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EL『終わらぬダ・カーポ』

EL『終わらぬダ・カーポ』




「……それで。風薙さん、コレは一体何です?」



 呆れた様子で、眼鏡の男は渡されたアタッシュケースに大きなため息を落とす。お互い最高級のソファに座りながら、向かいにいる小柄な老人はとても楽しそうな笑顔で「何って?」と聞き返した。


「久方振りに直に姿を見せたと思ったら、いきなりこんな物を出してきて……どうしろと言うんですかっ、コレを!」


 わざわざ風薙老人にも見えるように机上の開いたアタッシュケースを半回転させ、警視総監は怒鳴る。老人が持ってきた頑丈そうなケースの中には、丁寧に並べられた高価な宝石達。


「いや、言うまでもないと思っていたんだけれど。コレ、今回の事件で盗まれちゃってた宝石だよ? 後は、警察が責任をもって持ち主さんに返してくれないかな?」


 接待用にと出された日本茶を美味しそうにすすりながら、老人は穏やかな笑顔でさも当たり前のように言う。警視総監は必死に、青筋を立てながらそれはもう必死に怒りを堪えていた。


「……確かに、確かに今回の連続宝石窃盗事件について、あなたに《色々と》お話ししました。そこには少なくとも、」

「事件解決に協力してくれ、っていう遠回しな思惑もあったんだよね?」


 にっこりと微笑みかけてくる年齢のよくわからない風薙老人には、全く悪気は無さそうだ。そんなのんびりとした空気に流されそうになりながらも、警視総監は己に鞭打って小さく頷く。



 珍事件の話をすれば、この物好きな老人なら絶対に興味を持ってくると、総監は確信していた。警察では厄介で手出しのしようがない事件でも、彼ならば(ちょっとした犯罪的手法を使って)なんとかしてしまえるだろうと。

 実はそこには、警察の仕事をちょくちょく裏社会から邪魔してくる風薙老人への、小さな報復もあったりした。厄介事を押しつけて、少しばかり困らせてやろうかと。

 ……結局全てのしっぺ返しをモロに受けたのは、警視総監その人であったが。



「だからさ、私は全面的に君達警察に協力したじゃないか。盗まれた宝石はこうして全て取り戻せたわけだし、万々歳だよね」


「どこがですか! そもそも犯人は!? どういった経緯だったのかはあえて訊きませんが、犯人はどうしたんです!? 窃盗品だけ戻ってきてどうするんですか……っ!」


 普段が冷静そうな警視庁トップの人物は、らしくない激情の後に頭を抱えて呻く。


「大丈夫だよ、もうあの犯人達は現れないから。事件は解決、宝石は無事、後は君が頑張って。ね?」


 微笑のまま、ほぼ直球ど真ん中な言い方で『事件を揉み消せ』と伝えてくる老人に、『法治国家という言葉をご存じですか?』と喉まで出かかった言葉を必死に腹に押し戻す総監。

 何をどう頑張れば既にマスコミの話題に上った連続窃盗事件を揉み消せるというのか……いや、つい最近あった《模倣・斬魔事件》の真実を揉み消している警視総監側が言える台詞でもないのだろうが。


「はぁ……わかりました、後はお任せ下さい。……では、参りましょうか」

「何処にだい?」

 これはあの老人でも予想外だったのだろう、心底不思議そうな表情になる彼に、総監は眼鏡を押し上げて立ち上がった。


「無論、防衛大臣に会っていただきます。神出鬼没な風薙さんの姿を確認し次第、報告し、連れてくるようにと、大臣から内密の達しが届いておりますので」


「えー、あんまり気が進まないなぁ。行かなきゃダメ、かい?」


「行ってください、ちゃんとあなたの職務を果たしてください。さぁっ、既に車の手配は出来ています、行きますよ」


 柔らかなソファから立つことさえ渋っている様子の老人を急かし、総監は先に歩いていって部屋のドアを開いて退室を促す。それでも風薙老人は「あ〜、ちょっと待って」と微塵も焦りのない仕草で。


「この辺にさ、公衆通信端末ってない? ちょっと通信をかけたい先があるんだけど」

「そんなことを言って、逃げる気ではないでしょうね?」

「まさかぁ。五分程度でいいからさ。信じられないなら、私を縄で縛っておく?」

「冗談はよしてください……あなたにそんなことをすれば、私の首が一発で飛びますよ」


 もはや疲労困憊といった様子の総監を小さく笑ってから、「それじゃあ、ちょっと通信に」と先程までの重い腰はどこへやら、飛び跳ねるようにピョンと立ち上がって歩いていってしまう風薙老人。

 部屋を出ようとしてから、ふと何かを思い出したように振り返り、こんなことを言い出した。



「あぁそうそう、私ね、今度、大道芸人集団のスポンサーになろうかと思ってるんだ。ユニークな人材を見つけたのでね、彼らを《赤賊団》って名前にしようかと――」



「わかりました、わかりましたからっ。あなたの娯楽のお話はいいですから、早く通信の用件を済ませてきてください!」


 追い立てるような仕草をする総監にクスリと笑ってから、老人はスキップ気味に部屋を出て行った。



     ◆ ◆ ◆


 あの壮絶な戦い(?)の翌日。筋肉痛や精神疲労でばてた社員達が、それぞれの机に突っ伏している事務所にて。


「……なんやろ、報酬が貰えたのにこの寂寥感」

「だから俺は嫌だって言ったんだよ……」

「でも今回は、社長のせいだけじゃないよね……」


 結局あの後、一般人の通報によって警察が駆け込んできたので、決着どころの騒ぎではなかった。「不審者が何やら騒いでいて眠れない」との住民の苦情により出動した警察が来た頃には、なんとか全員逃げ延びたが。

