12.動揺するダメおやじ
思えば帰宅直後の執事の反応も微妙ではあった。
「だ、旦那様?なぜお戻りに?いえ、ご連絡をいただきましたか?」
「……いや、抜き打ちで確認しようと思ってな」
「……そんな、奥様は犯罪者でもありませんでしょうに……」
すっかりリーゼロッテに懐柔されているようだ。昔から人を見る目は厳しかったはずだが。
周りのメイドたちにも困惑の色が見える。曲がりなりにも主人が帰って来たのに、何だこの空気感は。
「奥様はお嬢様とガゼボでお茶を……いえ、わたくしがお声がけをして参ります。少々お待ち頂けますでしょうか」
言うが早いか、軽く一礼をしてガゼボに向かう。
……気に入らない。
「あ、旦那様っ」とメイドがわたしを止めるように声を掛けてきたのを、聞こえぬ振りをして早足で進み、ガゼボに踏み込んだ訳だが。
ーーーこの、状況は何が起きているのだ?
「旦那様。春とはいえ夕方以降はまだ冷えます。そろそろお戻りに」
執事に遠慮がちにかけられた声に、我に返った。
あれから少し日が傾いてきている。風も確かにひやりとしてきた。そろそろ邸内に入った方がいいだろう。
そんな考えとは裏腹に、「リーゼをお昼寝させますから」と、去っていった二人の席を見つめてしまう。
「……リーゼロッテは……なかったのか」
「はい?」
「っ、だから!リーゼロッテはわたしに懸想していたのではなかったのか?!と聞いている!」
別に彼女をどうこうしたい訳ではないし、愛せるとも思えない。が、納得できない。こちらは散々振り回されたのだぞ?いや、わたしに興味がないならないで大いに結構なのだが、おかしくないか?そう、おかしいだろう!
「……その、はずでございます」
「ともかく、とか言ってなかったか」
すーっと執事が私から目を逸らすのを、ジト目で見据える。
その視線を受け、執事は改めて、というように「コホン」とわざとらしく咳払いをしてからこちらに笑顔を向けた。
「しかしどちらにしても、現在のこの状況は旦那様にとっても悪いことではございませんでしょう?当初からお考えでしたように、奥様との接点はほぼございませんし、お嬢様に関しましては想定外のギフトを頂いたようなものです。お嬢様のあんな笑顔を見られる日が来るとは、わたくしも感無量でございます。わたくし共も奥様がどの様な方かと懸念しておりましたが、何より案じておりましたのはお嬢様のことでしたから」
にこやかに言い切られるそれに、返す言葉が見つからない。
……そうだ、わたしは、わたしの事しか考えていなかったと言うことか。
確かにリーゼロッテは煩わしかった。しまいには宰相まで出てくるわ、騎士団まで巻き込まれるわで。
でも、アンネリーゼは?エレーナに託された。けれど、エレーナがいなくなった心の穴は大きすぎて。一人でどうしていいか分からず、アンネリーゼを見るとエレーナがいない現実を突きつけられて、辛くて……。しかしそれは、わたしの、わたしだけの感傷であって。アンネリーゼはまだ一人では何もできない子どもであるのに。
……いや、ずいぶんと口は達者だったか?
『しゃいってい』
あの蔑んだ顔を思い出す。自分でも驚くほどに気持ちが抉られたようだった。
「……アンネリーゼは、口がその、達者、だよな?あれくらいの子はみんなそうなのか?」
「おそらく、お嬢様は賢くあらせられます。傍にいる大人がたくさん話をしてくれるので、覚えも早いのでしょうな。それも奥様のお陰かと」
にこやかに、もはや刺を隠さずに答える執事にまた無言を返すしかなく。
「旦那様、本日はこちらで晩餐でよろしいですか?」
「……ああ」
「ようございました。奥様と初めてでございますね」
「……何が言いたい」
「いえ、申し訳ございません。ただの事実を、つい」
またにっこりと笑顔で躱される。
「団長にも、休みを取るようにうるさく言われているからな。面倒だが宰相への顔もあるし、仕方あるまい」
「……左様でございますか」
「中へ入る」
執事が残念なものを見るような顔になっていることに気づかぬように、邸内へと戻る。
背中では、エレーナが愛した草花が、寂しそうに風に吹かれていた。




