01.なんであんな事になっちゃったんだっけ?
わたくし、今人生最大のピンチです。
どんなピンチかって言うと、生死をかけたそんなピンチじゃなくて、女としての貞操の危機でございます。
皆さんこんにちは。私は葛木 唯。二十歳。都内の大学に自宅から通う女子大生。
ついこの間まで彼氏と呼ぶ人はいたのですが、何と言うか残念な感じに終わったので、男女の……その、深いお付き合いとはまだ無縁の乙女です。
が、その純真無垢な(自分で言っちゃったよ)乙女が何故男に押し倒され、組み敷かれているのでしょうか?
いや、正直私にもまったく理解出来ないよ。
「……こんな恰好でもずいぶん余裕だな」いや、うん、全然余裕はないですよ。でも本当の所で危機を感じていないので、余裕と言えば余裕なのかな?
「俺が出来ないって思ってる?それともさっきの児玉とか言う男に慣らされたか」ちょ、なんて事言うのよ!
「こ、児玉くんとは別に……」
「はんっ、そのわりに向こうは未練タラタラっぽかったけど? 家の前で待ち伏せなんてするほどだし」 そう言って私を押し倒している男――冨樫 慶二――は目を細める。そ、その顔怖いから本当やめて。
お察しの通り私を押し倒してる男とは知り合いです。ってか知り合いなんて程度じゃない。
両親共に仲の良い隣の家に住み同じ歳での男。つまり言ってしまえば幼なじみってやつです。
産まれた時からの付き合いで、幼稚園も小学校も中学校も同じ。高校は私が女子校行ったので違うけど、なぜか大学は同じになってしまった……腐れ縁ってやつです。
で、なぜその幼なじみに押し倒されてるかって言うと、なかなか長くなりそうなので、
「と、とりあえず、慶……上からどいてみない?」私がそう伺いをたてると、渋々ながら縫い止められていた両手をとかれ、上からどいてくれる。
私も起き上がり慶二から少し距離を取る。その熱いほどの温もりが離れ少し寂しくなる。けどそれをごまかすように私は捕まれていた手首をさすった。
それを見て慶二の眉間にシワがよる。
ヤバ、なんか怒らせてる?
「……おまえさ、なんで?」ん? なんでとはなにが?
私の疑問が顔に出てたのか、すっごく嫌そうな顔をされた。
あぁごめんね! 馬鹿で! 察しが悪くて鈍くてすいませんね!
いつも慶二に散々言われている言葉を頭に浮かべ睨みつけると何故か目を逸らされた。
なんと、珍しく慶二に勝った?
「はぁ、もう本当めんどくせぇ」なんですと? 人をいきなり押し倒しておいて、挙げ句説明もせずそれなのに私を馬鹿扱いしたくせに面倒臭い?
自分の頭から湯気が出そうなぐらい頑張って睨みつけているのに、慶二はそんな私を無視して立ち上がった。
「俺帰るわ。京子さんに宜しく」そう言ってリビングのドアを開ける。
ここは私の家のリビング。それでさっきのシチュエーションってどうなのよ! 親に見られたらどう説明するのよ! 今更ながら冷や汗出て来ちゃったよ。
両肩をさすってドアを見るととっくに帰ったと思っていた慶二がまだいて私を見ていた。
「なっ何よ!」びっくりして声裏返っちゃったじゃない。
「……別に。ただ……」
「何?」私から目を逸らして何かを言いかける。
「……優……週末帰って来るって。それ伝えに来ただけだから」そう言って今度こそ慶二は帰って行った。
しかし、本当びっくりした。
慶二が触れた手首や頬。吐息のかかった耳元に自分でも触れ、ため息がでる。
なんであんな事になっちゃったんだっけ?