5.リーゼロッテ・ドロス、の、前の話
すやすやと泣き疲れて眠る、かわいいアンネリーゼの頬をそっと撫でる。
「ふふっ、寝顔も天使ね。すべすべほっぺも癒されるわあ」
「本当でございますね」
エリーと二人で、天使の寝顔を堪能する。そんな私たちを、マリアンが嬉しそうに、そしてちょっぴり得意気に見ていた。
ずっと見ていたいけど、いろいろ確認をしなければ。
「……それで、マリアン。リーゼの言う通り、旦那様はあまり顔を出さないの?」
「……はい」
私の問い掛けに、マリアンの表情は一気に曇る。
「こんなに可愛くていい子なのに」
「……亡くなられた奥様にそっくりなので、見ていてお辛いのだろうと、執事が」
「あ~」
確か、奥様は産後の肥立ちが悪くて亡くなれたのよね。
旦那様の気持ちも分からなくもない……気もするけど、ダメなもんはダメだ。
奥様は、命懸けで愛しい我が子を産んだのに。
……私と違って。リーゼロッテを守ったのに。
前世の私は施設で育った。両親は分からず終いだったけれど、まあ、それは別にいい。仕方がない。けれど、漠然と、家族というものに憧れはあった。
施設の先生も優しかったし、施設の仲間も、ありがたいことにみんなで仲が良かった。
悲しいことに、虐待されて施設に入居する子も多くて。私は年長者で、そんな子達の面倒を見る係でもあった。というか、いつの間にかなっていた。
だから、初対面のアンネリーゼの行動に反応したのだ。今生の父がネグレクトでも、暴力は振るわないなら、きっとそれは前世の記憶なんだろう。3歳児に思い出させるなんて、神様ちょっと酷いなと思うけども。アンネリーゼが話してくるまでは聞かなくていい話だ。何なら、いっぱいの愛情を受けて忘れてくれたらいい。そこはマリアンが側付きなのも幸運だったわよね。
私が前世を思い出したのは、フランクリン伯爵との結婚が決まって、喜び過ぎてはしゃいでドレスの裾を踏んで転んで頭を打った時だ。今から3ヶ月前のこと。
受け入れるには、少し時間がかかった。主に前後の性格が違いすぎて。でもそのうちに、前の私も自由に思い通りに生きたかったのかもな、と思うようになり、今の自分も受け入れられた。
さすがに16年の間に我が儘をしつくしたので、人に迷惑をかけないように軌道修正はしたけれど。結構な黒歴史で、今までのリーゼロッテを思い出すとジタバタしたくなるけれど。ちょっと内緒だけど、羨ましいくらいだったりして。
「リーゼを思えば、私も思い出して良かった。どうやら悪役令嬢にならずにすんだみたいだし」
「そう思えたなら、ようございました」
エリーが穏やかに相槌をうつ。
彼女には本当に助けられている。
「わたしがリーゼを見ているわ。今のうちにマリアンもエリーも少し休んできて頂戴」
私の言葉にマリアンは一瞬迷う仕草をしたが、エリーに声をかけられて、頭を下げて下がって行った。
「うーん、本当にかわいい。語彙力なくなるくらいかわいい」
ふふっ、と、起きない程度にほっぺをつんつんする。ニヤッと動く表情もかわいい。癒し。
父親はあれだけど、憧れていた家族だ。
アンネリーゼの話だと、このまま私は伯爵に放置されるみたいだけど、前を思い出してしまったから、寧ろありがたかったりする。
「まあ、奥様に一途なのは素敵、よね。無意識にそこにも惹かれたのかな……。リーゼに対してはいずれ何とかしてもらうけど」
前世で私は不倫をしていた。
と、いうか、知らずに不倫になっていた。
施設を出た私は、すぐに就職した。なかなか大学は厳しいし、早く自分で稼ぎたかった。
施設の生活も嫌いじゃなかったけれど、やっぱり自由は嬉しくて。自分のお金で生活をして好きな物を買えるのは楽しかった。読みたかった漫画も小説も大人買いをして、遅ればせながらのヲタデビュー。
自分の時間は自分のもので、会社で仕事はきちんとしたけれど、必要以上に同僚たちのプライベートに立ち入らなかったし、私も入れさせなかった。
だから、世間知らずだったのかもしれない。
二年ほど経ち仕事に慣れた頃、東京の本社から出向の社員さんが来た。私より7歳上のその人は営業のエースで、人気者で、業績が振るわない店舗のテコ入れ請負人だった。
世界が違う人、と、距離をおいていたら逆に興味を持たれてしまい、ことあるごとに仕事を頼まれた。
最初はうざ、と思っていたけれど、本当に仕事はできるし、すごい人で。そんな人に頼まれて褒められるのは嬉しかった。
今まで滅多に行かなかった打ち上げに誘われて参加して、同じ漫画に嵌まっていると知り、一気に距離が縮まって。
世間知らずの、初恋もまだの小娘が、新しい世界に連れていかれて落ちないはずもなく。
気づけばもう、どっぷりと彼に嵌まっていた。
そしてある日、月のものが来ないことに気づく。自分で検査薬を買って検査をしたら陽性だった。不安になりながらも彼に相談したらとても喜んでくれて、結婚しようと言ってくれた。
幸せの絶頂だった。この時までは。




