No.70 拝啓、今尚淀み行く貴方へ 其の二十五
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少し、時間は巻き戻る。それは、この戦闘においてはオールとベフェマ……いや、ベフェマの切り札に位置したもの。戦闘に最も効果的なタイミングで介入し、最上の結果を得ようと試みていた者。
⭐︎⭐︎⭐︎ 【葬楽暗殺者】 ベフェマ
わたしには、見えている。
この箱庭にある情報がわたしに流れ込んでくる。それは、世界が、わたしと一体化しているから。それは、きっとわたしが肉体を持っていれば頭が過剰情報に焼き切れただろうほどの情報だ。それでも、今は違うから問題ないけれど。
この感覚は、きっと多くの人にはわからない。そして、わからなくていい。わたしだって多くはわからない。それでも、今やらなければいけないことは決まっているから。条件は満たされた。わたしが今できることは増えた。だから。わたしが、終わらせるんだ。
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わたしには、今オールさんが倒れ伏しているところが見えている。
わたしは、ずっとこの力を知っていた。知っていて、隠していた。オールさんにも、ここに送り込んできた冥王とやらにも隠していた。
きっと、今ここでわたしが現れれば当然ながらオールさんには訝しまれる。場合によっては、直接聞かれることはあるだろう。
その時にどうするかはまだわからない。それでも、例え異質と思われても、わたしは止まるつもりはない。オールさんを、見殺しになんかしない。助けるよ。絶対に。わたしは、オールさんに生きててほしいし、聞きたいことも聞けていないから。
だから、何かあったら即座に攻撃に移る。そう、思ってたんだけど、ね。
『……』
一度は手を振り上げ、もう行動しなければ、と思った時……、なぜか、青龍は行動を止めた。なんでだろうと、思ったのも束の間。
『……あぁ、もう一度、主人に会いたい、なぁ……』
……。
これが、どういうことかはわからない。それでも、私が見ている彼の目には、もはや敵意は映っていなかった。そして、その動きを止めたまま、おそらくは死を迎えようとしているのだ。
きっと、このまま何もしないで青龍の死を待つのがいいのかもしれない。でも、こんな顔させてさぁ、見殺しにするのは……違うじゃない?別に、青龍の傷を癒してやろうとは思っていない。けれど、もしかしたら、なーんて思える切り札が、あるんだからさ。
『……ぁ?』
とりあえず、オールさんの肉体を再構築。そんで持ってちょっと離れた場所に移動。ここだからできること。青龍の支配圏におかれている空間で、干渉が容易になっているからできる芸当。
『……は、ぁ?これ、は……』
そのまま、次の行動に移行。青龍の視界一杯に光が満ちる。……うぅ。覚悟してたけど色々削れるなぁ。何かわからないけど、やっぱり多くはできないな。
それでも、今は進むのみ。今出した光はただの光ではない。それは、わたしたちは一度瀕死にまで追いやった白い虎の光。ヒントをもらったおかげで答えには比較的簡単に辿り着けた。そのわたしの答えが、これ。知っているでしょう?この雷にも似た青白い光。
さぁ、象って。
『クラド……なぜ……お前は、いやでも、あいつは今現界で……一体全体、何が、どうなっているのだ……。なぜオールの体は癒されている?そして、なぜクラドがここにいる?』
白虎はそんな名前だったのかな?でも、それは今はいい。わたしができるのはここまで。白虎の光を呼び出せばいいのはわかっていた。でも、わたしにはそこまでしかできなかった。この状態となっても、わたしには青龍を殺すだけの力はなかった。
『お前は……クラド、なのか……?』
青龍が困惑しきった顔で、もうどうすればいいかわからない迷子のように白虎の姿をした光へ話しかける。まぁ、そんなことやっても返事は来ないんだけどね。でも、このままわたしの光が突っ立ったままだったら、いくらなんでも青龍にはやはり偽物だと気づかれる。
ぶっちゃけるが、わたしにはこの白虎の光を作った後にどうすればいいのかはわからない。ただ、あのあからさまにこうすれば何かあるというオールさんが見つけた誰かのメッセージに賭けただけ。
