第五話 「秘めた想い」
ある休日、出部は家でテレビを見ながら、ぼんやりと会社のことを考えていた。
課長の長い説教も苦痛だが、碧の一言も心につき刺さる。
だがどう考えても、碧の恨みを買うようなことをした覚えがない。
何とかして碧の誤解を解くことはできないだろうか。
そんなことを考えながら、出部はテレビのチャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばした。
そのとたん画面がスタジオに切り替わり、怪獣出現のニュースが流れる。
「くそ! スカル星人の奴、何だってこの街ばかり狙うんだ」
ニュースを見た出部は、変身して現地に向かうため外へ飛び出した。
だが外は祭りでもやっているのか、人があふれ返っており、変身できる場所がない。
出部はスーパーのトイレでメタボマンに変身して飛んでいった。
「メタボマン、やっと現れたか。逃げだしたかと思ったぞ。はたしてこのリポクリンが倒せるかな」
「速攻で倒してやる」
リポクリンは四足の恐竜のような姿をしており、付近の建物を破壊している。
メタボマンはメタボナイフを放った。
だがナイフはリポクリンの周りで弾かれる。
リポクリンの周囲には、電磁バリアが張り巡らされていた。
メタボマンは、水引ブーメラン、水引ファイアーで攻撃するがすべてバリアに阻まれ、クロスショットをもってしても、リポクリンのバリアは破れなかった。
しかしリポクリンの頭上方向にはバリアが張られていない。
メタボマンはリポクリンの上から攻撃しようと考え空を飛んだ。
だがリポクリンは角から光線を発射し、メタボマンを攻撃する。
メタボマンは地面に激突した。
上からでは狙い撃ちになるため、あの角を何とかしなければならない。
メタボマンはバリアを跳び越え、キックでリポクリンの角を蹴り折ろうとしてジャンプした。
だがメタボマンの体型で、それは無理があった。
「いててて、筋を違えちまった。そうか。ちょっとだけ飛べばいいのか」
メタボマンは再度試みるが、またリポクリンの光線が命中する。
メタボマンは手詰まりになってしまった。
こうしている間にもタイマーはカウントダウンしていく。
「だめだ。時間がない」
メタボマンは元の姿に戻った。
敵がいなくなったリポクリンは、破壊の限りを尽くしている。
出部は再びメタボマンに変身しようとしたが、このままでは先ほどの二の舞になることが明らかである。
「いや、奴を止めることが先決だ。クリスタル!」
だが変身できない。
「何で連続変身できないんだ!」
そのときカメロパルダリス星人の声が格子結晶から聞こえてきた。
「出部太よ。君は先ほどの戦いでダメージを受けすぎた。そのためリポネス脂肪細胞を修復しなければならず、再変身まで時間がかかるのだ」
「いつ変身可能になるんだ。早く、早くしてくれ!」
「出部太よ。自分の腕時計を見るのだ」
見るとガラス盤に赤い文字でタイマーの数字が[00:10:08]と浮かび上がっている。
これが変身できるようになるまでの時間らしい。
出部はジリジリしながらタイマーがゼロになるのを待った。
やっとタイマーがゼロになり、出部は変身し、巨大化してリポクリンに立ち向かう。
するとスカル星人の声が聞こえてきた。
「メタボマン。性懲りもなくまた出てきたか。何度やっても同じことだ。リポクリン! 今度こそメタボマンの息の根を止めろ!」
変身したものの、遠距離攻撃は通用せず、接近戦に持ち込もうとしても、角からの光線とバリアで阻止されてしまう。
リポクリンは角で攻撃しようと、メタボマンめがけて突進してきた。
