第4話『Fly Me to the Blue』
月の裏側に隠されていたウェラ・イーの研究所は静まり返っていた。ヨミョウがバングルを操作して、投影されたスクリーンを見つめる。
「酸素があるワ」
それだけ言って、彼女はまた腕輪を操作する。彼女の頭が揺らいだ。ヘルメット代わりのバリアを外したようだ。ガリバーも彼女に倣って解除する。身構えていたが、息苦しくない。どこの文明が生んだ建物なのかも分からないというのに、彼は自分の肺で呼吸することができた。
明かりの無い廊下に兎人と地球人の足音が響く。足から伝わるのは大理石のような堅い感触。一切の段差もない。光もほとんどないと言える程度の光量だ。壁と床の境に設置されたライトが足元を照らしているだけで、お互いの表情は見えなかった。
沈黙に耐えかねて口を開く前より先に、二人は廊下の端までたどり着いた。反射して返ってくる足音の響きが変わる。広い部屋に着いたらしい。部屋の入り口で立ち止まっていたヨミョウがもう一歩足を踏み出すと、天井でまばらに光っていた明かりが強さを増し、部屋の全景が照らされた。
ガリバーはゴクリと唾を飲み込んだ。コミックや映画で親しんだ近未来の光景も、自分が立ち会うことになれば興奮と同じぐらいの恐怖を覚えることを彼は知った。ウェラ・イーが残したという秘密研究所は、アカルメイナスを超えた技術によって生み出されたことが一目で分かった。
研究所にある研究室。そう呼ぶことを躊躇するほどに、ドームの中央に位置しているであろう空間は広く作られていた。ウェラ・イーが建てたコンサートホールと呼ぶ方が似合っている気もする。月の神様が奏でるのは音楽ではなく、機械の音だ。
廊下の床は二人の前に現れた研究室に続いている。太陽にも似た色の光でハッキリと視認できた床には、段差がないどころか継ぎ目すら見つからなかった。巧妙に隠されているのか、それとも一枚の床なのか。どちらでも不思議ではないと、ガリバーは屈んで床に触れながら思う。床は部屋の中央に近づくに連れて階段状に低くなっていた。同心円状に配置された各段には流線形のテーブルが壁に沿って設置され、その上に何種類もの機械が置かれている。部屋の中心部、一番低い段には丸い台座があった。何も置かれておらず、ただ平たいだけのテーブルのようにも見えたが、ウェラ・イーの食卓ではないはずだ。直径が十五メートルほどもある。台座の上には、同じほどの大きさをした天窓が取りつけられていた。窓の外には星が見える。天窓の淵から伸びるワイヤーには、台座の直上に浮くように、半透明の角ばったクリスタルが吊り下げられていた。
部屋の内部を見渡していたガリバーはふと、ヨミョウに目線を移した。研究所に入る前にひと悶着起こしてからというもの、彼女への怒りはまだ燻っていたが、目的地にたどり着いた今は何を思っているのかどうしても気になってしまう。全部持って帰ろうとか言い出すのではないか。
ガリバーの想像は外れていた。彼の目に映るヨミョウは、意外にも落ち着いているように見える。むしろ、変わらない表情に浮かぶ決意の色が濃くなったような気がした。赤い瞳がじっとウェラ・イーの研究室を見つめている。
ヨミョウがガリバーの視線に気が付いた。彼へ顔を向ける。
「ワタシも初めてヨ」
彼女は一番上の段にあるテーブルに近づいて機械を手に取った。くるくると回転させながら眺めてから元の場所に戻し、隣に置かれた別の機械に移る。
ヨミョウの背中からガリバーは声をかけた。
「神様の家でこんな泥棒みたいな真似していいのか?」
「ドロボウ? なにソレ」
手を止めたヨミョウが振り返った。彼女の片眉が上がっていることに気付いたガリバーの眉も上がる。とぼけているのかと思ったが、彼女は次の言葉を出さず、ガリバーが疑問に答えるのを待っているような素振りだった。どうやらヨミョウは本当に言葉の意味が分かっていないらしい。
「勝手に持ち出していいのかってことだ」
アア、とヨミョウが呟いた。視線を戻して答えだけガリバーへ送る。
「いいノヨ。道具は誰カに使われるために作られるモノでショ。月の裏側で眠らせたままにしないで、ワタシたちが使ってあげるノヨ。正しいコトでショ?」
道具を物色する手は止まらない。
「ソレに、誰にも使われたくなかったら、神サマもこんな場所に置きっぱなしにはしないワヨ」
「その神様が言った時を待たずに入ってるけどな」
ガリバーの言葉に耳だけ傾けながら、ヨミョウが隣の発明品の元へ足を動かす。彼女が置いていった機械をガリバーも手に取った。隣の説明文には『星間望遠鏡』と書かれている。
