13.何してるんだろう。
三ヶ月前、私はいつもの様に駅前のレンタルショップでバイトをしていた。丁度その日は児玉くんと同じシフトで、有名な映画の新作が入荷したり週末って事もあってすっごく忙しかったのを覚えてる。
「唯ちゃん、先休憩行っちゃって。ちょっと俺無理そうだから」
「はい、じゃぁお先に」私はそう言ってレジから離れ休憩に入ろうとした所を、すごく綺麗な女の人に呼び止められた。
「唯、さん? 葛木唯さん?」
「え、そう……ですけど……?」明らかに私より年上で綺麗なお姉さんは、キラリとライトストーンが光る指先を頬に載せ首をかしげた。シャネルのブレスレットがその存在を主張するかのように揺れた。
えっと、誰でしょう? こんな綺麗な人知り合いにいませんけど。
「そう、会いたかったの。会えてよかったわ」そのお姉さんは私の事を上から下まで嘗め回すように眺めるとクスッと笑う。
え、なんか感じ悪い? この人。
「今から休憩? 少しお時間頂ける?」お姉さんはそう言うと微笑んだ。それ、私に拒否権なさそうですね? よくわかりませんが、喧嘩売られそうなので、買いますよ?
さすがに従業員用のスペースに招待する訳にいかないし、喫茶店で優雅にお茶……と言う訳にもいかないので、裏口を出てごみ捨てスペースに案内する。
「こんな所ですいません。でもまだバイト中なので」私がそう断りを言うとお姉さんはまたクスッと笑って、
「かまわないわ」と一言いう。え、なんですか? その上から目線。ちょっとおかしくない?
私は忙しい日の貴重な休憩時間をこんな所でお話をする為に割いていると言うのに。なぜその上から目線?
「私は長谷川玲子。単刀直入に言うとね、私慶二君と付き合っているの」
「…………」慶二君って私の知ってる富樫慶二ですよね?
「あなたの事は慶二君から少し聞いた事があってね。ここでバイトしてるって聞いた事はあったんだけど、まさか会えるとは思わなくてびっくりしたわ」お姉さんはそう言うと楽しそうに笑う。
「そう、ですか……それで?」正直慶の話を女の人から聞きたくない。今までの経験上いい話はまったくないと思うもん。
「本当に普通の娘なのね、意外だわ」何がですか? 普通で何が悪いんでしょうか?
「慶二君とね、隣に住む幼馴染の話になったことがあってね、なんだか彼ついあなたの事いじめてしまうんですって?」ええ、その通りですけど何か?
「今同じ大学なんですってね? 私もね卒業生なの。そんな事言うと年ばれちゃうけど、彼のお兄さんと同じ」ああ、三つ上? それで?
「あなた富樫くんの事好きなんですって? 私ゼミが一緒で彼の事も知ってるのよ。慶二君があなた達の事話してたわ。兄貴の事をウジウジ好きだからなんかむかつくって」まだ勘違いしてるの? 慶……意外に鈍いよね。
「でもあなたが頑張ったら、もしかしたら私のお姉さんになるかも知れないでしょう? だから気になっていたの」え? どう言う意味?
「私はまだあまりご家族の方とご挨拶していないから、お隣に住んでいるあなたは良くご存知でしょう? どんな方たちなのか少し気になって」どんな人って……おじさんもおばさんも優しくてすごくいい人だけど……。
「今度ご挨拶に行く事になっていてね。慶二君の話だとあなた達家族もそう言った集まりには参加するって聞いてびっくりしたの。だってただ隣に住んでいるだけの他人が私達の報告を聞くなんて不思議で」所々に潜む棘に気づいていたけど、そんな事どうでもいい。
慶があなたを連れてきて……家族会議、するの?
「慶二くんは将来安泰だと言ってもまだ学生だし、私は急ぐつもりはないけど、慶二君がね?」そう言って微笑んだ彼女はすっごく綺麗で……涙が出そうになる。
慶の家の事も知ってるんだ。私達家族の事も知ってるんだ。じゃぁ慶が話してるんだよね?
そんな詳しい事……慶があなたに話してるんだよね?
「でも慶二君もやっぱりお兄さんより先に……とは思えないみたいで。だからあなたに頑張って貰いたいのよね」何を?
「既成事実でも作ってみたらどう? あなただってちゃんと女でしょ? 富樫君だってその気になるんじゃないの?」言っている意味がわからないのですが。
「でも慶二君と富樫君って全然違うわよね。私は絶対慶二君の方が好きよ。彼のキスってとろけちゃうもの」やめてよ。そんな事いわないでよ。
「それにいつもクールだけど、あの時はすごく情熱的で……女としての喜びを感じるのよね」あの時って何? そんなの知りたくもない。
「私、慶二君と結婚しようと思ってるの。だから応援してね。あなたも富樫君とうまく行くといいわね」彼女はそう言って勝手に私との会話を終了して帰って行った。
私はごみ箱の横で、彼女が話していた言葉が頭の中を駆け巡っていた。
結婚? 結婚ってなんだろう……。そんな風に思ったけど、私はそれより慶が彼女に色々な事を話していた事がとにかくショックで……気がついたら涙が出ていた。
私、優ちゃんの事好きなんだ。優ちゃんのお嫁さんになりたいってまだ思ってると慶は思ってるんだ。そしてそれを今の彼女の話したんだ。
涙が止め処なく流れる。慶の中での、私への気持ちがわかった気がした。
子供の頃からずっとお兄さんを好きな馬鹿な幼馴染。そんな風に思われてるんだなって思ったら、悲しくて、悲しくて……。涙が止まらなかった。
「こんな所にいたの? 唯ちゃん。休憩交代して欲しいんだけど……どうしたの?」呼びに来た児玉くんに泣いている所を見られて恥ずかしくて、私はその場から逃げ出した。
私、何してるんだろう。




