9.その頃のダメおやじ
「副団長!伯爵家からお手紙が届いております」
「ああ、そこへ置いておいてくれ」
ここは王国騎士団の執務室。
副団長である私、アーロン・フランクリンは、積まれた書類を捌いていた。
この一年ほど前から、国境沿いにある魔の森から溢れる瘴気が徐々に増えてきている。少しの聖魔法が使える神官たちと共に森へ向かい、彼らを魔物から守り、少しずつ浄化するしかない状況だ。ーーもちろん交代でーー今の所はそれで何とかなっているが……伝説の聖女様でも現れてくれぬものかな……などと、いつものように考えていた所で、手紙を持ってきた部下の視線に気づく。いつもは手紙を置くとすぐに退室するはずなのに。
「……なんだ?」
視線を合わせて、問う。どうも私の視線は怖いらしい。部下はビクッとしながらも、目線を逸らさずに口を開いた。
「その、差し出がましいとは存じますが、そろそろお返事を書かれたらいかがでしょうか」
「返事……」
部下の視線を追うと、先ほど届けに来た家からの手紙で止まった。
「……忙しい」
「そ、それは存じておりますが!副団長が我々のためにご結婚されたことも。しかしひと月以上も返信がないのはいささか……」
「相手も承知の上だ」
「は、しかし」
「話は以上か?なら下がれ。私は忙しい」
「……出すぎた真似を致しました」
一拍おいてから、部下は頭を下げて部屋を出て行った。
私はそれを見届けて、ペンを置いてため息をひとつ吐く。
仕事が忙しいのは確かだが、仕事にかこつけて家から逃げている自覚はある。執事から一週間空けずに届く手紙も一度も開いていない。
きっとリーゼロッテの愚痴だろう。封書にも緊急との知らせもないし、煩わしいことに時間を使いたくもない。
「しかし、さすがに1ヶ月以上はまずいのか……?だが」
『アーロンはいつもそう。集中するのはいいけど、周りは心配するのよ?』
ーーー在りし日の妻を思い出す。私の妻はエレーナだけだ。他の女なんぞ騒がしくて疲れるだけだ。
『アーロン、わたくしに万が一があったら遠慮しないで後妻を迎えてね?子どもが一人では不安でしょう……でもお願い。アンネを、アンネリーゼを大切にしてくれる人にして。それだけは、お願い……』
「……チッ」
自分の不甲斐なさに舌打ちをする。結局権力に逆らい切れず、エレーナが1番望まないであろう娘が後妻になった。
式典でたまたま会った一年前から付きまとわれ、最後は宰相に泣きつかれた。それはもうほぼ脅しだった。騎士団の待遇が上がることもあって、ずっとフォローしてくれていた団長も庇い切れなくなり……。
『アンネリーゼを、頼むわね』
私は子どもも苦手だ。すぐに泣かれる。しかもアンネリーゼはエレーナにそっくりで、彼女に泣かれているような気持ちになってしまう。赤子のせいではないのは百も承知だが、エレーナの命が削られたという思いも消せないでいる。執事に何度も説得されても向き合うことができていない。
だが、自分ができない分、申し分ない侍女をつけている。きっとアンネリーゼを守ってくれるだろう。もう少ししたら家庭教師だってきちんと付ける予定だ。……すべて選んだのは執事だが。
私は元々、そういう方面が苦手だ。エレーナがいなくなってから更に顕著になった自覚もある。あるのだが。
しばらく手紙を見つめ、諦めてため息を吐く。
「……さすがにエレーナに怒られるか……」
そう一人言ちながら、渋々最初の手紙から封を切り、文字を追う。
「なに……?」
思わず宛名を二度見した。伯爵家から自分宛で間違いない。
そこには、想定していなかった内容が綴られていた。
曰くーーーお嬢様は初日からリーゼロッテ様に懐かれたようです。
また曰くーーーリーゼロッテ様がお仕事をと仰るので帳簿をお渡ししてみたところ、見事にーーー
またまた曰くーーーリーゼロッテ様は様々な方面に博識でいらして……
最後には、人の噂など、当てになりませんな、と締め括られていた。
「まさか、あの悪女が……?」
今までのあれが、演技?そうは見えなかったが。私が機微に疎いからか?
(いや、あれはあまりにも酷かった。演技とはとはても思えん。……なにか企んでいるのか?そう賢そうにも見えなかったが……)
「……一度帰ってみるか」
団長にも、休みを取れと言われ続けていたところだ。
好きに過ごせとは言ったが、好き勝手にやられ過ぎて手間をかけられるのも御免だ。面倒だが、一度しっかりと釘を刺しに行こう。
ひとまず、この書類だけは終わらせねばな。