メタボマンが避けると、角の光線が飛んでくる。
「これはどうだっ」
メタボマンはブーメランを真上に投げた。
しかしまたガラ空きになったボディを、光線で狙い討たれる。
そのとき先ほど投げたブーメランが太陽の中から現れ、リポクリンの角を切断した。
するとバリアも消滅する。
「やった!」
勝利を確信したメタボマンは、ゆっくりとリポクリンに近づいていった。
だが突然メタボマンは光線を浴びた。
思いもよらない攻撃によりダメージを受け、メタボマンは倒れた。
リポクリンを見ると角が再生している
しかも変身時間は残り僅かしかない。
このままではまた同じことの繰り返しである。
そのとき、スクリーン上で”Alart”の文字が点滅し始めた。
メタボスピアが武器の欄に追加されている。
メタボマンはふらつきながらも立ち上がった。
「リポクリン、おまえはこれで倒す。メタボスピア!」
するとメタボマンの右手が光りだす。
メタボマンは光る右手を高くかざし、振り下した。
無数の光の槍がリポクリンの頭上から降り注ぎ、リポクリンは光線を発する間もなく串刺しになった。
そしてリポクリンは灰になっていく。
その最期を見届けるとともに、メタボマンは元の姿に戻った。
家への道すがら出部はつぶやいた。
「いくらRPG仕様と言ったって、こんな綱渡りの戦いで大丈夫なのか? 最初からすべての武器が使えればいいのに」
「出部太よ、それはできない」
格子結晶からカメロパルダリス星人の声が聞こえてくる。
「君は変身を維持するエネルギーを使って攻撃しているのだ。言い換えると、残りの変身エネルギー以上消費する武器は使えない。だが君がレベルアップすると消費エネルギーが少なくなる。そのためより強力な武器が使えるようになるのだ」
出部は納得した。
出部が家へ帰っていく途中、以前碧と紅葉を襲った二人組が向うからやってきた。
「あの紅白デブにやられてから、どうもついてねえ」
「俺も足が治らねーし散々だぜ」
「おい、ちょっと待て。前から来んの、あの弱えー方のデブじゃね?」
「おお、んじゃあのおっさんから小遣いもらうか」
二人組は出部に近づいていった。
出部が気がつくと、二人の男に挟まれていた。
「よう、久しぶりだな。いいところであったぜ。有り金全部、貧乏な俺たちに寄付してくんな」
出部はやっと先日の二人組であることを思い出した。
「残念ながら俺も貧乏でね。君たちに寄付する余裕はないな」
「いいから財布を出せ!」
「ないものはないんでね」
「このやろう。こないだどんな目に遭ったか忘れたようだな。今思い出させてやるぜ」
男は前回同様ローキックを使ってきたので、出部は相手のスネを膝で受ける。
相手は痛みで悶絶し地面に転がる。
「このやろう、ふざけやがって!」
もう一人がギプスのついた足を振り回す。
出部はギプスを踵で受け止め、みぞおちに肘を入れると、ギプスの男はふっ飛んだ。
「俺もあれから多少修業してね。君たちぐらいなら相手になれるようになったよ」
そう言って出部は家に帰っていった。
その一部始終を隠れて見ていた者がいる。
たまたま近くを通りかかった碧であった。
次の日、出部は猛暑の中外回りから帰ってきた。
彼にはつらい時期である。
少しの間オフィスの冷房で涼んでいると、課長がいないことに気がついた。
どうやら急な出張で出かけたようである。
出部は内心喜んで仕事を始めた。
しばらくして出部は視線を感じて顔を上げた。
すると碧と目が合い、碧はすぐに目をそらす。
そんなことがその日数回あった。
(もしかして槇場さんに睨まれてる?)
