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PL『激闘へのプレリュード』

依頼6《嘆きの狂想曲》ナゲキノキョウソウキョク



PL『激闘へのプレリュード』



「申し訳ありませんっ、また《ヤツら》を逃しました……!」


 清々しいはずの朝陽が忌々しいほどに寝不足の眼を射抜く、そんなピリピリとした嫌な空気しか漂わない警視庁のとある事件対策本部室。そこへ飛び込んできた刑事の第一声に、イスにもたれかかっていた司令官が力の限り拳をデスクに叩きつける。


「あれだけの警官を動員しておきながら、逃しただと!? 今月に入ってもう七件目……何故捕まえられんのだっ!」

「で、ですがあのような者達に、我々でどう対処すれば良いのか……機動隊すら突破されては、もはや為す術が――」

「言い訳など要らんっ、早く《ヤツら》の足取りを追えぇ!」


 青筋を立たせながら怒鳴り散らす司令官に、本部室の誰もが震え上がる。このような事件は全く前例が無い為、対処に困り切っていた。

 それぞれの疲労と気まずさによる沈黙を破ったのは、通信のコール音。すぐさま通信端末の画面を覗いた刑事が、目を見開いてから大きく「警視総監からですっ!」と告げた。

 ざわつく捜査員達の前で、凍り付いてしまった司令官が通信に出る。本部室前方のスクリーンに映るのは、厳格な表情の眼鏡の男。


「はっ、こちら連続宝石窃盗事件対策本部です……っ」

『随分と手こずっているようですね、私も少々見くびっていたようです。犯人の情報資料を、こちらに送りなさい』


 口調は丁寧だが冷たい色の眼を向けられ、司令官の方は呼吸すら止まりかけた。

「総監自ら動かれるのですかっ?」



『まさか。ただ、こういった珍事に打って付けの物好きなご老公がいるのですよ。……この事件、我々が直接手を下す必要など無いかもしれません』



 一斉に首を捻る捜査員達と司令官の前で、スクリーンに映った総監は勝ち誇ったような、けれどどこか悔しそうな、何故だか複雑な面持ちだった。



     ◆ ◆ ◆


 いつまでも、甲高い電子音が事務所に響く。


「ちょっと真、早く通信に出なさいよ」

 いい加減うるさいので、希紗が受信を促す。部長、真のデスク上にある外部連絡用通信端末が先程から鳴り止まないのだ。

「嫌や、出とうない……」

「はぁ?」

 真はデスクの上に顔を押しつけて、両手で頭を押さえて震える声で返す。せっせと折り紙で遊んでいた純也が、不思議そうに顔を上げた。

「どうしたの? 誰から?」

「……からや……」

「え? ゴメン聞こえないんだけど……」


「社長からやっ!」


 半ば自棄になったように真は叫び、直後に「ああァ〜……」と情けない声を上げ、また頭を埋める。接待用ソファで寝転んでいた遼平がその言葉に飛び起きた。

「真っ、ぜってー出るな! 切れ!」

「わかっとる……わかっとるけどな……」

 部長は苦悩する。普通の会社なら即受信するのだろうけれど、彼らの会社は少しマトモではない。社員もだが、もちろん社長も尋常ではなく。

「無理だな。真が出ないわけにはいくまい」

 騒音に耐えていた澪斗が、実に冷静に口を開く。そう、真が苦悩する理由。部長だからとかそういう理由ではなく、真だからこそ出ずにはいられないのだ。


「う、ううぅ……っ」

 ついには泣き出しそうな真。純也は彼の苦しみがわかり、肩に手を置いて励ます。

「真君、しっかりして。大丈夫だよ、僕達がいるから、真君は独りじゃないから……」

 とてもただの通信に出るだけの台詞とは思えない。しかし純也の顔は大真面目だ。

「よ、よし……!」

 意を決して、真は受信ボタンを押す。部下達のそれぞれの瞳に見守られて。

「はい、中野区支部の霧辺ですが……」


『やぁ真、元気してるかい? 居眠りでもしていたのかな? 随分と待ったよ』


「す、すみません……寝てはいませんでしたが。どうされたんですか?」

 画面に陽気そうな老人が映る。高齢そうなのに年齢が掴めない、不思議な外見の男性。真達、裏警備会社ロスキーパーの社長、風薙かぜなぎ老人が。


『いや、真はなかなか本社に顔を出してくれないからさー。たまには君とゆっくり話したいのに』

「あ、あはは、勿体ないお言葉です……。それで、今回はどんなご用件ですか?」


 顔が苦笑いに引きつってしまうが、別に真は社長を嫌っているわけではない。だがそれでも社長に会いたがらない理由、それは。



『うんあのね、今回はちょっと君達にお願いがあって連絡したんだけど』



「ぐぅっ……!」

 真に会心の一撃っ!


 これだ。社長の《お願い》。この《お願い》で、何度中野区支部が厄介な依頼を任されたことだろう。社長が持ってくる依頼は、全てが激厄介かつ面倒な仕事。

 渾身の攻撃をくらった顔をした真の周りに、中野区支部の面々が集まってくる。


『実はこの私に直接、面白い依頼が来てね。残念ながら本社じゃ手が回らないんで、君達にお願いできないかな?』


 全国に支部を展開しているロスキーパーだが、東京には本社と中野区支部しかない。本社で持て余した依頼が時たま、こうして社長から直々に来るのだ。そう、本社で《持て余した》依頼が。

「冗談じゃねえっ、俺達はぜってーやらねぇぞジジイ!」

 画面の中の老人を指し、遼平は怒鳴る。仕事をすればその分依頼料が手に入るが、そんなもの蹴り飛ばしたいほど、《お願い》は嫌なモノなのだ。


『いやね、きっと楽しいと思うんだ。……やってくれるよね、真?』


 極上の微笑みで風薙社長は真に問いかける。その声には強制の成分は全く含まれていない。

 しかし。



「……は、はいぃぃ……っ」


 もう目の端に涙を浮かばせて、真は頷いた。そのまま埋まって小さくなっていく。

『良かった、真ならやってくれると思ってたよ。それじゃ、詳しい話は情報部のフォックスに聞いてね。バイバ〜イ』

 爽やかに手を振って、老人は通信を切った。事務所に一瞬、静寂が積もる。



「しーんーっ!!」


「すまんっ、ほんとにすまん!」

 遼平が思いっきり真を殴る。抵抗せず、部長はただ頭を押さえて遼平の連打に耐えていた。

「やめてよ遼! 真君だって仕方なくて……」

「だからって毎回毎回受けることねーだろうがぁっ」

 間に割って入る純也は、真が社長の頼みを拒否できない理由を知っている。遼平だって知ってはいるが……。

 風薙社長に絶対的な忠誠を誓う、真。何があっても、真が社長を裏切ることはない。それは彼の深い過去に関係しているからだ。

「ダメなんや……どーしてもあの人だけはァァ……」

「まぁ、こうなる事はわかってたわよ。元気出しなさい」

「……フン」

 希紗も同情の声をかけ、澪斗は無感情に席へ戻っていった。落ち込んでいる部長に代わり、純也が情報部のフォックスまで連絡をいれる。今度の依頼は一体何なのか……。



「あ、フォックス君? 僕だよ、中野区支部の純也だよ。社長から話がいってると思うんだけどさ……」

 沈んでいる真を横に、純也は依頼内容を聞き始めた。




 それが……果てしない騒動へのプレリュードだとも知らずに。


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