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俺はゲーム内で三日間、文字通りジャンク屋の作業台と一体化した。
かつての魔導ランタンの面影はない。
ひしゃげた排気パイプが牙のように突き出し、その中心部には圧縮された数百個のスライムの核が、青白い心臓のように脈動している。
○○○
【名前なし】
・種別:特殊外装魔道具
・効果:前方からの風圧を「魔力」および「推進力」へ変換する。
・備考:物理演算の限界を超えた接合により、耐久値は極めて低い。
○○○
名前までつけれるのか。
『嵐を喰らう者』
三日間、不眠不休で魔力を注ぎ込み、システムの成功率という壁を執念で叩き割った末の結晶だ。
俺が工房に籠もっている間、公式掲示板は文字通りお祭り騒ぎだった。
○○○ SVO攻略掲示板 ○○○
【イベント前夜祭】ヴォルテックス・ダッシュ直前スレ
812 名無しのスカイランナー
明日(現実内)、ついにイベントだな!
賞品の「高性能エンジン」マジで欲しい。これがあれば中層域のボス戦が楽になる。
813 名無しのスカイランナー
そうやな、もう戦略とか立てるのか?
うちはトップランカーの『飛燕』をエースにして、残りのメンバーで後続を魔法で足止めする予定。
814 名無しのスカイランナー
妨害ありってのが最高にSVOだよなw
ぶっちゃけ、どれだけ良い翼を持ってても、魔術師の『ウィンド・カッター』で翼を裂かれたら一貫の終わりだし。
○○○
*イベント当日・特設会場*
スカイポートの上空に浮かぶ巨大なリング状の浮遊島。
そこには、正式サービス開始後の熱狂を象徴するかのような、数千人のプレイヤーが集結していた。
色とりどりの翼、最新鋭の小型飛空艇、そして派手な演出のスキル。
空はすでに、祭りの喧騒に包まれている。
「さぁ、やってまいりました! 第3回公式イベント『ヴォルテックス・ダッシュ』です!
およそ5万人の人が一カ所に集まっています!」
上空の巨大モニターに、あの「ゆでタマゴ」のマスコットが映し出された。
「妨害あり、逃げ切るのもあり! 勝てば官軍、負ければ塵! さぁ、果たして、誰が優勝するのでしょうか!?」
実況の声に、プレイヤーたちが一斉に咆哮を上げる。
そんな熱狂の渦中、俺は最後尾のスタートラインに、その「異形」と共に降り立った。
「……おい、見ろよあれ」
「なんだ……? 鉄クズの塊か?」
周囲の視線が、一気に俺へと集まる。
かつて俺を笑った大剣使いのパーティも、最前列でこちらを振り返り、目を見開いていた。
俺の飛空挺は洗練された空の美学とは無縁の、嵐を喰らう者に鉄と初期装備のハンドグライダーをくっつけただけ。
掲示板で「絶滅した」と嘲笑されていた職業の成れの果てに、誰もが絶句している。
俺は答えず、ただ静かに嵐を喰らう者のバルブを回した。
ゴォォォ……という、周囲の空気を削り取るような不気味な吸気音が響き渡る。
「レース開始まで……5、4、3、2、1……」
カウントダウンが、静寂を切り裂く。
「――スタートォォォ!!」
爆音と共に、数千の翼が空へ解き放たれた。
一斉に飛び出した数万のプレイヤーたちが、さまざまな軌跡を描いて空を埋め尽くす。
「先頭集団を走るのは、最新鋭の翼を装備したトップギルドの精鋭たちだ!
彼らは互いに魔法を牽制し合いながら、島と島を繋ぐ上昇気流へと次々に飛び込んでいます!」
「行くぜ! 全員ぶっちぎってやる!」
「甘いな! 『ウィンド・バリア』展開、そのまま突っ切るぞ!」
華やかなスキルと咆哮が響く中、俺は最後尾でゆっくりと浮上した。
俺が狙っているのは、誰もが奪い合っている「安定した気流」ではない。
レースコースの脇、島々の影に隠れた場所に、他プレイヤーが「気流の乱れ」として忌避する、凶悪な逆流の渦が見えた。
「そこだ」
俺は機首を、その荒れ狂う「死の風」へと向けた。
「おい、あいつバカか!? あの渦に突っ込んだら一瞬で墜落だぞ!」
「魔道具師だろ? 自暴自棄になったかw」
周囲の嘲笑を背に、俺はレバーを最大まで引き絞った。
ギギギ、ギギギギィィィィィィン!!
