第二章『変人達の交響曲』(2)
◆ ◆ ◆
ロスレンジャーデビューの三日前。
「くっ、ぐああぁぁーっ」
椅子に縄で縛り付けられながら、遼平は今日何度目かの絶叫を上げていた。……前には強化ガラスをキリで引っ掻いている希紗が。
「やめろ……っ、やめてくれーっ!」
「頑張るのよ遼平! 耐えなさい!」
希紗の『特訓』とは要するに無理強いだった。もちろん希紗は耳栓。ついには耐えられなくなって、遼平は力ずくで縄を引きちぎる。
「はぁっ、はぁ……」
両手を床について、完全に希紗の前で跪き、尋常ではない冷たさの汗を流す遼平。音を統べると謳われた蒼波一族は、音の怖さも充分知っている。
「ダメよ遼平、こんなんじゃ次も『狂気共鳴』にやられるわよ!」
「他にも手段があんだろ……なんか俺、無駄に苦痛に晒されていないか?」
「そんな事ないって! ほらもう一回っ」
「ちょ、待っ、少し休ませてくれ……」
汗を拭いながら、希紗に懇願する。昼間だが、真と澪斗は巡回中。純也は希紗に何やら頼まれ事をされて隣りの部屋に行ってしまったきり。
「希紗ちゃ〜んっ、出来たよ〜、僕達の服〜!」
「……は?」
やっと戻ってきた純也が、扉から嬉しそうに飛び出てくるなり派手な赤一色の服を差し出す。蛍光色で照明に輝くその服は、ちょうど大人サイズだ。
先程から小さくカタカタと鳴っていた物音は、どうやらミシンだったらしい。目が痛くなる五色の服はそれぞれ動きやすそうだが、自ら着たいとは思わない。絶対に思わない。
「コレ何だよ……って、あえて訊いておく」
「台本に書いたでしょ、どこからどう見てもヒーローに絶対不可欠な衣装じゃない。ヘルメットだけは用意しないから、バンバン自己アピールしちゃってッ」
「ここまでやらせておいて嫌がらせか!? なんで顔に限って隠させてくれねぇんだぁぁぁ!!」
どうして遼平が嘆いているのかわからずきょとんとしている純也の前で、男は床に拳を叩きつけて頭を垂れた。効能が全く理解出来ない特訓のせいで、もはや遼平に抵抗する余力は残っていない。
「……何を騒いでいる」
監視室にやっと戻ってきた真と澪斗の、それぞれ手には希紗の『台本』。真には苦笑が、澪斗からは微かな疲労が滲み出ていた。
「特訓は進んどるか〜?」
「こっちはイマイチ。で、そっちは台詞覚えられた?」
「……本当にコレを覚えなければいけないのか?」
心底嫌そうな顔をして、澪斗は台本を指す。いつの間にか用意された台本は、既に台詞の分担が記されている。
「もちろん! 即興で考えたにしてはなかなかの出来でしょ?」
「っつーか、ふざけておらんか? あっちは弱いんやし、こんなコトせんでも……」
「弱いからこそよ! だからこそ、私達は真っ向勝負してあげないといけないの!」
「くだらん。完膚無きまでに叩きのめせばいいだけだ」
壁に寄りかかり、希紗を睨む。その瞳に物怖じすることなく、彼女は主張した。
「じゃあ、明らかに実力差がある相手を大人げもなく潰すっていうの?」
「それは……」
「澪斗ほどの人間が、小物相手にそこまでして、情けなくないかしら? あえて同じ土俵に立ってやるのが、強者の余裕じゃないの?」
「く……」
中野区支部一饒舌な希紗に、丸め込まれる澪斗。何かと冷たいが、結局は生真面目かつ押しに弱かったりする。
「じゃあ意見もまとまったトコロでもう一回配役確認ね。まず私だけど、やっぱ女の子はピンクでしょ。で、純くんはまんま髪のイメージでホワイトにしたわ。澪斗はブルーよね、ブルーは冷たくて外見だけは一番だから。迷ったのは遼平と真で、普通リーダーがレッドだけど、真はどうしても三枚目って感じなのよね。だから無鉄砲な遼平がレッドで、真がイエローってことで。いいわよね?」
「……外見《だけは》……」
「ワイ三枚目?」
「僕なんか基準が髪の色だよ……」
「俺が無鉄砲!?」
見事に鋭くメンバーの性格を言い放った希紗の前で、それぞれが沈む。
「それでは台詞の練習! はーい、みんな立ち位置に移動してー。私から……」
右から希紗、純也、真、澪斗、遼平の順に並んで、希紗が口を開く。
「闇に生き、闇を護る! 私達に護れぬモノはなし! ……天才メカニッカー、ロスピンク!」
思いっきり叫んで、希紗が楽しそうにポーズをとる。
「頭脳派治療員、ロスホワイトっ!」
実はこういうのをテレビで見て好きだった純也が、やや幼くも年相応に嬉しげだ。
「あー……、関西代表、リーダーのロスイエロー」
頭を掻いてから、それなりにポーズを決めてみる。真はなかなか順応が早いと言えるだろう。
「…………冷酷無慈悲……ロスブルー……」
極度に嫌そうに、ボソボソと澪斗が呟く。哀しきかな、A型の血!
「えっと、その……熱血向こう見ず、ロ、ロスレッド……」
台本を見ながら、棒読みで、しかも耳の先まで赤くしながら遼平が言う。
「私達っ、愛と!」
「友情とっ!」
「希望とぉ?」
「正義、と……」
「どど、努力によってっ」
「「「完璧警護ッ! 守護部隊、ロスレンジャー!!」」」
「ダメ――――っ!!」
いきなり、希紗の駄目出しが入る。四人の前に仁王立ちした彼女と視線を合わさない男がちらほらと。
「今、最後の決め台詞、誰か言わなかったでしょ!? 三人分しか聞こえなかった! 遼平と澪斗ね!? 遼平、台詞噛みすぎ! 澪斗は声小さくて何言ってるかわかんない!」
「「う……」」
希紗に指差され、遼平と澪斗は顔を合わせる。どちらにも躊躇いの表情が浮かんでいた。
「遼平も澪斗も、普段粋がってるわりには度胸が無いのね〜」
「なんだとっ」
「悔しいの? だったら相手より先に台詞覚えてみせなさいって」
「紫牙っ、てめぇにゃ負けねえ!」
「蒼波と共に分別されるのは気に食わん……!」
睨み合う二人を前に、希紗はニヤつく。横で成り行きを見ていた純也が、ふと呟いた。
「結局、希紗ちゃんの思うままに進んでるねぇ……」
「二人とも単純やなァ……。ってか、ワイらに『愛』とか『友情』なんてあったか?」
「なんか、『正義』すら無い気がするよ……」
「ちゃんと腹から声出して! さぁっ、最初っからもう一回!」
その日、監視室から変な奇声達が途切れることは無く、本来の仕事を忘れていることにやがて誰も気付かなくなった。
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