「入れるからネエ。考えてみてヨ。本当に神サマが望んだ条件を満たすまで入れないようにするなら、別の方法で扉を開かせると思わナイ? ワタシたちを生み出すほどの科学力を持った神サマよ? 二人でコンソールに手を合わせるだけで開く鍵なんて、そんな適当なモノ作らないワヨ。二つの文明が力を合わせないと解けないカギをかけるとかできるワヨ」
またヨミョウが振り返る。ガリバーへ手を伸ばし、発明品の一つを彼の手に載せた。
「コレだって、月の科学も及ばない技術ダワ」
声を上ずらせることも早口になることもなく、淡々と彼女は事実を口にするだけだった。軽くなった足取りで先に進むヨミョウの後ろで立ち止まり、彼女に手渡されたウェラ・イーの発明品の用途を自力で推測しようとする。だが、全く分からない。きっとここで操作するんだろうな、という程度のことしか予想できなかった。観念して説明文を見る。『言語同期機』と書いてあった。後頭部に設置して起動すれば、その惑星で使われている言語を頭に叩き込めるようだ。
良からぬ考えが頭に浮かび、ガリバーの眉間に皺が寄る。ヨミョウに苦言を呈したからには、興味だけで持って帰るわけにはいかない。
彼の苦悩に気付くこともなく、ヨミョウはテーブルの横を時々立ち止まりながら進み、距離が離れたガリバーに向かって声を上げる。
「ワタシたち二人が入れたんだから、ココにある道具は使っていいノヨ。というより、出られる道具を見つけないと、ココで残りの人生を過ごすコトになるワ」
ガリバーが唇を噛んだ。
「探せって話か」
「そういうコト」
悔しいが、彼女の言葉に従うしかなかった。タグレが設置したというバリアを越えてここに来たからには、もう一度バリアを越えないと帰れない。今度は飛び越えるのは無理だ。肩を落としてわざと大きなため息をついてから、ガリバーはヨミョウとは逆向きに歩いてウェラ・イーの発明品を探し始めた。
壁に取り付けられたテーブルの、波打つ縁をなぞりながらガリバーは歩く。一つ目の機械は球体。二つ目の機械は腕に取り付けて使いそうな形状。いくつもの発明品が並び、中には大人が数人いなければ運び出せないようなサイズの機械もあった。
どの発明品も、現在の地球では考えられない水準の機能を持っている。例えば、太陽系も含む惑星のデータが事細かにまとめられた星図。例えば、宇宙空間を満たすという物質――おそらくダークマター――からエネルギーを抽出する装置。離れた場所同士で通話できるという手乗りサイズのトランシーバーのようなものもあったが、ウェラ・イーの像の前で聞いたヨミョウの話が真実なら、ウェラ・イーが月に降り立った千年前には存在していたことになる。
どの機械にも英文の説明が表示されていた。ウェラ・イーが同じ言語を使っていたのかと困惑したものの、途中のテーブルに雑に置かれていた機械には未知の言語が彫られていた。ウェラ・イー自身が研究時に使っていたようだ。ということは、侵入者に合わせて表示言語を変えているらしい。
ウェラ・イーは何者なんだ?
何らかの意味を持った言語であることしか分からない記号に触れながら、ガリバーは研究所の主のことを考える。人類が宇宙人と呼ぶ存在であることは間違いないだろう。月にだけ文明を残した、翼が生えた月の神様。遠い星から来たはずだ。どうしてこの灰色の星に来て、うさぎたちを生み出したのか。何を思ってこの研究所を残したのか……。
思いついたのはどれも、過去に触れた空想作品に出てきた登場人物たちのセリフだ。ガリバーは笑った。未知でも馴染みはある。空想の中に飛び込んだようなものだ。なら今は、宇宙からの飛来者に出会った一般人らしく、彼らの意図を想像しながら行動するのが俺の役目だ。
ガリバーの足は研究所の中心にあるテーブルに向いていた。ヨミョウも彼も、最下段に一つだけ、持ち運ぶことを想定していない機械が置かれていることには気付いていた。ただ、二人とも調べるのは後回しにしていた。あの装置はこの研究所で使われるもので、ウェラ・イーが客のために残したものではないと確信している。
テーブルの横にガリバーが立った。視線を上げれば、クリスタルの向こうにある天窓から星が見える。ふと、故郷の星を探すウェラ・イーの姿が頭に浮かんだ。あの星のどれかから、神様はやって来たのだろうか。
ガリバーは装置に近づき、コンソールに触れた。鈍い起動音を発した後、数あるボタンの中のたった一つが光を放った。ガリバーは迷わず、ウェラ・イーが示したボタンを押した。
「私の研究室へようこそ。この映像が流れているということは、君たちはついに出会うことが出来たのだね」
研究室に聞いたことのない声が響き渡る。ガリバーの視線は装置の本体に向けられた。音の出所は装置ではない。周囲の壁全てから聞こえる。
