13
部屋の隅、作業台の下に隠されるようにして、マップに記された「赤い点」はあった。
「……ポポ!」
俺は必死に駆け寄った。そこには、あの忌々しい黒い魔導ワイヤーでぐるぐる巻きにされ、機能を停止したかのように沈黙しているポポが転がっていた。外装の一部が欠け、内部の回路が剥き出しになっている。イヴの野郎、あいつをここまで……!
「今、助けてやる……!」
俺は手に持ったレンチをワイヤーの隙間にねじ込み、強引にこじ開けようとした。
だが、ワイヤーは生き物のようにレンチに絡みつき、ギリギリと嫌な音を立てて抵抗する。
「……クン……ペイ……?」
微かな起動音と共に、ポポのカメラレンズが弱々しく光った。
「ポポ! 生きてるな!?」
「ダメ……ナノ。……コレ、ただの拘束ジャナイ……。ワイヤーがポポの魔力を吸い取って……この部屋の『警報装置』に直結シテル……。無理に解くと……」
「……警報が鳴って、イヴが来るってか」
俺は周囲を見渡した。幸い、イヴ本人はまだここにはいない。
「おい、ポポ。魔力カートリッジの余りを持っていないか?」
「コレ……10個シカ、ナイ……」
「10個だと? いや、十分だぞポポ! よし、今外してやるからな!」
覚悟を決め、俺は力任せにワイヤーを断ち切った。
その瞬間、部屋中に鼓膜を突き刺すような警報音が鳴り響く。
「おい、逃げるぞ!」
叫びながら駆け出そうとするが、ポポは地面に転がったままだ。
「ウゴカナイ……」
「なんだと!?」
損傷が激しすぎて、動けないようだった。
「クンペイ……ポポハ、イイカラ……オイテケ……」
「馬鹿野郎、待ってろ。今直してやる!」
周りに落ちているガラクタをポポにくっつけようとする。
≪異物接合――失敗≫
焦りから魔力が弾かれる。
≪異物接合――失敗≫
火花が散り、システムが拒絶反応を示す。
「繋がれ……繋がれよッ!」
祈るように叫びながら、無理やり回路をねじ伏せた。
≪異物接合――成功≫
「――ッ、よし! 繋がった!」
三度目の正直。激しい火花が散り、焦げた匂いが鼻を突いたが、確かに確かな手応えがあった。ポポの瞳に、再び強い光が灯る。
その瞬間――
カチッ――と音が鳴り、部屋全体に光が届いた。
「……ふっ。やはりきたか」
警報が鳴り響く中、入り口にゆっくりと姿を現したのは、間違えるはずもない。
髪を微かに揺らした少年――イヴだ。
「……驚いたな。そのボロボロのステータスで、しかもゴミ同然のパーツを組み合わせて、本当にその個体を再起動させるとは」
イヴは表情を変えず、ただ冷徹に、俺とポポの姿をその瞳に焼き付けている。
彼の右腕からは、先ほどポポを縛り上げていたものよりもさらに太く、鋭い魔導ワイヤーが、獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげていた。
「計算を修正しよう。君はここで『排除』する。……ポポ、君はもう一度僕が初期化してあげるよ。そんな壊れかけのエンジニアに固執するのは、非効率だ」
イヴの手が、微かに動く。攻撃の予備動作だ。
「……効率、効率って、うるせぇよ」
俺は立ち上がり、ポポを自分の背後へ庇うように立たせた。
圧倒的な強さを前に頭の中が真っ白になった。
「クンペイ……ニゲル」
「いや、ポポ。手を貸してくれ。一つだけ勝つ方法を思いついた」
「ホント……?」
「ああ。お前を肆型にくっつける」
「……ポポを……?」
ポポの弱々しいレンズが、俺の腰で不気味に、不規則に脈動する「あのランタン」を捉えた。
かつてはただの照明だった。だが今は、宿屋でデスペナルティの震える手に抗いながら、現実世界の「釣り糸とゴム」のイメージを強引に流し込んだ、泥沼の回路の塊だ。
「無茶ダヨ、クンペイ……」
「いいや、完成だ。俺の計算できない失敗とお前の『意思』……それが揃って、ようやく完成なんだよ!」
俺はイヴの右腕がしなった瞬間、迷わずスキルを叩き込んだ。
≪異物接合≫!!
