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 広場には、サービス開始二日目の熱気に当てられた新規プレイヤーたちが、これでもかと溢れかえっていた。


 活気に満ちた街を歩き出すと、嫌でも周囲の装備が目に入る。


 背中に巨大な鉄塊を背負った戦士、豪奢な装飾の杖を携えた魔術師、真っ新な革鎧に身を包んだ狩人。


 誰もがいかにも「これから戦記の主役になる」と言わんばかりの、強者としての佇まいを纏っていた。


 そんな中、腰に重たいレンチをぶら下げ、場違いなランタンを提げた俺の姿は、どうしたって異質に浮いてしまう。


「おいおい、マジかよ。見ろよ、あれ」


 不意に、進行方向から下卑た笑い声が飛んできた。


 行く手を塞ぐように立っていたのは、装備の質からして先行組だろうか、三人連れのパーティだった。


 中心に立つ大剣使いの男が、俺の腰元を指差して顔を歪ませる。


「お前、あれか? 掲示板でも話題の『魔道具師』を選んじまったのか?」


「ああ、そうだが……?」


 俺の短い返答に、男の隣にいた魔術師風の女が肩を揺らして吹き出した。


「うわ、本当だ。マジでいるんだ、絶滅危惧種。センスねぇなー。それ、一番の『詰みジョブ』だって有名だよ?」

「そうそう、悪いこと言わねえからさ、傷が浅いうちにアカウント作り直してキャラデリした方がいいぜ。時間の無駄だって、マジで」


 男たちは顔を見合わせ、さも愉快そうにゲラゲラと笑っている。


 彼らにとって、効率の悪い選択をする人間は、ただの憐れみの対象でしかないらしい。


 だが、言いたいだけ言わせておけばいい。俺は口角をわずかに上げ、丁寧すぎるほどの実直な態度で頭を下げた。


「ご助言、ありがとうございます。参考にさせていただきますね」


 あまりに素直な反応に、男たちは拍子抜けしたように言葉を詰まらせた。俺はそのまま、彼らの脇を音もなくすり抜ける。


「では、またの機会があればお会いしましょう」


 背後で「なんだあいつ、気味が悪いな」と吐き捨てる声が聞こえたが、もうどうでもいい。俺はそのまま、人混みの向こうへと身を潜めた。


 まずは、ステータスを確認するか。


○○○


【プレイヤー・ステータス】

【名 前】 クンペイ

【職 業】 魔道具師

【レベル】 1

【体 力】 80

【魔 力】 120(+10)

【筋 力】 8

【耐 久】 7

【敏 捷】 10

【知 力】 15(+5)

【器 用】 22(+8)

【スキル】 なし


○○○


「スキル……なしか……」


 改めて突きつけられた、無一文ならぬ「無能」状態。


 普通のゲームなら、初期スキルとして何かしら「叩く」なり「撃つ」なりのコマンドがあるものだが、この魔道具師という職業は徹底してシステムから冷遇されているらしい。


 広場の隅では、剣を振って「スキル習得!」と無邪気に喜んでいる戦士や、的に火球を当てている魔術師がいた。


 彼らはシステムに導かれ、着実に強さの階段を登り始めている。


「レベルを上げればもらえる、か。……いや、そのレベル上げ自体が問題なんだよな」


 掲示板には膨大な攻略情報が載っている。それに則れば、誰でもある程度までは効率よく強くなれるだろう。

 こればかりは「逆張り」の範疇ではない。単なる合理的な選択だ。


 だが、そもそもこの職業を選ぶ酔狂な人間がいないせいで、攻略情報そのものが一行も存在しなかった。


 掲示板を覗いても、目に飛び込んでくるのは罵倒や憐れみだけだ。


「……手探りでやるしかない、か」


 俺は西門を抜け、始まりの街『スカイ・ポート』の郊外へと出た。


 門の先に広がるのは、大小さまざまな岩が浮かぶ緩やかな下り坂の広野。


 そこにいたのは、このゲームの最弱モンスター。


 淡い水色をした、透き通るような球体――『スカイ・スライム』だ。


 周囲では、戦士たちが大剣を一振りしてスライムを両断し、魔術師たちが火の粉を飛ばして瞬殺を繰り返している。


 一秒、二秒。彼らが一歩歩くごとに、スライムは経験値という名の光に変わっていく。


 俺は腰のレンチを右手に持ち替えた。ずっしりとした金属の重みが掌に伝わる。


 だが、これは獲物を狩るための「武器」ではなく、あくまで何かを調整するための「工具」だ。

 リーチも短ければ、刃が付いているわけでもない。


 スライムはポヨポヨと頼りなく跳ねながら、こちらをぼんやりと見上げている。


「……ふんっ!」


 俺はレンチを振り下ろした。


 ベチャッ、という鈍い音が響く。


 スライムの表面が少し凹んだが、ゴムのような弾力によってレンチは虚しく跳ね返された。


 表示されたダメージは――『1』。


「……マジかよ」


 あまりの低火力に、自分でも笑いそうになる。スライムのHPバーは微動だにしていない。対して、こちらの攻撃に怒ったのか、スライムが体当たりを仕掛けてきた。


 ドンッ。


「うおっ」


 衝撃は弱いが、ステータスの『耐久:7』のせいか、地味に身体が揺れる。


 一発殴って、一ダメージ。


 相手の単調な体当たりを避け、また一発。


 コツ、コツ、コツ……。


 もはや戦闘というより、石ころを叩いて整形しているかのような地味な作業だ。


 通りがかったプレイヤーたちが、レンチを必死に振り回す俺を見て「え、何あれ……」「魔道具師がスライムと格闘してるんだけど……」とヒソヒソ声を漏らして通り過ぎる。


 屈辱? いや、そんなものを感じる余裕すらない。俺は、この「効率の悪さ」を、一撃ごとに噛み締めていた。

 

 五分後。ようやく、一匹のスライムが霧散した。


≪経験値を獲得しました≫


 微々たる経験値のバーが、数ミリだけ動く。


「ハァ、ハァ……。これ、レベル2に上げるだけで何時間かかるんだ?」


 だが、俺はレンチを握り直した。たった一ダメージ。


その感触を繰り返すうちに、少なくとも俺は、スライムにだけは詳しい『初心者』になっていたかもしれない。


 現実世界で1日、ゲーム内で3日が経ち、俺は少しだけ仮眠を取ることにした。






○○○ SVO攻略掲示板 ○○○



12 名無しのスカイランナー

 おい、例の「西門のレンチ男」まだスライム叩いてるぞ。数時間前ログアウトしたけど、まだいるぞ。

 ゲーム内だと1日か?


13 名無しのスカイランナー

 あー、クンペイだろ? 俺も見た。

 一発殴るごとに1ミリくらいしかHPバー減ってなくて、もはや哲学的な何かを感じたわ。

 

14 名無しのスカイランナー

 魔道具師ってだけで「縛りプレイ」確定なのに、あいつ初期装備のままなんだよな。

 せめて街の露店で安い剣でも買えばいいのに。

 効率度外視にも程があるだろ。


15 名無しのスカイランナー

 >>14

 魔道具師は筋力終わってるから、鉄の剣なんて持ったら重さで歩けなくなるんだよw

 あいつには一生、その錆びたレンチがお似合いってこと。

 まさに「生きた化石」だわ。


16 名無しのスカイランナー

 マジで誰か教えてやれよ。

 「このゲーム、空を飛ぶのがメインだよ」って。

 地面でスライムと格闘してるあいつだけ、別のゲームやってるみたいで可哀想になってくる。



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