振り向いた彼は思わず後ずさった。巨大なホログラムだ。アカルメイナスで見たどのホログラムよりも大きい。中央に設置されたテーブルの上に、翼の生えた長髪の人物が立っている。半透明で、色は青一色。クリスタルにも届きそうな位置に顔が映る。彼の名前は聞く必要もない。
「ヨミョウ? これは――」
振り返ったガリバーの言葉は最後まで続かなかった。彼をこの場所に連れてきた月のうさぎから目が離せなくなる。
あのヨミョウが、明確な驚きを顔に浮かべていた。
「私の名はウェラ・イー。アカルメイナスを生み出した、しがない科学者だ」
ホログラムが放つ言葉を聞きながら階段を駆け上がる。まだ最上段にいたヨミョウの隣に立ち、ガリバーを気にする様子もない彼女の視線を追ってドームの中央を見る。先ほど見上げていた顔は最上段と同じ高さにあった。青い光が投影する千年前の神の瞳が、彼ら二人を見つめている。
「知ってたか?」
ガリバーが問いかける。少し遅れてヨミョウが首を振った。
「知らナイ。こんな映像が残ってるナンテ」
最上段からはウェラ・イーの全身が見えた。アカルメイナスの研究センターで見た鉄像とほとんど同じ見た目だ。人間と同じ二組の手足。背中の翼。腰まで届く長髪に、男とも女とも見分けがつかない顔立ち。声も中性的な高さをしているが、どちらかと言えば男だという印象を覚える。
「まずは、ここまでたどり着いた君たちに称賛を。灰色の衛星に住む私の子供たちよ、アカルメイナスを守り続けてくれてありがとう。青い惑星の住民たちよ、私の子供たちの隣人としてこの研究室を訪れてくれてありがとう」
ガリバーはヨミョウに目をやる。赤い瞳と視線が交わった。
「私は遠い……はるか彼方の星で、生命の神秘について研究していた。宇宙の誕生から現在に至るまで、気が遠くなるほどの時間の中で起きた奇跡を、生命の光に満ちた青い惑星と共にあった君たちなら知っているだろう。私の故郷も、青い惑星と同じ奇跡が起きた星だ」
当然ではあるが、台座の上に映し出された科学者を名乗る男は、ガリバーたちの反応を伺う様子もなく彼自身の話を語っていた。これは録画された映像だ。研究センターでヨミョウから聞いた話が正しいのであれば、千年前に月を訪れた際に残した置き土産か。
ウェラ・イーは笑っていた。この映像を見る人物がいると分かっていたかのように。慈愛に満ちた眼差しを浮かべて、彼は語り続ける。
「海では魚が跳ね、森では鳥が鳴く。音と色と愛に満ちた世界。町に行けば自分と同じ姿形をした友がいた。友がいる世界こそが楽園だった。君たちもそう思わないかな? 私は楽園をもっと広げたかったんだ。だから生命創造の方法を見つけた」
ガリバーが眉を上げた。ウェラ・イーの表情は変わらない。淡々と、彼の想いを口にしている。
「今の君たちの世界では、宇宙の創造主にも等しいその行為をどう扱っているのか分からない。ただ、私の故郷では……」
一呼吸分の短い間だったが、初めてウェラ・イーの声が止まった。視線が下がり、階段の中腹にある誰もいない空間へ視線が向けられる。
「許されないことだとは知っていたんだ。でも、それが私の夢だった。友だちがたくさんいる。それは尊くて、創造主がくれた奇跡で、素晴らしいことなんだ。孤独は何よりも辛いことだ」
「夢……」
ヨミョウの声が聞こえた。彼女に視線を向ける。机の上に置かれていた手が握り拳を作っていた。
「故郷で理解してくれる人はいなかった。誰もね。私は友も居場所も失った。幸い、他の惑星の調査に使っていたロケットだけは残っていた。だから宇宙へと旅立った。宇宙は寂しい場所だ。何もない空間が広がっている。生命が住む惑星があっても、夜空に輝く星の中に友がいることは知らない。そんな彼らのために、私は友を生み出した」
天窓から覗く星々をウェラ・イーが見上げる。ガリバーも彼が見上げた星空を見つめた。最上段からでは天窓から見える空の範囲が狭い。それでも地球から見上げるよりも多くの星が見えた。あの星空のどこかにも、地球人と同じように空を見上げる誰かがいるのだ。
「そしてこの衛星に来て、青い惑星を見つめ続けているカグヤと出会った。彼女も私と同じだ。叶えてはいけない夢、叶えられない夢を抱え続けて生きる孤独な人。青い惑星に帰りたいと彼女は言っていたが、その夢を叶えることは許されていなかった。彼女は私を理解してくれた。私も彼女を理解した。私たちは友がほしかった。だから君たちが生まれたんだ」
偶然なのか、彼の技術が為したのか。それは分からなかったが、ウェラ・イーが伸ばした指の先に、ヨミョウが立っていた。彼女の背筋が伸びる。