本来、ポポのような精密個体と、ランタンベースの粗悪品である肆型が組み合わさるはずがない。
だが、俺の魔力が強引に、かつてないほど激しい火花を散らして両者を繋ぐ。
「……愚かな。ゴミを積み上げたところで、計算上の『0』は『0』だ。……消えろ」
イヴの魔導ワイヤーが、音を置き去りにして射出される。
精密演算に基づいた、回避不能の死の軌道。
だが、それよりも早く、ポポを組み込んだ肆型が震えた。
「――っ!? 軌道が……逸れた……?」
イヴの瞳に初めて動揺が走る。
魔導回路で構築された迷路のようなバイパスが、イヴの「最短・最速」の計算を泥沼へと引きずり込んでいく。
「くっ……操作性がゴミだ。ポポ、俺の合図に合わせて攻撃しろ」
「ワカッタ……」
視界が激しく揺れ、体全身に猛烈なG(重力加速度)を感じながら機体を反転させる。
(画面酔いがひどい……)
胃のあたりがせり上がる不快感に耐え、血走った目でイヴを捉える。
「よし、ポポ。いまだ!」
イヴの瞳が大きく見開かれる。
彼の演算装置が導き出していた俺の移動軌道から、今の肆型の動きはあまりにもかけ離れていた。
だが、イヴの魔導ワイヤーが俺の頬を裂き、目の前が赤く点滅する。
「……あり得ない。その重心移動、構造的に破綻しているはずだ!」
「破綻してんだよ! 俺の設計も、このステータスもな!」
叫びながら、俺はポポを直結した肆型の制御レバーを無理やり叩き込む。
肆型の外装から「釣り糸」のように伸びた魔導ワイヤーの残骸が、ゴムのような弾力でしなり、イヴの逃げ場を塞ぐように網を張る。
≪構造解析――失敗≫
……
≪構造解析――失敗≫
「……くっ」
この島で初めてロボットと戦った時と同じだ。
警戒してる相手ほど、俺の解析は通らない。
――だからこそ。
≪構造解析――成功≫
青白いグリッド線がイヴの体を透過し、魔力が集中する急所を暴き出す。
「よしっ! そこだ、ポポ! イヴの右脇腹を潰せ!」
「効率だのなんだの……。俺たちは、その『無駄』の積み重ねでここまで来たんだよ!」
俺の言葉にイヴは余裕を見せた。
「まだ動きが甘いな。 壊れろ、ジャンク品――」
イヴは不吉に笑みを浮かべる。
「……クンペイ!! ウシロ」
後ろを振り向くと、イヴの腕が伸びていた。
「やべっ――」
「これでおしまいだね」
(やっぱり、俺には無理なのかもしれない)
「……」
目の前はスローモーションになっているが、よける余地はどこにもない。
時間がたつほどに腕が近づいてくる。
死を悟った。また俺は守れないのか?
そんなことが頭をよぎる。
それでも、俺は制御レバーを握る力を緩めなかった。
シュルルルル――
なぜか、浮遊感を感じた。だが、衝撃は感じられない。
「なぜだ。なんでその動きができる」
肆型の軌道の不規則性。
それが、まるで意識を持ったかのように攻撃をよけた。
「ポポ、まだだ。 イヴの右脇腹を狙え!」
「ラジャー! 『軟性接手』」
ポポの腕が、予測不能なスナップを効かせてしなりながら伸びる。
それは直線の最短距離ではない。まるで生き物のようにうねり、物理法則を無視した角度でイヴの懐へと潜り込んだ。
あまりにデタラメなその挙動に、イヴの完璧な演算はついに追いついていない。
「「いけぇぇぇえ!!!」」
「ありえない。 ありえない。 ありえない。 演算処理、再構築――」
イヴの瞳が赤く点滅し、限界を超えた演算火花が散る。
「演算……不能……!? この、ゴミ屑がぁぁぁ!!」
理屈を、法則を、そしてイヴの『正解』を。
泥塗れのジャンク・バインドが、正面から粉砕した。
ドォォンンン――!!
その音と共に、凄まじい衝撃波が部屋を揺らし、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。




