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夢と石ころ

作者: 宙ひかる

鈍く煌めく青春のお話。短編です。

 夢とはキラキラ輝いているイメージだが、ずっと輝いているわけではない。たぶん、叶えたとき及び叶いそうで盛り上がってるときのみ輝いている。

 まあ、私がそこまで打ち込めるものに、夢に出会ったことがないからそんなことを思って夢への諦めをつけようとしているだけだが。


「青春!って感じの水しぶきばー!系の青春ってウイルスだと思うんだよね」

 佑佳(ゆうか)、略して祐ちゃん。あ、略してない。あだ名だ。が突然そんなことを言った。どんよりした雨の日に。私は少し考えてから、

「一瞬そうかもって思ったけど、青春謳歌してる人の近くにいる人で気持ちがキラキラしてない人も居るよ。ただノリに合わせてるだけ」

 と言った。キラキラ、なんて抽象的な表現はなんか馬鹿っぽくて嫌いだが、同時に相手を待たせて訝しげに見られる方が嫌なのだ。

「そうかなあ〜、合わせてるうちにだんだんほんとにキラキラしてきちゃうよ」

 佑ちゃんが私をチラリと傘の下から覗き込んだ。

「ねえ、それ祐ちゃんが学生生活に満足してないのを私のせいにしてるだけでしょ」

「違うよ。確かにさゆは暗いし理屈っぽいし、あと会話ってタイミングも大事なのに冗談言っても無言で考え込んでこっちのこと待たせるし……あ、私も暗いっていうか内弁慶っていうか、仲良くなった人にだけおしゃべりになるけどさ」

 そこで祐ちゃんは一息ついて、雨が弱くなった空を見上げて呟いた。

「私、どんよりくぐもった青春もなかなかいいもんだと思ってるよ」

 ほら、透き通ったダイヤより翡翠の方が好きな人いるでしょ。なんて付け足して。

 祐ちゃんは例え話が下手だ。ダイヤと例えるなら翡翠じゃなく石ころであるべきだ。

 でも、なんだかそれを言いたくなかった。否定したくなかった。

「このロマンチッカーめ」

 と私は祐ちゃんの腕を小突いた。その拍子に傘と傘がぶつかり、飛び散った雫が目に入った。反射で目を瞑ると、祐ちゃんの笑い声が聞こえた。

「ロマンチストでしょ。estをerにしたつもりかもだけど、これ和製英語だよ。でも、さゆのそういうとこ好き〜」

 彼女の顔は一瞬口の端を意地悪く持ち上げる、いつもの表情をつくっていたような気がした。いや、絶対つくっていた。だって彼女はいつもかなり私を煽る。私は目に水が入って良かったと思った。

「……別に、そういう意味じゃないしぃ」

「出た、別に」

 そのときの彼女の声はいつもと違う、優しい声だった。おかしい。祐ちゃんはこういうとき声が弾んで高くなるのに。

「あのね、私転校するの。外国」

 え。時間が引き延ばされたように、祐ちゃんの傘に落ちる雨粒が王冠に広がるのが見えた。

「だから夏休み明けにはもういないから。急でごめんね。私が悪いわけじゃないけど。親の仕事の都合」

「まって」

 待ってほしい。時間がほしい。行かないでほしい。

「待たない。言いたいことあるから。ずっと考えてたこと」

 祐ちゃんの硬い声を二人きりのとき聞くのは久しぶりだった。なんだか胸に雨粒が染み込んでくる気がした。

「翡翠ってね、何でできたかわからないんだって。曹長石が分解したって説もあれば、熱湯からできたって説もあるけど、確実にこれ!ってのはない」

 私の耳は祐ちゃんの言葉を息づかいまで拾いたいのに、全て右から横に流れて、雨音ばかり聞こえた。

 祐ちゃんは傘を閉じて、私の傘に入るくらい顔を寄せてきて口を開いた。

「私とさゆもなんで仲良くなったかよくわかんないし、めっちゃ気が合うわけじゃないのにずっと一緒にいたいって思うのも、なんでかわかんない。けど、私は今までのこと石ころって思わないから。くすんだ翡翠だから。

だから、私がいなくなってもちゃんと磨いて、綺麗にして取っといてね」

 私は頷けなかった。ただ唇を噛み締めるだけで、泣かないようにしていた。

 泣いたらほんとにお別れみたいじゃないか。

 祐ちゃんはくるりと身を翻した。学校の規定通りの少し長めのスカートがふわりと広がった。

「それじゃ、バイバイね、さゆ。大好きだよ〜。LINE見ろよ〜」

 視界がぼやけた。息がし辛い。喉が引きつって痙攣した。

 私は雨粒が目に入ったとき、彼女の笑顔を見逃したことを後悔していた。声や文字のやり取りはできても、この目で彼女の笑っている様を見ることはできない。

 もしかしたらあの笑顔はいたずらっぽいものではなく、もっと悲しげなものだったかもしれない。そう思うと、自分のタイミングの悪さに……ああ、違う。おそらく私はそれを見ても気の利いたことは言えないし考えないだろう。

 ただ私は、翡翠を削ることはできそうになかった。この痛みも全部、宝箱に入れてとっておきたい。いつでも取り出せるように、ときどき思い出して言葉に変えながら。

 そうしていけば、いつか私も彼女の宝物になる言葉を渡せるだろうから。

 そのとき、私の心は鈍い煌めきを放ち始めていた。これが夢というものだろうか。それなら思ったより地味だが。思ったより暖かい。

別れって突然すぎることもあればじわじわ別れていくこともあるよね。後者の方がキツイ。さゆちゃんは幸せ者です。

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