第二章『変人達の交響曲』(6)
「エエよー、そんなに頭下げんでも。適当に戦っとこ」
軽い返事を返した真に、気弱らしくスフィンクスが何度も頭を下げる。純也に澪斗を任せることにして、真は細い男の前に立った。
「あんた、得意な事あるか?」
「え……いきなりどうして……?」
ここは、彼の得意なモノで勝負するのが妥当だろう。普段は木刀で手加減をしているつもりだが、この人間達にはそれでもきっと力量の差がありすぎる。肉弾戦でだってハンデが必要だ。
「この際何でもエエよ。何か一つはあるやろ、特技とか趣味とか……」
「えぇと、小学生の頃絵画コンクールで佳作に選ばれて……高校生の頃野球部のベンチで……」
「あー、そのー……何か、ココで競えるモンないか?」
「な、内職でフィギュアの色塗りしてますが……」
今、真は脳をフル起動させて彼、スフィンクスと互角で競える戦いを探していた。戦闘手段についてここまで悩んだのは、彼の十年間の仕事至上初である。
「なァ、裏社会に来たからにはせめて護身術程度は、な?」
「じ、自分……『平和の傍観者』……ですから……」
「へ?」
「つまり、見守るのが仕事で……」
「……もしかして、見てるだけ?」
「すみませんすみませんすみませんっ! その通りなんです!」
激しく何度も頭を下げるスフィンクスを、真は呆然として見ていた。
……どうしよう。どうしたら、互角の勝負が出来るだろう。このまま戦ったら武士道が……いや、侍ではないけど。こうなったらジャンケンか……!
「自分、本当はこんなコトしたくないんです……。でも生活が苦しくて……」
「何かわけでもあるんか?」
基本的に人が良い為、真は弱った人間を見過ごせなかったりする。しかも、いかにも『幸薄いですオーラ』を醸し出しているこのスフィンクスに、悲しくも親近感を抱いてしまったのだ。
「五年働いた会社を集団リストラされて、生活が苦しくなって。妻と二歳になる子供がいるのです」
「それは……大変やなァ」
「おまけにメンバーがこんな性格ですから、気苦労が絶えなくて……。ほんと、最近胃が痛くて痛くて」
「わかるわ……、あんたの気持ち、めっちゃわかるわァ〜っ」
「理解していただけますか?」
うんうん、と真は首を縦に振る。この広い世界で、彼は今初めて、同じ痛みのわかる者に出会えたのだ。そう、胃の痛みがわかる者と。
「いっつも人の意見聞かんで勝手なコトばかり……泣きたくなるよなァ」
「そうですよね、今時窃盗集団なんておかしいですよね」
「ワイもたまに仕事が辛くなるんよ〜、あんたとは気が合いそうやわ」
「自分もそう思いますっ」
すっかり意気投合するロスイエローとスフィンクス。もう既に『戦い』ではない。二人で寄り添って、愚痴大会が開催される。
「一応ワイがリーダーなんやけどな、誰もワイの言う事なんか聞かないんよ……。社長もとんでもない強者でな……たまに泣きたくなるんや」
「自分が下調べしないとみんな何も出来ないんです。自分に事務も全部やらせて……何度就職先を探したことか……」
「お互い辛いなァ……」
「苦しいのは一人じゃなかったんですね……」
「愛する家族の為、今日も頑張ろうやないか!」
「はいっ」
がしっと両手を握り、スフィンクスは泣き出す。真も「よしよし……」とその背をさすっていた。
「ちょっと真君ー!? なんか戦いじゃないよねソレっ!」
「純也、人類皆兄弟や。ワイはもう誰も悲しませとうないっ!」
「いい台詞だけど使い所を間違ってるよーっ!?」
まだ澪斗を押さえている純也の叫びが。醜い戦いは未だ続く……。
「ロスレンジャーが勝つのっ!」
「レッドスティーラーズは負けませんことよっ!」
「おのれロスレッドめっ、必ず最後に正義は勝つのだ!」
「だからレッドって言うなあぁあ!! 大体どう考えてもてめぇらは正義じゃねえよ!」
「うむむ、まだまだわしも修行が足りませぬな……」
「エンジェルはがんばったもん。あたしの勝ちだもーんっ」
「俺は……っ、俺は絶対に負けん! 撃ち殺す!!」
「今度飲みに行こうやないか。メルアド交換せぇへん?」
「あ、いいですね。自分のアドレスはー……」
「誰か……助けてください……」
純也の震える声は、周囲の人間達の勝手な言葉によって掻き消される。澪斗を半ば抱き押さえながら、夜空を仰いだ。
「誰かっ、警察――――!!!」
東京の中心で奇声を叫ぶ人間達の中、少年の絶叫も闇に熔けていく。遠く、サイレンのみが響く……。