骨組みが悲鳴を上げ、数百のスライム核が青白く光る。
だが、俺は止まらない。
「――変換、開始」
ドォォォォォォォォン!!
次の瞬間、俺の視界から景色が消えた。
いや、あまりの加速に景色が「線」となって背後へ流れていったのだ。
「なっ……何だ、今の影は!?」
「速すぎる! 飛空艇か!? いや、あんな小型の――」
先行していた中堅集団が、何が起きたのか理解する間もなく、俺の引き起こしたソニックブームに煽られて錐揉み状態に陥る。
「……耐えろよ、相棒。お前はただの鉄屑じゃない。俺の執念そのものだ」
熱で歪み始めた風防越しに、先行する集団の背中が見える。
一人、また一人と、俺が引き起こす真空の尾を引いて脱落していく。
(23455位→18753位→13685位)
順位表示が、壊れたカウンターのように猛烈な勢いで回っていた。
「風を読めば、どこへでも行ける……」
掲示板の言葉が、今なら真実として理解できる。
他プレイヤーにとっての「障害」である風圧が、今の俺にとっては「ガソリン」でしかない。
風が荒れれば荒れるほど、嵐を喰らう者は魔力を生成し、機体を限界を超えた速度へと押し上げていく。
前方に、チェックポイントの第一浮遊島を通過しようとしているトップ集団が見えた。
あの、かつて俺を笑った大剣使いのパーティだ。
彼らは魔法で後続を落とし、余裕の表情で気流に乗っていた。
「よっしゃ、このまま逃げ切れば安牌――」
「悪いな、そこ、道を開けてもらうぜ」
「……えっ?」
彼らが横を向いた瞬間には、俺はすでにその数百メートル先にいた。
ただの通過点として、彼らが放った牽制の魔法ごと、空気の壁をぶち抜いていく。
「な、なんだ今の!? 」
「嘘だろ!? なんであの鉄屑が、俺たちの翼より速いんだよ!!」
驚愕の叫びが遠ざかっていく。
だが、俺の『嵐を喰らう者』も無傷ではない。
(13685位→5312位)
視界の端で、耐久値のバーが警告音とともに赤く明滅している。
『嵐を喰らう者』の接合部からは、摩擦熱で赤熱したボルトが弾け飛び、焦げ付いた魔力回路から火花が散るたびに、骨組みが今にも砕けそうに激しく揺れる。
「っ……が……あ……っ!」
VRゴーグル越しに伝わる凄まじいG(重力加速度)が、俺の精神を削り取っていく。
画面酔いと、プレイヤー自身のスタミナを強引に焼き尽くしている。
視界が真っ赤に染まり、奥歯がガタガタと鳴る。
前方の最終ストレート。
そこでは、トップを独走するギルド『飛燕』のエースたちが、完璧な陣形で後続を完封していた。
「後方、謎の高速物体接近! 迎撃しろ!」
「逃がすかよ! 『大旋風』展開!」
彼らが放った大規模な妨害魔術が、ゴール前の空域を巨大な「風の壁」へと変える。後続のプレイヤーたちがその乱気流に捕まり、次々と墜落していく。
「ふっ……」
加速の負荷で意識が飛びそうになりながら、さらにレバーを押し込む。
「……バカめ。今の俺に『風の壁』なんて、ただの給油ポイントだ!」
ガギィィィィィィィン!!
『嵐を喰らう者』の牙が、正面から大旋風を「喰らった」。
変換効率が限界突破を起こし、数百のスライム核が青を通り越して真っ白に発光する。
ドンッ! と鼓膜を叩く衝撃波とともに、俺は「音の壁」を突き抜けた。
「なっ……!? 魔法を食い破って加速しただと!?」
「ありえない! なんだあの速度は――ッ!?」
驚愕に染まった『飛燕』の横を、俺は一筋の青い雷光となって通り過ぎる。
その瞬間、風圧だけで彼らの最新鋭の翼をボロ雑巾のようにへし折った。
(5312位→13位)
トップはまだ見えない。
俺は最終コーナーに差し掛かった――