(俺はまた何かしたんだろうか)
いつ碧に文句を言われるのかビクビクしながら、出部は仕事をしていた。
だが幸い何の文句も言われずに済み、出部はほっとして会社を出た。
駅前まで来たところ、何やら人々が騒いでいる。
ビルのスクエアビジョンを見ると、事故でタンクローリーが横倒しになり燃えている光景が映し出されている。
どうやら市内のどこからしい。
出部は急きょメタボマンに変身し、空から現場を探した。
すると遠くに黒煙が上がっているので、そこを目指して飛んでいった。
その間武器をチェックすると、メタボバリアが使用可能になっている。
メタボマンの防御力が上がった。
現場に降り立つと、みんなが驚いている。
「メタボマンだ!」
「本物!?」
救急隊員の一人が叫んだ。
「まだタンクローリーの中に人がいるんです!」
メタボマンはうなずき、タンクローリーに近づいていった。
そしてメタボナイフを手で持ち、ドアを切り裂く。
中には二人いて、どちらも気を失っていた。
「まだ爆発するなよ」
メタボマンはまず一人目を救い出し救急隊に引き渡す。
次に運転者を引き上げようとするが、うまく行かない。
メタボマンはハンドルやシートベルトなど、じゃまになるものをメタボナイフで切断し、やっと運転者を助けだした。
メタボマンがメタボバリアをタンクローリーの周囲に展開した途端、タンクローリーが爆発した。
「間一髪だったな」
バリア内の酸素を使い果たし、タンクローリーは鎮火した。
メタボマンはタンクローリーを路肩に寄せ、後の処理を救急隊に頼み飛び去っていく。
人々はメタボマンを拍手で見送った。
次の日の朝、出部が会社に行くとオフィスの中が異様に暑い。
隣の女子社員に聞くと冷房の故障で、全館この状態だという。
今日中には直るらしいので出部は少し安心したが、出部の体型ではこの暑さに耐えられそうもない。
外回りに出かけてしまいたかったが、急ぎの事務処理がたまってるためそれもできない。
見れば女子社員たちも制服のベストを脱いで、ブラウス一枚で仕事をしている。
出部はあきらめて、うちわを片手に仕事を始めた。
出部が必死に計算をしていると、昨日同様視線を感じる。
顔を上げるとやはり碧であった。
出部と目が合うと、碧は恥ずかしそうに横を向く。
だがこの暑さでイライラしていた出部は、碧の真意を理解しないまま、席に行き思わず聞いてしまった。
「槇場さん、ごめん。昨日から俺のこと見ているようだけど、俺何かミスったかな」
「わ、私別に出部さんのことなんか見ていません! 出部さんこそ私のことチラチラ見てませんか!?」
「だって視線を感じて顔を上げると、君と目が合うよ」
「そんなのただの自意識過剰です! 出部さん、私たちが薄着でいるから、鼻の下伸ばして見てたんでしょう!」
「そりゃあ俺だって男だから、君みたいにスタイルのいい女性が薄着でいると、つい視線が引き寄せられることもあるだろうさ。でも俺は今、必死に事務処理をしていたんだ!」
男性社員たちは共感してうなずく。
女子社員たちは小声で話している。
「今のイデブーの開き直り? それとも槇場さんをほめたの?」
「一応ほめたみたいね。ほめ方間違ってるけど」
「ていうか、イデブーってムッツリだよね」
「だってイデブーだもん」
碧は出部の話を聞いて、つい言ってしまった。
「出部さん、今のはセクハラ発言です。そんないやらしい人と一緒に仕事はできません。これからは私の三メートル以内に近寄らないでください!」
「碧、もうやめなよ」
紅葉が止めに入る。
「わかった。君はやさしい人だと思っていたが見損なっていたようだ。残念だよ」
出部は席に戻った。
社員たちはその後、暑さに加え異様な雰囲気で仕事をする羽目になった。
(うわー、気まずい)
(早くクーラー直らないかな)
(でもイデブーがあれだけ怒ったの初めて見た)
紅葉がささやく。
「碧、今回はさすがにあんた言いすぎ。イデブーに謝った方がいいよ」
「何で私が悪いのよ。あっちが謝るべきでしょ」
「イデブーじゃないけど、あんたはもっと素直だと思ってたんだけどね。あたしもどうなっても知らないから」
だがさすがの碧も、今日は言いすぎたと反省していた。
そして出部が帰るまでに捕まえて謝ろうと思っていた。
しかし出部は出かけてしまい、予定を見ると外回りで直帰となっている。
ふと隣を見た紅葉は驚いた。
碧が泣いているのである。
「碧、どうしたのよ」
「何でもない。何でもないよ……」
心配した紅葉は、碧を仮眠室に連れていき落ち着かせようとした。
だがいろいろな感情が押し寄せてしまい、碧は涙が止まらなかった。