第一章『暗雲の序奏』(2)
よく見ると、侵入者は男女二人組だった。
男の方は優男で、動きにくそうな長いマントに金色のラメが入って、更に純白のタキシード。女の方なんか、マントはビラビラの銀色だ。しかもその下の服装は水着同然。そして二人で色の違う、仮面舞踏会みたいなマスク。
「……えーと、あのぉ……どこかコスプレイベント会場とお間違えじゃないですか?」
純也が控えめに、かつ的確なツッコミを入れる。遼平はその珍妙な姿に目がいって、まだ思考が停止状態のまま。
「ふふふふ……、はーはっはっはっはっは! 我らを見つけられたことは褒めてやろう、警備員諸君!」
全く動じた様子の無い男は、高笑いをする。そして、こんな口上を続けた。
「俺は燃える正義のリーダー、ヘラクレスっ!」
「私は可憐な愛の使者、ビーナスっ!」
「「我ら、窃盗集団レッドスティーラーズ見参!!」」
「「……」」
完璧にポーズを決めた金と銀の侵入者に、警備員は硬直する。声を奪われたように、言葉が出てこない。
「ほほほほっ、美しすぎる私達に声も出ないようですわね」
「仕方あるまい、これほどまでに見事な窃盗集団はいないからな」
二人でポーズをとったまま酔いしれているレッドスティーラーズ。ヘラクレス(?)は膝をついて天井を仰ぎ、ビーナス(?)は片脚を上げたまま両腕を掲げている。
「……ごめんなさい、僕で良ければ病院を紹介しましょうか?」
「…………純也、獅子彦を紹介してやれ。あいつならもしかすれば治せるかもしれねぇ」
遼平さえ、憐れみを含んだ瞳で侵入者を見つめている。きっとこれは何かの間違いだと祈りながら。
「何を言っている、我らは健全だ!」
「そうですわ、貴方がたごときに心配される義理はありませんことよ!」
「……自覚症状がねぇな……」
「そうだね……どうしよう、妄想癖に電波系かな……」
無線機から、爆笑している希紗の声が聞こえる。笑いが止まらないのか、希紗の高い声がある意味で悲鳴にも思えた。
「一つ訊きますけど、近頃の宝石窃盗事件はもしかして……」
「その通り! 警察共を蹴散らしたのも全て我らの所行だ! はーはっはっはっはっ!!」
「おーほっほっほっほっほ!」
「「……」」
二人揃って高笑いを始めた窃盗集団に、警備員は自分達が雇われた意味を深く悟る。社長の寄こした、悪夢の意味を。
「……ねぇ遼、僕ちょっとだけ社長が嫌いになりそうだよ」
「お前は悪くねぇ、悪くねぇよ……」
優しく遼平が純也の頭に手を置く。「はぁ……」と小さなため息が少年から一つ。
「さて、我らの崇高なる仕事を邪魔しようとする悪の警備員諸君! ここで成敗してくれよう!」
「お待ちなさいヘラクレス、子供もいますわ」
「なんと!? こんな小さな少年までもが悪に手を染めているというのかっ!」
勝手に話を進めるヘラクレスとビーナス。純也を見て、今更ながらヘラクレスは驚く仕草をする。
「さてはそこの目つきの悪い男! 少年をたぶらかしたな!」
「はぁ? てめぇ何を勝手に――」
「きっとそうですわ! この少年の両親はあの男に殺されて……」
「なんと残虐な男なんだっ、人間の風上にも置けん!!」
初対面の彼らによって、何故かどんどん妄想は進んでいく。
その内、純也の両親は資産家で、裏組織に付け込まれて遼平に殺害され、純也は洗脳されて遼平の部下に……みたいなストーリーが数十秒で作られた。
「あぁっ、なんて可哀想な少年!」
「運命とは時になんて残酷なんだっ!」
「お、おいお前ら……」
「えぇい、気安く話しかけるなこの残虐者が!」
唖然と事の成り行きを見ているしかできなかった遼平が手を伸ばした時、ヘラクレスがビシィッと遼平の顔を指す。そこへ、純也が腕を広げて間に入ってきた。
「いい加減にしてよ! それ以上遼のコト悪く言うと許さないよっ」
「貴方は騙されているのですわ! その男に人間の情なんてないはずっ!」
「そんなことないっ! 遼は……遼は僕のために……っ」
「少年よ、それもその男の罠なのだ! きっと記憶も捏造したに違いないっ」
「ちがっ……違う、違う、違うもん! 遼はそんな人間じゃない! 遼は――そんなに器用じゃないし頭も回らない!!」
「純也冷静になれー。そして俺をバカにしたことに気付けー……」
熱くなって真剣に叫ぶ少年の後ろで、男が項垂れていた。珍しく、遼平だけが冷静だ。いや、怒りを通り越して呆れたと言うべきか。
「お前こそは人間の敵! 我らの手で成敗すべしっ!」
「行きますわよ!」
構えるレッドスティーラーズに、遼平が前に立っていた純也を押しのける。
「純也、よくわかんねぇが下がってろ」
「でも遼っ」
「何してくるか予測できねぇ。俺が様子を見る」
「「覚悟!」」
金と銀の二人が一気に飛びかかってくる! 遼平も即座に反応して拳を振った。
刹那、遼平の瞳が驚愕に見開かれる。だが、それに気付いた時にはもう間に合わなかった。
「ぐわあぁーっ」
「きゃあーっ」
一瞬だった。たった一発の拳で、軽々とレッドスティーラーズは吹っ飛ばされる。呆然と、遼平は自分が振るった拳を眺める。避ける素振りさえ見えなかった……いや、《しなかった》。
「「弱っ!?」」
遼平と純也の驚愕の台詞が重なる。予想を遙かに下回る強さだ。「ぐうぅ……」とヘラクレスは倒れながら呻いている。
「純也……」
「遼……」
「俺、どうしよう……」
顔を見合わせた二人の、男が呆然と呟いていた。