第二章『変人達の交響曲』(5)
「あなたなんかこのエンジェルがやっつけちゃうから!」
「……」
「な、何か言ってよ! あたしは負けないわよっ」
「…………」
「こ、恐くなんかないもんっ、恐くなんか……」
「………………」
周囲を見回し、真と純也はやっと澪斗の姿を確認した。いつも通り険しいその視線の先に、幼い長髪の少女が一人。
「もしかして澪君の相手って……」
「あの嬢ちゃんなんか……?」
少女も真剣な顔で睨み合いをしているが、くりっとした眼がどうも可愛らしくて恐くない。見つめられたら抱きしめたくなるほどの愛嬌だ。歳は十歳程度ではないだろうか。
じーっと澪斗は黙ってただエンジェルを見つめる。睨んでいるつもりなど無いのだろうが、普通のその視線が恐いのだ。少女の瞳が、潤み始める。
「うっ、うぅっ……っ。エンジェルは負けないもん……ヒック……こわ、恐くなんかない、もん!」
「……あのさ真君、なんだか澪君が悪役に見えるよ……」
「澪斗は何もしてないんやけどなァ……」
「してはいないんだけどねぇ……」
彼は、ただ敵を前にしているだけだ。たったそれだけ。そう、いつもの彼の瞳で。
「いくわよっ、エンジェルの得意技! 催眠の術〜!」
「え、あの子催眠術が使えるの?」
「人は見かけによらんなァ。あの澪斗相手に頑張るわ〜」
トテトテと走り寄って、少女は至近距離で男を見上げ、人差し指を高々と突き出す。澪斗はその顔に向けられた指に視線を移した。
「えーいっ」
ゆっくりとエンジェルは指を回し出す。ぐるぐると何度も何度も指を動かし続けて。
「……何、あれ」
「……知っとるか純也、あれをトンボの前でやると捕まえられるんやでー」
「ゴメン、東京でもうトンボは見られないよ。っていうか、澪君昆虫扱い?」
トンボを見たことがない純也に、真が豆知識を教える。新たに手に入れた無駄知識よりも、純也はその技が人間に効くのかどうか医学的に考えてみた。……たぶん、効果皆無。
「……」
「い、いつまで耐えていられるかしらっ? 早く倒れなさい!」
「…………」
「早く……は、やく……」
とかなんとか言ってる間に、少女の方が倒れてしまった! 目を回して地面にへたり込み、クラクラと小さな頭が揺れる仕草は、星が飛んでいてもおかしくない可愛さ。
「ふにゃにゃぁ〜……世界がグルグルぅぅ〜……」
「おぉっ、澪斗が相手の自滅を誘いおった!」
「違う……絶対になんか違うよねコレ……」
どんどん警備とは違う方向に流れていく。いや、ヒーローごっこをしている時点で気付くべきだったか。
「まだだよっ、まだ負けないよぉ!」
なんとか立ち上がったエンジェルが、最後の足掻きをみせる。澪斗の腰あたりまでしかない背で、ポカポカと男の腹部を叩きはじめた。
「…………もう、いいか」
冷たく低い声が放たれ、彼の仲間に氷柱が突き刺さる。細い腕で叩かれながら、男が腰から取り出したのは一丁の銀の銃。
「ちょ、ちょっとっ、まさか澪君撃たないよね!?」
「あかんって……しかもあれはノアやなくてマグナムや……!」
激鉄を起こし、ゆっくり、だがずらすことなく少女の眉間に銃口を突きつける。髪で隠れた暗い顔で……引き金を……!
「「待ったあぁ――――っ!」」
純也と真の二人がかりで澪斗に飛びかかり、地面に押しつけ、のし掛かった。淡緑の髪が抵抗して揺れる。
「貴様ら、何をする!」
「澪斗本気か!? 嬢ちゃん相手にマグナムはないやろっ?」
「やめてよ澪君っ、本当に悪役になっちゃうからー!」
「俺はこんな猿芝居に付き合ってやるほど愚かではない! 貴様ら皆殺しだあぁ!!」
やけに黙っていると思ったら、とっくに我慢を切らしていたらしい。二人に押さえ込まれながらジタバタと暴れまくる。
「俺は負けん! 徹底的に潰す!」
「澪君どうしたのっ、いつもの冷静さを取り戻してー!」
「わかった! あんたの勝ちでエエからっ、だから大人しくしてぇな!」
変な格好をさせられた上に恥ずかしい台詞を叫ばされ、更に敵は幼女。澪斗だって怒りたくもなるだろう。……ここまでもった事を感心するべきだろうか?
「あ、あのぉ……」
「なんやねんっ、今こっちは取り込み中やで!」
「す、すみません……。でも自分はあなたと……」
「は?」
真が顔を上げると、気が弱そうで地味な男が恐る恐るこちらを窺っている。(こんなヤツいたか……?)と真が記憶を辿っていくと、そういえば。
「えーっと、確か……スフィンクスとか言ったか?」
「はい、そうです。ロスイエローさん、自分達が残っちゃったんですけど……」
「あぁ……せやな、一応戦っとく?」
「どど、どうかお手柔らかに……」
ロスレンジャーVSレッドスティラーズの戦いに、ついに決着がつくのか!?
死闘の果てに勝つのはどっちだ!?
……誰もの思考から、本来の目的は忘却の彼方……。