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最終コーナー。そこは、本来なら数千のプレイヤーが生き残りをかけて最後の大立ち回りを演じる、このレース最大のクライマックスだ。
だが、今のそこにあるのは絶望的なまでの静寂と、それを切り裂く異音だけだった。
「なっ、何だあいつ……っ!?」
目前を飛ぶのは、トップ12名を形成する超一流ギルドのエースたちの飛行艇。最新の課金装備やイベント報酬だろう。緻密な計算に基づいた最短ルートを走っている。
対して、俺が突っ込んだのはその真横。
誰もが回避し、吸い込まれれば機体がバラバラになると恐れられる、コース最大の『メイン・ヴォルテックス(大渦)』のど真ん中だ。
「……計算通りだ」
視界には『構造解析』が弾き出した、荒れ狂う風のベクトルが青い激流となって映っている。
普通のプレイヤーならバラバラに引き裂かれるこの乱気流も、俺のガラクタにとっては「ご馳走」でしかない。
――ギギギィィィィィィン!!
限界を超えた吸気音が、もはや悲鳴に近い高音へと変わる。
数百のスライムの核が過負荷で真っ赤に発光し、魔導ランタンが「耐久値限界」を知らせる警告音を鳴らし続ける。
【警告:耐久値が5%を下回りました。魔導回路が崩壊します】
「壊れるなら――全部吸い尽くしてからにしろ!」
俺はレバーを、さらにその先の「過給」へと叩き込んだ。
ドォォォォォオオォォォン!!
衝撃波が最終コーナーの空気を爆ぜさせた。
先行していた12人が、まるで止まっているかのように見える。
彼らの横をすり抜ける瞬間、一人ひとりの驚愕に染まった顔が、スローモーションのように脳裏に焼き付く。
「なんだと……!?」
「バカな、あんな速度……」
10位……5位……3位……!
「あ、あああぁぁぁっ!! 見てください! 何か、何かが来ます! 凄まじい速度で最後尾からやってくる『鉄クズ』が、トップ集団を紙切れのように抜き去っていく!!」
実況のタマゴの叫びが聞こえる。
だが、ゴールの光が目前に迫ったその瞬間、不吉な金属音が響いた。
パキィィィィィン!!
接合部が弾け、右側の排気パイプが虚空へと舞った。
推進力のバランスが崩れ、機体が激しく回転を始める。
地面……いや、雲の下へと真っ逆さまに落ちる重力。
「……まだだ、まだ繋がって……!」
俺は空中で、無理やり左手を伸ばした。
≪異物接合――成功≫
魔力が底を突き、脳を焼くような痛みが走るが、俺は剥き出しの回路を自分の腕と強引に繋ぎ合わせた。
「動けぇぇぇぇ!!」
俺の魔力を直接燃料に変え、最後の一噴射。
その瞬間、俺の体そのものが「風の矢」となった。
回転する視界の中で、真っ白なゴールラインが横一文字に走る。
「……っ!!」
光の中に、俺の体と、バラバラに砕け散る『嵐を喰らう者』が同時に飛び込んだ。
*
一瞬の静寂。
スカイポート全体を揺るがすような、地響きに近い大歓声が巻き起こったのは、その数秒後のことだった。
「ゴ、ゴォォォォォォォォル!! ゆ、優勝は、なんと……! 公式が『失敗作』とまで呼んだ不遇職、魔道具師のクンペイだぁぁぁぁぁ!!」
モニターには、ゴールを通り過ぎてから機体が完全に空中分解し、パラシュート一枚でゆらゆらと落ちていく俺の姿が映し出されていた。
パラシュートに揺られながら、俺はバラバラになって空に溶けていく『嵐を喰らう者』の破片を眺めていた。
三日間の不眠不休。
指先の感覚がなくなるまで続けた調整。
その全てが、今、最高の形で空に散った。
地上へ降り立った瞬間、俺を取り囲んだのは耳を聾するほどの喝采と、それ以上の混乱だった。
「おい、マジかよ……あんな戦い方、ありかよ……」
「魔道具師って本当に不遇職なのか……?」
「いや、あいつがイカれてるだけだろ!」
遠巻きに見ているプレイヤーたちの視線が、嘲笑から「畏怖」へと変わっているのが痛いほどわかる。
そこへ、先ほどトップ集団で競り合っていた例の大剣使いのパーティが、苦虫を噛み潰したような顔で近づいてきた。
「……おい」
ガタイの良い男性が声をかけてくる。
俺は身構えたが、彼は俺の肩に手を置くと、力なく首を振った。
「完敗だ。……あの渦に突っ込む度胸も、あの鉄屑を乗りこなす技術も、俺たちにはなかった」
そう言い残して、彼らは雑踏へと消えていった。
○○○ SVO攻略掲示板 ○○○
1052 名無しのスカイランナー
え、クンペイ!? 最後尾からトップ集団抜いたとか……マジで見たやついる?
