお見舞いに来た。おっけー?
「もう夕方。ずっと寝たままだって京子さん心配してる」んー、そうだ、今日は大学休んで死んだように寝てたんだった。
「うん、大丈夫。ちょっとすっきりした」寝起きだからって事もあるけど、朝からずっと悩ませれていた頭痛は今なりを潜めてる。すこし掠れた声で返事する。
「喉、痛い?」横になる私のおデコに手を伸ばしながら覗き込むように問われて、無言で首を振る。
「別に痛くない。ちょっと喉ガラガラするけど」細かい咳をして少し落ち着いたのかいつもの自分の声に戻ってきた。
「うん、熱も大分落ち着いてそう。まだインフルエンザは流行ってないし、熱風邪でも引いたのかもな」そう言って慶は微笑むと、いつの間に用意したのか目の前にペットボトルを差し出された。
スポーツ飲料のそれにストローキャップがはめられていて、横になった状態でもだいじょうぶぅ!
「ありがと」素直に乾いた喉を潤しながら、ちょっとまってよお嬢さん。やっとどうにか目が覚めてきましたよ?
わたくし病人。すごい熱がありまして、汗かきながらパジャマで寝てました。そしてそのままの状態で今起きたばっかり。まだ布団に包まったままとは言え……近いよ慶!
待った待った! 飲み終わったペットボトルを受け取りながら、そんな満足そうに微笑まないで。よしよしって優しく頭撫でないで!
また熱が上がって頭から湯気でそうだよー。今更ながらメチャクチャ恥ずかしくなって来たよー。
「落ち着いたみたいでよかった。心配したんだぜ? 朝様子を見た時はなんかうなされてたし」あー、そうですか、それはすいません。ご心配をかけました。って! おい! いつの間に様子なんて見てくれちゃってんのよ? 全然知りませんけど?!
「そりゃぐっすり寝てたからな。で、うなされてたから声かけたんだけど…………気付かなかった」え、なんでそこそんなに間があったの今? 何なに? なによ?
「ま、よかったよかった」私のジト目を軽くスルーして完結させやがった。
「起きられそうか?」うーん。たぶん大丈夫。
「起きられそうならなんかちょっと食え。で、京子さん安心させてやれよ?」そう言って髪の毛を撫でてていた手が耳元まで下がり、今度は親指でそっと頬を撫でられた。
くすぐったい様な感じでゾワゾワっと鳥肌が立っちゃったじゃない。つい首をすくめたらクスッと笑われた。
なんだよー、しょうがないだろー。ちょっと、いやかなりドキドキしちゃったんだから。
慶はそのまま私のほっぺをキュッとつまむと、
「先に下降りてるから」と部屋から出て行ってしまった。
もう、痛いなぁ。撫でられつねられたほっぺたを摩りながら動悸はまだ治まらなくて、お布団を頭から被りなおした。
今更ながら、より一層恥ずかしくなってきちゃいましたよ。今まであった距離感が一気になくなって最近ありえないぐらい近くにいる。
小・中学とべったり傍にいて、でも高校時代はお互い関与せずって感じだったんだけど、大学入ってからはそれなりに同級生やってたんだよね。
子供の頃の近さはないけど、高校の時程遠くない。そんな丁度いい距離感だったのに……ここ二週間程オカシイデス。
だってさぁ! 中学の時ちょっともめたりしたせいで、その後高校入ってから私の部屋に入って来た事ないのに! もちろん私だって慶の部屋に入ったりしてないのに!
そりゃね、お互いなんだかんだ言いながら、お互いの家には行ったりしてるけど、自分の部屋にはさすがに上げなくなってたのに……。
この間は慶の部屋で一緒に寝ちゃったり? 今日は普通に寝てる私の部屋に入って来ちゃったり?
妙齢の男女としてはちょっと宜しくない距離感ですよね。またいつもの様に慶に彼女がいたら私ってば超嫌がらせ受けそーです。
あぁぁぁどうしましょー。一線を越えた男女の仲っぽい距離感は本当にまずいって! やっぱり今更だけどお父さんとお母さんはどう思ってるのかなぁ?
だってさぁ、いくらお隣の慶ちゃんだからって危機感はないのかしら? 寝てる娘の部屋にホイホイ上げてさぁ。しかもこの間は慶ん家でお風呂入って、不可抗力とは言えお泊りしたのに何も言われませんでしたよ?
お咎めなしですよ。説教なしですよ。それどころかお母さんってば超ニコニコしてましたよ。おかしいでしょ!
さすがにお父さんは変な顔してた気がしますけど、それでも特に何も言われませんでした!
ってもしかしなくてもあれは勘違いされてたのかなぁ……。絶対に一線を越えた後と思われてたのかも! あぁそうか、それであのお父さんの顔か……なんか納得。
いや納得しちゃいかんでしょ! そこは全否定しなきゃいけなかったんだ! 聞かれる訳ないから先に私が釈明しなきゃいけなかったんだーーーー!
うぎゃーーー。穴があったら入りたい。私ってばあの日に処女喪失した事になっちゃってるのかもー。うわっ! 本当最悪。最低。
慶のあの感じだと絶対に弁明してないだろうな……。慶の事だからそう思われるの分かってて言い訳してなさそう。マジで最悪なんですけど。
「唯ちゃん? また寝ちゃったの?」コンコンとノックの音がしてすぐにお母さんが部屋に入って来た。
布団にもぐり込んで悶えていた私は固まる。
「……ゆい、ちゃん? まだ調子悪そう?」芋虫のごとくウネウネ暴れていただろう私に一瞬戸惑ったような声が聞こえたけど、何事もなかったかの様に問われた。
娘の異常行動をスルーするスキルはなかなかのものです! さすがお母様!
「おかゆ食べる?」んー、うどんがいいかも。
「もう作っちゃうから早く降りてきなさいね」うつ伏せで布団に包まり山になっている私の背中をポンポンとたたくと、お母さんはパタパタとスリッパの音を立て降りて行った。
さて、やっぱり起きますか。
階下のリビングに降りて行くとそこには誰もいなかった。キッチンを除くと湯気を立てお母さんがうどんを茹でてくれている。
「……慶は?」
「帰ったわよ。なんだか今日は止めて日を改めますって言ってたわよ? 何かお話があったのかしら?」
自分のお箸を用意しながら首を傾げる。はて? 話し? 話しって何かあったっけ?
………………ぎゃーーーー! 思い出した! 私ってば昨日?!
テーブルに脱力すると、手に持っていた箸がたたき付けられベチャっと結構大きい音がした。
「あら、何? どうしたの? 慶ちゃんいなくて寂しい?」ダイニングテーブルに座り頭を抱える私の元へ美味しそうなうどんを運びながらお母さんってばニコニコ。
「……頂きます」両手を合わせてうどんを頂きます。目の前に座ってニコニコしてるお母さんをつい恨みがましくにらみ付ける。
「ねぇお母さん、なんか勘違いしてない?」
「なぁに?」
「……慶とは別に付き合ってないから」
「え? ……えーーー?」何その不満そうな顔。
どんなに不満そうでも、どんなに食い下がられても認めません。断固否定です。
そしたらあの日の説明を今更ながら求められたけど、それも無視してうどんを食べ続けた。
だって、だってねぇ? 別の男の人に襲われそうになったので慶に助けて貰ってご飯食べてワイン飲んだら酔いつぶれちゃいました。なんて説明できる訳ないじゃーん!
本当に慶ってばなんで勘違いさせたままにしてたのよ?




