03.してみる?
「誰だか知らないけど、あんたには関係ない。俺達は付き合ってるんだ。話し合いをしてる所なんだ。邪魔しないでくれ」児玉くんは、笑顔で不機嫌オーラ駄々漏れの慶を見て一瞬ひるんだみたいだけど、すぐにそう言って私を捕まえようとする。
「……ふーーーーん。そう、彼氏? 付き合ってんだ?」目を細め児玉くんの方に向きながらそれでも視線だけ私に寄こし、笑顔で確認してくる。
あーーー、うーーー。その顔怖いよ~。本気で怒ってるよねぇ。
私はカバンを両手で抱きしめながら児玉くんから距離を取りつつ、慌てて首を横に振る。
ここで見捨てられたらたまったもんじゃない。それこそ本当に事件になりそうだ。
「彼女、否定してますけど?」
慶は、ハッキリ言っていい男だ。美男子だ。整った顔立ち、少し切れ長の目が今の様に細められるとなぜか謝りたくなる様な雰囲気を持っている。
でもその目が優しく微笑んでくれるともう好きにして! どうにでもして! って思っちゃうんだって言ってたのは誰だっけ……?
「唯ちゃん!」はっ、いかん。魂抜けてた。焦った児玉くんの声で我に返る。
そんな黒いオーラバリバリの慶に当てられて児玉くんの余裕がない。やっぱり君もあの人に睨まれるとびびっちゃいますよね。なんでだろう。
そんなに厳つくないんだよ。ってかそれどころかどちらかと言えば優しくて甘い綺麗な顔立ちをしているので、見た目だけなら絶対にいい人って感じなのに。
中身が中身なだけにね、それがオーラとして出てくるのかしら? 絶対に侮られたりしない、なぜか強い男と認識される。
「知り合い?」はっ、また脱線してた。小声で私に確認してきた児玉くんは、かなりもう慶に呑まれてる。
「……唯。帰るぞ」いい加減面倒くさくなったのか、慶はもうニコリともせず私の腕を掴んで児玉くんの横を通り過ぎる。
「ちょっ」と、といい終わる前に慶の眼力が児玉くんを刺す。
慶は目だけで児玉くんを黙らせると、そのまま私の家へと向かい、無言の私から鍵を奪い玄関を開けた。
その間児玉くんはこちらも見ずに、ずっとうつむいたまま一言もしゃべらなかった。
家に入った私たちは取り合えず無言でそのままリビングへ進み、私はソファに倒れ込んだ。
つ、疲れた。なんでこんな事に……。児玉くん、いい人だと思ってたのに。あんなに残念な人だったなんて。
胸に抱えたままだったカバンを放り投げ、顔を覆う。怖かった。マジ本当に怖かった。
今頃になって体中が震えてきた。
急に心細くなって私はソファの上で膝を抱えて丸くなった。
「……なんかされた?」気配なく急に近くで話しかけられビクッとする。
そう言えば慶がいたんだった。助けてくれたんだった。
慶の声が聞こえて体から力が抜けた。
助けてくれてありがとう、そうお礼を言おうと抱えていた膝から顔を上げた途端、違う意味で固まった。
「け、け、け、け、慶!」近い! 近いって!! 目と鼻の先。本当に私が顔を上げたすぐそこに慶の顔があった。
そ、それに気のせいじゃなければ私、囲われてません?
ソファーに足を乗せ体育座りをしている私の両横に慶の手がそれぞれ置かれていて、顔と膝のすぐ近くに下から覗き込むように慶の顔があった。
「うるさい。近くで騒ぐな」そ、そんな事言ったって~! 本当に近いんだもん。
下手したら吐息さえ届きそうな位置。ちょっと首を伸ばせばきっと届く。
そう思ってその唇に目が行ってしまったら……
「してみる?」そんなとんでもない声がその唇から紡ぎ出された。