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*SVO運営開発管理局*

 

 静まり返った管制室に、一人の男の低い声が響いた。

 モニターの冷たい光が、彼の険しい表情を青白く照らしている。

 

「……誰だ、今の最高速度ログを説明しろ」

 

 オペレーターの指先が、震えながらキーボードを叩く。背後のスクリーンには、跳ね上がった赤いグラフが限界線を突き破ったまま固定されていた。

 

「イベント用の速度上限を、三段階で超えています」

 

「は?」

 

 思わず聞き返した男の視線の先で、警告アラートが次々と塗り替えられていく。


 

「おい、ヘパイストスはまだ解放予定にすら――」

 

「本来は、プレイヤー平均レベル45以上を想定したエリアです。今のプレイヤー層が踏み込んでいい場所ではありません」

 

 男は苦々しく奥歯を噛み締めた。

 

「……誰がやった」

 

「魔道具師、クンペイ。……単独です」

 

「……あの、アップデートから見捨てられた停止職か」

 

「ええ。ですが、解析の結果……判明しました」

 

 オペレーターが、クンペイの機体のログをスローモーションで再生する。そこには、物理法則をあざ笑うような軌跡が描かれていた。

 

「彼の機動、あれは我々の定義する“飛行”ではありません」


「「「……?」」」

 

「風圧を演算資源として再定義しています。我々が計算上の危険領域として切り捨て、通行不可設定にしていた場所を、彼はあろうことか全て推進力に変換している」

 

「……つまりどういうことだ」


「彼一人だけ、通る道が違う」

 

 重苦しい沈黙が、室内を支配した。

 システムが勝手に世界の境界線を書き換えていく駆動音だけが、虚しく鳴り響く。

 

「……ワールド進行を、今から止められるか」

 

「不可能です。侵入フラグが立った以上、第14の島はすでに存在する場所として全世界に同期されました」

 

「……クソ」

 

 男は力なく椅子に深く身を沈めた。

 

「チーフ、どうしますか?」

 

 問いかけに、男はモニターの中で一人、静かにゴミの山へ消えていく魔道具師の後ろ姿を睨みつけた。

 

「どうするも何も……」


 会議室全体に沈黙が流れた――


 

 

*クンペイ*


 「そういえば、優勝商品に『スカイ・コア』を手に入れていたんだったな」

 

 インベントリの奥、金色の光を放つその金属塊を見つめ、俺は独りごちた。

 

 このレベルの超高性能パーツともなれば、普通は高額な手数料を払って一流のNPC職人に製作を依頼するのがこのゲームの常識だ。失敗すれば素材が消えるリスクもある。

 だが。

 

「……俺は自分で作る」

 

 誰かに預けて「綺麗な正解」を出してもらうつもりはない。

 

 三ヶ月、一ダメージを積み上げ続けてきたこの「器用さ」と、スキルレベル2という綱渡りの技術。それらを全部注ぎ込んで、俺にしか作れない「異形」をこの手で形にするんだ。

 

 俺は愛用の錆びたレンチを握り直し、作業台に向き直った。

 

 目の前には「スカイ・コア」と、ジャンク屋の親父からツケで買ったボロい廃材。

 SPスキルポイントは現在「1」。全てのスキルレベルは「2」で止まっている。

 

構造解析ディープ・スキャン――Lv.2】

魔導回路リベリオン・リンク――Lv.2】

異物接合ジャンク・バインド――Lv.2】

 

 基礎成功率は30%。そこに器用さ85の補正が乗り、38.5%。

 

 三回に二回は失敗する計算だ。だが、俺にはスライムを数万回叩き続けた時の、あの指先の感覚が残っている。

 

「……よし」

 

 深呼吸し、魔力を集中させる。

 まずは「構造解析」で、スカイ・コアの膨大な魔導経路を脳内に叩き込む。

 

構造解析ディープ・スキャン――成功≫

 

 視界が青白く発光し、内部構造が透けて見えた。

 あまりの密度に鼻血が出そうになるが、俺は止まらない。間髪入れずに、廃材の排気パイプをスカイコアの出力口に「異物接合」で強引に繋ぎ合わせる。

 パキィィィィィィン!!

