33.自分からキスしちゃったみたいですよ?
「友香……大丈夫かな……」慶と二人家に帰りながら、ふとそんな言葉が口からでる。
優ちゃんの頬冷やしたりして忙しくしてる友香に帰ると伝えたら、すっごい泣きそうな顔でいっぱい謝られて、なんか逆に何も出来なくて申し訳ない気持ちでいっぱい。
「そもそもついて行く事自体間違ってんだろ」横を歩いてた慶から思っていた以上に冷たくてキツイ言葉を投げかけられ、慌てて見上げる。
目が合った綺麗な顔にはまたいつもの様に眉間に皺。
「……綺麗な顔なのにさ、皺……直んなくなっちゃうよ?」いつもよっている皺がつい気になってそんな事をボソッと言うと……何でそんな変な顔してんの?
「……俺の顔、綺麗なんだ?」で、今度は何でニヤニヤしてんの?!
「べっつにーーー! 世の中の女性は好きなんでしょ? その胡散臭い顔が!」
「ふーーーん、唯は?」は? 私? そりゃ私も好きですよ! メチャクチャ大好きですよ! でもそんな事言える訳ないでしょっ!
「ゆーい」何よ?
今まで繋いでなかったのに、急に優しい声で私を呼んで手を絡める。慶の方を見ないように、そっぽ向いて口かみ締めて歩いてたのに……。
綺麗な顔だけじゃなくって、その声も反則だと思いますよ? 何でそんなに優しくて、甘い声。まるで本当に愛しい恋人を呼ぶように、名前を呼ばないで。
なんか……泣きそう。ヤバイ、おかしいな? なんでだろう。すっごく泣きたくなって来ちゃった。
苦しくて苦しくて苦しくて。何か胸がおかしいよ。嬉しくて、幸せで、でも切なくて苦しい。
私は本当の恋人じゃないでしょ? 私の事なんて別に好きじゃないでしょ? それなのになんでそんな声で私を呼ぶの?
今までそんな風に呼ばれて手を繋がれた事なんてないよ? 20年間生きてきて、ずっと傍にいてこの何週間か変なだけ。
でも、慶の恋人な訳じゃない。その内慶にはいつもの様に他に恋人が出来る。そしたら……そしたら慶はその人にこんな風に優しく声をかけるのかな?
唇をかみ締めて、下を向いてそんな事考えてたのがいけなかったのかな? ぽたりと滴が零れた。
一度重力に負けた涙は、その重みに逆らうことが出来ず流れ続けた。ぽたり、ぽたりと滴が落ち、自分の靴に染みを作る。アスファルトにも零れ始め、鼻が鳴ってしまった。
下を向いて顔に掛かる髪の毛でどうにかごまかしていたのに、さすがにもうばれちゃうね。
「唯!?」案の定気付かれ急停止。
「ちょ、ちょっとこっち」大通りから逸れ人通りの少ない道へ誘導され、壁際に寄る。
「何? 何で? どうした?」さっきまでとは全然違って余裕なく慌てる慶が可笑しくなって笑っちゃった。
泣きながら笑うと今度は憮然とした顔してる。意外に慶だって百面相してますよ?
でも気を取り直したのか聞いてきた。
「……唯大丈夫か? 本当にどうした? ……俺に、話してみろよ」また優しい声。さっきまで呆れた顔してたくせに、今度は微笑んでる。
私の好きな顔。他の女性にする余所行きの貼り付けた笑顔じゃなくて、心から私を心配して、慰めようと安心させようと微笑んでる。私の大好きな顔。
本当の慶が見える顔。私の大好きな本当の慶。
無意識の内に私はそっと手を伸ばした。スーツ似合ってるね、格好良いね。ちょっと触れてもいい?
寄りかかると自分がすっぽり入っちゃう。そんなにがっしりしてないと思うのに、やっぱり男の人で大きいんだね。
慶の匂い。スーツの胸元に手を添えて……。
「ゆ、唯!?」切れ目の瞳を目一杯大きく開いてびっくりしてる慶が目の前に見えて…………我に返った。わ、私何してんの?!
自分から縋り付いたくせに驚愕して固まってる慶を思いっきり突き飛ばすと、全速力で駆け出した。
無理無理無理無理! 何してんの私! 本当に何しちゃってんの私!
壁に激突してる慶がなんとなく視界の端に写ったけど、ごめんなさい無理です!
とにかくこの場から逃げ出したいです。言い訳だの申し開きだのそんなの無理です。とにかく逃げ出したいです。
息が切れる程全速力で家路に着くと、「おかえりなさい」と声をかけてくれるお母さんに「ただいまっ!」と投げかけてそのまま自室に閉じこもる。
どうやらあのまま慶は固まってたみたいで、追いかけてくる気配はなかったけど、部屋に入るまで油断は出来ません。
……っていうかさぁ! 何してるのよ私。うわーーー、本当どうしよう。無かった事に……は出来ませんよネェ。出来るわけないですよネェ? どうしよーーー。どうしたらいいのーーー? 誰か教えて~!
自分の部屋でいつのも様にハートのクッションを抱きしめながらそっと唇に触れた。
……どうやら私、自分からキスしちゃったみたいですよ?