映像の男が息を吸う。
「私は、間違ったことをしているのかもしれない」
一秒間の沈黙。
「もしかしたら……いや、きっと、禁忌を犯したと言った故郷の友人たちが正しい」
声が細くなる。再び、今度は三秒間の沈黙。下がった視線には夢を語っていた彼の瞳に宿っていた光が揺らいだように見える。
しかし次に上がった彼の視線は揺らがずに、真っ直ぐに前を見つめていた。
「私にはこの夢しかなかったんだ。私はこの夢を叶えたかった。そして夢を叶えた。それが正しかったのか、間違っていたのかは、この研究室にたどり着いた君たちが示してくれ。ここに残した道具は自由に使ってほしい。君たちがより良い友となるために。手を取り合って扉を開くことができた君たちなら、きっと正しく扱ってくれるはずだ」
ウェラ・イーの顔に笑みは無かった。ホログラムが映す彼の眼差しは、研究室の最上段に並ぶ二人に向けられている。月の裏側の静寂は、彼が声に乗せた感情を二人の心まで確実に届けた。
「私は旅立たなくてはいけない。この宇宙には一人で空を見上げるカグヤのような孤独な友がまだ待っている。私が助けないと」
もう一度星を見上げた彼は視線を戻すと両腕を大きく広げた。輝かせた表情は太陽のように眩しく、そして彼は高らかに声を上げた。
「ポッドから生まれた私の子供たちよ! 夢を抱いて生きてなさい! 道は必ず繋がっているよ」
メッセージを締めくくったウェラ・イーのホログラムは、眩しい笑みを浮かべた姿を最後に残して停止し、青い光と共に消えていった。
ガリバーは空になった台座を見つめる。隣に立っていたヨミョウは振り向き、背後にあった扉へ向かった。扉の横に取り付けられた操作盤を見つめ、地球にはない言語で刻まれた文字を指でなぞった彼女は、ゆっくりと操作盤のボタンを押した。
扉がスライドして開き、隠されていた部屋が彼女を迎える。ガリバーは彼女の背中越しに覗き込んだ。その部屋にはウェラ・イーの贈り物は置かれていなかった。壁を向いた汚れた机に置いてあるのは、折れた工具に破損した試験管。銅線の端材。書き殴られた紙の切れ端。大きな装置を引きずった跡も残っている。
その奥に、ガラスのポッドがあった。二人は言葉を交わすこともなく、他の物には目もくれずにポッドへ寄った。人間がちょうど一人入れそうなポッドには何の説明書きも無かったが、このポッドが何なのか二人は知っていた。
「ワタシたちはココで生まれタ」
ポッドを撫でながら、噛みしめるように、ヨミョウは呟いた。
「何者なんだ、ウェラ・イーって」
ガリバーが問いかけた。少女が首を傾げる。
「サア?」
「さあって……」
「ワタシも知らないワ。今聞いた話は、月の誰も知らないと思ウ。一度も聞いたコトないモノ。ワタシたちが知っているのは、ワタシたちと月の都を作ってくれた神サマってコトダケ。研究センターの前に置かれた像を眺めても、神サマがどんな人だったのかなんて分からナイ。もしかしたら……もしかしなくても、禁忌を犯して故郷を追い出された科学者なのかもしれナイ」
あっさりとした声でヨミョウは話した。ガリバーに向けた視線をポッドに戻す。
「でも、ワタシにとってはずっと変わらないワ」
ポッドを見つめたまま彼女は言った。ポッドは何も言わない。起動せず、光を発することもない。冷たい機械をもう一度撫でて、ヨミョウは力の籠った強い声で、ガリバーの問いに答えた。
「周囲にどう思われようとも自分の夢を叶えた科学者ヨ」
ヨミョウが振り向き、発明品が並ぶドームの中へ戻っていく。机に並べられていた発明品の中の一つを掴み、ガリバーの元へ帰ってきた。
「行きたいトコロがあるワ」
それだけ口にすると、彼女は頭部のバリアを再起動して、たしかな足取りで出入口へ向かった。
☽
研究所を囲うバリアからの脱出はすぐに達成された。ヨミョウが持ち出したウェラ・イーの発明品は、使用者と使用者に触れる物体を目に見える範囲の任意の座標に転送する装置だった。一言で言えば、テレポート装置である。タグレによって設置されたバリアも、ウェラ・イーの発明品の前では障害にならない。ガリバーが片手でバイクのハンドルを掴み、反対側の肩にはヨミョウの手が置かれた。彼女がテレポート装置を持った手を伸ばして操作した次の瞬間には、水色の壁は背後に移動していた。一瞬で視界が捉える景色が切り替わるのは初めての経験だったが、視界以外の感覚に違和感を覚えることもなく、間違いなく人類が初めて経験するテレポートはあっけなく終わった。
