ソフィン間の冬戦争での三八式歩兵銃を巡る様々な想い
山口多聞様のお題からすれば、微妙な話ですが。
戦争に参加した兵士が脱走する際に、自分の愛用して来た兵器と共に脱走するのは、よくあることではないでしょうか。
他にも色々とツッコミどころ満載の架空戦記ですが、どうか緩く見て下さい。
第二次世界大戦においては、枢軸・連合国間の直接的な戦争以外でも、様々な戦争が国家間で起きたのが現実ではあるのだが。
ソ連とフィンランドの間の「冬戦争」で、興味深い小咄というか、色々と考えさせられる話を、時の流れの現実から、様々な取材を行った中で、私は又聞きという形で聞かされた。
又聞きなので、何処までが真実なのか、私にも分かりかねるが、この際に紹介したい。
「正直に言って、祖母から聞かされたことで、祖母が話を盛っている気がしてなりません。でも、祖母がこの話をした際に、涙を零しながら、言ったことからすれば、全くの嘘とも考えにくいのです」
フィンランド人のミカエラは、いきなり私にそう言ったのだ。
以下、ミカエラの話を、適宜、要約しながら、紹介することとする。
「私の祖母のヨウコですが、言葉を濁すので、私の理解が誤っているかもしれませんが。
第一次世界大戦勃発時は、フィンランドはロシア帝国の領土でしたから、侵略者のドイツを許すな、ということで、ロシア軍の軍人に祖母は志願したようです。
そして、それなりに務め上げたようですが、ロシア革命が勃発して、更にはフィンランドが独立する事態が起きて、といったことから、ロシア軍から脱走して、故郷に還ったとか」
ミカエラは、私にそう語っている。
「その際に祖母は、自分の愛銃になっていた三八式歩兵銃を持って脱走したとのことです。そして、私の父が、冬戦争で出征することになった際に、自分の愛銃を渡して、出征させたとか」
ミカエラは、私にそう語った。
この辺りだが、私が調べる限り、本当にあり得る話としか、言いようが無い。
実際に第一次世界大戦の際、三八式歩兵銃はロシア帝国に大量に輸出されている。
更に言えば、ロシア帝国軍が、第一次世界大戦の際に女性兵士を最前線に投入したのは有名な史実だ。
だから、そういったことからしても、ヨウコの経歴はあり得ることだ。
だが、この後の話は、色々と盛られている気がしてならない。
「父も認めているのですが、祖母から父に渡された三八式歩兵銃は、優秀な狙撃銃だったようです。
父は冬戦争の際に、祖母から渡された三八式歩兵銃で、何度も狙撃を成功させたとか」
ミカエラは、そうも語っている。
「そして、冬戦争で父が射殺したソ連兵の一人が持っていたロケットを、父は戦利品として家に持って帰りました。父の言葉が本当ならば、相手も三八式歩兵銃を持っていて、撃ち合いの末に自分が相手を射殺したとのことです」
ミカエラは、更に語った。
「そして、ロケットの中に入っていた女性の写真、恐らく父が射殺したソ連兵の母の写真を見た瞬間、父に因れば、祖母は泣き出してしまったそうです。
何故なのか、父は祖母に訊ねたそうですが、言を左右にして祖母は答えなかったとか。
そして、第二次世界大戦が終結して数十年が経った後、祖母は老衰で亡くなりました。
亡くなる前、祖母は完全にボケていて、私を若き日の知人と認識する有様でしたが」
ミカエラは、そこまで語った後、暫く躊躇した末、更に話を続けてくれた。
「私の顔を見ると、亡くなる直前の祖母は泣きながら、何時も言いだしました。
許してくれ、まさか、息子が親友の貴方の息子を射殺するとは。
死んでくれ、と言われても当然だ。
でも、本当にこんなことになるとは、と。
祖母の完全な繰り言ですが、私の中では、どうにも引っ掛かる話なのです。
本当に何が祖母の周囲であったのでしょうか」
そう私に対して、ミカエラは語ったのだ。
ミカエラの話を聞いた時、私にもミカエラの祖母が何を悔やんでいるのか、今一つ分からなかったのが現実としか、言いようが無かった。
だが、様々に情報を集めた末、恐らくの真相を掴めた気がする一方で、ミカエラやその家族には、その真相を知れば知る程に、却って詳細には自分は語れなくなっている。
ミカエラの祖母ヨウコだが、ロシア軍の女性兵士の一員だったのは間違いないようだ。
そして、それなりどころではない女性兵士が、最前線でも戦ったのが、ロシア軍の現実だった。
更に言えば、ロシア軍の女性兵士が装備した小銃の多くが、三八式歩兵銃だった。
何故にそうなったのか。
第一次世界大戦当時、ロシア軍は様々な兵器の生産が上手く行かない事態が起きていた。
(何故にそうなったのか、そもそも論になるが、この当時のロシア帝国の様々な技術は、英米独仏と比較した場合、半歩遅れとしか、言いようが無い現実があった。
この辺りを突き詰めれば、この当時の日本の方が、もっと酷かったのだが)
そうしたことから、世界中から兵器をかき集める事態が、ロシアでは起きたのだ。
そして、この当時の日本は、ロシア軍の為に三八式歩兵銃を筆頭に、様々な兵器を提供したのだ。
更に言えば、三八式歩兵銃は、当時のロシア軍が装備していた様々な小銃の中では小口径であり、その為に射撃の際の反動もさほどではなく、女性でも撃ちやすいと言う現実があったのだ。
こうしたことが、三八式歩兵銃が、ロシア軍の女性兵士に積極的に提供されて、更には女性兵士に三八式歩兵銃が愛用されると言う事態を引き起こしたのだ。
私の憶測だが、ヨウコとその女性とは、女性部隊の同僚で親友だったのだ。
そして、共に三八式歩兵銃を愛用していた。
そして、第一次世界大戦後の時の流れは、親友同士の仲を引き裂き、ヨウコはフィンランド人に、彼女はソ連人になって、お互いの息子がフィンランド軍とソ連軍にそれぞれが志願する事態を引き起こしたのだ。
更に戦場で、息子同士が相対して三八式歩兵銃を撃ち合い、ヨウコの息子が、親友の息子を射殺するという悲劇を引き起こしたのではないだろうか。
勿論、完全な真実が何処にあるのか、私には究極的には調べようが無いのだが。
ミカエラの話や私が集められた情報からすれば、これが真実に近いのでは、と考えられてならない。
三八式歩兵銃、長きに亘って日本で生産されて、第一次世界大戦ではロシアや英国等にまで輸出された名銃。
現在では、時代の流れから、旧式兵器として侮蔑されることが多いが。
世界各地で一時は愛用され、こういった三八式歩兵銃同士の撃ち合いまであった名歩兵銃である。
御感想等をお待ちしています。
尚、この話の裏話等を割烹で書いています。




