10.想定外の帰宅
優しく春風が吹く伯爵家の庭園のガゼボにて、今日も義母と二人で午後のティータイム。
デキル女のリーゼロッテは、午前中には仕事を終わらせる。そしてお茶会のお菓子も、リーゼロッテ発案(私と前世知識の共有開発とゆーか、共有記憶)の、子どもに優しい野菜たっぷりのクッキー。
始めは噂で戦々恐々としていた使用人の皆さまも、あっという間に懐柔できている。執事と料理長の取り合い合戦が起きるほどだ。
本人談は、「まあ、旦那様とエリー以外は以前の私からの実害はなかっただろうからね……」と、若干自爆発言だったけど。それでも、評判をあっさりと覆せたのはすごいなと思う。
「う~ん、毎日幸せだわあ。かわいいリーゼとターシャの庭のような庭園でお茶ができるとか。憧れてたんだよねぇ」
「りじゅまま、ターシャしゃん知ってるの?しぶいね!わたちもあこがれてた~!」
「たまたま古本屋さんでお庭の写真集を見たのよ。一目惚れして。いつかこんなお庭を造りたいと思ってたの」
「わかりゅ~!わたちも、あこがれてたなあ……」
小さな庭はあったけど、自分の自由にはできなかったからね。と、暗い過去はさておき。
せっかくの素朴なナチュラル素敵ガーデンを堪能しよう。
「でも、貴族にしたら地味目になっちゃうのかしら?私は大好きだけど!前の奥様……エレーナ様がお好きだったのかしら?」
マリアンが、お茶のおかわりを注ぎながら頷く。
「ご本人は、田舎貴族だからと仰っておりましたが。南の温暖な辺境伯のご令嬢でおおらかな方でした。庭師ともよく話していらして」
「きっと優しい方だったのね。ミモザ使いも素敵!私もお会いしたかったくらい」
リーゼロッテがあまりにも普通に私の実ママのことを聞くせいか、みんな普通に答えてくれる。
どうしたって私はうろ覚えなので、こうして母の話を聞けるのは嬉しかったりする。リーゼロッテも大好きだけど、エレーナママとももっと話をしたかったなとか改めて思ったり。
「辺境伯か……。近々、会いに行こうか?リーゼ。きっとおじいちゃんおばあちゃんも喜ぶよね!」
「……いいにょ?」
「あったり前じゃない!リーゼをこの世に生み出してくれた方のご両親よ?ご祖父様たちも私のことを気にしているだろうし。安心してもらえたら嬉しいし、お庭のご相談もしたいし!」
ねっ、と太陽のような笑顔のリーゼロッテ。前世は私が年上だったと思うけど、彼女のこの包容力は何なのか。
……嬉しいから乗っかっちゃうけど。3歳には引きずられるもん、仕方ない。
「うん!ありあと、りじゅまま!」
ほわほわと温かい空気に包まれて、いつものように穏やかなお茶会……が、にわかにざわざわし出した。
「奥様、お嬢様!」
珍しく慌てた様子の執事さんが、大股で近づいてくる。
「何かあったの?」
リーゼロッテが私を庇うようにしながら確認する。
「旦那様が、お帰りになりました!」
「「……は?!」」
二人で同時に低い声が出る。
え、旦那様ってダメおやじだよね?どゆこと?
「えっ?旦那様って旦那様?リーゼ、3ヶ月は帰って来ないって言ってなかった?」
「そ、そにょはずだけど」
私たちと専属侍女チームであわあわとしてしまう。
「……原作と変わりすぎたから?いやでもこっちに興味が無さすぎる人だから大丈夫と思っていたけど」
「しょ、しょうなの?」
「転生あるあるというか。え~、でも私に関わろうとしないと思っていたけどな」
「申し訳ございません。わたくしが定期報告を致しておりますので」
リーゼロッテの後半セリフが聞こえたらしい執事が頭を下げる。
「や!いいのよ、いいのよ。そうよね。そりゃ報・連・相は大事よね。一応、家の主人だものね」
「……一応とはどういう意味だ?」
不機嫌さが乗った素敵バリトンボイスに、ぎぎぎと私とリーゼロッテが振り返る。
「旦那様!少々お待ちくださいと」
「わたしの家で、わたしが主人だ。自由にして何が悪い?」
「それは……はい、申し訳ございません」
きっと私たちに気持ちの余裕を与えたかったのであろう執事さんの旗色が悪い。それくらいに不機嫌さを隠さないダメおやじ。
……やっぱり、嫌だな。この不機嫌。自然と身体に力が入ってしまう。
負けたくない、堪えなきゃと思えば思うほど、目に涙の膜が溜まって行くのがわかる。
「ふ…っ」となったところで、ひょいっと身体が宙に浮き、リーゼロッテに抱き上げられた。リーゼロッテはそのまま優しく背中を擦ってくれて、私はホッと力が抜けた。
「あら、ご自分の家とご自覚がありましたの?あまりの激務にお忘れになられているのかと心配しておりましたのよ。良かったですわ、覚えていらして。……先触れを出すというマナーは置いていらしたようですが」
あ、あれ?すっっっっっごい笑顔だけど、リーゼロッテの方が怖い気がする……。