この装置さえあれば、発射場の帰還ロケットに忍びこむのみ作戦なんて必要ない。ビルの屋上か、山脈の上か、ロケットが見える場所にテレポート装置を持っていけばいいだけだ。マスドライバーを囲う高い石塀は、もはや彼女の道を塞いでいない。
喜ぶヨミョウの声を待ち構えたが、彼女は無言でバイクに跨った。一言も口にせず、ガリバーが後ろに座るまで待ち、ハンドルを倒して走り出した。ドームが発する白い光が地平線の向こうに消え、視界が闇に包まれても、彼女は何も言わなかった。
ただ走る。風を感じることもなく、地面から数センチ浮いたホバーバイクは月の闇の中を走り続けた。ハンドルを切れば重力は向きを変え、弱い力に地球とは違う星であることを実感する。
ガリバーは黙っていた。ヨミョウの瞳が色を変えたことに気が付いていた。心配の声も諭す声も、ガリバーの口から出ることはなかった。
ヨミョウの腰に腕を回して、ガリバーは流れていく景色を眺めた。星、影、闇。宇宙人が憂いた孤独の世界。一人で堕ちた地球人は、一人で夢を追う兎人と旅をしている。
やがて光が差し始めた。ぼんやりとした太陽光は輝きを増し、日の出と共に灰色の大地をガリバーの視界に映す。広がっているのは星空と灰色の月面の美しい景色であることに変わりはなかったが、往路で見た覚えのない山脈が目に入った。アカルメイナスとは違う方向へ向かっているようだ。
「どこに行くんだ?」
ガリバーが尋ねる。しばらく待ったが返事が来ない。バイクは走り続けている。
次にヨミョウが口を開くまでに一分は待った。
「ワタシの大切な場所」
それ以上の言葉はなかった。
それから、視界の端に太陽が消えるまでバイクは走り、月面の真ん中で停止した。ガリバーもヨミョウもバイクを降りる。星空に混ざる地球が良く見える月の平原。グレーとブラックとブルーの世界に、もう一つ別の色が混ざっていた。彼らの前方に、輪になった足跡が残っている。
「これが……」
ガリバーは、一点に目を奪われたまま、足跡が作る輪に近づいた。
星条旗が立っている。
子供の頃から何度も目にした光景だ。スミソニアン博物館で月の石に出会う前から、この旗のことだけは知っていた。学校のフラッグポールに掲げられていた星条旗。空軍基地に掲げられていた星条旗。ヒューストン宇宙センターに掲げられていた星条旗。何度も見上げてきた星条旗とは違う。たった一つの大切な、大きな一歩を踏み出した宇宙飛行士たちが残した星条旗だ。
ガリバーは立ちすくんでいた。隣にヨミョウが立ったことにも気付かずに、視線は旗を見つめ続けていた。宇宙の厳しい環境に晒された国旗は掠れているが、アメリカ国旗であることは分かる。声の出し方すら忘れ、彼は拳を握っていた。
「ワタシが見飽きた『月の海』も、ガリバーは憧れの海だって言ったワネ」
耳に届いた少女の声がガリバーを現実へ引き戻す。千年前から月にいたうさぎの子孫は、口を半分開いたまま固まる地球人を見つめている。
彼女は星条旗の方へ顔を向けると、足跡を越えて旗の前で立ち止まった。数センチ浮いた靴は彼女の足跡を残さない。旗を見上げ、その先にある星を見つめる。
「ソレと同ジ。毎日空を見上げればソコにあるのに、手を伸ばしても届かない青い海」
星条旗を見下ろすように、青い惑星が浮いている。ガリバーからはヨミョウの口も表情も見えなかったが、彼女の声はしっかりと届いていた。彼女が浮かべている表情も彼は知っている。
「おばあ様がカグヤ様から聞いた話を教えてくレタ。生命の音に満ちた安ラギをくれる森。月では見られないぐらいにたくさんの色を身に纏った花が舞う丘。見上げれば首が痛くなるほど雄大な山々。蛍の淡い光が照らす清らかな川辺。空と山と森を映す鏡のような湖。何よりも大きな、カグヤ様も見たコトがない、青い、青い海」
あの日と同じ話だ。月に堕ちてから初めて目を覚ました日に、遠い故郷を見上げながらヨミョウから聞いた話だ。あの日よりも、ヨミョウの言葉が胸を刺す。ヨミョウは大げさで演技っぽい身振りもせずに、ただ青い星を見つめて語っている。
「ワタシはずっと頭の中で描き続けてキタ。どんなキレイな場所なんだろうッテ。行けないから、望遠鏡も作ッタ。それでも遠かったワ。空に浮かぶ青色の惑星と同じ色が見えても、海を感じることは出来ナイ。だからずっと、想像してたノヨ。視界いっぱいに青色が広がる景色ヲ」
ヨミョウが振り向いた。ガリバーと視線が交わる。
「まだ地球に行っちゃいけないコトなんて分かってるワ。アカルメイナスでワタシたちの先祖が生まれてから、ずっと守られてきたルールだモノ。子供の時から何度も聞イタ。何度も、何度も、何度モ。お母サンやお父サンだって守ってキタ。ワタシの友ダチだって守ってル。でもワタシは」