 

≪異物接合:失敗。素材の一部が消失しました≫

 

「……想定内だ。次は角度を0.5ミリ右へ」

 失敗するたびに、魔力が15ずつ削られていく。

 十回試せば底を突く。俺は回復を待ちながら、一回、また一回と、システムの確率を俺の「執念」で塗りつぶしていく。

 そして、現実世界の一時間が過ぎた頃。

 作業台の上で、金色の光と黒い鉄屑が、完璧なハーモニーを奏で始めた。

 

異物接合(ジャンク・バインド――成功≫

魔導回路リベリオン・リンク――成功≫

 

 咆哮のような駆動音がジャンク屋の店内に響き渡る。


○○○

 

【|嵐を喰らう者・弐型(ヴォルテックス・イーター・MK-II)】

・種別:特殊外装魔道具(唯一品)

・効果1:前方からの風圧を「魔力」と「推進力」へ変換する(変換効率150%)。

・効果2:パッシブ『最速飛行の持ち主』を検知。最大速度がさらに10%開放される。

・備考:極限まで硬度を高めた重装甲を備えるが、その反面、柔軟性を犠牲にしており衝撃や歪みに非常に弱い。想定外の負荷を受けると、装甲は容易に破損する。

 

○○○

 

「……できたぞ。SP不足でどうなるかと思ったが、なんとかなるもんだな」

 

 組み上がったのは、かつてのハンググライダーの面影をわずかに残しつつも、全体を黒い重装甲で覆った「空飛ぶ重戦車」のような異形だ。

 心臓部からは、金色の光が鼓動のように漏れ出している。

 親父が背後から、呆れたように、だがどこか嬉しそうに呟いた。

 

「SPもねぇ、レベルも足りねぇ……。そんな状況でこんな『化け物』を組み上げちまうとはな」

 

「……お世辞をありがとな!」

 

 俺は『弐型』をインベントリに収納し、愛用の錆びたレンチを腰に差した。

 

 レベルはたったの10。

 スキルもまだレベル2だ。

 

 だが、俺の画面には、誰も見たことのない第14の島――『廃都ヘパイストス』への航路が、はっきりと青く輝いて見えていた。

 

「行ってくるぜ、親父。最高のジャンク(お宝)を拾いにな」


*第14の島ヘパイストス*


 絶叫に近い風切り音が、突如として止んだ。

 荒れ狂う乱気流の壁を強引に喰らい尽くし、突き抜けた先。

 

 俺と『|嵐を喰らう者・弐型(ヴォルテックス・イーター・MK-II)』が辿り着いたのは、高度一万メートルを超える、音すらない静寂の世界だった。

 

 目の前には、第12の島までの「空の美学」を嘲笑うかのような、異様な光景が広がっている。

 

「これが……第14の島、廃都ヘパイストスか」

 

 そこにあるのは、豊かな緑でも、穏やかな浮遊島でもなかった。

 無数の巨大な歯車が組み合わさり、今なお鈍い音を立てて回転を続ける、剥き出しの「鋼鉄の浮遊大陸」。

 

 かつての摩天楼は無残に折れ、剥がれ落ちた装甲板が衛星のように島の周囲を漂っている。

 そして何より異常なのは、島全体を覆う「魔力の色」だ。

 

構造解析ディープ・スキャン――成功≫

 

 ■環境魔力濃度:計測不能。

 ■自律型防衛兵器:多数反応。

 

 視界が警告の赤色で埋め尽くされる。

 レベル10の俺がここにいること自体、システム的には「バグ」に近い自殺行為だ。

 

 ドォォォォォォン!!

 

 島の下層部から、巨大な蒸気が噴き出した。

 その振動だけで、俺の弐型の耐久値がわずかに削られる。

 

「……っ、いきなり手厚い歓迎だな」

 

 俺は姿勢制御翼を操作し、島の外縁部、かつてドックだったと思われる瓦礫の山へと滑り込んだ。

 着陸の衝撃を殺しきれず、激しい火花が散る。

 

「カハッ、……レベル10の体じゃ、気圧だけでもキツいぜ」

 

 俺は肺に刺さるような冷たい空気を吸い込み、立ち上がった。

 周囲を見渡せば、錆びついたクレーンの腕や、魔力が枯渇して機能を止めた巨大な動力炉が、墓標のようにそそり立っている。

 

 だが、俺の職人気質が、静かに、そして激しく反応を始めた。

 

「……あちこちで、宝の匂いがしてやがる」

 

 足元に転がっているひしゃげたネジ一本ですら、下層域では数百万ゴールドするであろう古代超合金の輝きを放っている。

 

 普通のプレイヤーなら強力なモンスターに怯える場面だろうが、魔道具師の俺にとっては、ここは世界最大のゴミ捨て場パラダイスだ。

 

 その時。

 

 ギギィ……ギィィィ……。

 

 背後のスクラップの山が動き、二足歩行の小型機械が這い出してきた。

 目が赤い光を放ち、俺をロックオンする。

 

【古代警備ゴーレム:偵察型】

 レベル:???(分析不可)

 

「……挨拶抜きかよ。悪いが、こっちは命がけで『仕入れ』に来てんだ。邪魔するなら――バラしてパーツにしてやるぜ」

 

 俺は腰のレンチを握り直し、不敵に笑った――

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