1053 名無しのスカイランナー
公式が失敗作呼ばわりしてた魔道具師ってあいつかwww 鉄クズなのにぶっ飛びすぎw
1054 名無しのスカイランナー
しかも最後、空中で機体バラバラになったのに優勝って……何のチートだよ……
1055 名無しのスカイランナー
正直、あの渦に突っ込む勇気も技術も真似できない。畏怖しかない
1056 名無しのスカイランナー
実況タマゴも絶叫してたけど、文字通り視聴者全員の目が点になってたな
1057 名無しのスカイランナー
大剣使いパーティも負け認めて撤退。完全に伝説級の勝利だろ
1058 名無しのスカイランナー
次回イベント、魔道具師は絶対マジで警戒されるわ。あいつ一人でルールぶっ壊したwwww
1059 名無しのスカイランナー
いや、むしろ鉄クズが勝てるなら、俺らの課金装備全部ゴミじゃん……
1060 名無しのスカイランナー
嵐を喰らう者……あの魔導ランタンがここまで化けるとは思わなかった。ガチで運営も想定外だったろ
○○○
パラシュートを切り離し、地面に足を着いた瞬間、俺の膝がガクリと折れた。
精神的そして、肉体的な疲労が一度に押し寄せてくる。
静まり返っていた会場が、次の瞬間、噴火したような大歓声に包まれた。
「うおおおおお!! クンペイ! クンペイ!!」
「魔道具師! 魔道具師の王だ!!」
何千人というプレイヤーの叫びが空を震わせる。
上空の巨大モニターには、俺のスタッツと、そして『優勝者:クンペイ』の文字がこれでもかと大きく躍っていた。
そんな中、実況の「ゆでタマゴ」が、浮遊するカメラを連れて俺の目の前に滑り込んできた。
「やってくれました! 誰が予想したでしょうか! ゴミと鉄クズの不遇職が、空の美学を全て力業でねじ伏せました! 優勝者、クンペイ選手! 今、世界中の視聴者に伝えたいことはありますか!?」
突きつけられた魔法のマイク。
俺は荒い息を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、敗北に打ちひしがれるトップランカーたち。
そして、この職業を「失敗作」として見捨てた、全てのプレイヤーがいる。
俺は、自分の煤けた手のひらを見つめ、不敵に笑って言い放った。
「――このゲームに、ゴミなんて一つもねぇよ」
一瞬の沈黙。
直後、その言葉は掲示板と会場を、今日一番の熱狂で叩き割った。
○○○ SVO攻略掲示板 ○○○
1080 名無しのスカイランナー
「このゲームにゴミなんて一つもねぇ」……!!
かっこよすぎんだろクンペイ!!
1081 名無しのスカイランナー
あかん、全人類が泣いた。
1082 名無しのスカイランナー
【速報】運営、クンペイの一言を受けて魔道具師の上方修正を緊急検討加速www
1083 名無しのスカイランナー
ゴミを宝に変えるのが魔道具師……。
あいつ、マジで「職」を体現してやがった。
○○○
喧騒を離れ、薄暗い路地裏に入ったところで、俺は一人メニューウィンドウを呼び出した。
青白い光が、ゴミ溜めの隅を静かに照らす。
そこには、死戦を越えて更新された、俺だけの真実が並んでいた。
○○○
【プレイヤー・ステータス】
【名 前】 クンペイ
【職 業】 魔道具師
【レベル】 10
【体 力】 120
【魔 力】 160(+30)
【筋 力】 12
【耐 久】 12
【敏 捷】 18
【知 力】 45(+20)
【器 用】 85(+50)
【スキル】構造解析
魔導回路
異物接合
孤独職人【パッシブ】
最速飛行【パッシブ / 公式大会優勝特典(永久)】
○○○
周囲のトップランカーたちはレベル30や40を超えているだろう。
だが、極振りに近いこの「器用」の数値と、新たに追加された公式パッシブスキル。これがあれば、レベル差というシステム上の壁すら、さっきの風圧と同じように「喰らって」いける。
ステータス画面を閉じると、網膜に焼き付いていた青い光がゆっくりと消えていった。
まだレベルは低い。
ランタンは半壊。その他の装備は全壊した。
だけど、この手には確かな経験値が残っている。
「……さて、一から作り直しだ」
すると、突如として、全プレイヤーの視界に真っ赤なシステム警告が奔った。
「ワールド・アナウンス。イベント『ヴォルテックス・ダッシュ』において想定外の最高速度が記録されたため、侵略可能と判断――世界進捗を強制加速させます」
その無機質な声とともに、世界の地図が書き換えられていく。
「――封印されし第14の島、廃都ヘパイストスを解放しました」
会場が、そして世界が静まり返った。
まだ、攻略班ですら第12の島までしか到達していない現時点において、第14の島は本来、ゲーム内で数ヶ月先に解放されるはずの「神域」だ。
古代の失われた技術が眠り、強力な自律兵器が徘徊する空の墓場。
レベル10の俺が足を踏み入れれば、空気圧だけで死ぬかもしれない絶望的な高難易度エリアだ。
だが、俺の心臓は、手の中にある「空帝の心臓」と同じリズムで激しく脈動していた。
「……ヘパイストス。いい場所じゃねぇか」
俺は湧き上がる観衆に背を向け、一人、油の匂いが染み付いたジャンク屋へと向かった。
魔道具師として最速を証明した次は、誰も見たことのない「失われたゴミ」を拾いに行く番だ。
俺の戦いは、今、始まる――