口を開けたまま固まった。じっとガリバーを見つめている彼女がキュッと口を結ぶ。ガリバーは待つ。次の言葉を探して、彼女は口を開いた。
「青い海をこの目で見るのがワタシの夢ナノ」
赤い瞳が力強く光った。彼女の後ろでは、かつて夢を叶えた宇宙飛行士たちの旗が立ち、彼女たちを見下ろす青い星が浮かんでいる。
「ワタシは一人でも計画を実行するわ。ウェラ・イーがそうしたように」
低い調子の声を出してヨミョウは言った。
「けど、一人で行動するには限界があるワ。確実なコトなんて月にもないノヨ。だから協力者が欲しイ。一緒に夢を叶えてくれる仲間がほしいノ。誰カと一緒に夢を叶えて、一緒に喜びタイ。ワタシの気持ちが分かってくれるのはアナタだけ」
月のうさぎが一歩踏み出す。人間と変わらない歩幅の一歩だったが、ガリバーには大きな一歩に見えた。ゴクリと唾を飲み、半歩後ずさる。見上げる彼女の瞳。すがるような視線を向けて、彼女は手を伸ばした。
「助けて、ガリバー」
ヨミョウの視線を痛いぐらいに感じる。ガリバーは唇をぎゅっと結んだ。彼の選択を邪魔する者も、後押しするものも月には無かった。彼は一人だった。時間がただ過ぎていく。彼女の赤い瞳を見つめ、背中に流れる汗を感じ、拳を強く握りしめて――彼は目を逸らした。
ヨミョウは、ガリバーが視線を逸らしたのを見て、ぐっと唇を結んだ。手を伸ばしたまま俯いて、握りしめてくる手を待つが、どれだけ待っても彼女の手は空っぽのままだった。星空の下、月面の上で、本物の静寂が二人の間に流れ込んでくる。
耳を折り曲げた兎人が手を引いた。振り向いて地球を見上げた後、彼女は視線を落とした。ガリバーは身体を動かさず、斜め下の地面を見つめたまま口を閉ざしている。ヨミョウは飽きるほど見てきた灰色の地面を見つめ、ホバーバイクまで戻った。
「行きまショウ」
ガリバーも彼女に続いた。最後にもう一度だけ星条旗に視線を向けたところで、バイクはアカルメイナスへ向けて走り出した。ヨミョウの頬に太陽光を反射する一筋の線があることに、彼女の以外の誰かが気付くことはない。ガリバーはやはり、何も言うことが出来なかった。
☽
帰路の行程の半分も無かったというのに、星条旗からアカルメイナスの裏口に戻るまでの時間は永遠に続くような気がした。夢の協力を拒んだ少女に命を預けて掴まる虚しい帰路は沈黙の中で幕を降ろし、帰ってきたガリバーは月面をもう一度眺める気力もなくなっていた。
とにかく早く町に戻りたい。罪悪感が胸に溢れて溺れそうだ。町に行けば誰かがいる。ヤザラもマヒルもいる。月の裏側で起きたことは話せなくても、他愛もない会話を交わして気を逸らすことならできるだろう。
出発した場所にホバーバイクを隠して、二人は薄暗い通路に戻った。ウェラ・イーの発明品はヨミョウの鞄の中にある。
「ラボに荷物を置いてくるワ」
出入口のドアを開ける直前で、ドアノブに手をかけたヨミョウが言った。
「ああ」
答えが返ってくるのを彼女は待っていなかった気がする。ガリバーと視線も交わさないまま、ヨミョウは早足で研究棟に向かった。一人になったガリバーは、研究センターの外壁にある扉から外に出て、長く重い息を吐き出した。
星空を見上げてから、ヨミョウの家へ足を向ける。帰り道は、遠回りだったがモルト通りを選んだ。兎人たちの喧騒が心地良い。すれ違う兎人たちに手を振られ、ガリバーも手を振り返した。宇宙飛行士としてメディアに出演していた時に身についたスキルに感謝する。笑顔を向けられれば、勝手に笑顔が浮かんでいた。しかし今は、自分が本当に笑顔を作れているのか自信が無かった。
――私にはこの夢しかなかったんだ。私はこの夢を叶えたかった。そして夢を叶えた。
手を振る彼の頭に、ウェラ・イーのホログラムが浮かぶ。
――青い海をこの目で見るのがワタシの夢ナノ。
憧れていた星条旗の前で聞いたヨミョウの言葉がよぎる。
赤い瞳が脳裏に焼き付いている。彼女の心の中に熱く燃え盛る炎があることは分かっていた。それでも、あの瞳に見つめられながら葛藤してしまった。
ヨミョウが地球にたどり着いたとしても、彼女にとって幸せな生活が待っているのか分からなかった。青い海を見られたとしても、その先に暗い未来が待っているのではないかと、分かるわけもない未来のことを考えてしまった。それに、何より、彼女を助けたら自分は地球に帰れなくなってしまうのではないかと、考えてしまった。
次に別の顔が脳裏をよぎると同時に、ガリバーは立ち止まった。目を瞑ったが、間違いだったとすぐに悟った。闇の中に、両親の顔が浮かんだ。すぐに目を開けたが、意識は過去に沈んでいった。
☽
