3.何かがおかしい
……やってしまった。
前世の記憶を思い出したばかりだったから、つい。心臓がバクバクして、目をぎゅっと閉じてしまう。震えながら、マリアンにしがみついた。
マリアンは少し驚きつつも、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
リーゼロッテの視線を感じるけど、どうしよう、怖くて顔を上げられない。
「……失礼ですが、伯爵、いえ、旦那様?」
地を這うようなリーゼロッテの声に、ダメおやじが足を止めたのが分かる。
「……なんでしょう」
「アンネリーゼちゃんのお世話は、こちらの侍女が?」
「……ええ」
「旦那様は?いかがされてますの?他の者は?」
「は、」
急に始まった私への育児質問に、珍しくダメおやじが動揺しているのが分かる。
私は恐る恐る顔を上げた。
それに気づいたリーゼロッテが、にっこりと微笑む。
「さっきは驚かせてごめんなさいね。触ってもいいかしら?」
「……あい」
リーゼロッテが、壊れ物を扱うように優しく撫でてくれる。自分で、身体の力がふっと抜けるのが分かった。
「アンネリーゼちゃん、今までで痛いことあった?」
ハッとした。なぜだか分からないけれど、この人は知っているんだ。日常的に暴力を受けている人が、咄嗟にとってしまう行動を。
気づいて、ダメおやじを問い詰めようとした。リーゼロッテなのに。
「にゃ、にゃいよ!いちゅも、まりあんやさしっ、パパいにゃいもん」
「……それはそれで……」
マリアンが誤解されても嫌なので、必死に弁解した。余計なことも言ってしまったが、本当のことだから仕方ない。
リーゼロッテは苦笑して、言葉を飲み込んだようだった。そして。
「失礼しました、旦那様。お忙しいのに引き止めてしまいまして。どうぞいってらっしゃいませ」
そう、振り切った、ちょっと凄みのある笑顔でダメおやじを追い出し、もとい、見送った。
そのやり取りを、使用人たちは呆然と見ていた。
きっと全員が、『旦那様に懸想しているはずでは……??』と、頭にハテナがいっぱいに違いない。
リーゼロッテはそんな皆を悠然と見渡して、声をかける。
「それで?わたくしの部屋はどこかしら」
「申し訳ございません、只今!こちら、ご案内致します」
我に返った執事が、慌てていつもの調子を取り戻す。
「アンネリーゼちゃん、また後であそびましょ?」
「……あい」
私の返事に嬉しそうに笑ってくれるリーゼロッテに、私の頭と気持ちも追い付かない。
ただ、その笑顔は本当にかわいい、16歳そのもののまだまだ子どものリーゼロッテの笑顔だった、と思う。
「優しそうな方で、良かったですね。お嬢様」
「……ん」
まだ絆されるのは早いと思いつつも、あの笑顔には嘘がない気がした。




