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レベル上げを始めてから、俺の孤独な戦いが始まった。
この世界『SVO』には、現実の3倍の時間が流れている。現実の一時間がゲーム内では三時間。この時間加速が、俺の「逆張り」を狂気へと変えた。
夏休み+改修工事で、三ヶ月間。
高校生の俺に与えられた唯一の武器は、有り余る時間だった。
飯と睡眠以外、文字通り不眠不休。
他プレイヤーがはるか高みの浮遊島へと旅立ち、街から「二日遅れのルーキー」がいなくなっても、俺は始まりの地の郊外でレンチを振り続けた。
現実で一週間、二週間……。
ゲーム内ではすでに一ヶ月以上が経過していた。
一匹のスライムに五分かけ、微々たる経験値を啜る。その単調な作業を、俺は三ヶ月分繰り返したことになる。
その間、世界は二つの大規模イベントを消化し、攻略の主流はすでに中層域へと移っていた。
掲示板では、いまだにレベル一桁でスライムを叩き続ける俺の姿が「西門のレンチ男」「生きた化石」として、もはや娯楽コンテンツのように晒され続けていた。
だが、ゲーム内で三ヶ月が経ち、2つのイベントが終わった頃だった。
ベチャッ、という耳鳴りがするほど聞き慣れた音。
通算、数万匹目となるスライムが霧散した瞬間、俺の網膜に黄金の粒子が舞い踊る。
≪レベルが10に到達しました。職業スキルが解放されます≫
「……やっと、きたか」
誰もが「不可能」と断じた魔道具師のレベリング。
執念だけでこじ開けたレベル10の扉。
だが、俺がその達成感に浸る間もなく、視界を真っ赤なシステムウィンドウが覆い尽くした。
【緊急システムアップデートのお知らせ】
それは、街が夕刻の淡い光に包まれた瞬間のことだった。
視界の中央に、真っ赤なシステムウィンドウが強制表示される。
「……あ?」
全プレイヤーが動きを止めた。
正規サービス開始して、異例中の異例となる緊急メンテの告知。
掲示板での凄まじい反感――「この職業を選んだだけで詰む」「マルチに来るな」「運営の調整ミスだろ」という罵詈雑言の嵐に、運営がついに屈したのだ。
○○○
【重要:職業バランスの抜本的見直し】
本日をもちまして魔道具師を無期限で停止します。
あまりに低い性能と、プレイスタイルの難解さにより、プレイヤーの皆様に多大な不利益を与えたことをお詫び申し上げます。
これに伴い、以下の措置を実施します。
• 今後、新規プレイヤーによる「魔道具師」の選択は不可能です。
• 現在「魔道具師」の方は、特別措置として一度のみ、無条件で他職業への変更を受け付けます。
※その際、レベルは引き継がれます。
・万が一そのまま継続を希望される場合、本職に関する今後のアップデート、スキル調整、専用クエスト等のサポートは一切保証されません
○○○
*メンテ明け後・掲示板*
○○○ SVO攻略掲示板○○○
【悲報】運営、魔道具師を公式に「失敗作」と認め、無期限「削除」へwww
1 名無しのスカイランナー
メンテ明け、クソワロタwwwwwwwwww
公式が「魔道具師はゴミです」って言っちゃったよ。
そもそも、NPCに魔道具師がいるんだから、無くして正解だよな。
2 名無しのスカイランナー
そうそう、なんでNPCがいるのに職業としてあるんやって話だな。このまま、武器師もなくしていいのでは?
3 名無しのスカイランナー
てか、新規選択不可とサポートなしって、事実上の削除じゃん。
まぁ、あのスライム相手にレンチで5分かかる動画見たら、納得だわ。
4 名無しのスカイランナー
職業変更の権利、神対応すぎる。
さっき広場で、魔道具師だった奴らが一斉に「光の戦士」になってて草生えた。
5 名無しのスカイランナー
>>3
そりゃそうだろ。あんな苦行、誰が好き好んで続けるんだよ。
一人残らず、速攻で剣士か魔術師に乗り換えてるはず。
6 名無しのスカイランナー
【速報】全プレイヤーのアクティブ職業分布、更新。
剣士:35%
魔術師:28%
……
魔道具師:0.0000...%
7 名無しのスカイランナー
>>5
ゼロじゃねーかwwwwwwwwww
絶滅完了おめでとうございます。
○○○
*メンテ明け後・クンペイ*
俺の目の前に浮かぶ【職業変更を希望しますか?】というウィンドウ。
「――『いいえ』だ」
選択を確定した瞬間、システムからこれまでにない冷徹な警告が流れる。
≪警告:『魔道具師』を選択し続けるプレイヤーは、今後一切の職業別アップデート、スキル調整の対象外となります。また、専用クエストの発生も保証されません。本当に、このまま継続しますか?≫
「ああ、望むところだ」
再度の『了解』。
その瞬間。
≪全サーバーにおけるプレイヤー職業『魔道具師』の生存を確認……完了。現在、該当者はクンペイ1名のみです。≫
≪固有パッシブスキル【孤独職人】が自動発現しました≫
「固有スキル!?」
おれは思わずステータスを見た。
○○○
【プレイヤー・ステータス】
【名 前】 クンペイ
【職 業】 魔道具師
【レベル】 10
【体 力】 120
【魔 力】 160(+30)
【筋 力】 12
【耐 久】 12
【敏 捷】 18
【知 力】 45(+20)
【器 用】 85(+50)
【スキル】
・孤独職人:同職不在によるステータス超補正(器用・知力にボーナスを付与)
○○○
孤独職人。
なぜ、運営がこんなスキルを用意していたのかは分からない。
だが、今の俺にはこれが、折れずにしがみついた者への「挑戦状」のように感じられた。
ステータス画面に刻まれた、漆黒の輝きを放つスキル名。
運営が匙を投げたこの職業が、世界でたった一人になった瞬間に牙を剥き始めたのだ。
「調整対象外……サポート保証なし、か」
それはつまり、このゲームを縛る『バランス』という鎖から、俺だけが解き放たれたことを意味している。
俺は腰のレンチを強く握り直した。
掲示板の嘲笑も、運営の謝罪も、もはや遠い雑音でしかない。
俺は人混みに背を向け、まだ誰も見たことのない『空』を掴むため、静かに歩き出した。