「来週学校でさ、将来の夢についてスピーチするんだ! 昨日から書いてるんだけど、楽しくてすぐ書き終わっちゃいそう!」
「へえ、何を書くのかしら」
「これ!」
朝食のスクランブルエッグが半分残っている皿をどけて、スクールバッグからA4の紙を一枚取り出した。何度も書き直したレポート用紙には折り目がついている。消しゴムのカスが残っていることも気にせず、エプロンを着けたママに差し出した。昼食のサンドイッチを作る手を止めて、ママは作文用紙を受け取った。家の中が一気に静まり返る。パパはいない。朝早くに出ないと、パパたちが作っている家を建てている場所にたどり着けないと、前の日曜日に疲れた顔で言っていた。
ママはほほ笑みながら作文を読んだ。感想を待つ間にスクランブルエッグをぺろりとたいらげ、残していたソーセージをフォークで刺す。ママが焼いたソーセージは美味しい。世界で一番ソーセージを焼くのが上手かもしれない。
「宇宙飛行士、ねえ」
ニコニコと笑い、ママはそう呟いた。
「良い作文ね」
「だろ!」
差し出されたレポート用紙を、シャツで手を拭いてから受け取った。汚しちゃいけない。先生に提出するんだから。発表したら褒めてもらえるだろう。素晴らしい夢だ! と、皺が寄った手を開いて、クラスメイトの前で大きく腕を広げて。クラス賞も間違いなしだ。
「ガリバーは将来何になるのかしら。パパと一緒に考えなきゃね」
レポート用紙をスクールバッグに途中まで片付けていたのに、手が止まった。
なんだって?
耳がおかしくなったと思い、小指で穴をほじくる。別に、耳の聞こえ方は変わらなかった。
視線を上げると、ママはサンドイッチ作りを再開しながらほほえんでいた。キッチンの前は窓がある。狭いところに家が何個も並ぶような都会じゃないから日当たりは良い。朝の太陽はママの顔を照らしている。笑顔がハッキリと見えた。
「宇宙飛行士だよ」
もう一度言ってみる。もしかしたら、言葉が似ている別の職業があるのかもしれない。そんな言葉聞いたことないけど。
ママはまた口角を上げた。笑っているような表情だったけど、笑っているとは思わなかった。
「宇宙飛行士なんてムリよ。お役所なんて似合ってると思うわ。知事になろうなんて考えなくていいわ。ここよりもうちょっと良い町のお役所に勤めればいいのよ。お役所の仕事だって立派な仕事よ? どこだってたくさんの人を助けられるんだから。困っている人を助けて、安定した暮らしをするの。お役所の仕事はあなたが大人になっても無くならないわよ」
胸がドキドキする。お役所? あの退屈な場所のこと? お役所の仕事をしたいなんて言ったことはない。ママにもパパにもよく言われたけど、一度だって言ってない。ぼくの夢は宇宙飛行士だ。
「宇宙飛行士になる! 月に行きたい!」
ムッとして、思わず声が大きくなった。
「ダメよ!」
キッチンのカウンターを叩く音と一緒に怒った声が響いて、身体が椅子の上で飛び跳ねた。
振り返ったママが、顔をしわくちゃにして、睨んでくる。
「そんな叶いもしない夢を追いかけるなんて許さないわ! あなたは私たちとは違う人生を歩むの! こんな田舎町じゃなくて! ちゃんとした町に住むのよ!」
ママが怒った声を聞いたのは初めてじゃなかった。テレビに映る有名人だったり、町や国のことを決めている偉い人に怒っている声は聞いたことがある。
でも、こんな声じゃなかった。初めて聞いた怒った声は、ぼくに向けられていた。俯いて、まだ残っていたソーセージを苦しくなるぐらい急いで口に放りこんだけど、味がしなかった。俯いたまま立ち上がって、シンクにお皿を置いて、バッグを掴んで家を飛び出た。
ママは応援してくれると思っていた。
頭の中がぐちゃぐちゃになったまま学校に行って、帰ってきて、暗くなってからくたびれた様子のママが帰ってきても、夢の話は二度としなかった。ママもなんだか、朝のことは忘れたいみたいで、口数はいつもより少なかった。
「君が宇宙飛行士? こんなに良い成績を取っているのに、勿体ない。別の道を目指した方がいい人生を送れるさ。宇宙飛行士なんてムリだよ」
発表の日が来て、スピーチを聞き終わった先生はそう言った。会話した記憶がないクラスメイトがクスクスと笑っている。
レポート用紙を先生に手渡して、席に戻った。それから口を閉ざして、何も喋らなかった。
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記憶が渦巻く。終わりまでたどれば、また出発地点へ帰ってくる。