でも、そこそこ信憑性はあると思う。だって、あんな化け物、正攻法で倒せるとは思えないんだもの。ほぼ確実に特殊勝利とかそんなものだと思っている。青龍が意思を持っていることも含めて、ね。
『……!まさか、本当に……?』
その時、明らかに白虎の口角が上がった。わたしが、何もしていないのに、だ。
『我は……、っ、すまなかった!お前を守ると言いながら、結局真っ先に逃げ出してしまったのは我だった。我だけが自我を持っていること。常に、後悔している。わかっている、これは贖罪のためのものなのだろう?我には、常に後悔を続けながら、いつか来たる死の瞬間を待つ義務があるのだと』
なんか喋り出した。……とりあえず、今のうちに肉体を再構築して完全に魂と肉体を同期してしまおう。時間がかかるし、もうわたしにできることはないのだから。気にはなるけど、そこまで大きな変化じゃない。それこそ、光の屈折とかかもしれないし。明確な変化があるまで待とうじゃないか。
『我がもう選ぶ権利などないというのはわかっている、それでも、我はもう一度ーー』
『相変わらず、堅苦しいね、兄は』
ーーっ!!これは……、白虎の光の制御権が奪われた。肉体に魂が入ってきているから?いいや、そんなことはあり得ない。しっかり元の肉体を得ても制御は続行できるよう管理していたはず!なら、これはどうして?まさか、本当に白虎が降臨した!?でも、本物の白虎はこのダンジョンの外にーー
『兄、これはね。ただの記録だよ』
『な、に……?』
『僕は、兄はきっとこうなると知っていた。この録音が流れている時に、兄がどういう状況なっているのかはわからないけどね。でも、僕の想定通りなら、きっと兄は悔やんでる。僕らが、兄にだけは、生きて欲しかったって、きっと兄はわからないから』
『は……?』
……。
瞠目する。少し、複雑な感情が一気に去来したようだ。
……今更、わたしが彼らに同情するのは違うんでしょうね。だから、わたしはただ静観するのみ。オールさんは、一命を取り留めた。わたしも無論。だから、あとは彼らがどんな結論を下すかだけ。……どんな結論を出そうがいいように、準備はしておこう。
『今、兄の前には僕と同じ性質を宿した光があるはずだ。僕の録音は、兄が……青龍が僕と同じ性質を持つ光を視認することで、その光に一時的に録音した言葉を再生する機能を付与する。誰のおかげかは、言わないけどね。それはともかく、ここで今重要なのは、兄の前に、僕を構成する特殊な光があるということだ。兄も、僕の光がどんな特性を持つか、わかってるだろ?』
『……』
『さぁ、僕に触れて。こんなことしかできない僕を許してほしい。それでも、兄は僕らを助けてくれた……』
ーーたった2人の親だから。
『……』
残骸だらけの島の上に、暖かい水滴が零れ落ちる。一つだけではない。ぽつり。ぽつりと、降ってくる。
誰かのために、死してなお手を差し伸べることは罪だろうか?
それとも、誰かのために泣くことは罪だろうか?
いぃや、違うだろう。例え天地がひっくり返ろうと、誰もが罪だと言ったとして。
わたしが違うと言ってやろう。その問いへの答えは否だと、そんなことはあり得ないと。
青龍を殺すと言ったわたしが、青龍の肩を持つような発言に違和感を覚えたかもしれない。でも、わたしからすればそれはそれ、これはこれ。青龍がわたしに向けた憎悪は、その命で償ってもらいたいというのは本当だ。
だとしても。
仲間を守れなかった自分を責めて、どん底にまで、いいや、今尚贖罪のために淀み続けている彼には、少しくらい、光があってもいいだろう。彼を兄と呼び慕う虎の声を、青龍にとっての、もう2度とは聞けないその声を、どうしてこの場で妨げられようか。
『我が、救われて、いいと……』
『救われて、いいんだよ、兄』
肉体と魂の同期が完全に完了する。同時に、そばにいた眠ったままのオールさんが、薄目を開ける。
ねぇ、オールさん。この光景は、綺麗ですね、なーの。
『ーーあぁ、我は、馬鹿であるな』
青龍が、どこか懐かしそうに、それでいて嬉しそうに白虎の額を優しく、本当に優しく、撫でた。
同時に、青龍の体は光の塵となって、白虎に触れた腕から崩れていく。
青龍は、そっと白虎を抱きしめた。青龍にとってはもう、2度とできないだろうと思っていた抱擁が、青龍の崩壊を加速させていく。
塵となっていく最中、彼は、笑っていた。
泣き笑いだった。




