2.継母迎え撃ち?!
怒涛の記憶覚醒から早一週間。
本日はリーゼロッテ・ドロスが嫁いで来る日だ。
ダメおやじは全くもって乗り気ではないものの、宰相への体面やら諸々あるのであろう、エントランスできちんと待っている。もちろん、使用人の皆さんも勢揃いでお出迎えだ。
正直、気が重い。
文字で読んでいるだけだと、声はイメージになるけど。かなり激しい癇癪持ちだったから、キンキンしているのだろうな。
リーゼロッテはこの国で有名なワガママ公爵令嬢で、父とゴリ押しで結婚したのだ。彼女は、王国騎士団の副団長で美しい銀の狼と例えられる美貌と強さを持つ父、フランクリン伯爵に一目惚れをし、宰相でもある彼女の父公爵におねだりをした。クソおやじだけど、父は銀髪にアイスブルーの瞳の超絶美形なのだ。そりゃあ一目惚れもされる。
公爵は他の子どもたちと歳の離れたかわいい末娘のワガママをどうしても叶えてあげたくて、騎士団への破格の対応と引き換えに、亡き母一筋で再婚拒否をしていた父の外堀をゴリゴリに埋めて、娘の願いを叶えたというわけ。
「はあ」
「大丈夫ですか?お嬢様。マリアンがずっと抱っこしておりますからね!」
つい、ため息が出てしまった。マリアンが心配しちゃうね。一週間前に倒れたのが、マリアンと楽しく積み木遊びをしていた時に父が現れ、『一週間後に後妻が嫁いで来る。リーゼロッテ・ドロス公爵令嬢だ』と、足りなさ過ぎる業務連絡を横で聞いた瞬間だったから。
「うん。ありあと」
でも甘えちゃう。きゅっと腕に力を入れると、優しく抱きしめ返してくれるマリアンが大好き。
その横には、そんなやり取りに無関心の父が立っている。この、ダメおやじめ。私はこの一週間で決めたのだ。私もコイツを無視しようと。
物語のアンネリーゼは優しく許していたけれど、私は無理!子育ての苦労の多い時にまるっと育児放棄しておいて、話せるようになった頃に親面されたくないし。こういう奴が、子どもは放っておいても育つとか言うんだよ(想像)。そんなダメおやじの横で必死に育ててくれているマリアンにだけ報いるのだ。
そのためだけに、歯を食いしばって生き延びるんだ。
「リーゼロッテ・ドロス公爵令嬢がお着きになりました」
執事の言葉に、ピリッと緊張が走る。
さあ!どんとこいやあ、意地悪継母!!
馬車から降りるリーゼロッテを、ダメおやじは一応きちんとエスコートしていた。無表情だけれど。
リーゼロッテも猫をかぶっているのか、落ち着いた様子で降りてきた。
「「「「「ようこそお越しくださいました」」」」」
一斉に使用人が頭を下げる。
リーゼロッテはちょっとキツめに見えるけど、少し赤めの金髪でエメラルド色の瞳をした美人さんだ。公爵家とも繋がれるわけだし、度を越えたわがままさえなければ引く手数多だろうに。もったいないなあ。
なんて思いながらまじまじと見てしまったからか、バチっと視線が重なってしまった。
ヤバ、さっそく何か言われ……
「はわわわわ、か、かっわいい……!!」
ん?
なんだかリーゼロッテ方面から思ってもいなかった声が聞こえたような。それにちょっと挙動不審だ。
小声で言ったそれは父には聞こえてなかったようで、眉をひそめて少し睨むように彼女を見ていた。
そしてリーゼロッテはお付きの侍女に「お嬢様!」と言われて、慌てて顔を作った。あれ?大丈夫か?
「ん、んっ!リーゼロッテ・ドロスでございます。フランクリン伯爵、そしてお嬢様、お出迎え感謝致します」
彼女は穏やかな微笑みを浮かべて、綺麗なカーテシーをした。
そんな彼女に驚いているのは、わたしだけではない。父はわたし以上に面食らっていた。執事に「旦那様」と耳打ちをされて、はっと話し出す。
「リーゼロッテ嬢、仕事の関係とはいえ、式もなくこのような簡潔な出迎えで済まない。本日もわたしは仕事でもう行かなくてはならないが、屋敷内では自由に過ごしてくれ」
「賜りましたわ。お気遣い、ありがとうございます」
リーゼロッテの強がりでもなさそうな、なんなら微笑みを湛えての返事に、使用人一同も驚いた感情を隠せないでいる。
それはそうだ。リーゼロッテのわがままぶりは国中に轟いてしまっているのだから。嫁いだその日に放置されるようなこの状況に、粛々と従うとは誰も思っていなかったのだ。私は知っている、使用人の皆さんが『リーゼロッテ様を宥める計画』を一生懸命練っていたことを。
ゴリゴリに外堀を埋められた父のせめてもの抵抗は、仕事の多忙さを理由に結婚式を挙げないことと、いわゆる初夜を彼女の成人まで延ばすと宣言したことで。
リーゼロッテは只今16歳。この国で結婚のできるギリギリの年齢だ。成人は18歳ね。
式については公爵夫妻がごねていたけれど、娘の結婚したい意思に折れて承諾し、後者についてはむしろ紳士的という風に受け取られたよう……なんだけど。
リーゼロッテは公爵家で蝶よ花よで育てられ、結婚さえしてしまえば父も絆されるとの自信もあったのだろう。憧れの伯爵様にも大事にされていて、さすがわたくし。そしていずれは……との彼女の目論みは無惨に散ることとなる。
そう、成人してもリーゼロッテはずっと大事にされたままになるのだ。しかも、父は多忙を理由に家にはなかなか帰って来ない。
始めはリーゼロッテも、仲良くはいかないまでもアンネリーゼとそれなりの関係だったのだが、父の放置への寂しさと生来のワガママさから、アンネリーゼに八つ当たりが始まるわけだ。しかもわたし、母似だし。お目々クリクリ碧眼銀髪の、かなりの美少女だし。
前世を思い出した今となっては、リーゼロッテにも同情する所もあるけどね。ワガママなのは確かだけど、公爵夫妻はちょっと毒持ち親だよね。うちの父だって悪いわよ。不本意でも大人なんだから、逃げるのはいけない。
そのせいで、娘のわたしが虐げられる羽目になるのだから。
「あなたが、アンネリーゼちゃん?」
しまった、考え込んでいた。気づいたら、リーゼロッテが目の前にいた。
自然と、マリアンの腕に力が入ったのが分かる。
「よろしくね。リーゼロッテよ」
リーゼロッテが穏やかに挨拶をする声が聞こえた。穏やかなのに、私はどうしても緊張していて。
「いやっ!」
と、頭を撫でようとしたのであろう、彼女の手を自分頭を抱えるようにして拒んでしまった。
……やってしまった。