アカルメイナスの大通りを、ガリバーは唇を噛んで歩き続けていた。時折話しかけてくる兎人もいた。彼らはぎこちない笑顔と短い返事を口にするガリバーを目にすることになっただけで会話できず、誰の声もガリバーの心まで届くことはなかった。
頭でグルグルと回る記憶のほとんどは最初の日のことだが、その後も夢を認めてくれない両親とぶつかった記憶がいくつも蘇ってくる。ハイスクールに入学して半年ほど経った頃に、本格的に宇宙飛行士になるという夢を叶えるためのマイルストーンを考えて、まとまった結果で父と母を説得しようとしたこともある。彼らは聞く耳を持たなかった。支持を求めて進路相談の教師に話した時も、彼は理解を示していた素振りだけを見せて、いつも他の逃げ道を提案してきた。
本気で宇宙飛行士を目指していて、それが実現できる道が見つけられたと信じてもらうのは難しいと分かっていたが、ショックは受けた。家にいたくないからと籠っていた図書室で出会った妻だけが心の支えだった。大学へ進学し、努力を重ねて空軍パイロットの道に進むことが決まり、家出した。それから故郷の田舎町には帰っていない。両親とも、もう連絡も取っていない。
最初の日に記憶が戻りそうになったが、今回はさらに先へ進んだ。
夢を語るヨミョウの顔が浮かぶ。
振り払えない。彼女の顔を振り払って過去の記憶に戻りたいとも思っていなかったが。ガリバーは立ち止まり、自分の両手を眺めた。太陽の光は彼の身体に遮られ、手には影が落ちている。
あれだけ孤独な時間を過ごしてきたというのに、今の自分はどうだ。夢を叶えようとする少女の助けを拒んでいる。手を差し伸べられる立場なのに、彼女の夢を断とうとしている。俺はあの日の母さんだ。俺はあの日の父さんだ。俺はあの日の先生だ。
星条旗の前で見た彼女の視線が蘇る。瞳が陰る瞬間を見たくなかった。だから目を逸らしてしまった。アカルメイナスから逃げて地球に行くことはルール違反だ。それは間違いない。でも、月の人々が許さないことであっても、誰かに夢を諦めさせてしまうのが嫌だった。
「聞くんだガリバー。俺たちはな、俺たちとは別の人生を歩むことを願っているんだ。叶わない夢を追いかけて人生を無駄にするんじゃなく、安心して暮らせるような大人になってほしいんだよ」
最後に宇宙飛行士になる夢を語った時に返ってきた父の言葉だ。母も横で頷いていた。
あの時両親は、俺の能力を信じていてくれていたのだと思う。正しい道を選べば良い生活ができると思っていたんだ。
両親の気持ちが分かってしまった。最悪の形で。
何よりもショックだったのは、両親の行動の理由を知ってもなお、ヨミョウには別の道が残されていると信じてしまっていることだった。
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ヨミョウの家に帰ったガリバーは、キッチンで料理をしながら彼女の帰りを待った。綺麗なキッチンだ。よく掃除されている――というよりは、使用感がほとんどない。自炊の時間も惜しんで出来合いの料理を食べて生きてきたのだろう。調理器具も必要最低限が引き出しに用意されているだけだった。包丁やIH調理器のような設備など、単純な構造の調理器具しかないのは幸運だった。地球人一人でも使いこなせる。月の食材も地球から持ってきたもので生み出したらしく、味に大きな違いはない。彼が自宅で家族に振る舞っているものとほとんど同じ料理が完成した。
手を止めると、ネガティブな記憶が頭をよぎってしまう。手間のかかる料理のレシピを必死に思い出して作り始める。一度だけ味見をした後は、ただレシピ通りに作り続けた。味を感じることができなかった。
三品目が完成した時、玄関の方から物音がした。
おかえり、と言葉をかける準備をしていたが、ドアが開く音がしない。フライパンを振る手を止めて玄関に向かう。マヒルでも遊びに来たのか?
ドアの向こうから複数の話し声がする。一つはヨミョウの声だった。眉をひそめ、ガリバーはドアを開けた。外には俯いたヨミョウが立っていて、ドアノブがあった場所に手を伸ばしていた。
ガリバーは目を見開いた。彼女の後ろに兎人たちがいる。中心に立つのは小太りの男、タグレ。眉間に皺を寄せてガリバーを睨みつけ、高慢な態度を隠そうともせずに腕を組んで立っている。
彼の手にはテレポート装置が握られていた。
ガリバーの視線がヨミョウに向けられる。俯いていた彼女も同時に視線を上げた。赤い瞳。星条旗の前で見た光が無い。
少女が口を力なく開けた。言葉を待つ。タグレが地面を足先で叩く音が聞こえる。
ガリバーを見つめた少女が声を出した。
「バレちゃっタ」
にへらと笑みが浮かんだ。ガリバーは初めてヨミョウの笑顔を見た。




