18.もう、待てない。
あの後しっかりイチゴのタルトを堪能した私は、慶に言われるがままウィンドウショッピングに繰り出しております。
慶と二人っきりってのはね、なんかもうどうでも良くなった。意識した所で何かが違うわけでもないし。慶を一人放置するのも可愛そうかなぁと思って。
だって確実に逆ナンされまくるから! って言うか私が隣にいるのに話しかけられるし。お手洗いで一人待って貰っていただけで声かけられていますしね! 現在進行形で!
なんかさぁ、お色気むんむんなお姉さまに声をかけられて、にこやかに対応しているのですが……なぜか黒いオーラが見えるのは気のせいでしょうか?
そしてそれに気づいているのは私だけみたいで、話しかけてるお姉さま達はうそ臭いニコヤカな慶を見てまた目がハートだよ。
なんでみんなあの不機嫌丸出しオーラに気がつかないんだろうなぁ……。
メッチャ張り付いたうそ臭い笑顔なのに……あんな顔が皆は好いわけ?
私は本当の笑顔が好きだなぁ。まぁ、あんま見れないんだけど、たまに本当に嬉しそうに笑った顔は最高に格好いいと思うんだよね。カフェにいた時みたいな。って意識しちゃったらまずいじゃん!
す、好き……なんて考えちゃったら……私、顔赤くないかなぁ。
私は両頬を押さえながらそのまま止まる。どうしよう、この状態であのハーレムへ乗り込む勇気はないよなぁ。
って言うかさぁ! なんでお姉さん方増えてるの? さっき二人だったと思ったのに、なぜに四人になってる?!
そんなんでがん飛ばしていたら……慶に気づかれた。うん、そりゃ気づくかも。私呪詛送ってたかもしれないっすよ。
慶はお姉さま方になんか言いながらその場を離れ私の方へ。あ、なんか後ろ怖いよ。かなり怖いよ。私メッチャ睨まれてますが……。
「なんだよ、出てたんだったら声かけろよ」いやー、だってあの中に飛び込む勇気ないってば。って言うかさ、私が無理に付き合わないでも誰か適当なお姉さん達とデートしたらよかったんじゃない?
そうだよ、慶なら無難に適当に楽しめるんじゃないの?
そんな事を上目遣いに睨んだら、なぜか頬にチュッと唇が落ちてきた。
は? はい?!
固まる私を無視して嬉しそうな笑顔で慶は私の手を繋ぐと(しかも指絡めちゃった恋人つなぎってやつ!?)そのまま引っ張る。
「ね、ねぇ! 何してんの?」
「今日の俺のエスコート役は唯だから。適当な女じゃなくて唯が俺の彼女」いやいやいや! 意味不明。何言ってるんですか慶さん。
彼女って! ……彼女……彼女……かのじょ? かのじょー?!
彼女ってあれですよね? 所謂恋人って意味の彼女ですよね?!
「俺行きたい店あるんだよね。付き合えよ」は、はい。わかりました。なんか拒否すると痛い事になりそうなので、ここは素直に従っておこうかな。
って素直に従ってるのにさぁ……何で君は私の手にキスするのさ!
恋人繋ぎをしている手はそのままさらわれて慶の口元に伸びている。つないだまま手の甲に唇を落とされ、その視線は私を見てる。
「け、慶ぃー」あぁぁー、かなり情けない声で呼んじゃったよ。声震えまくってるし、動揺のし過ぎか涙が浮かんできちゃった気がするし。
「おまっ、……あんまりあおるなよ?」何がよー、なにがよー、なんなのよー。私がこんなに心臓狂いまくってるのは誰のせいだと思ってるのよー。
有り得ないほど激しく胸が鼓動していて、絶対にこのドキドキは慶にばれてるはず。
破裂しそうな胸を抱えたまま慶に連れ去られたお店は有名なブランド店。なぜこんな所に?
「どれがいい?」は? 何言ってるの?
「好きなの選べよ。買ってやる」えー! い、いらないから! そんなもらえませんけど!
首を振り続ける私を無視して慶は店員さんに何か聞いてる。
チラッと盗み見たショーケースの中に並ぶアクセサリーはどれも可愛くて確かに心揺れるけど、簡単に買ってもらえるようなものじゃない。
別に本当の恋人でもないし……誕生日が近いわけでもないし。そろそろ恋人達の一大イベントが間近に迫っているとは言え……そのイベントは今まで私達には関係のないものだったはず。
そりゃ小さい頃は二家族合同でパーティーしたけど、いつの間にかパーティーはしなくなって、うちは家族三人でお祝いするのが当たり前になってた。
富樫家の方は……知らん。って言うか知りたくなくて聞かないようにしてた。
ポケーっとそんな事を考えていたらまた手を引かれる。やっぱり恋人繋ぎ? 本当にどうしちゃったのさ、慶ってば。
「出るぞ」はい。かなり居心地悪かったので出ましょう、出ましょう。
だってお店の中はカップルだらけ。今日は日曜日、カップルでデートしつつ彼女の欲しいものをリサーチ中って感じの方々がいっぱいいましたね。
そのまま無言でずっと手を引かれ、坂を上っていく。そして階段。
「ど、どこ行くの?」結構階段がきつくて息が上がるけど、慶は涼しい顔して進んでいく。
「ま、いいから」そう言って私をエスコートしながら辿り着いた場所にあったのは……観覧車。
うん、まぁ遠目からで見えてたからね、そうかなぁとは思ったんだけど……本当にどうしちゃったの慶?
本当に本当に私は今慶の彼女?
無言で観覧車に乗り込むと、慶はなぜか私の隣に座る。
「け、慶?」普通は、向かい合って座るものじゃないの? なんでそんなにくっついて隣なのさ!
「これが普通」そ、そうなの? そんなものですか? そう言えば私男の人と二人っきりで観覧車なんて乗ったことなかった。としたら……カップルの間ではこれが普通なのかしら?
「後ろ向いて」え? 後ろ? よくわらかないけど言われるまま私は慶に背を向ける。
すると軽くウェーブしたセミロングの私の髪をそっと払われ、首元を露出させる。
「な、なに?」急に首筋に空気が触れ肩が震える。ちょっと肌寒くて、慶の顔が見えないこの状態に膝上で手を握り込む。
ちょっと不安で体に力が入っている私の目の前で何かが揺れ、首にかけられた。
……ネックレス? ダイヤが揺れるシンプルな、でも繊細で可愛らしいネックレス。
「け、慶?」慶は慌てて振り返ろうとした私をそのまま押さえるように抱きしめた。
後ろから肩の上から一つ、腰に一つ手を回され固定される。
「け、けい?」心臓が破裂しそう。おかしくなりそう。
まだ払ったままだった髪をすくわれ唇が降りてくる。そしてそのまま開いたままの首筋にも。
「慶!」もう無理! 無理! 顔が見えないと慶じゃないみたいで怖いよ。
ちょっと緩んでいた手から強引に首だけ慶の方に振り返ったけど……後悔。だって向かい合ったら目の前に、すぐ目の前に慶の顔があって……その、熱に浮かされた瞳が私を見てた。
その顔は獲物を捕らえた肉食獣のように喜びに満ちていて、私は自然と逃げ腰になるけど、もちろん慶は逃がしてくれなくて……気がついたら唇に噛み付かれていた。
「もう、待てない」慶がそう囁いた気がするけど、翻弄される舌先に私は何も考えられなかった。