 自分達が逃げるのに必死で、レッドスティーラーズがどうなったのか、知る由もない。


「つまらないわ〜。やっぱり最後は敵が巨大化してくれないと。不思議な電波でも浴びて大きくなってくれないかしら」


「……いい加減にしろ。仮に巨大化された所で、どう対処する気だ貴様」


「もっちろん、五機の巨大ロボットで。更に、ボタンと息の合った掛け声で合体して戦うわけよ」


「まず俺達では息が合わないであろう掛け声の必要性が微塵も見つからないのだが。……というより、警備はドコに行った?」


 昨夜と比べ大分冷静さを取り戻した澪斗は、もう呆れてため息も出ない。手元のスケッチブックに描いたロボット図を指で示す希紗は、澪斗の言葉なんか聞いていない。


「やっぱり必殺技はロケットパンチ? それともビームとか出してみる? ねぇねぇ、どう思う??」

「希紗……。仕事は遊びとは違うんやから、もうその話は終わりや。やりたかったら個人的な趣味としてやるんやな」

「え〜、テーマソングも作詞作曲してあるのに〜、まだ衣装とってあるのにぃ〜」

「捨てろ!」


 遼平の声が間髪入れずに届く。人生の中で(いろんな意味で)衝撃的だった出来事の上位にランクインするであろう昨夜の事は、思考の中でシュレッダーにかけて更に炎で燃えくずにして捨てた……つもりである。


「とにかく希紗、もう絶対にアレは――――」


 真のデスク上で鳴る通信端末の電子音。無造作に習慣として真は受信ボタンを押してしまった。

「なんやねん、今は取り込み中やで……どちらさん?」


『やっほー、真。取り込み中のところ失礼するよ』


「しゃ、社長……っ!」

 画面に映った老人に、真が固まる。冷や汗と胃痛が同時に彼を襲い、他のメンバーにも戦慄が走った!

 思わず支部内の全員が画面前に駆けつけ、それぞれの瞳をディスプレイの老人に向ける。


『仕事、ご苦労様。なかなか面白い噂を聞いたんだけど』

「な、何のことですか?」

『いやね、なんでも愉快な撃退法だったらしいじゃないか。私も一度見てみたいなぁ』

「誰がそんな噂を……」

『ふふふふ、情報部のフォックスから色々と聞いたよ。彼の情報網をあなどっちゃいけないね』

「フォックスのヤツ、いつの間に!?」


 画面を横から覗いていた遼平が、机を叩く。あの姿を、見られたのか……! いや、それ以前に仲間まで監視しているフォックスの神経がわからない。


『それにぃ、なんだか情報屋「ハイテンション」っていう店が「激写! ロスレンジャーVSレッドスティーラーズ」っていう映像を裏ちゃんねるに全国配信してたよ?』


「フェッキー、隠れて録画してたんだ……」


「あンのマリモ……! 殺すっ、潰すっ、壊してやるー!!」


「あぁっ、ダメだよ遼! 遼は破壊者じゃないからっ、護る人だからー!!」


 殺気を放ってあの外人情報屋を抹殺しに行こうとする遼平に、純也が抱きついて食い止める。「やめてーっ、覚醒の調べ歌わないでー!」とか「死を想え劣悪動物がー!!」とか喚いている二人は、そっちのけで。



『そこでね真、(私が)すごく楽しいから、またやってくれないかな?』



「がはァっ!」

 会心の一撃デジャヴ!



 希紗が、震える真の後ろで「またやれる〜!」と歓喜の声を上げる。

「ワイは……ワイは……」


「いかん! 真が答える前に通信を切れ!」

「いいじゃない! やろうよ〜!」

「俺に再び醜態を晒させる気か!?」

「結構イケてたって! いい思い出になるわよ!」

「全身原色の奇怪行動など一生の恥だーっ!」


 画面の後ろで希紗と澪斗の口論が始まる。遼平は風薙社長に怒鳴っているし、純也はおろおろと焦っていた。ついに真が目を回して、椅子から転がり落ちる。


「ワイは……ワイはァァ〜……」


「あっ、真君が過労で倒れたー! ……誰か家族をっ、友里依さんを呼んでーっ!」


「今度はちゃんとロボットも作っておくから! ロスレンジャーやろうよぉ〜!」


「ロボットの問題ではないっ! あの奇声と奇態を根本的に廃絶しろ!!」


「このクソジジイ! もう二度と俺達に連絡寄こすんじゃねえ!」


『おやおや、今日もそっちは賑やかだね〜。ロスレンジャー、期待してるよ。……あ、一応言っておくけど、』



 超極上の笑顔で、社長は画面に映る社員達を眺める。既に画面に部長の姿は無い。

 倒れているであろう真の椅子と、その横で膝をついてうろたえている純也の頭と、激しい言い争いを展開している希紗と澪斗、そして画面越しに怒鳴っている遼平へ。





『これ、社長命令だから』



 直後響き渡った叫びは、断末魔と悲鳴と歓喜と苦痛と激怒……だったという。




          依頼6《嘆きの狂想曲》完了



これにて、『闇守護業』第六話は終了となります。

短めでしたがここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

一言残していってくださると、作者が大変喜びます。

ご迷惑ながらまだ続編を出す……予定です。

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